能登半島の突端にある孤狼岬で発見された記憶喪失の男は、妹と名乗る女によって兄の新谷和彦であると確認された。東京新宿では過激派集団による爆弾事件が発生、倉木尚武警部の妻が巻きぞえとなり死亡。そして豊明興業のテロリストと思われる新谷を尾行していた明星美希部長刑事は…。錯綜した人間関係の中で巻き起こる男たちの宿命の対決。その背後に隠された恐るべき陰謀。迫真のサスペンス長編。(「BOOK」データベースより)
テレビドラマ化もされ、一躍名前が知れ渡った「百舌シリーズ」の第一弾となる長編のハードボイルド小説です。
本書の出版年度が1986年なので、30年経ってからのドラマ化、映画化ということになります。それだけ読み継がれてきたということですね。
私はテレビドラマで見た「MOZU」の面白さにはまり、原作である本書『百舌の叫ぶ夜』を読んだのですが、ドラマで感じた物語の重く、暗いトーンは原作からのものでした。というより原作は地を這うような低い音色であり、無彩色に近い色調と言ったほうが正確かもしれません。
映画版もテレビドラマに近かった印象ではありますが、ストーリーに無理が感じられ、派手さばかりを狙った感じがしてあまりいい出来とは思えませんでした。
実を言うと、本文章のイメージもテレビドラマの影響が強いのかもしれないと危惧しながら書いています。
というのも、登場人物もドラマ版の西島秀俊、香川照之、真木よう子という役者さん達のイメージに引きずられていると思いながら読んでいたからです。とはいえ、遠く隔たった印象でないのは間違いないでしょう。
テロリストの爆弾により死亡した妻の死にまつわる謎を解明しようとする公安刑事の物語があり、また別な時間軸では新谷和彦という男について語られ、そして終盤へとミステリアスに収斂していきます。
この物語に、警視庁公安部の倉木尚武や公安第二課捜査官の明星美希、それに警視庁査一課の大杉良太という魅力的な人物が絡んで重厚でサスペンスフルな物語として読者の心を深く掴むのです。
当初、この時制の変化に気づかず若干混乱しました。すぐに慣れはしたのですが、実は著者の後記に「各章の数字見出しの位置が、上下している」のが「時制の変化を示したつもりである。」とありました。こうした仕掛けに気づかない読者である私の注意不足、読み込み不足でした。
本書では、逢坂剛の作品である『カディスの赤い星』にあった冗舌とも言える主人公のおしゃべりや、気のきいた会話はありません。それとは全く別の骨太の物語として仕上がっています。
この点は、著者本人が、「倉木の心理描写は一切していない」、彼の考えは「彼の仕草や表情、あるいは、大杉や美希といった周囲の人々に語らせることでじわじわと伝わるように書いている。」と言っています。
客観的な描写なのだけれども、登場人物の内面、主観を削り出しているような、技術としてのうまさが現れた小説なのでしょう