『風の市兵衛シリーズ』が一躍人気となった辻堂魁の新たなシリーズです。
田沼の世が終わり、松平定信の寛政の改革が始まって世の中が不景気になった頃を時代背景としています。
主人公は元御小人目付の今は仕舞屋稼業を営む初老の浪人で、名を九十九九十郎といいます。
ここで御小人目付とは、御徒目付と共に御目付配下にあって、御徒目付より録の低い一代抱えの下士のことを言います。また、御目付とは、家禄百五十石から三千石までの旗本の、家柄、能力共に選りすぐりの者が就く役目であり、役目を退いても、公儀直参の旗本であることに変わりはないといいます。
また、タイトルの「仕舞屋侍」の「仕舞屋」とは「しもたや」という言葉のことだと思っていました。
つまり「仕舞屋」とは、商店でない、普通の家のことを言い、店じまいをした家の意の〈仕舞(しも)うた屋〉から変わった言葉であり(コトバンク : 参照)、タイトルとしてどういう意味だろうと思っていたのです。
しかし本書で言う「仕舞屋稼業」という意味はそうではなく、言葉の意味の通りの「仕舞い屋」であり、要するにもみ消し屋のことでした。
剣と隠密探索の達人だった九十九九十郎という元御小人目付が依頼を請け、市井での揉め事にの間に入り、依頼者のために時には綺麗事ばかりではない手も遣ってもみ消しを図ります。
そのために、仕事を請けたり、時には依頼の揉め事の下調べをしたりもする存在として藤五郎という男が役に立っているのです。
この藤五郎は、小柳町とお兼新道をはさんだ平永町の南角にある湯屋《藤ゆ》の主人であり、二階の休憩所を九十郎の事務所のように使っています。
そしてもう一人、九十郎の住まいで家事仕事を行う、十二歳の童女である“お七”という存在がこの物語の花として彩を添えているのですが、この娘の物語もサイドストーリー的に挟まれています。
また、本シリーズの登場人物としては、もう一人北町奉行所年番方与力の橘左近が役人として九十郎らの仕事を側面から支える存在として配置されています。
浪人を主人公とするシリーズ物の痛快時代小説は、つまりは主人公が何らかの事件に関与することで物語が展開されるのが通常ですが、そのためには用心棒稼業が一番簡単であり、逆にそれ以外の設定はなかなか難しいものがあります。
そうした中で、池波正太郎の『剣客商売』(新潮文庫)や、野口卓の『軍鶏侍シリーズ』(祥伝社文庫)などは道場主を主人公とした読み応え十分なシリーズであり、珍しい設定だと思います。
ただ 佐伯泰英の『酔いどれ小籐次シリーズ』(文春文庫)は、当初は別として、いわば巻き込まれ型の物語であり、これも珍しい設定だと思います。
本書『仕舞屋侍シリーズ』もまた事実上の用心棒ものです。ただ、本書の場合、単に依頼者に襲い掛かる危難から依頼者を守るということではなく、積極的に現在陥っている難題から依頼者を救うという点では全く新たな職種、新たな設定だと言えるかもしれません。
ともあれ、辻堂魁の人情劇を絡めた痛快小説として読みごたえは十分な物語です。今後の展開が楽しみなシリーズです。
なお、本シリーズに関しては、本当に簡単ではありますが「あらすじ」をまとめています。物語の核心となる箇所はぼかしているつもりですが、このサイトの他の作品における書き方とは異なり、ある程度のネタバレをしています。
本来はこのような書き方はルール違反なのかもしれませんが、痛快時代小説での一応の物語の流れに関する情報は、知っていたとしても読書の邪魔にはならないような気がして、試しにネタバレ的なあらすじを書いてみることにしました。
もし不快に思われる方は、読み飛ばし、もしくは読まないでください。すみませんがよろしくお願いします。その上で、その旨連絡くだされば幸いです。