深町 秋生

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終戦後の混乱と貧困が続く日本。凄腕のスパイハンターだった永倉一馬は、池袋のヤクザの用心棒をしていたが、陸軍中野学校出身の藤江忠吾にスカウトされ、戦後の混乱と謀略が渦巻く闘いへ再び、身を投じる―。吉田茂の右腕だった緒方竹虎が、日本の再独立と復興のため、国際謀略戦に対抗するべく設立した秘密機関「CAT」とその男たちの知られざる戦後の暗闘を、俊英・深町秋生が描く、傑作スパイアクション!(「BOOK」データベースより)

第一章「蜂と蠍のゲーム」
終戦後の池袋。かつて泥蜂と呼ばれた元憲兵の永倉一馬は、陸軍中野学校出身の藤江から、緒方竹虎らがひそかに設立した諜報機関CATに誘われる。その藤江がまず持ちかけてきたのは、終戦時に起こされた襲撃事件の首謀者と目されている大迫元少佐がGHQのケーディスを狙っているというものだった。
第二章「竜は威徳をもって百獣を伏す」
毒物兵器の青酸ニトリールを持ち出していたらしい登戸研究所の元研究員であった闇医者が渋谷で死んだ。元諜報員の藤江忠吾は元陸軍少将岩畔豪雄(いわくろひでお)のもと、捜査を開始する。
第三章「戦争の犬たちの夕焼け」
戦時中、上海で作った特務機関の活動で大金を得、GHQ右派と組んでいる新垣誠太郎の会社が襲撃された。CATは犯行集団がシベリアに抑留されているはずの関東軍特殊部隊と突き止め、藤江と永倉は捜査に乗り出した。
第四章「猫は時流に従わない」
池袋駅前でGI相手に暴れていた永倉は幼馴染の香田徳次に出会い、今やっている仕事を手伝うように頼まれた。しかし、その仕事というのがどうもあやしいしろものだった。

本書は全部で四つの「章」から成立していますが、実際は四つの「章」は物語としては独立しており、連作の短編集といったほうが適切かもしれません。

そのそれぞれの物語に、戦争で負わされた深い傷を負った男たちが登場します。それは主人公の永倉一馬も同様であり、たまたま成り行きで立場が異なっただけにすぎない男たちでもあります。本書はそうした男たちの行きぬいていこうとする戦いを描いた作品でもあるのです。

また、これまでの深町秋生という作家の作品の傾向からすると少々異なる作品でもあります。これまで通りにアクション性の強い小説であることは同じですが、バイオレンス性はかなり弱まっています。

それは、本書が戦後すぐの日本を舞台にしたスパイ小説であることも関係しているのかもしれません。また、吉田茂や緒方竹虎などの実在の人物を登場させ、日本国の復興を、そして再生を願う男たちの戦後裏面史であるということもあるのでしょう。

ただ、四つの物語は何となく平板に感じたことも事実です。永倉一馬も、彼をスカウトした藤江にしても今ひとつそのキャラが立っておらず、戦後の混とんとした世界というせっかくの舞台が生きていない印象はありました。

陸軍中野学校出身の藤江という男を登場させているところからでしょうか、柳広司の『ジョーカー・ゲーム』という小説を思い出していました。こちらは太平洋戦争直前が舞台であり、陸軍中野学校をモデルにしたというスパイ養成学校の「D機関」の結城中佐を中心にして、結城中佐自身、そしてこの機関の学生、卒業生の活躍を、アクションよりは頭脳戦を前面に押し出している小説です。が、あまり数が多くないスパイ小説の中では一級の面白さを持った小説でした。当然のことながらシリーズ化されています。

現代の諜報戦を描いた作品とすると結局は公安警察を描いた作品が主になると言えるのでしょう。その中では公安警察出身である濱嘉之の現場を知り尽くしたものならではの『警視庁情報官シリーズ 』や、同様に報道記者出身としての知識を生かした竹内明の『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』などは、現場をよく知る者の手によるリアルな物語であり、読み応えのある作品でした。

それでも、本書はもしかして続編でも出るのであれば是非読んでみたい小説ですし、面白くなりそうな期待を抱かせる物語でもあります。

[投稿日]2017年02月27日  [最終更新日]2018年12月30日
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