警視庁捜査一課の堀田班は、宝飾店オーナー殺人事件の容疑者を自供により逮捕。だが公判では自白強要があったと証言され、翌日、班の刑事の一人が首を吊った姿で見つかる。そしてさらなる死の連鎖が…。刑事たちは巨大な闇から仲間を、愛する人を守ることができるのか。誉田作品史上もっともハードな警察小説。(「BOOK」データベースより)
本書はジウサーガの冒頭を飾る「ジウ三部作」および『国境事変』に続く第五巻目となる長編の警察小説です。
そして本書『ハング』に続いて『歌舞伎町セブンシリーズ』へと入っていくことになりますが、『国境事変』と本書『ハング』はジウサーガの中でもスピンオフ的な位置を占めるといえるでしょう。
特捜一係の「堀田班」がやっととることができた休暇の一日、薄曇りの中海で過ごす仲間の姿が描かれる「序章」からこの物語は始まります。
警察小説の書き出しにしては非常に珍しい幕開けですが、そこは本書の展開が暗く切ない展開になることの暗示というべき明るさです。青春小説を書かせても第一人者である作者の腕の見せ所でもあります。
その後、第一章の始まりでは、総理すらもその手の中で転がすことが可能な政界の大物の会話の場面へと移り、彼らの手の中で翻弄されるであろう現場の刑事たちの行く末が示されます。
警視庁刑事部捜査第一課の遊軍である第五強行犯捜査特別捜査第一係「堀田班」は、堀田次郎警部補を主任とし、植草利巳、津原英太、小沢駿介、大河内守という四人の巡査部長から構成されています。
この堀田班に迷宮入りした殺人事件の再捜査が命じられます。犯人と目される男の自供を得たものの、突然、堀田班のメンバーに異動の辞令が出、仲間はバラバラになるのでした。
本書の主人公といえば津原英太ということになると思います。
じつは、この人物は本書『ハング』に続く『歌舞伎町セブン』に正体不明の殺し屋ジロウとして再び登場してきます。このジロウの得意技として本書の殺し屋馳卓が使う吊るしの技を引き継いでいるのです。
最初に本書を読み終えた時点ではこの津原英太がジロウになったのだとは全くわかりませんでした。この津原英太、そして伊崎基子がそれぞれにジロウとミサキとして「歌舞伎町セブン」のメンバーとして復活することは『歌舞伎町セブン』の当初から決めていたという作者の言葉がありました(ダ・ヴィンチニュース : 参照)。
この事実が明確になったのは、『歌舞伎町セブン』に続く『歌舞伎町ダムド』においてです。ジウにあこがれる殺し屋の「ダムド」に絡む物語ですが、その中でジロウとミサキの背景が明らかにされています。
本書『ハング』に戻りますが、命じられた再捜査の過程において、堀田班のメンバー個々人の警察官としての未来は絶たれ、命すらも奪われてしまうに至ります。
生き残った者には怒りしか残されてはおらず、その矛先はこの事件を仕掛けた真の人間に対し向けられます。
直接的には顔を焼かれた男、すなわち殺し屋の馳を直接の犯人として追い、その上で馳の背後にいる真の敵に対して戦いを挑む一人の男の姿が描かれていくことになるのですが、そこにあるのは切なさです。
本書冒頭の底抜けの明るさからの落差が、いま生き残った男の悲痛な状況を際立たせ、そこに班長だった堀田のあたたかさが迫ります。
「ジウ三部作」から「歌舞伎町セブン」の物語への橋渡し的なこの物語ですが、その暗さにもかかわらず、『歌舞伎町セブン』から始まる新たな物語の序章として実に読み応えのある作品として仕上がっています。
今回、あらためて「ジウ三部作」からジウサーガを読み直してみて、当初は感じなかった大きな物語の流れの中に位置づけられるそれぞれの話、という印象を抱きました。
まだ再読の途中ではありますが、個々の小説が持つ意味が少し変化し、物語の世界が大きく広がっていることに気が付き、物語の舞台背景などが大きく意味を持ってきたりと変化しているのです。
読み手の意識次第で物語から受ける印象もかくも変わるものだと、印象付けられる体験でもありました。やはり誉田哲也の小説は面白い。