『水の中の犬』とは
本書『水の中の犬』は『矢能シリーズ』の第一巻で、文庫本で383頁の三つの中編からなるハードボイルドタッチの作品集です。
実に暗く、救いようのない物語ばかりですが、それでもなお続きを読みたくなるエンターテイメント小説でした。
『水の中の犬』の簡単なあらすじ
探偵の元にやってきた一人の女性の望みは恋人の弟が「死ぬこと」。誰かが死ななければ解決しない問題は確かにある。だがそれは願えば叶うものではなかった。追いつめられた女性を救うため、解決しようのない依頼を引き受けた探偵を襲う連鎖する悪意と暴力。それらはやがて自身の封印された記憶を解き放つ。(「BOOK」データベースより)
取るに足りない事件
田島純子と名乗る女性は、付き合っている山本浩一という男の弟克也からレイプされたと打ち明けてきた。克也に死んでほしいが、自分はどうすればいいのか分からないというのだった。
死ぬ迄にやっておくべき二つの事
兄を探して欲しいと、若い吉野深雪という娘が訪ねてきた。その兄は麻薬事犯でつかまった過去があるという。一方、第一話の山本浩一が田島純子に殺されてしまう。面倒なのは浩一が菱口組若頭補佐笹健組組長の笹川健三だということだ。
ヨハネスからの手紙
「不公平は是正されなければならない。」という内容の手紙をもって黒木柚子という女が訪ねてきた。娘の栞が殺されるというのだった。
『水の中の犬』の感想
本書『水の中の犬』は、他では誰も引き受けないような面倒な依頼を断らず引き受ける、そんな私立探偵が主人公で、名前は明かされてはいません。
三つの中編からなっていて、第一話は「私」という主人公の視点で、第二話は第三人称の視点、第三話は再び「私」の視点で描き出されます。
この探偵は依頼を調査していくうちに、いつも徹底的に叩きのめされます。それでも依頼の調査を続行し、結果、誰にとっても救いのない結末が待っています。
どの話も実に救いのない物語です。救いがないというのは、物語の結末がそうだという意味でもあり、登場人物のそれぞれの生き方についてでもあります。
面白いのは、このシリーズは第二作目の『アウト & アウト 』からは本書に登場する矢能政男という男が主人公となっていくことです。
本書『水の中の犬』の主人公の「私」と矢能とは当初は敵対に近い立場でもあったのですが、後には「私」が死地に赴く際に「お前がくたばったら・・・あとは俺に任せろ」というような仲になります。
そして、ある事情で組が解散することになった際、「私」に足を洗う相談をしますが探偵には向いていないと言われます。
しかし、「私」から栞を託されることになり、結局、「私」のあとを継ぐのです。
読み易いですが、爽やかな読後感を求める人には向かない物語です。読み応えのある骨太の小説を読みたい人にも向きません。
繰り返しますが、本書『水の中の犬』は全く救いのない物語です。けっして爽やかな読後感はありません。
でも、単純に面白い小説を探している人には受け入れられるのではないでしょうか。
結末は暗く、ただやくざの矢能だけがかすかな希望を持たせてくれるだけですが、それでもキャラクターの面白さとひねりの効いたストーリーは、私は面白いと思いました。
続編が待たれるシリーズです。