『ジウX』とは
本書『ジウX』は『ジウサーガ』の第十弾で、2023年6月に416頁のハードカバーで中央公論新社から刊行された、長編の冒険小説です。
個人的には最も好きな作家の一人である誉田哲也の作品の中で、ある政治的主張を明確に織り込んで構成されているエンターテイメント小説であり、それはそれで面白く読みました。
『ジウX』の簡単なあらすじ
生きながらにして臓器を摘出された死体が発見された。東弘樹警部補らは懸命に捜査にあたるが、二ヶ月が経っても被害者の身元さえ割れずにいた。一方、陣内陽一の店「エポ」に奇妙な客が集団で訪れた。緊張感漂う店内で、歌舞伎町封鎖事件を起こした「新世界秩序」について一人の女が話し始める。「いろいろな誤解が、あったと思うんです」-。各所で続出する不気味な事件。そして「歌舞伎町セブン」に、かつてない危機が迫る…。(「BOOK」データベースより)
『ジウX』の感想
本書『ジウX』が属する『ジウサーガ』は、誉田哲也という作家の作品の中でも一、二位を争う人気シリーズです。
このシリーズは斬新な警察小説として始まり、後に新宿を舞台とする仕事人仲間の物語へと変化し、さらには「ジウ三部作」での敵役であった「新世界秩序」という集団を敵役として、新たな冒険小説として展開しつつあります。
本書では、そんな変化していく『ジウサーガ』においての敵役としての「新世界秩序」という集団が、これまでのような漠然とした存在ではなく明確な存在としてその姿を見せてきます。
そして、問題は「新世界秩序」の主張もまた明確になってきたことであり、その主張が国家の存立にかかわることだということです。
こうして、「新世界秩序」という組織の実態、その目的が明確になってきたことが本書の一番の見どころでしょう。
といっても、「新世界秩序」という組織の詳細まで明らかになったわけではありません。
ただ、『ジウ三部作』での黒幕と言われたミヤジでさえも下っ端と言い切る集団が登場します。
その集団が「新世界秩序」の特殊なメンバーである「CAT」と呼ばれる一団です。
この「CAT」は暴力を振るうのにためらいが無く、また残虐であって、誉田哲也の特徴の一つでもあるグロテスクな描写が展開されています。
本書『ジウX』の冒頭から示される殺人事件の描写からして、あるカップルの女性の身体の解体であり、男性への陵虐です。
そして、その「CAT」の傍若無人な活動と、それに伴う警察の動き、特に東弘樹警部補の活動、そして「歌舞伎町セブン」の活躍から目を離せません。
この「CAT」は明確な政治的主張を持った一団です。その主張は単純であり、「相互主義」という言葉を直接的に用いています。
外交の世界で使われる言葉の正確な意味は分かりませんが、近年のテレビでは「相互主義」という言葉を主張するコメンテーターがいるのも事実です。
そうした言葉の意味をそのままに持ってきているのか分かりませんが、エンターテイメント小説の中にこれだけ政治性の強い単語を、それもその意味の詳細な定義もないままに物語の中心的なテーマとして、しかし情緒的に使っている作品も珍しいのではないでしょうか。
大沢在昌の『新宿鮫シリーズ』や月村了衛の『黒警』のような作品ではよく外国人が登場しますが、それは犯罪者としての役割を担っている場合が多いようで、政治的な主張を示しているわけではありません。
また、麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)のようなインテリジェンス小説でも現場の諜報員としての物語という場合が殆どです。
しかし、本書『ジウX』の場合は特定の中国という国に対する憎悪を持った集団が、情緒的ではあっても明確な、そしてそれなりに現実性を持った政治的な主張をしているのです。
そして、その主張こそが「CAT」の存在意義であり、本書の核にもなっている点で独特です。
また、現代の世相の一部を切り取って、エンターテイメント小説として成立させている点でもユニークだと思うのです。
新宿セブンのメンバーも当初から少しずつ変化してはいますが、本書ではまた一人抜けそうであり、その後釜についても問題になっています。
その候補として挙がっているのが、「新世界秩序」の一員であり、「セブンのメンバーから、最も嫌われている女」である、土屋昭子でした。
本書『ジウX』は、エンターテイメント小説としての面白さを十分に備えた作品として、その後の展開が期待され、続巻が待たれる作品として仕上がっている作品だといえます。