『清明: 隠蔽捜査8』とは
本書『清明: 隠蔽捜査8』は『隠蔽捜査シリーズ』の第十弾で、2020年1月に刊行されて2022年5月に432頁で文庫化された、長編の警察小説です。
長編ではシリーズ八冊目となる作品で、相変わらずに面白いのですが、ストーリーの運びがどんどん単純になってきているようで、本書もその例に漏れません。
『清明: 隠蔽捜査8』の簡単なあらすじ
大森署署長として功績を挙げた竜崎伸也は、神奈川県警に刑事部長として招かれた。着任後まもなく、東京都との境で他殺体が発見され、警視庁との合同捜査に。被害者が中国人で、公安が関心を寄せたため、事案は複雑な様相を呈してゆく。指揮を執りつつ、解決の鍵を求めて横浜中華街に赴く竜崎。彼は大規模県警本部で新たな重責を担うことができるのかー。隠蔽捜査シリーズ第二章、ここに開幕。(「BOOK」データベースより)
『清明: 隠蔽捜査8』の感想
本書『清明: 隠蔽捜査8』は、『隠蔽捜査シリーズ』の長編では八冊目の警察小説です。
今野敏という作者の近時の作品には皆言えることだと思いますが、多作の故か、ストーリーの構成がどんどん単純になってきているようで、本書もその例に漏れません。
家族の不祥事によって所轄署に飛ばされたキャリア官僚の現場での活躍を描く『隠蔽捜査シリーズ』も本書で八冊目となりますが、スピンオフ的な短編集も入れると十冊目になります。
本書『清明: 隠蔽捜査8』での竜崎伸也には大きな変化があり、これまでの大森署署長という立場から神奈川県警の刑事部長へと栄転し、新たな職場で活躍することになります。
当然ですが、これまでのシリーズ作品とは職場背景が異なり、新たな魅力を持った物語が展開されるはずですが、その期待は思ったよりも外れました。
つまり、あい変らずの竜崎警視が神奈川県警へと異動し、竜崎のことを何も知らない署員たちとお約束のやり取りを繰り広げますが、そこらの新しい登場人物たちとのやり取りなどの掘り下げ方が今一つです。
事件解決面でのミステリーとしての側面でも特別なものではありません。
着任早々に殺人事件が発生しますが、現場が東京都との県境であるために、結局は警視庁の捜査官らとの合同での操作ということになり、やはり現場に出ることの好きな伊丹刑事部長と共に捜査を指揮することになります。
伊丹をはじめとする警視庁の見知った捜査員たちとの共同捜査という設定になっているので、職場が変わったことへの新鮮さが減じて感じられたのでしょう。
また、事件自体は中国とのからみがあることから必然的に公安とのやり取りが出てくるのですが、警察小説としての醍醐味は今一つ盛り上がりに欠ける印象があります。
それは一つには、竜崎の独特なキャラクターが魅力を発揮し、当初は警戒感を抱いていた周りの人間が次第に竜崎の魅力に取り込まれていく、という流れに何も変わりがないということにあると思われます。
そして何よりも、竜崎としては合理性を追求した論理的な結果としか思えない行動、しかし一般的な感覚からすると型破りは行動がことごとく竜崎の有利になるような結果をもたらしているということが、違和感をもたらしているのです。
竜崎の奥さんである冴子が絡んだ警察OBの滝口との軋轢も、結局は竜崎の魅力に取り込まれたということになりますし、すべてが竜崎の思うように転がっていく様は少々都合がよすぎるのではないかと思えてきます。
本『隠蔽捜査シリーズ』の魅力は、一般社会では通用しないであろう組織の人間関係や硬直的で非合理な制度などに対し、組織論としての合理性を盾に意見を貫く竜崎という男の行動力にこそあるはずです。
普通では通用しない竜崎の行動が結果として功を奏し、反対者をやり込める、言葉が悪ければ反対していた者さえも納得させてしまう、その点にカタルシスを感じているのだと思われます。
ところが、本書では少々できすぎだと感じられたのです。あまりにも都合良すぎる展開は物語に違和感を生じさせてしまいます。
これがこの作者の『任侠シリーズ』や『マル暴甘糟』のような、コメディものであればまだいいのですが、本書『清明: 隠蔽捜査8』が属する『隠蔽捜査シリーズ』のようなシリアス作品はもう少し丁寧な展開を期待したいのです。
再度付け加えれば、今野敏という作者の多作さは、こうした物語の内容の薄さを感じさせるようになってきたと思えます。
大好きな作家さんであるからこそ、もう少し時間をとってよく練られた構成のもとでの『隠蔽捜査シリーズ』作品を始めとした今野敏の作品を読みたいと思ってしまいます。