『朽ちないサクラ』とは
本書『朽ちないサクラ』は『森口泉シリーズ』の第一弾で、2015年2月に徳間書店からハードカバーで刊行され、2018年3月に徳間文庫から416頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。
県警広報広聴課という事務方の女性を主人公とする作品ですが、主人公を事務方に設定する必然性があまり感じられない、しかし楽しめた作品でした。
『朽ちないサクラ』の簡単なあらすじ
警察のあきれた怠慢のせいでストーカー被害者は殺された!?警察不祥事のスクープ記事。新聞記者の親友に裏切られた…口止めした泉は愕然とする。情報漏洩の犯人探しで県警内部が揺れる中、親友が遺体で発見された。警察広報職員の泉は、警察学校の同期・磯川刑事と独自に調査を始める。次第に核心に迫る二人の前にちらつく新たな不審の影。事件には思いも寄らぬ醜い闇が潜んでいた。(「BOOK」データベースより)
米崎県警平井中央署では、生活安全課が慰安旅行のために被害届の受理を先延ばしにしたことでストーカー殺人事件を防げなかったとのスクープが出てしまう。
県警広報広聴課に勤務する森口泉は、そのスクープ情報の流出元が慰安旅行の事実を親友の新聞記者の津村千佳に漏らした自分にあるのではないかと思っていた。
ところが、自分は漏らしていない、「信じて」との言葉を残した後、その千佳が殺されてしまう。
千佳から「この件には、なにか裏があるような気がする」と聞いていた泉は、平井中央署生活安全課所属の警察官、磯川俊一の力を借りて親友の死の謎を解き明かそうとするのだった。
『朽ちないサクラ』の感想
2012年4月に千葉県警で慰安旅行を理由として被害届の受理を先延ばしにし、結果としてストーカー殺人事件が起きたという事件がありました。
本書『朽ちないサクラ』は、その事件を元に書かれたものと考えられます。とはいえ、相談を受けた警察による被害届の受理の先延ばしという設定だけが同じであり、あとは関係のない内容です。
柚月裕子という作家は私が今一番面白いと思う作家の中の一人ですが、この作品に関しては、それなりの面白さはあったものの若干の不満点がありました。
それは、一つには主人公の森口泉を県警広報広聴課という事務方に設定する必然性があまり感じられなかった、ということです。
泉が事務方であることが物語の終わりに為したある決心には関わってきますが、それも大したことではありません。
そしてもう一点。これが大きいのですが、この物語の結末が納得のいくものではないということです。
本書のタイトルの『朽ちないサクラ』という言葉に結末を暗示するものがあったわけですが、それにしては若干書き込みが浅く、物足りなさを通り越した浅薄さを感じてしまいました。
本書がリアリティーを持ったミステリーとして書かれているのですから、物語の深みを見据えて欲しかったと思います。
最初の不満点は私の個人的な感想にすぎないので無視できるのですが、二番目の本書の処理の仕方に関しては、同様の感想を持った方が多かったようです。
エンタテインメント小説の書き手として一番期待している作家さんでもあり、本書自体も物語として面白くないわけではないので、残念ではありました。
せっかくの物語が腰砕けになった印象を持ってしまったのです。
本書同様の構造をもった小説として笹本稜平の『破断 越境捜査』がありました。越境捜査シリーズの第三弾であり、少々現実味を欠く物語との印象を持つ小説でした。
この小説も本書『朽ちないサクラ』と同様に、敵役をあまりにも簡単に悪役として取り扱ってあり、それなりのリアリティーをもって進んできた物語が一気に現実感を失った印象を持ったのでした。
とはいえ、この『破断 越境捜査』も本書と同様に物語としての面白さはあるのですから、以上の印象をもたない人には面白い作品として読み進めることができると思います。
なお、本書の主人公の森口泉は、この後「私、警察官になる」との宣言通りに刑事となり、さらに機動分析係で勤務するようになります。
それが『月下のサクラ』であり、本書『朽ちないサクラ』はその作品の前日譚ともいうべき位置付けになっているのです。
作者柚月裕子の新しいシリーズの始まりです。楽しみに待ちたいシリーズがまたここにも登場しました。
ちなみに、本書を原作として杉咲花主演で映画化されるそうです。詳しくは下記サイトを参照してください。