新宿で在日朝鮮人が殺害された。“G4”の存在を隠匿しようとする公安は独自捜査を開始するが、捜査一課の東警部補は不審な人脈を探り始める。刑事と公安、決して交わるはずのない男達は激しくぶつかりながらも、国家と人命の危機を察し、銃声轟く国境の島・対馬へと向かう―警察官の矜持と信念を描く、渾身の長篇小説。(「BOOK」データベースより)
本書は「ジウ三部作」に続く、ジウサーガの第四巻目に位置づけられる長編の警察小説です。
新宿封鎖事件から二年後、新宿で通名を若松吉男、本名を呉吉男(オ ギルナム)という朝鮮籍の在日三世が殺された。
東警部補らは呉吉男の実弟である呉英男に事情を聞き、何となくの不審さを拭えずにいたところ、英男の身辺に不審な男の影を見つける。
一方、呉吉男および彼が代表取締役である東侑エンタープライズ貿易会社を監視下に置いていた警視庁公安部外事二課の川尻冬吾巡査部長らも呉吉男の死に衝撃を受けていた。
本作はメインの主人公こそ「ジウ三部作」で活躍した東弘樹警部補ですが、誉田哲也のお決まりの複数視点のもう一つの主として警視庁公安部外事二課四係の「アントン」というあだ名で呼ばれている川尻冬吾という三十五歳の公安警察員がいます。
そして、この川尻の存在こそが、北朝鮮という国を前にした日本という国のありようを見据えている本書の性格、つまり在日朝鮮人の苦悩や彼らに対する公安警察のかかわりを示しています。そしてまた国境の町である対馬の現状なども描かれているのです。
具体的には、本書では川尻冬吾らいわゆる“ソト二”と呼ばれる警視庁公安部外事二課所属の公安警察員による北朝鮮絡みの監視作業の一環としての協力者獲得の様子がそのままに描かれています。
実は最初にこの作品を読んだときはこの公安警察による協力者獲得作業の様子については何も思わず、ただそういうものかと読み流していただけでした。
しかしその後、濱嘉之の『警視庁情報官シリーズ』や竹内明の『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』、それに麻生幾『ZERO』などの公安警察を描いた作品群を読み、公安警察の実情などを知るにつれ、その作業実態に目が行くようになったものです。まさか誉田哲也の作品の中に公安警察の具体的な描写があろうとは思ってもみませんでした。
対象事案に対する知識の無さが読書の内容にも影響を与えるものだと改めて認識した次第です。
ただ、だからといって本書の内容についての評価は別の話です。
公安警察の状況についてはよく調べられており、北朝鮮との間の問題意識や、在日朝鮮人と言われる人々の苦労もよく調べられていると思います。
そこらは文庫版の巻末にも挙げてある三十冊を超える参考文献を見るだけでもよくわかります。
しかし、この物語のクライマックスで明かされる謎、呉英男の抱える荷物の秘密は現実味に欠けていて少々受け入れ難いものでした。また、その後に更にかぶせてくる意外な仕掛けもまた少しではありますが、首をひねってしまいました。
ちょっと、構想を膨らませすぎのように感じてしまったのです。私らの未知の事柄ではあるにしても、それなりのリアリティーをもって構築されてきた小説の謎としてはやはり安易かもしれません。
とはいえ、以上のことは本書を読んでいる途中では頭をかすめた程度のことでした。誉田哲也という作家の力技に引きずられ、読了後に改めて考えたときに上記のように思ったにすぎません。
それどころか、呉英男の抱える苦悩や呉英男を追う東警部補の警察官としての矜持それに、津島には遺贈されている自衛官の川口と気寺である桑島との会話など、興を惹かれる点は山積していました。
目の前で、誰かが殺されそうになったら、その時は助けろよ。手ぇ出し足出して、命懸けて守れよ。それが警察官ってものだ。
東警部補が川尻に向かって言った言葉です。こうした使い方によっては“クサい”とも言われかねない言葉の積み重ねが東警部補という人物を形作ってきており、読者が感情移入しやすくなっているのでしょう。
似たようなことは対馬の桑島警部補や陸上自衛隊「対馬警備隊」の川口隊長らの言葉にもあります。
この対馬での発砲は東京や大阪の繁華街での一発とは、まるで意味が違います。・・・事変です。これはれっきとした、国境事変なのです。
などという台詞は、心に迫ります。
会話も含めた文章のテンポや、スピーディーな物語展開といったエンタテイメント小説としてのポイントが抑えられている証なのでしょう。物語としては面白いの一点でした。読了後に改めて考えたときに難点が目についたといった方が正確かもしれません。