『探花 隠蔽捜査9』とは
本書『探花 隠蔽捜査9』は『隠蔽捜査シリーズ』の第九弾作品で、2022年1月に刊行された、新刊書で334頁の長編の警察小説です。
新天地である神奈川県警に移って二作目となる本作ですが、相変わらずに主人公の特異なキャラを生かしながら、さらに管轄内に抱える横須賀米軍基地という特殊性を考慮した面白い作品でした。
『探花 隠蔽捜査9』の簡単なあらすじ
信念のキャリア・竜崎に、入庁試験トップの新ライバルが出現!? 「俺は、ただの官僚じゃない。警察官僚だ」次々と降りかかる外圧に立ち向かう、人気シリーズ第9弾! 神奈川県警刑事部長となった竜崎のもとに現れた、同期入庁試験トップの八島という男。福岡県警から赴任してきた彼には、黒い噂がつきまとっていた。さらに横須賀で殺人事件が発生、米海軍の犯罪捜査局から特別捜査官が派遣されることにーー。次々と降りかかる外圧に、竜崎は警察官僚としての信念を貫けるのか。新展開の最新刊。(出版社より)
竜崎が刑事部長として神奈川県警に赴任してきて初めての五月のある日、登庁してすぐに阿久津重人参事官と板橋武捜査一課長とが、横須賀のヴェルニー公園で遺体が発見されたと言ってきた。
阿久津参事官は、もし米軍絡みの犯罪であれば日米地位協定の関係で海軍犯罪捜査局が乗り出してくるかもしれないので、捜査本部の設置は早い方がいいという。
その後、白人男性が刃物を持って逃走していたとの目撃情報があり、結局米軍との調整のためにトップが出向く必要があるということになった。
しかし、そこに居合わせた警務部長として異動してきた八島圭介の「王将は必要はなく、飛車でも動貸しておけばいい」との言葉に、本部長は動かずに竜崎だけが出向くこととなった。
この八島圭介という男は竜崎の同期のキャリアであって入庁時の成績がトップであったらしく、二番の成績だった警視庁の伊丹刑事部長などは、八島は何かと黒い噂もある男であり気を付けるようにというのだった。
『探花 隠蔽捜査9』の感想
本『隠蔽捜査シリーズ』の主人公の竜崎伸也は、一般の警察官や警察官僚が抱いている警察官僚像とは異なり、出世に関心がなく、警察官の仕事は事件の解決であり、事件の解決に役立つために合理的に動くことを身上としている人物です。
本シリーズの魅力は、そうした竜崎という人間にある意味振り回されている警察機構内部の人間模様の描き方にある、というのはあらためて言うことでもないでしょう。
そこには、硬直化した警察組織、警察官僚に対する著者今野敏なりの風刺・揶揄の意味もあると思われます。
本書『探花 隠蔽捜査9』は、その竜崎が警視庁管轄外の神奈川県警に異動してからの第二弾となる物語です。
それは、マンネリに陥りかけていた本シリーズを再活性化するための処方であり、その試みが今のところ成功していると思います。
舞台を新たにすることで竜崎という特異なキャラも生きてきており、また新しい土地の特色も生かすことができていると思われるのです。
繰り返しまさうが、本隠蔽捜査シリーズの魅力は何といっても主人公の竜崎伸也の特異なキャラクターにあります。
ところが、シリーズも巻を重ねるにつれ、読者は、そして登場人物でさえも竜崎のキャラクターにも慣れてくるのは当然であり、竜崎の魅力が薄れてきました。
そこで、竜崎を異動させ新しい地での活躍が描かれることとなったのが前巻の『清明 隠蔽捜査8』であり、その試みは成功していると思えます。
つまり、前著『清明』では中華街が、本書『探花』では横須賀の米軍基地という神奈川ならではの特異性を織り込んである点がこれまでにない視点です。
確かに、東京にも横田などに米軍関連の基地などはありますが、これまでの竜崎がいた大森署を舞台にしたままでは描けない事案でしょう。
その点神奈川県警は横須賀という大規模米軍基地を抱えており、また米軍関係ではなにかと取りざたされることの多いいわゆる「日米地位協定」も問題となり得るのです。
この「日米地位協定」を取り上げた作品としては、誉田哲也の『ジウサーガ』第八弾の『ノワール 硝子の太陽』という作品があります。
この作品は『姫川玲子シリーズ』に属する『ルージュ: 硝子の太陽』とのコラボレーション作品で、日米地位協定が重要な意味を持つ事柄として取り上げてありました。
作者今野敏が本書『探花 隠蔽捜査9』のマンネリ化を回避するために打った二番目の手段が新しい人物を登場させることです。
そのことは、刑事部捜査一課長の板橋武と参事官の阿久津重人という新しい人物が脇を固めていることは当然として、米軍関連でリチャード・キジマ特別捜査官という担当者を引っ張り出していることもそうでしょう。
しかし、なにより一番のインパクトは八島圭介というキャリアが警務部長として登場してくることです。
この人物は竜崎や警視庁刑事部長の伊丹俊太郎とは同期であり、入庁時の成績が一位だったという人物で、キャリアにとって出世することが一番の目的だと言い切る、まさに官僚的な人物なのです。
この人物が赴任早々に起きた横須賀のヴェルニー公園で発生した殺人事件の捜査本部に本部長の佐藤実が出向くまでもなく、竜崎が行けば足るとして本部長を連れていこうとしていた竜崎の思惑を潰してしまいます。
伊丹によれば何かと黒い噂のある人物だといい、今回の事件でも竜崎の聴取を受けることになります。
こうした新天地での竜崎の活躍はこのシリーズのマンネリの印象を一掃するのに成功していると言えると思います。
少なくとも本書はとても面白く、シリーズの当初の新鮮さに近い印象を持った作品でした。