誉田 哲也

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本書『プラージュ』は、訳あり者たちだけが住むシェアハウスを舞台にした、ミステリー色の強い長編小説です。

もしかしたら、人によっては誉田哲也の作品の中で一番だという人がいそうな、個人的にもそれに近い感想を持った作品でした。

 

仕事も恋愛も上手くいかない冴えないサラリーマンの貴生。気晴らしに出掛けた店で、勧められるままに覚醒剤を使用し、逮捕される。仕事も友達も住む場所も一瞬にして失った貴生が見つけたのは、「家賃5万円、掃除交代制、仕切りはカーテンのみ、ただし美味しい食事付き」のシェアハウスだった。だが、住人達はなんだか訳ありばかりのようで…。(「BOOK」データベースより)

 

本書の登場人物の一人の言葉として、『プラージュ』とは、フランス語で「海辺」という意味だとありました。そして「海と陸の境界。それは常に揺らいでいる。」という言葉が続いています。

店と客、客と店主、店と二階の居住空間が、「不安になるほど、ここには垣根というものがない。」というこの人物の感想は、本書のある主張を言い表している言葉でもあるようです。

 

冒頭で、本書『プラージュ』は、ミステリー色が強い小説だと書きましたが、それはミステリー小説と言い切るには若干のためらいがあったからです。

ミステリーと言えるほどの謎があり、その謎が読者の関心をより惹きつけていることはもちろんあります。

しかし、それは二次的なものであり、まずは罪を犯し、その罪を償ったものたちのこれまでの人生をたどり、そしてこれからの人生を見据える再生の物語だと思えます。

その物語が、妙に読者の心にささり、小さな感動を生んでいて、それがエンターテイメント小説としても、人間再生の話としても魅力を生んでいるのです。

 

人の再生の物語としては、例えばロバート・B・パーカーの『愛と名誉のために』に見られるような、強い人間を描いた作品は多く見られると思われます。

 

 

しかし本書『プラージュ』のように、前科を背負った人間の再生の話、それも、計画的なな行動を描くものではなく、現実に直面したときの不安や戸惑いという再生過程を描いた作品は知りません。

 

本書『プラージュ』では吉村貴生という人間が中心になっていて、一応は主人公と言っていいのかもしれません。

というのも、本書は誉田哲也お得意の多視点での構成されています。それも奇数番号の章は吉村貴生の視点で、それ以外は様々な登場人物の視点で語られています。

そして物語自体は、貴生を中心としながらも登場人物皆の将来に向けての人生再生の物語だと言えると思うのです。

 

シェアハウス「プラージュ」に住むことになる人間は何かしらの罪を犯し、それなりの償いをしている人間です。そして客として集う人間も何かしらの負い目を背負っています。

住人の一人である詩織の心象として、次のような心象を描写してあります。

自分は多くの人に支えられ、社会によって「生かされている」のだと感じる。そしてそのことが、単純に嬉しいのだ。

そう思うようになったのは、この「プラージュ」での生活の故かもしれません。もしかしたら、「プラージュ」オーナーの潤子の思いが伝わったのかもしれません。

それははっきりとは分かりませんが、ここに住まう人間の一人がそういう思いになっているのです。そういう思いを持たせてくれるのがシェアハウス「プラージュ」なのです。

 

この「プラージュ」に一人のジャーナリストが潜入し、ある事件の犯人と思われた人物の現在を追おうとします。

そこにとある事件が起き、クライマックスへとなだれ込んでいきます。

 

そのクライマックスで重要な役割を果たす、客の一人として登場するヒロシは次のような趣旨のことを言っています。

いま、前科がないのはただ単に生業を継いだとか、地元の先輩が面倒を見てくれたとか、単に運がよかったにすぎない

罪を犯すか否かは環境でもあり、それはまた「運」でもある、ということでしょうか。でも、だからこそ、同じような立場の自分たちも「仲間」を大切にしたい、とも言います。

これも、作者の「罪」というものに対する一つの答えでしょう。

 

ここでのヒロシたちの事件解決への参加が、この物語でちょっとした違和感を持った点でもあります。彼らはシェアハウス「プラージュ」の住人ではないからです。

しかし、エンタメ小説としては、ここでいう「仲間意識」などのつながりは読者をひきつける大切な要素でもあるとも思われ、そうしたエンタメ性の観点からも彼らの参加のために持ち出した言葉だとも思えます。

どちらにせよ、読み手としては読んでいて面白さが増すのは事実であり、結果として本書『プラージュ』のような作品ができ上ってくるのですから大歓迎でもあります。

 

ただ、ヒロシなどの「プラージュ」の客が物語の上でわりと重要な位置を占めているにもかかわらず、あまり人物像が深くは描かれていません。

一応前科は背負っていないために章を立てて取り上げるまでもないと判断されたのでしょうか。しかし、前科者になるか否かぎりぎりのところにいる彼らの代表としてもう少し掘り下げてもいい気もしました

ただ、そうなると「プラージュ」に住む住人の物語の意味が薄れる気もします。

 

ちなみに、2017年には本書『プラージュ』を原作とし 星野源を主人公として、WOWWOWでドラマ化もされています。

 

[投稿日]2020年09月03日  [最終更新日]2021年9月4日
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