あれから六年、大学を卒業した早苗は結婚。香織は、道場で指導しながら変わらぬ日々を過ごすが、玄明先生が倒れ、桐谷道場に後継者問題が―。剣道女子を描く傑作エンタメ、六年ぶりの最新刊。(「BOOK」データベースより)
誉田哲也の「武士道」シリーズの第四作目であり、最終話だそうです。
早苗の結婚式の場面から始まる本書は、早苗と香織という社会人になった主人公二人の姿が描かれています。
早苗は足の故障もあり今では剣道からは遠ざかってはいるものの、就職先は母校の東松学園であり、桐谷道場にも経理を見るという形でかかわっています。
一方、香織は就職も決まらずにいたところ、桐谷道場の師範である桐谷玄明が倒れ、道場の跡継ぎ問題が起きます。本来、道場の高弟であり早苗の旦那でもある充也が継ぐべきなのですが、警察官をやめるなという師範の言葉もあり、香織が手を挙げるのです。
しかし、後継者としては「シカケ」と「オサメ」という型を修めていなければならないため、充也に頼み込んで、体中あざだらけになりながらも稽古をつけてもらう香織だったのです。
これまでのシリーズ三作と異なり、剣道についての描写は一歩引いたような印象を受けます。変わって、社会的な視点が加わり、登場人物の間において第二次世界大戦や韓国との慰安婦の問題などについての議論が交わされます。
これは直接的には早苗の直面する問題として描かれているのですが、香織の道場後継のための稽古も、武術の対戦相手を倒すための「力」という問題を通して間接的にかかわってきます。
平和獲得、維持のためには圧倒的な力が必要だという考えがあります。少なくとも本書はその考えに与していると読めるのです。早苗の思う平和を実現するにしても、まずは「力」なのです。
そして個人的な考えをここで述べることはやめますが、そうした考えを基本に置きながらも、へんに政治的な主張をするわけでもなく、明るい未来を信じる青春小説として成立させているこの作品に、そして作者に敬意を抱くばかりです。
剣道と言えば、私の若い頃に高橋三千綱 の『九月の空』という作品がありました。「五月の傾斜」「九月の空」「二月の行方」という連作の中編三作が収納されています。その中の「九月の空」が昭和53年の芥川賞を受賞しました。芥川賞受賞作だからといって堅苦しい作品ではなく、剣道を通して見た等身大の高校一年生が描かれている読みやすい作品でした。
近年で言うと、藤沢周 の『武曲(むこく) 』という作品を外すわけにはいかないと思います。ラップ命という高校生羽田融(はだとおる)が剣道部のコーチ矢田部研吾から一本を取り、剣道にのめり込んでゆく。高校生羽田融とアル中コーチ矢田部研吾の内面に深く切り込む「超純文学」。明るい青春小説ではありませんでした。この作品は綾野剛と村上虹郎というキャストで映画化されるそうです。
また、第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』の海堂尊が書いた、『ジェネラル・ルージュの凱旋』の速水晃一と『ジーン・ワルツ』の清川吾郎、それに高階権太などの、作者の言う「東城大学シリーズ」の面々が登場する、彼らの医学生時代の剣道部での活躍を描いた『ひかりの剣』という作品があります。海堂ワールドが好きな人にとってはたまらない本ではないでしょうか。
更にコミックの部門で言うと、『仁(じん)』を描いた村上もとかの『六三四の剣』や『龍-RON-(ロン)』があります。前者は剣道日本一を達成した夏木夫婦の間に生まれた六三四少年を描いた作品です。ライバルの東堂修羅と切磋琢磨しながら成長していく姿はコミックとはいえかなり読み応えがありました。
また、後者の『龍-RON-(ロン)』は全42巻にもなる大河ドラマです。昭和初期から太平洋戦争終結に至るまでの時代、当初は京都の武道専門学校を、そして後には満州を舞台にした冒険物語になっていきます。剣道関連は、この京都の武専時代が主ではありますが、その存在さえ知らなかった武道専門学校での剣道の修行は読みごたえがありました。