『ブラックガード』とは
本書『ブラックガード』は『矢能シリーズ』五冊目の作品で、2021年11月に出版された新刊書で249頁の長編のハードボイルドミステリー小説です。
シリーズを重ねるにつれ、主人公である矢能のキャラクターが明確になり、また栞の存在が際立ってきているように思え、物語の面白さが増しているようです。
『ブラックガード』の簡単なあらすじ
小学三年生の娘と二人暮らしの私立探偵・矢能。久しぶりの仕事は「二億円の商品取引」の交渉人。だが、なぜ彼が選ばれたのかは明かされなかった。そして、取引現場で目的不明の殺人が起きる。元ヤクザの探偵×掟破りのミステリー。(「BOOK」データベースより)
以前依頼を請けて働いた鳥飼美枝子弁護士から紹介を受けたという竹村という弁護士が、矢能でなければできないという仕事を依頼してきた。
竹村弁護士の事務所で待っていた正岡道明という依頼人によれば、取引相手のサトウという男が矢能を指名し、矢能を介してだけ取引を行うと言ってきたのだそうだ。
サトウが取引を持ちかけてきた商品は正岡が欲しがっているものらしく、矢能が引き受けなければその品物が手に入らないのだというのだった。
依頼を断った矢能は、栞の哀しそうな顔を見ることになったが、その翌日、正岡からサトウに孫娘が誘拐されたという連絡が入り、矢能は依頼を請けざるを得なくなるのだった。
『ブラックガード』の感想
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
昨年末から本稿を書きつつあったのですが、本日のアップとなってしまいました。
2022年という新しい年なり、私も後期高齢者まであと少しです。
思い切り走れない身体となり、歳をとるにつれ、楕円形のボールを追いかけて思う存分グラウンドを走り回っていたのがほんの少し前のように思えるのが不思議です。
今年も私の駄文にお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。
さて、本書『ブラックガード』は、個人的には『矢能シリーズ』のなかで一番面白いと思えた作品です。
ストーリー自体はもちろん、作品としての雰囲気が一番落ち着いていて、久しぶりに読みごたえのあるハードボイルド作品を読んだと思えたのです。
この『矢能シリーズ』は、巻を重ねるごとに矢能の個性、自信の生き方へのこだわりがよりはっきりと打ち出されてきていて、本書ではまさにハードボイルド小説と断言していい物語になっています。
前作『ドッグレース』も殆どハードボイルド小説と呼んでもいいかと思うほどの作品でしたが、ハードボイルド作品とは主人公の内面が丹念に描き出されていることが必要だと個人的に思っているので、前作は「エンターテインメントとしての」という修飾語付きのハードボイルド小説と書いたものでした。
これでまでは、ヤクザの世界に片足を残しつつも探偵の仕事をこなしていく矢能の世界が確立する過程であって、本書で日本的なハードボイルド小説として主張できるようになったということです。
ですからこれまではハードボイルドチックなエンターテイメント小説と言わざるを得なかったのです。
木内一裕という作者はいわゆる面白いストーリーを展開させることがうまく、本書でも、探偵業を掲げていながら普通の浮気調査のような仕事を請けたくない矢能の探偵としての働きを描き出しています。
そのことは、本書『ブラックガード』での依頼者が矢能を担ぎ出さざるを得ない状況が同時に矢能に依頼しなくてはならない謎に直結しているという物語の構造にも表れていて、以後の物語へと自然に展開していきます。
また、仕事の依頼をなかなか請けない矢能の態度に栞が悲しそうな顔を見せるため、栞のいる事務所での仕事の依頼に対し「栞の前で、断る、とは言えなかった。ため息が出た。」という場面や、矢能が仕事を請けたときに栞が作ってくれる鍋料理を思い出す矢能の姿などが読者の心に溜まっていき、作品の全体の印象が決まるのでしょう。
同時に栞と矢能との関係、栞と矢能との性格など様々な背景が構築されていき、シリーズの印象が出来上がっていくのです。
こうした『矢能シリーズ』一番の特徴でもある栞という女の子の存在もまた矢能の行動原理の一部になっていて泣かせます。
とくに、物語の中での栞の位置や栞と矢能の会話が絶妙で、強面ではあるが底は優しい矢能のない面も含めてうまいこと描き出してあります。
それは、美容院のお姉さんとの食事の場面でもそうで、ハードな面での矢能とソフトな一面を見せる矢能との描き分けがとても楽しく、面白く読むことができるのです。
ちなみに、名前が出てきた鳥飼美枝子という弁護士はシリーズ前作の『ドッグレース』に登場してきた弁護士です。