誉田 哲也

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アクトレス』とは

 

本書『アクトレス』は2022年1月に刊行された、新刊書で367頁の長編のエンターテイメント小説です。

誉田哲也の遊び心満載の作品『ボーダレス』の続巻であり、前著での「ドミナン事件」から五年後の森奈緒、片山希莉、市原琴音らの活躍が展開されます。

 

アクトレス』の簡単なあらすじ

 

私たちは、この一週間で大人になる覚悟を決めた。「ドミナン事件」から5年。森奈緒、片山希莉、市原琴音たちは自立し新生活を始めていた。ある日、希莉の書いた小説が、若手人気女優・真瀬環菜名義で発表されることになる。不服ながらも抗えない希莉。さらに小説が発表されるや、作中の事件をなぞるように「事件」が発生してしまう。偶然とは思えないが、誰が何のために模倣したのかは見当もつかない。真相に近づこうとしたとき、ふたたび逃れられない悲劇が彼女たちに忍び寄る…。(「BOOK」データベースより)

 

前著『ボーダレス』で起きた「ドミナン事件」から五年後、森奈緒は高校卒業後栃木県警の採用試験に合格し、短期間で那須塩原署刑事第一課へと配属されたものの、母親の病気のために退職し実家の手伝いをしている。

片山希莉は高校卒業後、東京の明応大学に入学して演劇部に入り、希莉の原案、脚本による舞台が話題となって先輩の劇団に属することとなる。

大学卒業後は、ミッキーという少々天然の後輩の娘と共に住んで、何とか芸能関係の仕事をこなしていた。

市原琴音は、三年前に和志と結婚して中島琴音となり、二年前に父親の市原静男が経営する「カフェ・ドミナン」の二号店をオープンし、一年前に長男のを産んでいた。

その琴音のもとには、今では「和田探偵事務所」に就職したという八辻芭留がたまに訪ねてきてくれている。

その琴音が、母親も元気になり時間ができた奈緒の再就職先として八辻芭留の事務所の話をしたことで、奈緒が芭留の事務所に勤めることになった。

 

アクトレス』の感想

 

冒頭に書いたように、本書『アクトレス』は『ボーダレス』の続編です。

ボーダレス』は、女子高生の菜緒と同級生の希莉の小説、、芭留と圭の姉妹の山中の逃避行、琴音と叶音の姉妹の仲違い、社長令嬢の結樹と年上の女性との恋、という四つの物語が一つの物語へと収束していく話でした。

格闘小説、音楽小説など様々な分野の要素を持つこの物語は、それでも基本的には青春小説と言えると思っています。

その『ボーダレス』に登場していた森奈緒、片山希莉、市原琴音、八辻芭留といったメンバーが再び顔を揃えるのが本書です。

 

 

本書『アクトレス』も、と言っていいのでしょうが、やはり誉田哲也の作品らしく章ごとに視点が入れ替わりながらストーリーが展開します。

基本的には片山希莉が事件に巻き込まれるのですが、それを森奈緒や八辻芭留たちが力を合わせて解決していきます。

 

誉田哲也の物語は、それがサスペンス小説であったとしても登場人物の背景が丁寧に書き込まれています。

例えば主人公や犯人といった立場にかかわらず、それらの人物それぞれの家庭、恋人や友人との会話がリアルに描かれ、物語が真実味を付与されています。

もちろん作品ごとにそのリアリティには軽重の差があり、表現の仕方も変わってくるのですが、会話を通した人物の心理描写のうまさは変わりません。

中でも誉田哲也の青春小説での会話はテンポがよく、男の作者には本来分からないであろうと思える女の子の会話でさえもリアルに感じます。

少なくとも、現実の若い女性の会話を知らない身には真実味があるように思えるのです。

本書での森奈緒や片山希莉といった登場人物たちの会話がまさにそうで、若い女性ならではの仕事に対する悩みや友人との関係性など読んでいて素直に入ってきます。

 

そうしたなか、前著でも登場した希莉の書いた小説を軸に本書でも事件が巻き起こります。

そこで、本書のタイトルである「アクトレス」が前面に出てきます。

つまり、若手人気女優の真瀬環菜名義で希莉の書いた小説を出版することになり、その小説をなぞった軽微な事件が発生し、希莉たち仲間が巻き込まれていくことになります。

 

ただ、前著『ボーダレス』でも同様だったのですが、何となく物語そのものに意味が見えません。

本書『アクトレス』が作品として面白いかと問われれば、面白くないことはない、それどころか面白いと答えます。

しかし、それだけであり、その後の余韻がありません。

物語の作り方、進め方がうますぎるためなのか、読後に登場人物たちの喜びや、哀しみなどの情景が残らず、読み手としても読み終わればそれで終わりなのです。

『姫川玲子シリーズ』や『ジウサーガ』に見られるような爽快感や、ストーリー上の驚き、それに対する感慨などはありません。

エンタメ小説としてはそれでいいと言われればそれまでですが、やはり読後の感慨は欲しいものです。

誉田哲也というストーリーテラーの作品である以上は、そのようなおまけ的な小さな感動すら読み手としては期待してしまいます。

今後の作品に期待しようと思います。

[投稿日]2022年03月11日  [最終更新日]2022年3月11日
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