『ロータスコンフィデンシャル』とは
本書『ロータス・コンフィデンシャル』は『倉島警部補シリーズ』の第六弾で、2025年5月に文藝春秋から332頁のハードカバーでで刊行され、2023年11月に文春文庫から352頁の文庫として出版された長編の警察小説です。
舞台は公安であってもあい変らずに今野敏の物語であり、主人公の成長物語の要素が強い、とても読みやすく面白い作品でした。
『ロータスコンフィデンシャル』の簡単なあらすじ
ロシア外相来日のため随行員の行確を命じられた警視庁公安部外事一課の倉島。そんな中ベトナム人殺害事件が起き、ロシア人音楽家が容疑者になる。その捜査に乗り出した同僚は突如行方不明となり、なぜか外事二課の中国担当者も事件を調べている事が判明し…。各国の思惑が交差する中、国家を守るため、公安のエースが挑む!(「BOOK」データベースより)
ロシア外相ドミトリィ・コンスタンチノヴィッチ・ザハロフの来日に伴い、倉島達夫らもユーリ・ミハイロヴィッチ・カリーニンという人物の行動確認をするよう命じられた。
倉島はロシア大使館のコソラポフにカリーニンの素性を確かめると、FSOつまり大統領などの政府要人の警護のための組織である連邦警護庁の大佐だというほかに耳寄りな情報はなく、つまりは要注意人物ではないとの結論に至るのだった。
そこに公安機動捜査隊の片桐秀一から、ベトナム人が殺された事件の被疑者がザハロフ外相の随行員の一人と接触したらしいと知らせて来た。
防犯カメラに写っていた被疑者の名はマキシム・ペトロヴィッチ・ヴォルコフといい、日本に滞在しているミュージシャンだという。
ただ、被疑者といっても片桐一人の心証だと聞き片桐の考えすぎだと思う倉島だったが、そのことを聞いた倉島と同僚の白崎敬は、倉島こそどうかしているというのだった。
そのうちに、白崎の行方が分からなくなってしまう。
『ロータスコンフィデンシャル』について
本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、時間をかけずに読める気楽な警察小説です。
この気楽に読めるというところが今野敏の作品らしいところであり、後述の麻生幾や濱嘉之らのシリアスな作品と異なるところです。
シリーズを重ねるごとに成長を見せてきた主人公の倉島達夫警部補ですが、前作の『防諜捜査』では「作業班」を率いるまでになっています。
つまりは、独立した一人前の公安捜査員として予算や人員を自由に使い、国家のために働くことができる立場になったのです。
ところがそんな倉島が慢心したのか、公安としての自覚に欠けた行動をとってしまいます。
公安に移る前はベテラン警部補であった白崎からも倉島が「変わった」と指摘されますが、自分が変わったことに気付かない倉島でした。
この白崎はシリーズ第四作の『アクティブメジャーズ』から行動を共にしているのですが、公安捜査員としてはまだ経験が浅いとの思いもあったのでしょう。
そうこうするうちに、白崎の失踪事件などが起き、さすがの倉島も自分の怠慢に気付きます。
そして、伊藤や片桐といったこのところ行動を共にしてきたチームの仲間たちの力を得て、白崎の行方を探すとともに、ベトナム人殺害事件として名前が挙がっているヴォルコフの件の調べも進めるのです。
こうして、自分のミスに気付いてからの倉島の行動力は目を見張るものがあり、読者も引っ張られてしまいます。
この倉島の変化こそが本書の一番の魅力でしょう。その上で、公安の職務の実態の描写もまた関心事となってくるのです。
公安関係の作品と言えば、まずは麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)などの名前が浮かびます。
日中にまたがる諜報戦争とともに公安警察の真実が暴かれていき、大どんでん返しをみせる、諜報小説、エンターテインメント小説の最高峰と言われている作品です。
また、公安警察出身である濱嘉之著の『警視庁情報官シリーズ』は、著者自身の経歴を生かし公安警察の内実を描き出す異色の長編小説です。
ずば抜けた情報分析力を持っている公安警察官が主人公とした、世間には知られていない公安警察の内情を紹介したインテリジェンス(諜報活動)小説になっています。
このように、日本でも十分に面白いインテリジェンス小説が増えてきました。
本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、これらのリアリティに富んだ作品群と比較すると、公安警察関係の小説としては若干色があせる印象はあります。
他の場所でも書いたと思うのですが、本書では公安の諜報活動の実際のエッセンスだけが示され、描かれているのは今野敏が描く普通の警察小説の捜査とあまり変わらない印象です。
それは本書が面白くないということではなく、物語の展開の仕方が現実の公安捜査の実際というよりも、登場人物たちの個々の心証を中心とした行動に重きが置かれているために、他の警察小説との差異が出にくいということになるのではないでしょうか。
本書の面白さは、主人公倉島の上司も含め、元刑事の白崎や片桐や伊藤ら仲間たちの援助があって成長していく倉島の変化、成長の様子の描写にこそあると思います。
今野敏という書き手のこれまでの傾向を見ると、どうしても諜報活動自体というよりも、そこに携わる人間たちの思惑なり行動なりが描かれることになると思われます。
そしてそれは今野敏の小説の世界として変わらずに支持されるでしょうし、また支持していきたいと思うのです。
続編を待ちたいともいます。