『ドッグ・メーカー』とは
本書『ドッグ・メーカー』は『監察官黒滝シリーズ』の第一弾作品で、2017年7月に文庫本書き下ろしで出版された、村上貴史氏の解説まで入れて616頁の警察小説です。
ノワール小説と分類されてもいいほどのアクの強い、それも監察係の警察官を主人公とする珍しい作品ですが、とても面白く読むことができました。
『ドッグ・メーカー』の簡単なあらすじ
黒滝誠治警部補、非合法な手段を辞さず、数々の事件を解決してきた元凄腕刑事。現在は人事一課に所属している。ひと月前、赤坂署の悪徳刑事を内偵中の同僚が何者かに殺害された。黒滝は、希代の“寝業師”白幡警務部長、美しくも苛烈なキャリア相馬美貴の命を受け、捜査を開始する。その行く手は修羅道へと繋がっていた。猛毒を以て巨悪を倒す。最も危険な監察が警察小説の新たな扉を開く。(「BOOK」データベースより)
『ドッグ・メーカー』の感想
本書『ドッグ・メーカー』の著者深町秋生には他にも警察官を主人公にしたシリーズ作品があります。
その中の一つが本書の主人公黒滝誠治のようにいわゆる悪徳警官と呼べそうな警察官、それも女性警察官を主役としたシリーズ作品である『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』であり、2022年5月の時点での『ファズイーター』で第五巻となっています。
この両作品に共通するのが暴力であり、主人公のアクの強さです。
本書の主人公である黒滝誠治警部補は他人の秘密を探り出すことに病的なまでに関心を持っていて、手段を選ばずに情報収集をし、さらにその情報で目的の人物を自分のコントロール下に置くのです。
『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の八神瑛子警部補もまた自分が欲しい情報を得るために手段を選びません。
八神瑛子は警察官を相手に貸金業を営み、その貸金をネタに警察内部や捜査情報などの秘密を探りだし、自分の捜査に役立てようとするのです。
この両者が異なるとすれば、それは両者の職掌の違いと、黒滝の場合は上司に相馬美貴という熱血漢の警視がおり、さらにその上司に白幡一登という警務部長がいて、黒滝の捜査方法を黙認しているところでしょうか。
八神瑛子の場合、瑛子が所属する上野署の署長である富永昌弘というキャリアがいて、瑛子の捜査方法に異を唱えようとします。
でも、後には瑛子の働きを見て捜査上の必要性から黙認しているだけの形をとってはいますが、事実上、上記の相馬や白幡と同様の庇護者として機能しているようです。
とすればこの点はあまり両作品の差というわけにはいかないかもしれず、残るは職掌の違いだけが残るだけでしょう。
ただ、職掌の違いから両者の犯罪の捜査対象は大きく異なるものの、その捜査の過程にはそれほどの差はないと言えます。
黒滝の金と暴力、そして手段を選ばずに知り得た情報を駆使して対象に近づくやり方は八神瑛子にもそのまま当てはまります。
こうしてみると、両者の行動にそれほどの違いはないとも言えそうです。
しかし、やはり男性と女性という差は大きく、また両者の所属部署、警視庁人事一課監察係と警視庁上野署組織犯罪対策課という所属部署の差はかなり大きなものがあるようです。
特に本書『ドッグ・メーカー』の場合、物語として警視庁内部の権力争いを前面に掲げ、警務部トップの白幡が、相馬美貴警視などの力を得てその部下の黒滝を手足として勢力を展開する物語、との側面も無きにしも非ずであり、そうした点でも読み応えがあります。
もっとも、本書は監察の人間を主役としている割には普通の刑事ものとそれほど異なった点はありません。
悪徳刑事が、同じ警察内に巣くう悪徳刑事を洗い出す過程では暴力団も相手にすることになり、そうした点であまり変わりはないのです。
捜査の対象が警察官であり、その対象を脅迫し、自分の意のままに従わせるという黒滝独自の行動をとることになるだけです。
この点で、例えば佐々木譲の『北海道警察シリーズ』序盤の三部作の、組織を相手にしたサスペンス小説とは、同じ警察を相手にした警察小説でもかなりその趣を異にします。
そうしてみると、本書はリアルなサスペンスではなく、バイオレンスを主軸に組み立てられたノワール小説の色合いが濃いというべきでしょう。
結局、本書『ドッグ・メーカー』は深町秋生の作品特有のバイオレンスもふんだんに盛り込まれた作品であり、強烈な個性を持った人物を主人公に据えたエンターテイメント小説だということになります。
ともかく、本書は単純にエンターテイメント性を楽しむべき作品と言えると思います。