池袋ウエストゲートパークシリーズ

池袋ウエストゲートパークシリーズ』とは

 

本『池袋ウエストゲートパークシリーズ』は、主人公のマコトのトラブルシューターとしての活躍を描き出す各巻四篇の物語で構成される連作のハードボイルド短編集です。

読みやすい文体と、的確に時代を反映させた内容とが長瀬智也主演のドラマのヒットと共に受け入れられベストセラーとなったシリーズです。

 

池袋ウエストゲートパークシリーズ』の作品

 

池袋ウエストゲートパークシリーズ(2021年10月16日現在)

  1. 池袋ウエストゲートパーク
  2. 少年計数機
  3. 骨音
  4. 電子の星
  5. 反自殺クラブ
  6. 灰色のピーターパン
  1. Gボーイズ冬戦争
  2. 非正規レジスタンス
  3. ドラゴン・ティアーズ―龍涙(りゅうるい)
  4. PRIDE―プライド
  5. 憎悪のパレード
  6. 西一番街ブラックバイト
  1. 裏切りのホワイトカード
  2. 七つの試練
  3. 絶望スクール
  4. 獣たちのコロシアム
  5. 炎上フェニックス

池袋ウエストゲートパーク外伝(2021年10月16日現在)

  1. 赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝
  2. キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇

 

池袋ウエストゲートパークシリーズ』について

 

本『池袋ウエストゲートパークシリーズ』は、池袋西口に実際に存在する「池袋西口公園」をモデルにした「池袋ウエストゲートパーク(IWGP)」と呼ばれる公園をしばしば登場させながら、持ち込まれる様々なトラブルを主人公のマコトこと真島誠が解決していく物語です。

このシリーズは時代を彩る事柄をそれぞれの話に反映させ、何らかの問題提起をしているところを大きな特色としています。

 

登場人物で忘れてならないのが、池袋のカラーギャング「G-Boys」のリーダーのキングと呼ばれているタカシこと安藤崇の存在です。

池袋の若者から恐れられ、ヤクザも一目置いている存在ですが、マコトの工業高校の時の同級生であり、マコトをギャング団に引き入れようとしますが、マコトは断り続けています。

本『池袋ウエストゲートパークシリーズ』は、マコトが主人公ではありますが、タカシもまた影の主人公的な位置にいて、マコトの助けに回ったり、マコトに問題を持ち込んだりもしています。

また、このタカシの存在が池袋の裏事情をテーマにすることを自然にしているとも言えそうです。

この二人の関係については『キング誕生 池袋ウエストゲートパーク青春篇』に詳しく書いてあります。

 

 

タカシがカラーギャングのリーダーであり、結局、暴力的な危険をはらむトラブルにも首を突っ込むマコトですが、中にはヤクザとのトラブルもあります。

そのヤクザとの伝手として、マコトの中学の同級生のサルこと斉藤富士夫がいます。

サルは昔はいじめられっ子でしたが、今では池袋を仕切る暴力団の「羽沢組」の構成員になっているのです。

一方、池袋署にも知り合いはおり、池袋署生活安全部少年課の刑事の吉岡や、マコトが幼いころからの近所のお兄さんであった池袋署署長の横山礼一郎などもいます。

 

本『池袋ウエストゲートパークシリーズ』の主人公であるマコトは、母親が営む果物屋の手伝いながら、雑誌にエッセイを書いており、そこそこに人気もあるようです。

店では好きなクラシック音楽を流していますが、ギャングのリーダーのタカシも認める度胸と腕っぷしの持ち主でもあります。

 

本『池袋ウエストゲートパークシリーズ』は2010年に刊行された『PRIDE―プライド 池袋ウエストゲートパークX』をもって第一シーズンが終わり、2014年に刊行された『憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI』から第二シーズンとして再開され、現在に至っています。

わたしも、第一シーズンの全部を読み終えたものの、第二シーズンの再開を知らずにいたのですが、2017年になり『憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI』の存在を知り、再び読み始めましたが、その一冊で中断していたものです。

今回、第十四弾の『七つの試練 池袋ウエストゲートパークXIV』を読んだことからまた読み始めようかと思っています。

 

日本のハードボイルド小説もかなり面白い作品が増えてきましたが、本シリーズも軽く読めるハードボイルド小説として位置づけられると思います。

北方謙三志水辰夫大沢在昌深町秋生

似た傾向の作品として東直己の『ススキノ探偵シリーズ』や『探偵・畝原シリーズ』がありますが、

 

ちなみに、本『池袋ウエストゲートパークシリーズ』は、2000年に宮藤官九郎の脚本で、堤幸彦をチーフ演出とし、マコトを長瀬智也、タカシを窪塚洋介というキャストでテレビドラマ化され、大人気を博しました。

また、このドラマには他に坂口憲二や佐藤隆太、山下智久、高橋一生、妻夫木聡なども出演しており、また遠藤憲一、渡辺謙、阿部サダヲ、森下愛子、小雪、矢沢心などといった今では考えられない役者さんたちも共演していたそうです。

当時私はドラマに関心がなく、一話も見ていないことが残念です。

機龍警察 白骨街道

機龍警察 白骨街道』とは

 

本書『機龍警察 白骨街道』は『機龍警察シリーズ』第六弾となる作品で、新刊書で437頁の長編の冒険小説です。

非常に読みごたえのあるシリーズであり、本書もまたシリーズの質を落とさない、とても面白く読めた作品でした。

 

機龍警察 白骨街道』の簡単なあらすじ

 

国際指名手配犯の君島がミャンマー奥地で逮捕された。日本初となる国産機甲兵装開発計画の鍵を握る彼の身柄引取役として官邸は警視庁特捜部突入班の三人を指名した。やむなくミャンマー入りした三人を襲う数々の罠。沖津特捜部長は事案の背後に妖気とも称すべき何かを察知するが、それは特捜部を崩壊へと導くものだった…傷つき血を流しながら今この時代と切り結ぶ大河警察小説、因果と怨念の第6弾。(「BOOK」データベースより)

 

その日、特捜部長の沖津旬一郎は警視総監から檜垣警察庁長官と共に夷隅董一官房副長官に会うように命じられた。

重要な日本初の国産機甲兵装に関するサンプルを持ち出しどこかに隠匿しているジェストロンの君島がミャンマーのラカイン州で逮捕されたため、受け取りに行って欲しいという話だった。

サンプル保持のためにも身柄の確保が急務だが、君島の捉えられている場所はロヒンギャ救世軍や各民族の武装組織、それにミャンマー国軍などが絡んで複雑なうえ、背後に中国の影も見えるらしい。

沖津は、官邸の少なくとも一部の背後にいる「敵」の思惑は、三人の秘密、すなわち龍髭の奪取にあると思われ、その覚悟をもって送り出すしかないというのだ。

ミャンマーでは外務省の専門調査員の愛染拓也が待っており、さらにその先のシットウェーでは地元警察本部のソージンテット警察大尉とその部下たちが待っていて現地へと同行するというのだった。

 

機龍警察 白骨街道』の感想

 

本書『機龍警察 白骨街道』は、近ごろ軍事クーデターが起きたばかりのミャンマーを舞台にしたアクション小説であり、見えざる「敵」を相手にしたサスペンスミステリーの側面も持つ、ユニークな警察小説です。

特色として、本シリーズ自体が現代を舞台とする作品でありながら、龍機兵という近未来のSF作品に登場するような小道具を使用する時代設定を挙げることができます。

また、少なくともシリーズの序盤は世界の各所で起きているテロルの事案を物語の背景とすることも挙げることができます。

そして本書『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーの現状、それもロヒンギャ問題が取り上げられでいて、ミャンマーという国のおかれている状況からロヒンギャという民族に対する差別、虐待の実情とその背景にまで踏み込んだ描写がされています。

ちなみに、本書『白骨街道』というタイトルは、第二次世界大戦中の無謀な作戦と言われたインパール作戦の際に死にゆく日本兵の屍が絶えず続いたところから名づけられた「白骨街道」から来ているそうです。

 

本『機龍警察シリーズ』の魅力の一つに、こうした現実の世界情勢、それもテロという残虐な現状を織り込んだストーリー運びがあると思います。

そういえば、先日亡くなった漫画家のさいとうたかをが描き出す『ゴルゴ13』というコミックも現実の世界情勢の裏側で生きるスナイパーの物語として人気を博している物語でした。

 

 

それはさておき、本書『機龍警察 白骨街道』は三人の搭乗員らがそれぞれに特色を出して闘いの場に出ているところも見どころの一つだと思います。

一番目立つのはやはり姿俊之ですが、孤独なテロリストとしてのライザ・ラードナーの暗躍も見逃せません。勿論根っからの警察官であるユーリ・オズノフもまた装甲機兵の操縦などの見せ場も整っています。

さらに、ミャンマーでの彼らの戦いとは別に、日本での、次第にその姿を現してきた「敵」との部長の沖津旬一郎を中心とする特捜部の戦いも読みごたえがあります。

特に裏切者の汚名を着せられ懸けた城木貴彦理事官の悲哀やそこに寄り添う庶務担当主任の桂絢子の存在などは、ミャンマーでの姿たちの動の描写に対して、静の描写として読み甲斐があります。

静の描写、とは言っても派手な撃ちあいなどが無いというだけで、一方の城木理事官の家族の問題や、また警察内部での二課との共闘や官邸との見えざる戦いなどのサスペンスに満ちた展開は、アクションとは別の読みごたえのあるところです。

 

次第に明確になってくる「敵」との戦いの場に龍機兵がどのように関わってくるのか、また龍髭という秘密がどんな意味を持つのか、ミステリアスな展開もまだまだ待ち受けていそうです。

完全版も出ていることだし、もう一度第一巻から読み返したいとも思うのですが、なにせ一巻のボリュームがかなりなものがあり、話の内容も非常に重厚で読み飛ばせない内容であるため簡単には読み返せないのです。

とはいえ、私の好みに非常に合致している物語でもありいつかは再読したいものです。

機龍警察シリーズ

機龍警察シリーズ』とは

 

本『機龍警察シリーズ』は、警視庁内に新たに設けられた特捜部の、物語が進むにつれ次第に明らかになっていく警察内部に巣食う「敵」との戦いを描くSFチックな警察小説です。

現代が舞台の警察小説ではありますが、パワードスーツという空想の戦闘兵器を核にした、時代を反映した濃密な物語であり、私の好みと非常に合致したシリーズでした。

 

機龍警察シリーズ』の作品

 

 

機龍警察シリーズ』について

 

本『機龍警察シリーズ』は、警察小説ではありますが、同時にSF小説でもあり、さらには冒険小説としてもかなり面白く読める作品です。

シリーズ内では、『機龍警察 自爆条項』が日本SF大賞を、『機龍警察 暗黒市場』が吉川英治文学新人賞を受賞しています。

 

警察小説でありまたSF小説でもある本書は、登場人物がそれぞれに個性的で魅力的ですが、まずは機甲兵装の搭乗員が物語の中心となります。

つまり、シリーズ序盤での物語の中心となるのが特捜部付警部である姿俊之やライザ・ラードナー、ユーリ・ミハイロヴィッチ・オズノフといった龍機兵搭乗要員たちです。

その後、シリーズも進み龍機兵の紹介も終わって物語の世界観が確立した頃になると、それまで三人の搭乗員たちを支えていた警視庁特捜部の人物たちが前面に出てきます。

まず特捜部部長の沖津旬一郎警視長が強烈な個性をもって皆をまとめ、牽引しています。

そして沖津を支える、理事官の城木貴彦警視や宮近浩二警視がいて、ほかに技術主任鈴石緑、捜査主任の由起谷志郎警部補など、多くの人員が登場しますが皆明確に書き分けられていて個性的です。

このほかに警視庁警備部や組織犯罪対策部、それに公安部、警察庁や各県警などの警察官たちも特捜部と対立したり仲間として組んだりと多彩な顔ぶれが登場します。

 

前述のようにSF色のある警察小説である本書を読む前提としては、ある程度の荒唐無稽な設定をためらいなく受け入れるだけの読書に対する趣味・嗜好があることが必要だと思われます。

というのも、本『機龍警察シリーズ』では「龍機兵(ドラグーン)」という操縦者が乗り込み操作する外装装置であるパワードスーツが物語の軸となっているからです。

そんなあたかもコミックの『機動警察パトレイバー』のような設定の物語ですから、シリアスな警察小説を好む人には敬遠されると思われるのです。

 

 

しかし、個人的にはそうしたシリアスな物語が好きな人にもこの『機龍警察シリーズ』は面白く読んでもらえると思っているのですが、どうでしょう。

というのも、一つには本シリーズは序盤は一つの巻ごとに「龍機兵」の搭乗員として特捜部と契約している三人の背景を紐解きながらの物語になっているのですが、そのそれぞれが、現実を背景にしたリアルな物語となっているからです。

本シリーズの重要な登場人物で姿俊之はプロの傭兵であるし、ライザ・ラードナーはIRAの「死神」の異名で知られるテロリストであったし、ユーリ・オズノフはロシアの優秀な警察官であったという過去を持っているます。

そんな彼らの過去を記すということは北アイルランドのテロ組織IRFやロシアンマフィアの現実を描き出すことでもあり、さらに第四巻『機龍警察 未亡旅団』ではチェチェン紛争という現実を、第七巻の『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーのそれもロヒンギャ問題をテーマとしているのです。

 

そしてもう一点、警視庁特捜部という存在自体が警視庁の中でも特異な存在となっていて、特捜部と警察の内部にも広く巣くっているとも思われる「敵」との闘いの様子が読み手の心を刺激します。

それは、警察上層部にまで食い込んでいるだけではなく、官邸サイドまで手が伸びているようで、ミステリアスな警察小説としての面白さも抱える作品となっているのです。

 

これまで述べてきたように、本『機龍警察シリーズ』は「龍機兵(ドラグーン)」と呼ばれるパワードスーツの操縦者である三人の人物と警視庁特捜部を中心にした物語として展開されています。

中でも第五弾の『火宅』だけは短編集となっていますが、それ以降の『狼眼殺手』『白骨街道』は「特捜部」対「敵」との戦いが次第に明確になります。

そして、搭乗員三人の活躍の場面では冒険小説の側面が強いものの、特捜部の戦いの場面ではサスペンス色の強いミステリーとなっています。

それも、「敵」の姿が明確になっていくにつれ、警察内部のグループというよりも、警察内部にもメンバーがいるより強大な組織というべき存在になっていくのです。

 

非常に読みごたえのある『機龍警察シリーズ』ですが、大作であるからかなかなか続刊が出ません。

第一巻の『機龍警察 』の刊行が2010年3月で、最新刊の『機龍警察 白骨街道』が2021年8月の刊行ですからその間11年以上が経過しています。

できればもう少し早く読みたいというのが本当の気持ちです。

続刊を待ちましょう。

矢能シリーズ

矢能シリーズ』とは

 

元ヤクザの矢能政男という男の探偵稼業の様子を描いたハードボイルドミステリー小説です。

矢能という男のキャラクターにもよるのでしょうが、小気味のいい文体で読みやすいこともあり、好きなシリーズの一つになっています。

 

矢能シリーズ』の作品

 

 

矢能シリーズ』について

 

この『矢能シリーズ』は、普通の探偵小説とは異なり、本格派の推理小説でも、クールなハードボイルド小説でもありません。

元笹健組にいたという矢能の前身に応じ、もっぱらヤクザを顧客とする、いわばヤクザ御用達の探偵なのです。

ただ、矢能のもとには栞という小学生の女の子がいますが、この栞という少女の存在が本『矢能シリーズ』の魅力の一つとしてあると思われます

また、後には栞の勧める美容室の女性もシリーズの雰囲気を和らげる役目を果たしていそうです。

この栞や美容室の女性の来歴は簡単ではありますが、シリーズ第一弾の『水の中の犬』に述べられています。

 

本『矢能シリーズ』は、そもそも『矢能シリーズ』というシリーズ名で通るものかどうかも実はよく分かりません。とはいえ、ネット上では『矢能シリーズ』で通っているようですからいいのでしょう。

先にシリーズ第一弾は『水の中の犬』と書きましたが、実はシリーズ第一弾はと問われるとそれがはっきりとはしません。

矢能という男が最初に登場するのは、確かに『水の中の犬』という作品です。

このときはまだ菱口組若頭補佐笹健組組長の笹川健三のボディーガードのようにして笹川の側にいました。その組内の地位は不明ですが貫禄十分の笹健組の組員であったと思っていいのでしょう。

しかし、『水の中の犬』の主人公は矢能政男ではなく、「私」として登場する探偵です。

本シリーズの『矢能シリーズ』というネーミングからも分かる通り、本シリーズの主人公は矢能政男という男だとするならば、この『水の中の犬』は『矢能シリーズ』の前日譚ともいうべき位置にあります。

この矢能政男がヤクザをやめ、『水の中の犬』の主人公の「探偵」の後をついで探偵となるのです。

その辺の詳しい事情は『水の中の犬』を読んでもらうしかありません。

 

 

シリーズの主人公と言える矢能政男が本格的に活躍するのは、ですから第二弾の『アウト&アウト』からです。

新米探偵が元ヤクザという経歴を生かして様々な依頼を処理していくさまが描かれています。

矢能にはどうにも似合わない稼業だと人は言いますが、むかし取った杵柄で業界には顔が通っていて、まんざらでもなさそうです。

 

第一弾がダークな雰囲気のハードボイルドミステリーだとするならば、、第二弾以降は若干コミカルなニュアンスを抱えるハードボイルドエンターテイメント小説です。

さらには、第五弾ではもうハードボイルド小説と断言できると思います。それだけ、矢能という探偵の人物像、栞との関係性が確立してきていると思うのです。

まだまだこれから続いていくシリーズでしょう。

この『矢能シリーズ』は、私にとって続巻が楽しみなシリーズの一つなのです。

千里眼の復讐 クラシックシリーズ4

本書『千里眼の復讐』は、『千里眼 クラシックシリーズ』第四巻の、文庫本の「解説」まで入れると全部で632頁にもなる長編のエンターテインメント小説です。

これだけの長さが必要であったのか疑問がわいてくるほどに長い小説で、読み通す労力に見合うほどの面白さを持っているとは思えない作品でした。

 

千里眼の復讐』の簡単なあらすじ

 

日中開戦を阻止した岬美由紀だったが、違法行為のせいで南京の監獄に収監される。恩赦の条件は連続失踪事件の解決。現場の香港には脳梁切断手術を施された人々の姿が…。友里佐知子の陰謀を察知し東京に戻った美由紀をトンネル崩落事故が襲う。そこに鬼芭阿諛子の声が響いた!「ようこそ、恒星天球教主催のイリミネーションの儀式へ」隔絶された都心の地下深くで繰り広げられるデスゲームの行方は?完全書き下ろし最新作。(「BOOK」データベースより)

 

南京国際戦争監獄の独居房に捉えられていた岬美由紀は、南京國際戰争監獄法務最高顧問の賈蘊嶺(チアユンリン)により独房から出され、香港で起きている不審な失踪事件の解決に力を貸して欲しいと頼まれた。

失踪者の追跡により、とある養護施設にたどり着いた美由紀たちだったが、そこで見たものは本人の知らない間に手術を施された人たちであり、実験材料にされ殺された人たちの死体だった。

その処置を施した者のアパートで恒星天球教の阿吽拿(アウンナ)を名乗る友里佐知子の写真を見つけた岬美由紀は、賈蘊嶺のはからいにより帰国を果たすことになるのだった。

その後、前巻の終わりでジャクソンの焼死の現場にいた中国系アメリカ人のロゲスト・チェンと名乗る老紳士が再び登場し、ペンデュラム日本支社の抹消とペンデュラムグループが破産手続きに入ったと告げる。

その上で、友里佐知子はメフィスト・コンサルティング・グループの特別顧問補佐であったこと、そして岬美由紀に友里佐知子の企図を阻止してほしいと示唆するのだった。

さらにこの老紳士は、美由紀の嗜好に一致する十代半ばの日向涼平という少年を危険にさらし、美由紀に助けさせるのだった。

 

千里眼の復讐』の感想

 

第三巻『千里眼 運命の暗示 完全版』の展開につなげるためでしょうか、前巻では既に帰国したはずの岬美由紀がまた監獄に捕らわれている場面から始まります。

 

 

確かに、前巻の終わりでは懲役二百年を言い渡されましたが、美由紀の貢献度に応じて減刑され、刑期満了で出所した旨の記述がありました。

そして本書冒頭で文庫本で80頁程を中国での活躍に費やし、その後日本に帰ってくるのですが、日本での場面はまた前巻の終わりに登場し美由紀に捉えられる寸前に身体が燃え上がり死んだウィリー・E・ジャクソンの場面へとつながります。

 

その上で、本書『千里眼の復讐』ではまた友里佐知子との戦いが全面に展開されることになり、鬼芭阿諛子(きば あゆこ)とジャムサという存在が直接の敵役として登場します。

すなわち、友里佐知子の企みにより美由紀は山手トンネルへと誘い込まれ、このトンネル内での戦闘行為に巻き込まれるのです。

本書『千里眼の復讐』での戦いはそのほとんどが山手トンネル内での戦いに尽きるのですが、その戦いがこのシリーズのこれまでがそうであるようにツッコミどころ満載です。

また、これほどの紙数を費やす必要があるかと思うほどに長く、読み通すのが苦労でもありました。

簡単に人が死ぬのはこの作者の作品では当たり前ですが、それにしても死に過ぎです。

 

いずれにしろ、あらてめて本書の感想を書くほどのものでもないと思われ、単純に相当に荒唐無稽な物語を楽しめる人だけが楽しめばいい、そうとしか言えない作品でした。

といいながらも、多分シリーズを読み続けることになるのだろうと思います。

テスカトリポカ

本書『テスカトリポカ』は、新刊書で553頁にもなる第165回直木賞を受賞した長編のクライム小説です

アステカの神の力を背景にした圧倒的な暴力を描く濃密なその文章は若干説明的とも感じましたが、その描写力は魅力的です。

 

テスカトリポカ』の簡単なあらすじ

 

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。第34回山本周五郎賞受賞。(Amazon「商品説明」より)

 

メキシコの北西部にあるクリアカン生まれのルシアは、麻薬組織の跋扈する故郷を逃れ、たどり着いた日本でヤクザの土方興三と一緒になり、息子土方コシモを産んだ。

十三歳となり180cmを超える大男へと育ったコシモは母親を殴る父親を絞め殺し、少年院へと収容されてしまう。

一方、ベラクルス州ベラクルスで生まれたリベルタは五人の孫に恵まれたが、孫の一人が殺されたのはアステカの教えを伝えなかったためだと、残された四人の孫にアステカの神について教え始めた。

四兄弟は後に麻薬カルテルのロス・カサソラスとしてメキシコ北東部のヌエボ・ラレドを支配するが、新興のドゴ・カルテルの襲撃でバルミロ・カサソラ以外は殺されてしまう。

バルミロはドゴ・カルテルの手から逃れてインドネシアのジャカルタへと逃亡し、この地で末永充嗣という日本人と出会うのだった。

 

テスカトリポカ』の感想

 

本書『テスカトリポカ』は、アステカの神話を背景に、麻薬の密売と臓器売買を行う犯罪者を描いた作品です。

テスカトリポカ」とは、アステカ神話の主要な神の一柱であり、神々の中で最も大きな力を持つとされ、キリスト教の宣教師たちによって悪魔とされた。「テスカトリポカ(Tezcatlipoca)」は、ナワトル語で tezcatl(鏡)、poca(煙る)という言葉から成り、従ってその名は「煙を吐く鏡」を意味する( ウィキペディア : 参照 )

 

直木賞の選考会ではこれほどに暴力的な作品を賞の対象としていいのか大議論があったそうですが、それももっともだと思った作品でした。

 

暴力的な小説はこれまでも数多くのものがありました。

古くは夢枕獏の『サイコダイバー・シリーズ』から、近頃読んだ作品では深町秋生の『ヘルドッグス 地獄の犬たち』に至るまで多くの作品があります。

 

 

本書『テスカトリポカ』という作品の内容が暴力的であること、そのこと自体は何も言うことはないのでしょう。

しかし、それが直木賞という世の中にかなりな影響力を持つ権威ある文学賞の対象としてふさわしいかという議論は当然あっておかしくないと思います。

本書が候補作となっている時点でその点はクリアされているという気もしますが、直木賞選考委員は候補作選定作業にはかかわっていないのであらためて問題になるのも仕方がないとも考えられるのです。

そうなってくると直木賞とは何かというところから問い直されるのでしょうか。難しいところです。

 

でも、本書『テスカトリポカ』が私が惹き込まれた作品であることは間違いありません。

冒頭に本書は「説明的と感じた」と書きましたが、本書は小説というよりは「語り」であり、ただひたすらに俯瞰的な目線で描き出してあります。

この「語り」という言葉自体が多義的であり、素人が語ってはいけない分野ではありそうですが、本書を話すとき他に言葉が見当たりません。

とにかく、物語の流れを俯瞰的に、会話文ではなく地の文で説明的に記してある、ということを言いたいのです。

 

本書『テスカトリポカ』の中心人物は元メキシコの麻薬組織のリーダであったバルミロという男であり、鍵となる人物としてコシモという男がいて、冒頭からこの二人の来歴が描かれています。

その描写も、最初はコシモの母のルシアの生まれから始まり、日本で生まれたコシモの青年期までが66頁にわたっています。

また、バルミロに関しても同じで、章を変えてバルミロの祖母のリベルタの幼いころから説き起こしてあります。

このリベルタによってアステカの神話を教え込まれ、他の三兄弟と共にメキシコの麻薬カルテルの支配者となり、後に逃亡してジャカルタに至るまでが90頁以上をかけて語られています。

その後、「第二部 麻薬密売人と医師」で100頁以上をかけて、日本人医者の末永充嗣と出会い臓器売買の組織を作り上げていく過程が描かれます。

その間の描写はまさに「語り」であり、例えば会話文を軸に成立する『安積班シリーズ』のような今野敏の作品群とは対照的な位置にあると思えます。

 

 

他の重要人物としては、臓器売買の中心人物として末永充嗣と川崎市にいる闇医師野村健二という日本人がいます。

その他に新南龍という黒社会に属する若い中国人の集団や、増山礼一というヤクザの幹部が周りを固め、暴力的な物語に色を添えています。

と言っても、この暴力団たち自体の暴力はそれほど描かれてはいません。

 

本書『テスカトリポカ』という物語はバルミロを中心としてはいますが、その背景にはアステカの神話が息づいていています。

小さな疑問点ですが、アステカの神話では神への供物として死者の心臓を神に捧げることによって死者の魂が救済されるとして、死んだ父親の心臓を取り出し、顔の上に乗せる場面が出てきます。

一方で、敵対する相手の心臓も取り出して顔の上に乗せ神への供物とする行為はどういう意味になるのでしょう。

敵対する相手の魂でさえも救うべきというのか、私の読み込み不足でしょうがよく分かりませんでした。

 

本書のテーマになっている臓器売買と神への供物として心臓を捧げる行為は似たような行為ですが、一方は商売として臓器を取り出し、一方は神事として臓器を取り出します。

この両者を結びつけたことについて作者の佐藤究は「人類の暴力性について考えていて、世界中に伝わる人身供犠のことが気になった」と書かれています。

そして人類の残虐性の構造を解明することが「とめどないバイオレンスを解除するカギ」になるかもしれないとも書いておられます。( 好書好日インタビュー記事 : 参照 )。

そうした試みが成功しているかは私には分かりませんが、各賞の対象として評価されている以上は成功しているというべきなのでしょう。

 

さらには、バルミロらが手を付ける臓器売買は、臓器の供給元として日本が選ばれ、子供たちの臓器が売買の対象とされています。

心臓外科医であった臓器売買のコーディネーターの末永充嗣や、かつては准教授であったコカイン中毒の野村健二などが子供の身体から心臓を始めとする臓器を摘出するのに適していたのです。

子供を犯罪の対象とする行為自体忌むべきものですが、それが臓器売買の対象とするというのですから衝撃は強いものがあります。

少なくとも物語としてはインパクトの強いものとなっていると思います。

 

本書『テスカトリポカ』の作者の佐藤究という作家は、緻密な調査の上に物語を組み立てる能力が高いのでしょう。

私は本書の前には『Ank : a mirroring ape』という作品しか読んではいないのですが、この作品が遺伝子の変異についての作者のアイデアを見事に駆使した作品でした。

この作品は吉川英治文学新人賞・大藪春彦賞、ダブル受賞の超弩級のエンターテイメント小説で、面白い物語ちうものを十分に理解している人がストーリーを構築しているという印象を持ったものです。

 

 

本書『テスカトリポカ』では、そのときとは全く異なる文体で臓器売買に手を付けるメキシコの麻薬カルテルの大物の姿を描いています。

冒頭からの物語の流れはメキシコで敵対勢力に殲滅させられた自分たちのカルテルの再興を目指す物語だと思っていたのですが、全く異なる物語でした。

しかし、その思い違いは決して面白くないということではなく、新たな物語の語り手の登場を楽しみと思うものです。

深町秋生月村了衛、より近い印象では赤松利市長浦京といった書き手の方が近いかもしれません。

新たな語り手の登場を楽しみがまた一人増えたという印象です。

本書『鯖』は、文庫本で464頁の長編の冒険小説です。

日本海の小島を根城とする漁師の集団が、一人の女の出現で壊れていく姿を描いた、非常に読みごたえのある作品でした。

 

』の簡単なあらすじ

 

紀州雑賀崎を発祥の地とする一本釣り漁師船団。かつては「海の雑賀衆」との勇名を轟かせた彼らも、時代の波に呑まれ、終の棲家と定めたのは日本海に浮かぶ孤島だった。日銭を稼ぎ、場末の居酒屋で管を巻く、そんな彼らに舞い込んだ起死回生の儲け話。しかしそれは崩壊への序曲にすぎなかった―。破竹の勢いで文芸界を席巻する赤松利市の長篇デビュー作、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

 

船頭の大鋸権座もかつては一本釣り船団を率いていたが、今では日本海の小島を拠点とし漁をする五人を率いるだけとなっていた。

その五人は近くの港の小料理屋「割烹恵」に新鮮な魚を買い取ってもらい収入を得て暮らしていたが、「割烹恵」の女店主からIT成金のドラゴン・村越とそのビジネスパートナーのアンジェラ・リンという女を紹介された。

アンジェラは中国系のカナダ人であり、「海の雑賀衆」を再興して権座たちが製造している鯖のヘシコを中国で売りさばくという話を持ってきたのだ。

権座は岡惚れしていた恵子と共にいる未来を心に描き、五人の仲間と共にアンジェラの話に乗ることを決心する。

アンジェリカの計画のままに拠点としていた小島の港を整備し、給油所も宿泊設備も整え、請け負った魚の漁獲量も順調に伸びていた。

そこに、アンジェリカは計画のままに五人の中国女性と、若く根性がありそうな三人の新人の研修生を連れてきた。

 

』の感想

 

本書『鯖』は、母親にさえ嫌悪された醜悪な面と貧相な體をした、極度の女性恐怖症の水軒新一という男の目線で終始します。

その新一は、「海の雑賀衆」と呼ばれた漁師の一団のなれの果ての他の四人とともに日本海の小島で一本釣りにかけて暮らしています。

登場人物は、まず船頭の大鋸権座がいます。権座は釣った魚を買い取ってくれる「割烹恵」の女将の枝垂恵子に岡惚れしているようです。

腕力自慢の狗巻南風次は、高校生時代に木刀一本で地元のヤクザの組をほぼ壊滅させたため上部組織に狙われ、船団に転がり込んだという過去を持っています。

鴉森留蔵は、恋女房が浮気の末に他の男の子を生んだものの、留蔵がいない間に自宅がガス爆発で火に包まれ妻子共に焼け死んでしまい、そのために留蔵も心を病んでいます。

加羅門寅吉は馬面で図体も大きく、女とみれば片端から手を付け、亭主や男たちに追い回され船団に逃げ込んできた男です。

この五人が権座が見つけてきた日本海の漁場で主に鯖をとり、ヘシコという糠漬けを製造し、釣った魚と共に恵子の「割烹恵」に卸し、日々を暮らしていたのです。

 

この五人が、通称アンジことアンジェラ・リンの儲け話に乗ったことから、根城としていた小島の港は整備され、船も新造船となり、高性能の魚群探知機は船頭がいなくても魚群を見つけることができるようになります。

しかし、そのような新しい生活は、アンジの計画に眼をつけたヤクザとの揉めごとなどで壊れ始め、次第に仲間のつながりも薄くなっていき、壊れていくことになります。

とくに、視点の持ち主である新一の変貌はすさまじく、一方、船頭の権座の凋落ぶりもまたひどいものです。この壊れていく様の描き方がとても新人の筆になるものとは思えません。

壊れていくとはいっても、新一の場合はその醜悪な要望などから卑屈にいたところから、船団の会計を任され、アンジという愛称で呼ばれているアンジェリカから船団に関しての相談も受けたりする中で少しずつ自信を持ちはじめる姿もあります。

その自信が何故か破滅への序章となるのですから不思議なものです。

 

こうした破滅への失踪を描くそもそもの文章自体に迫力があります。

例えば、本書の冒頭から、五人の小島での掘っ立て小屋での暮らしの様子、具体的には冬の一夜の様子が描かれています。

その時の五人の様子の描写からして、漁師小屋の魚や寅吉の失禁したアンモニア臭が匂い立つようです。

また、日本海での漁の様子も剣豪小説の達人たちの立ち回りが描かれているように迫力に満ちた描写です。

しかし、作者自身が、「書かれてあることはすべて自分の知識の範囲内のこと」だといいますから、その知識の豊富さ、読ませる力量は見事なものです( カドブン : 参照 )。

冒頭からこれらの場面に惹き込まれ、魅力のとりこになったようです。

 

本書『鯖』は、けっして爽快感に満ちた明るい小説ではありません。

それどころか、ノワール小説ともいえるこの物語は、猥雑なエネルギーこそ満ちているものの、爽快感などとは対極に近い印象すら抱きます。

ところがその猥雑感に妙に見せられるのですから不思議なものです。

少し前に、個人的にはあまり好みでない筈のグロテスクな物語である平山夢明の『ダイナー』という作品を読みましたが、そのときのようなバイタリティーを感じました。

 

 

また少し方向性は違いますが、深町秋生の『ヘルドッグス 地獄の犬たち』もまた破滅的な暴力が描かれているものの強烈な生命力を感じ惹き込まれて読んだものです。

 

 

本書『鯖』は決して将来への展望のある作品ではありませんが、似たような力を感じたのだと思います。

他の作品もまた読んでみたいと思う作品でした。

赤松 利市

赤松利市』のプロフィール

 

1956年、香川県生まれ。さまざまな職業を経験した後、2018年「藻屑蟹」で第1回大藪春彦新人賞を受賞して作家デビュー。「住所不定・無職」の大型新人として注目を集める。初長編『鯖』は、今野敏、馳星周に絶賛された。大の魚好きで、学生時代にランチュウを飼育していた経験もある。引用元:ダ・ヴィンチニュース

 

赤松利市』について

 

現時点ではありません。

千里眼 運命の暗示 完全版

本書『千里眼 運命の暗示 完全版』は、『千里眼 クラシックシリーズ』第三巻の、文庫本の「解説」まで入れると全部で514頁にもなる長編のエンターテインメント小説です。

かなり冗長な物語であり、相変わらずツッコミどころ満載の作品です。

 

千里眼 運命の暗示 完全版』の簡単なあらすじ

 

拉致監禁された岬美由紀を発見した蒲生誠と嵯峨敏也。しかし為す術もない3人を乗せた戦闘機は反日感情の渦巻く中国へと飛び立った。13億もの国民を洗脳し、戦争に向わせることなどできるのか?唯一の鍵を握る男を追って北朝鮮との国境から南京の刑務所へ、そしてディズニーランドにそっくりのテーマパークへと飛び回る美由紀たちに開戦が迫る!全く新しい緊迫のストーリーが炸裂するクラシックシリーズ第3弾。(「BOOK」データベースより)

 

前巻『千里眼 ミドリの猿 完全版』の終わりで、新たに登場してきた敵役のメフィスト・コンサルティング・グループに捕まってしまった岬美由紀だった。

一方、嵯峨敏也は敵の一味の次の行動をつかみ横浜の中華街へとやってきたところで、同様に岬美由紀を探している蒲生誠警部補と出会い猿島へと向かう。

猿島にあるトンネルをたどった先にあったヘリコプターに乗り込み、やっと岬美由紀を見つけた二人だったが、美由紀はなにも反応しない状態になっていた。

ぎりぎりで復活した美由紀だったが、ヘリコプターから逃げ出す前に二人と共に中国本土へと運ばれ、何故か日本に対し怒りをたぎらせている中国人民のただなかに放り出されてしまう。

何とかその場を逃れ、中国全土を舞台に逃げまどいながら、日本と中国との間の戦争の回避方法を探りながら、日本への帰還の道を探す三人だった。

 

千里眼 運命の暗示 完全版』の感想

 

本来は『千里眼 ミドリの猿 完全版』上下巻の下巻部分となるべき作品です。

その設定にかなり無理があって文章も冗長であり、もっと短くできる作品だとの思いしかありませんでした。

 

 

同時並行して少しずつ読んでいるこの作者の『高校事変シリーズ』(角川文庫版 クラシックシリーズ)では、この『千里眼シリーズ』と同じような荒唐無稽な物語であるものの、その物語世界の中では一応の整合性は取れていると思われます。

 

 

しかし、『千里眼シリーズ』の場合はあまりに都合がよすぎます。

本書『千里眼 運命の暗示 完全版』でも、荒唐無稽に過ぎると思うしかない場面だけだと言っても言い過ぎではない、と感じるほどです。

例えば、最初の方では主人公の岬美由紀メフィスト・コンサルティング・グループによって体の自由を奪われ、口もきけない状態でいたはずなのに、なぜかぎりぎりになって体が動き始めます。

また、なんとか逃げ出した岬美由紀と蒲生嵯峨の三人は日本人を、特に岬美由紀を目の敵にしている中国国民の間をかなり長い間日本語でしゃべりながら移動しています。

簡単な変装をしているにしろ、蒲生、嵯峨の二人は中国語は話せないにもかかわらず、特に蒲生は他の二人とはぐれて一人になっても何とか生き延びて、そのうちに美由紀ら二人と連絡を取り再開します。

 

この点については、麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)という作品の中でも主人公が中国大陸を縦横無尽に逃走し、何とか逃げ切る展開があります。

その場合でもかなり無理な設定という印象はあったのですが、本書に比べれば何と真実味に満ちた作品だったのかと思ってしまいました。

 

 

その中国で、中国の異変について何か知っていそうな、もうすぐ死刑になる日本人の窓原茂行を救出しようとしますが、その展開も無理筋です。

本『千里眼シリーズ』の主人公岬美由紀の博識ぶりについても、どんな銃器の扱いや格闘術にも長けており、そればかりか日本を越えて中国の法律までも知悉している姿もまた驚異的です。

この人の知らないことはないのだろうと思わせられてしまいます。

 

こうした点を挙げていけば、本書『千里眼 運命の暗示 完全版』で突っ込まないでいられる箇所はない、と言えるかもしれないほどです。

しかしながら、そうした荒唐無稽さを前提として『千里眼シリーズ』を読み続けているはずで、でなければ本書までたどり着いていないと思われます。

ただ、ちょっと荒唐無稽さ、ご都合主義が過ぎるという点は否めないにしても、その欠点を越えた魅力があるからこそ『千里眼シリーズ』を読み続けているのでしょう。

ここで、断言できないところが弱いのですがこればかりは仕方ありません。

 

とは言え、『千里眼 ミドリの猿 完全版』と本書とを合わせると850頁を軽く超える分量になります。

本書『千里眼 運命の暗示 完全版』が単純に痛快さだけを求める作品だとしても、この分量が必要だったのか、もっと簡潔に書けるのではないか、と思わざるを得ない作品でした。

悪魔には悪魔を

悪魔には悪魔を』とは

 

本書『悪魔には悪魔を』は、アメリカで軍隊経験のある男を主人公とする、新刊書で529頁の長編の冒険小説です。

失踪した麻薬取締官の加納良を探すために双子の弟加納将が密売組織に挑む話ですが、大沢在昌の小説としては今一つの出来でした。

 

悪魔には悪魔を』の簡単なあらすじ

 

麻薬密売組織に潜入していた麻薬取締官(マトリ)の加納良と連絡がつかなくなった。
アメリカ陸軍の歩兵としてアフガニスタンに派兵されたあと除隊して、
約20年ぶりに日本に帰国した双子の弟の将は、良の上司である、菅下から捜査協力を求められる。
容姿がそっくりな双子のため、兄の良に将がなりすまして潜入捜査を続けることに。
警視庁組対五課長の女性刑事・大仏とともに、あやしき関係先を探るが……。
行方不明の良の安否は? ベトナムの怪しき密売組織《クィー》の中枢に食い込めるのか。
震撼驚愕のクライムアクションエンターテインメント!(内容紹介(出版社より))

 

二十年ぶりに振り故郷に返ってきた加納将は、麻薬取締官の菅下清志という男から、将の兄の加納良が一月ほど前に潜入捜査中に連絡が取れなくなったと知らされた。

菅下によれば、東京を中心にできた覚醒剤の新しい密売組織を取り締まろうとするが、情報が洩れているらしくなかなか組織の元締めまでたどり着けずにいたため、関東で顔が知られていない良がおくりこまれることになったという。

良は、新しい組織の売人が暴力団から襲われるため用心棒として潜入したものの、連絡が絶えたらしい。

そこで菅下は、将に良のふりをして東京で良の行方を捜して欲しいと接触してきたのだった。双子の弟であり、そっくりな将が動けば何らかの動きがある筈だというのだ。

他に選択肢もない将は、菅下のいうとおりに東京へ行き、良の交際相手であるマイという女がいる「ダナン」というレストランへと行くのだった。

 

悪魔には悪魔を』の感想

 

本書『悪魔には悪魔を』は、やはり大沢在昌作品らしく物語の大まかな流れは骨太の冒険小説として仕上がっています。

しかしながら、ストーリーにもう一つのインパクトがなく、登場人物の個々人に感情移入をするだけの個性を感じられませんでした。

本書を読むことでその世界観にどっぷりとつかり、エンターテイメントとしての物語に浸ることができなかったのです。

 

大沢在昌のベストセラー作品である『新宿鮫シリーズ』や『狩人シリーズ』は私も大好きなシリーズであり、物語の世界観をたっぷりと楽しむことができる作品です。

そしてそれらの作品は、鮫島や佐江といった魅力的な登場人物がいるとともに、その世界を作り上げるに値するだけの敵役、すなわち悪役も存在します。

それと共に、例えば『狩人シリーズ』では巻ごとに佐江と共に物語の中心に位置する人物が配置され、この人物が物語の魅力を引き上げてくれているのです。

 



 

しかしながら、本書『悪魔には悪魔を』ではそれがありません。主人公の加納将も、それを助ける菅下も、また将の相手となる組織も普通の大沢作品の登場人物に終わっています。

本書で言えば、将がまず接触する新しい組織の支部長を名乗る太った男も、結局は存在しているという事実に終わってしまいましたし、もう一方の影の存在もインパクトがないままに終わってしまいました。

ただ、もしかしたら、こうしたインパクトがないなどという印象は私個人的なものなのかもしれませんが。

 

主人公の将の人物設定は、冒険小説の主人公としてよくある設定ではありますが、別に悪くはないと思うのです。

日本で事件を起こしてアメリカへと逃げ、そこでも問題を起こしたために軍隊に入り、特殊部隊員として鍛えられたという存在は、ヒーローとしての資格は十分に持っています。

でも、よくある設定であるだけにもう一つの個性が見えませんでした。

 

そして、双子の弟であり、行方不明になった兄を探すという設定自体も悪くはないものの、大沢作品としてその設定をもう一歩生かし切っているとは言えません。

読み進めるにつれ、双子の弟が組織に潜入し行方不明の兄になりすまして情報を探るという行為の不安定さ、別人だとバレないことの違和感が付きまとっていることに気付かされます。

そのことが感情移入を邪魔していると思われ、この点を払拭してくれる設定があればと思いつつ読んでいました。

本書『悪魔には悪魔を』の最終的な終わり方にしても同様で、どうにも半端な印象を受けてしまったのです。

 

結局、登場人物、ストーリーその両方において平均的な大沢作品に届いていない作品だった、というしかないと思います。