『孤狼の血』とは
本書『孤狼の血』は『孤狼の血シリーズ』第一巻目であり、2015年8月に刊行され、2017年8月に464頁の文庫本として出版された長編の警察小説です。
暴力団と癒着している刑事とそこに配属された正義感に満ちた新米刑事との姿を描く、この作家のこれまでの作風とは異なる、しかしかなり面白く読むことができたエンターテイメント小説でした。
『孤狼の血』の簡単なあらすじ
昭和63年、広島。所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡は、ヤクザとの癒着を噂される刑事・大上とコンビを組むことに。飢えた狼のごとく強引に違法捜査を繰り返す大上に戸惑いながらも、日岡は仁義なき極道の男たちに挑んでいく。やがて金融会社社員失踪事件を皮切りに、暴力団同士の抗争が勃発。衝突を食い止めるため、大上が思いも寄らない大胆な秘策を打ち出すが…。正義とは何か。血湧き肉躍る、男たちの闘いがはじまる。(「BOOK」データベースより)
『孤狼の血』の感想
本書『孤狼の血』についての第一印象は、何と言っても菅原文太主演の映画『仁義なき戦い』を彷彿とさせる物語の面白さです。本書についてのどのレビューを読んでも『仁義なき戦い』という言葉が出てこないものはありません。
広島弁が、それも極道の発する広島弁が全編を飛び交います。小説としてのインパクトの強さで言ったら近年で一番だったかもしれません。
なにせ、本書『孤狼の血』の冒頭で、新人の日岡秀一に対しいきなり「二課のけじめはヤクザと同じよ」と言い切ってしまうキャラクターが登場するのですから強烈です。
この男は大上章吾という捜査二課の班長であるにもかかわらず、日岡に街で会ったヤクザに対し喧嘩を売らせ、挙句にはヤクザから訳の分からない金をためらいもなく受け取ります。
同じリアリティーのある極道のような刑事が出てくる小説であっても、『悪果』のような黒川博行の小説の登場人物ともまた異なります。
それは同じ極道であっても、大阪弁と広島弁との差なのかもしれませんが、それよりも黒川版では会話にどこかコミカルなニュアンスが漂っていますが、本書の場合はそれはないのが大きい気がします。
文字通り『仁義なき戦い』の世界で交わされる広島弁なのです。
そう言えば、黒川博行の『疫病神シリーズ』に、主人公の一人である桑原の兄貴分として二蝶会若頭の嶋田というのキャラクターがいます。
この人物の登場場面はあまり無いのですが、どことなくコミカルでありながらも、極道としての貫禄を持っているのです。特に直木賞を受賞した『破門』という作品の中で存在感を見せる場面があります。
そうした場面を見ると、この男からコミカルな側面を取り去ると本書の登場人物の一人を彷彿とさせる人物像が出来上がりそうです。
本書『孤狼の血』では、古くからの極道と新興のやくざとの一触即発の雰囲気の中、大上は日岡を連れて何とか抗争を回避すべく動き回ります。
しかしながら、大上のとる行動は一般社会のルールを逸脱したものであり、正義感に燃える日岡はその狭間に立ち悩まざるを得ません。
「正義」とは何かを問うこの物語は、圧倒的な存在感を持って読者を引き付け、強烈なメッセージを残します。そして、エピローグになり本書のタイトルの意味が分かるのです。
本書『孤狼の血』について調べてみると、作者自身の言葉として「昔から、『仁義なき戦い』や『麻雀放浪記』など男同士がしのぎを削る世界が大好きなんです。」と言われていますが、女性でこれらの作品が好みだというのはこの作家さんも少々変わっておられるのかもしれません。
阿佐田哲也の『麻雀放浪記』(文春文庫 全四巻)は、文字通り全編麻雀をやっている場面だけで成立している小説だと言っても過言ではないほどの物語です。
ただ、打牌をするときの読み合いや心理描写、イカサマに対しての緊張感を持ったやり取り、男どもの麻雀を通して交わされる熱情のほとばしりなど、この作品のもつエネルギーは半端なものではありませんでした。
こうした物語にあこがれにも似た気持ちを持ちつつ、結局は自分の物語を描き出してしまうこの作家さんは凄いです。
「任侠のルールが残っている世界を舞台にしたかった」という著者は見事にその気持ちを実現したと言えるのではないでしょうか。
他方、この作家は『佐方貞人シリーズ』のような、この作家の言う「表の正義」を描いても社会性を持った実に面白い物語を紡ぎだされています。
個人的には今一番お勧めの作家さんだと言っても過言ではありません。