本書『黒警』は、ヤクザとそのヤクザと義兄弟の契りを結んだ事なかれ主義の警察官との姿を描く長編の警察小説です。
ただ、この作者の『機龍警察』ほどの濃密感はなく、軽い仕上がりになっている、気楽に読むエンターテイメント小説です。
街で女を見捨てた警視庁組織犯罪対策部の沢渡と、行きずりの女の命を救った滝本組の幹部ヤクザ・波多野。腐れ縁の2人の前に、女を助けたい中国黒社会の新興勢力「義水盟」の沈が現れる。3人の運命が重なる時、警察内部の黒く深い闇が蠢きだす…。(「BOOK」データベースより)
冒頭には本書『黒警』は警察小説だと書きましたが、警察小説と言いきっていいかは若干の疑問もあります。警察組織としての働きを描くことは二の次と感じられるからです。
滝本組の幹部である波多野は、かつて見捨てた女がその場で殺されてしまったという過去を持ち、ヤクザのくせに今でも困っている女を助けずにはいられません。
一方、事なかれ主義の警官である沢渡は、夜の街で絡まれている女を見てもそのまま見過ごすだけです。
ところが、沢渡が昔見過ごした女は波多野が見捨てたその女でした。共に負い目を背負って暮らしていたのです。沢渡と波多野との縁もその時にできたものでした。
そしてもう一人、中国マフィア義水盟の沈という男が、波多野を男と見込んで一人の女を預けます。たまたまその場にいた沢渡もその女を守る羽目になったのですが、沈の相手は沈の思った以上の力を有していました。そのために、沢渡も自分が戦うべき相手を見出すのですが、その相手は意外な相手だったのです。
このながれを簡単に見ても分かる通り、本書『黒警』は警察を描いてはいますが、かつての任侠映画やハードボイルド、またはある種の人情物に見られる構造です。
人情に絡んだ自己犠牲の物語は、一般的に好まれる物語の構造として定型とも言えるものでしょう。
その定型を月村了衛という達者が描くのですから面白くないわけがないのです。ただ、その形を深く描き出しているわけではありません。
とくに、沢渡の人物造形などは事なかれ主義の警官だったはずが義理人情に厚い、男の部分もあったりする少々半端な印象もあります。
本書『黒警』のような刑事とヤクザとの心の交流という点で言えば、その構造は 大沢在昌の新宿鮫シリーズの中でも特に『狼花 新宿鮫IX』で見られたと思います。鮫島と仙田という正体不明の男らとの闘いは一読の価値ありです。
また「老いぼれ犬」こと高樹警部と今は堅気となっている持とヤクザを描いた北方謙三の檻なども、構造は違いますが挙げていいかもしれません。
月村了衛という作家は、物語の骨格がきちんと練り上げられていて、シリーズの幾編かは「日本SF大賞」などの大賞を受賞している『機龍警察』を第一巻とする『機龍警察シリーズ』のような重厚な作品とは別に、『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』のように、肩肘張らずに軽く読むことができるエンターテインメント小説も多数書かれています。
本書『黒警』は、後者に近く、わりと気楽に楽しむことができるエンタメ小説と位置付けられると思います。
ちなみに、本書には『黒涙』という続編が出ています。まだ読んでないので早めに読みたいものです。