本書『去就: 隠蔽捜査6』は『隠蔽捜査シリーズ』第六弾の、文庫本で428頁の長編の警察小説です。
今野敏作品の中でも一、二を争う人気シリーズといっても過言ではないシリーズで、本書もその面白さの例外で張りません。
『去就: 隠蔽捜査6』の簡単なあらすじ
大森署管内で女性が姿を消した。その後、交際相手とみられる男が殺害される。容疑者はストーカーで猟銃所持の可能性が高く、対象女性を連れて逃走しているという。指揮を執る署長・竜崎伸也は的確な指示を出し、謎を解明してゆく。だが、ノンキャリアの弓削方面本部長が何かと横槍を入れてくる。やがて竜崎のある命令が警視庁内で問われる事態に。捜査と組織を描き切る、警察小説の最高峰。(「BOOK」データベースより)
竜崎が署長を務める大森署管内で、ストーカーによる犯行の可能性のある誘拐事案が発生した。
そこで、戸高刑事もメンバーとなって立ち上げられていたストーカー対策チームも捜査に参加させることにした。
ところが、その誘拐事案で被害者と共にストーカーのところに赴いた男が殺され、殺人事件へと発展してしまう。そしてそのストーカ犯人と目される下松洋平は、父親の猟銃を持って立てこっているというのだ。
ここで伊丹刑事部長は、すぐさまSITを出動させるが、弓削方面本部長はべつに銃器対策チームの投入をはかるのだった。
『去就: 隠蔽捜査6』の感想
組織が個人の思惑で硬直化し、現場の指揮者らは組織の論理に振り回されてしまいます。
そこで、竜崎署長は自ら現場へ赴くのですが、そこでは自らが指揮を執るのではなく、現場のことは現場指揮官の指揮に従うのが一番合理性があるとして、現場の人間が最大に実力を発揮できるようにと後方支援を始めるのです。
ここらが、竜崎という合理性を重んじる男が人気を博している原因でしょう。目的に向かって最適な方法を選ぶことこそ合理的であり、その結果として事件が解決し、更に大森署の部下たちが力を合わせた結果としての解決であり、ここに二重の喜び、カタルシスが感じられる理由があると思われるのです。
近年、ストーカー問題がクローズアップされ、推理小説でもストーカーをテーマにした作品が増えてきたようです。本書の場合、ストーカーをテーマにしているとまでは言えないとは思いますが、事件のきっかけではあるようです。
警察小説でストーカー問題を取り上げるとしたら、ストーカー犯人自体やストーカー行為そのものではなく、それに対応する警察側の処し方が問題となってくるのは必然でしょう。
ストーカー行為そのものの持つ意味についての考察が為された作品は、少なくとも警察小説の分野では知りません。
そういう意味で、警察との関わりでのストーカー事案を取り上げた作品としては、柚月裕子の朽ちないサクラがあります。
平井中央署では、慰安旅行のために被害届の受理を先延ばしていたためストーカー殺人を未然に防げなかったと、新聞にスクープされてしまいます。
その情報の流出元を自分ではないかと危惧している県警広報広聴課の事務職員森口泉が、自分の親友の死をきっかけに真相究明に乗り出す物語です。
この作品は、千葉県警で時歳に起きた警察の不祥事をモデルに書きあげられたそうですが、この小説も、ストーカーそのものを取り上げているわけではありませんでした。
また、頭脳明晰な主人公が事実から導かれる論理の通りに行動し、結果としてその論理のとおりに事案が展開する、という流れは、富樫倫太郎の『生活安全課0係シリーズ』でも見られます。
しかし、『生活安全課0係 ファイヤーボール』を第一作とする『生活安全課0係シリーズ』の場合、主人公の小早川冬彦は、空気を読むことができず人間関係の構築ができません。それなりに分別もある竜崎署長とはかなり異なるのです。
ともあれ、本『隠蔽捜査シリーズ』は若干のマンネリズムの様相を見せ始めてはいますが、それでもなお最も面白い警察小説の一冊ではあります。
今後、竜崎の転勤などの変化を見せつつさらに面白い小説として展開していきます。
続刊の刊行が待たれるシリーズです。