機龍警察 狼眼殺手

経産省とフォン・コーポレーションが進める日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄。特捜部は捜査一課、二課と合同で捜査に着手するが何者かによって関係者が次々と殺害されていく。謎の暗殺者に翻弄される警察庁。だが事態はさらに別の様相を呈し始める。追いつめられた沖津特捜部長の下した決断とは―生々しいまでに今という時代を反映する究極の警察小説シリーズ、激闘と悲哀の第5弾。(「BOOK」データベースより)

 

機龍警察シリーズの五作目となる長編の冒険小説です。

 

ある中華料理店で会合を開いていた四人の男たちが殺されるという事件が起きます。その後に続く殺人事件などを調べていくうちに、日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄事件との関連が疑われることになります。

そこで、特捜部を中心にして警視庁の凶悪犯罪を扱う捜査第一課、知能犯罪を扱う捜査第二課、それに公安も含めた前代未聞の捜査本部が設置されることになるのでした。

 

こうして本書は通常の警察小説のような地道な捜査活動が中心となった物語として展開すると思っていました。

もともと、本シリーズはSF色が強い警察小説、それもアクション小説と言ってもいいほどに激しい戦闘場面の多い物語という、読者サービス満載の小説でした。その上、世界中の紛争地域で起きる悲劇などを盛り込んだヒューマニズムに富んだ小説でもありました。

ところが、本書ではSF色は後退し、警察小説としての、それも一級の面白さを持つ警察小説としての貌が前面に出てきて、龍機兵(ドラグーン)での戦いの場面はありませんでした。そうしたことから上記のような警察小説としての本書という印象を持つに至ったのです。

しかし、そこは月村了衛の作品であり、通常の警察小説では終わりません。

 

つまりは、捜査線上に浮かびあがってきた“狼眼殺手”という暗殺者との闘いが控えており、壮絶なアクション場面が控えていました。

本書では龍機兵の戦いこそありませんが、代わりにユーリやライザなどの龍機兵の操縦者たちがその本来の戦闘のプロとしての戦い方を十二分に見せてくれます。

更には、“狼眼殺手”という暗殺者に翻弄される警察の姿を通して、「警察」対「敵」の構図が明確になっていくなど、シリーズの根幹にかかわる展開も見逃せないものになっています。

そして、本書の敵役として登場する「フォン・コーポレーション」の実態解明というこのシリーズの特有の流れへとなっていくのです。

 

これまでは第一巻で「龍機兵(ドラグーン)」の活躍する世界やその属する警視庁特捜部、操縦者の姿俊之などの説明があり、以下巻を追うごとにライザ・ラードナー、ユーリ・オズノフ元警部、城木貴彦理事官と由起谷志郎警部補といった登場人物の過去などが語られてきました。

その上で、警視庁の内部にまで潜り込んでいるらしい「敵」の存在も示唆され、組織としての警察の姿などもシリーズの謎の一つとして示されていました。こうした「敵」に関する謎の一端が、本書に至り少しではありますが明らかにされています。

一作ごとに大きなテーマをもって語られてきた本シリーズが、本書に至り、エンターテイメント小説としての全貌を明らかにし始めたようでもあります。

 

警察小説として読むことになりそうと思いながら読み進めていた本書ですが、最終的にはやはり重厚感の漂う機龍警察シリーズらしい読み応えのある作品でしたし、シリーズとしての面白味が次第に大きくなり、次回作への期待が次第に増す一冊でした。

八月のマルクス

レイプ・スキャンダルで引退したお笑い芸人・笠原雄二。今は孤独に生きる彼を、元相方の立川誠が五年ぶりに訪ねてくる。だが直後、立川は失踪、かつてスキャンダルを書き立てた記者が殺された。いわれなき殺人容疑を晴らすため、笠原は自らの過去に立ち向かう。TV・芸能界を舞台に描く江戸川乱歩賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

今は引退しているかつての芸人が、行方不明になったかつての相方を探し、過去の自分に向き合う姿を描いた、1999年の第45回江戸川乱歩賞を受賞したハードボイルドタッチの長編ミステリ小説です。

 

かつてレイプスキャンダルで芸能界を辞めざるを得なくなった芸人笠原雄二のもとを、元の相方の立川誠が訪ねてきた。

しかし、そのまま立川の行方は分からなくなり、今度はかつて笠原のスキャンダルを暴いた記者の片倉義昭が殺されるという事件が起きる。

笠原は行方不明になった立川を探すため、また自らに降りかかってきた記者殺しの疑いを晴らすためにも立川の行方を捜すのだった。

 

久しぶりに小気味のいい文章に出逢った印象でした。短文を重ね、リズミカルに繰り出される文章は私の感覚に合致するものでした。

というのも、日本のハードボイルド小説の第一人者の一人である『飢えて狼』などの作品で知られる 志水辰夫を思い出させるタッチだったのです。

ただ、 志水辰夫の文章は「シミタツ節」といわれるほどに情感があるのですが、本書の文章にそこまでのものは感じませんでした。

とはいえ、主人公の心象を追いかける場面などは読み手の気持ちに迫るものもあったと思います。

 

 

「猫は目だけを動かし、視線をよこした。」という文章から本書は始まります。本人の「格好いい小説を書きたい」という思いはかなり実現されていると私は思ったのですが、どうでしょう。

この一文で私の本書への期待は増し、そして、読み終えてからもこの作者に対する好感度は変わりませんでした。

 

ただ、ミステリーとしての本作品を見た場合、少々ストーリーをひねりすぎな印象と、設けられた動機が犯行に至るには弱すぎるのではないかという若干の危惧はあります。

読後に江戸川乱歩賞での選評を読んでみると、選者も同様の印象を持った人がいたようで、素人の私が思うことなので文章のプロは当然指摘するだろうと思ったものです。

とはいえ、『八月のマルクス』というタイトルに隠された意味など、素人ながらに感心したものです。

 

作者の 新野剛士が、本書『八月のマルクス』を書き上げたのはホームレス生活をしている最中だったそうです。

会社を失踪中に何か身につけようと江戸川乱歩賞を目指し、三度目の応募の本書『八月のマルクス』で受賞したと言うのですから、そもそもの地力があったのでしょう。

そのホームレス中に読んだ本が 藤原伊織の『テロリストのパラソル』などのの作品であり、先に述べた 志水辰夫だったそうです( 作家の読書道 : 参照 )。

 

 

共に私の大好きな作家であり、彼らを参考にした 新野剛士の作品が私の好みに合致するのは当然のことだったのです。

 

全体的に本書の持つ雰囲気が私の好みであり、他の作品も是非読んでみたいと思う作家さんでした。

新野 剛士

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、旅行会社に就職。失踪、ホームレス生活を経て、第45回江戸川乱歩賞を『八月のマルクス』(講談社)で受賞し、1999年に作家デビュー。他の著書に『FLY』『あぽやん』『恋する空港 あぽやん2』(いずれも文藝春秋)『愛ならどうだ!』(双葉社)などがある。( 新野剛志 | 著者プロフィール | 新潮社 : 参照 )

 

新しいハードボイルド小説を読みたくて探していた際に出逢った『八月のマルクス』しか読んでいないので、まだここで紹介する材料を持っていません。

ただ、『八月のマルクス』の執筆時はホームレス状態だったなど、なかなかにユニークな人ではあるようです。

 

 

擬態

躰の中で、なにかが止まった…。四年前のある日、平凡な会社員・立原に生じたある感覚。いまや彼にとって、日常や人間性など無意味なものでしかなく、鍛えあげた精神と肉体は次第に凶器と化していく。取引先のビルの立ち退きを巡る抗争事件に巻き込まれた立原は―。男の心の闇を抉る異色のハードボイルド長篇小説。(「BOOK」データベースより)

 

あるサラリーマンが、自分の中での変化を捉えながら、その変化に身をまかせる姿を描き出す、長編のハードボイルド小説です。

 

本書はまさに北方謙三のハードボイルド小説であって、一人の男が自身の内面で密かに眠っていた獣を覚醒させ、その覚醒した獣の行動そのままに、未知の世界へ向かって疾走する姿が描かれています。

 

本書では、各章の一行目、すなわち第一・二章では「時計が止まったような気がした。」、第三章では「躰の中で音がした。」、第四章「躰の中で、音が続いた。」、第五章「躰の中で、音が消えた。」と続きます。

この躰の中の「音」に意味を持たせ、「音」の状況を説明することで主人公の心象のゆらぎを見て取ることができるという、いかにも北方謙三らしい表現です。

こういう表現方法を隠喩というのでしょうか。私は文章技法については全くわからないので、間違っているかもしれません。

問題は、その北方謙三らしさがいい方向に出ているとは感じなかったところです。

 

久しぶりに読んだ北方謙三の本は、いつものように短文が重ねられ、小気味いいリズムで物語が進んでいきます。ボクシングのスパーリングの場面や喧嘩の場面など、この畳みかけるような文章が実に効いています。

やはりこの人の文章は、低い位置から心の奥に響いてくるような、そうした重さを持った力として心に直接入り込んできます。中国史劇の北方節もいいけれど、やはり『ブラッディ・ドール』のような今の男の物語を読みたい気がします。

 

 

ただ、本書に限って言えば、主人公の人物像が現実世界から浮き上がった、リアリティを持たない人物像としてしか感じることができませんでした。

ストーリーに微妙な違和感を感じ、感情移入できなかったのです。ほかの作品でも似たような浮遊感を感じはしてもここまではなかったような気がします。

もしかしたら、主人公の人物造形が私の個人的好みと合致しなかった、だけのことかもしれないのですが。

 

本書の、一介のサラリーマンとして日常を送っていた男が、日々の鍛錬の末に鋼の肉体と意志とを獲得し、裏社会の人間たちに対し戦いを挑む、という構造は、 大藪春彦の代表作の一つである『野獣死すべし』と同じ構造です。

ただ、普通の人間が鍛錬を始めたという点が同じだけで、『野獣死すべし』の場合は、主人公は心の奥に持つ怒りを具現化するために肉体を鍛え犯罪行為に走ったのに対し、本書の場合は「躰の中で止まった何か」をきっかけに筋肉トレーニングを始め、結果として暴力団を相手に戦うのです。

また『野獣死すべし』の場合は復讐譚でもあったのに対し、本書は一人の人間の覚醒の物語でもありますし、北方謙三の方がより人物の心象へのアプローチが深い、といえるかもしれません。

 

漂泊の街角

“宗教法人炎矢教団総本部”この教団から娘・葉子を連れ戻してほしい―というのが今回の僕への依頼であった。僕が原宿にあるその教団へ娘を迎えに行くと、彼女は意外にも素直に教団を後にした。教団幹部の“オーラの炎によって彼女の身に恐しい出来事が起こる”という不気味な言葉を背に受けながら。依頼はあっさり解決した。但し、その肉のうちに葉子が喉を裂いて冷たくなっていなければ…。(炎が囁く)街をさまよう様々な人間たち。失踪人調査のプロ・佐久間公が出会う哀しみと歓び。事件を通して人生を綴るシリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 


 

本書は、佐久間公シリーズの第二弾のハードボイルド短編小説集です。

 

前作同様に、本書でも主人公佐久間公はかなりキザです。しかしながら、本書の出版時期が前作から四年近くも経っているからか、前作ほどに鼻につくというほどではありません。

全体的に、主人公の佐久間公の存在が落ち着いてきている印象はありました。それは作者大沢在昌の筆がうまくなったものか、読み手の私が佐久間公という存在に慣れたのか、それは分かりませんが、多分作者のうまさでしょう。

 

第三話の「悪い夢」は、佐久間公が撃たれ、瀕死の重傷の中で物語が進行するという話です。ハードボイルドとしてはそれほど好みではなかったのですが、佐久間公という個人を裏から描いた作品であり、わりと気になる作品でした。

この作品には岡江という新たな探偵が登場しますが、この岡江がこれから先、このシリーズにどのようにかかわってくるのかよくわかりません。

もしかしたら、「悪い夢」に限っての登場なのかもしれませんが、多分シリーズに関わってくるのだろうと思います。それだけの存在感を持っているのです。

 

もう一話、五話目の「ダックのルール」が、妙に気になりました。

傭兵が安定的な生活を求めて危険を冒すという設定なのですが、これまでに読んだことがない設定ということもあり、少々違和感を感じたのも事実です。

佐久間公という調査員の話からすると少々物騒で、飛びすぎているという印象ですが、ダックという男が気になったのだと思います。

 

ミステリーとしては最終話の「炎が囁く」が一番しっくりきた話でした。読者としてミステリーの展開に関心が持てたのもありますが、公の相棒である沢辺とともに行動する点で、私の好みのリズムになっていたのが一番のような気がします。

佐久間公シリーズ

佐久間公シリーズ(2019年06月29日現在)

  1. 感傷の街角
  2. 標的走路
  3. 漂泊の街角
  1. 追跡者の血統
  2. 雪蛍
  3. 心では重すぎる

 

本書の主人公は、とある法律事務所に勤務する佐久間公という名の調査員です。

そして、シリーズの第一作である短編集が『感傷の街角』であり、著者である大沢在昌のデビュー作であって、この作品で第一回小説推理新人賞を受賞しました。

デビュー作だからでしょう、この作品での主人公は実にキザです。普通、ハードボイルドの主人公は洒落た言葉を発し、それなりの腕っぷしを持っていたりもするのですが、この主人公の言葉はどこか浮いています。

 

本シリーズを読み始めて最初に思ったのが主人公の台詞の軽さ、ですが、その次に思ったのが、調査部を自分の事務所で持つような法律事務所が東京にはあるのだろうかということです。

たしかに法律事務所では、離婚事件などで私立探偵事務所に調査を依頼することはあります。しかし、調査員を自前で持つような法律事務所など、考えられなかったのです。

この点に関しては第二巻の『漂泊の街角』の北原清氏のあとがきに、次のようなことが書いてありました。

主人公が属する事務所は、「早川法律事務所は巨大な法律事務機構である。擁している弁護士は“社長”の早川弁護士を含めると十数人に達する。機構の中には調査課が二つあり、下請け興信所を必要としない。一課は証拠収集、二課は、失踪人調査をその業務としている。」のだそうです。

そして、第一回小説推理新人賞選考会での、生島治郎や海渡英祐、藤原審爾の三人の選考委員の、こんな巨大な機構を持った弁護士事務所は存在しないのではないかという指摘に対し、著者の大沢在昌は「あります」と言い切り、そのまま受賞するに至った、というエピソードを記してありました。

著者が言い切るのですから存在するのでしょう。この点は調べればすぐにでも分かることでしょうから、そんなに大きな問題点ではなかったのかもしれません。

 

主人公のキザさという点も、読みようによっては新人らしく、決して欠点とまでは言えないともいえ、また法律事務所の規模という点もあくまで小説として受け入れることができないわけではありません。

また、たまに登場する公の友人の沢辺の存在も見逃せません。これは、例えば 石田衣良の『池袋ウエストゲートパークシリーズ』での真島誠と安藤崇の関係と同様であり、また 東直己の『ススキノ探偵シリーズ』の俺と高田のようでもあります。

 

 

出版年月から見て本シリーズが一番古いことを考えると、こうした関係は「バディもの」という言葉があるように、一つのパターンとしてあるのでしょう。

いずれにしても、沢辺の存在は公の存在に暴力的な側面での助けがあること、また勤務先の存在は、警察とのつながりという一面も有し、法律的にも正当性を持つ存在としての性格を持ちます。

その点では私立探偵ものと警察ものとの中間的な位置づけを持つとも言えそうです。

いずれにしても、大沢在昌という作家の成長すらも見える、読みごたえのあるシリーズだと言えそうです。

顔に降りかかる雨

親友の耀子が、曰く付きの大金を持って失踪した。被害者は耀子の恋人で、暴力団ともつながる男・成瀬。夫の自殺後、新宿の片隅で無為に暮らしていた村野ミロは、耀子との共謀を疑われ、成瀬と行方を追う羽目になる。女の脆さとしなやかさを描かせたら比肩なき著者の、記念すべきデビュー作。江戸川乱歩賞受賞!(「BOOK」データベースより)

 

村野ミロという女性を主人公とした、ミロシリーズ第一作の長編のハードボイルドミステリー小説です。

 

本書の主人公は普通の一般人です。広告会社をやめ、貯金を食いつぶしていた毎日だったところで、成瀬により探偵もどきの行動をすることになっただけです。

つまり、恋人である筈の広瀬という男が預けた大金を持ったまま耀子が失踪したというのです。そこで、親友のミロが行方を知っているだろうと、広瀬と共に耀子の行方を探すことになります。

この主人公のミロは、夫を自殺という形で亡くしており、いまだその衝撃から抜け出すことができないでいる、普通の女性です。

とはいえ、理不尽な要求に対しては立ち向かうだけの向こうっ気の強さは持っており、また、父親譲りの調査業のうまさも持っているようです。

しかし、エンターテインメント小説としてみると、私の好みの物語とは微妙にずれています。それは多分物語のテンポだと思われます。

つまり、女性を主人公にした小といえば、 大沢在昌の『魔女シリーズ』や 月村了衛の『ガンルージュ』といった作品を思い出しますが、これらの作品とは明らかに物語のリズムが異なるのです。

 

 

本書の場合、人物の行動を緻密に描き出しているのですが、同時に心象をも丁寧に描写しています。

行為の客観面のみを描く厳密な意味でのハードボイルドの手法ではなく、主観面をも描写していく本書の描き方は、行動に伴うミロの内面に重きを置いているようです。

そのうえで、自分の信念はぶれることなく、信じるところに従って突き進むという生き方の意味でのハードボイルド小説と言えるでしょう。

 

ハードボイルド小説とはいえ、主人公のミロは腕っぷしが強いわけではありません。ともに行動することになる成瀬からはかなり暴力的な扱いも受けています。

それでもなお、ミロは自分自身のために、失踪した親友の耀子を探し続けますが、その過程でアクションが展開されることはありません。

ただ、耀子の恋人で会った広瀬と共に、または広瀬の目を出し抜いて新たな手掛かりを見つけ出し、そして意外な事実を見つけ出すのです。

 

決して派手な展開ではないこの物語は、私の好みにピタリと合致するものではありませんが、主人公のミロのこれからが妙に気になる物語でもあります。

続編を読んでみたいものです。

村野ミロシリーズ

村野ミロシリーズ(2019年07月01日現在)

  1. 顔に降りかかる雨
  2. 天使に見捨てられた夜
  3. 水の眠り灰の夢
  1. ローズガーデン
  2. ダーク

 

主人公は、もと広告会社でマーケティングを担当していた女性で、三十二歳。夫は自殺していて、いまだにそのことを引きずっています。

第一作目『顔に降りかかる雨』の冒頭は、夫の死を告げた深夜の電話があって以来、真夜中の電話には出ないと決めていた主人公の姿から始まります。しかし、この電話に出なかったことが第一巻の物語を始めさせることになるのです。

中学生の時に母親が病死し、以後父親と二人きり。父親は今のマンションを事務所にして調査探偵業を営んでいた。金回りはよく、私のために何人も使用人を雇ってくれた。だが、私のために父親がしたのはそれだけだった。私は寂しさを紛らわすためにあらゆることを自分で探さねばならなかった。

主人公の身の上については上記のように紹介してあります。

第一巻ではまだ調査業を開始しているわけではありません。といって、第二巻以降に調査業を開始するのかはまだ読んでいないので不明です。

主人公のミロという名前は、「私の好きな酔いどれ探偵、ミロドラコヴィッチから拝借した」との著者の言葉が第一巻のあとがきで紹介してありました。

ジェイムス・クラムリーの『さらば甘き口づけ』などに出てくる主人公の名前だそうです。この作品もかなり前に読んで、その文学性の薫り高い、美しい文章に驚いた記憶があります。探偵の名前は忘れていました。

 

 

ともあれ、ミロというタフな女性が活躍する小説ですが、 大沢在昌の小説『明日香シリーズ』に出てくる明日香のように、女性ながらアクションに強い、などのヒロイン像とは異なります。

 

 

どちらかといえば、普通の女性です。短髪でくたくたのTシャツに色の落ちたジーンズをはいたノーメイクの女性、だと一巻目冒頭の一場面で男に連れ出される姿を描いてありました。

自分を押さえようとするチンピラを相手に反抗することや、ヤクザの親玉の前で突っ張るくらいの度胸はあるようです。

 

まだ第一巻を読んだだけなので、詳しいことは分かりません。とりあえずはシリーズを読んでみようと思います。

桐野 夏生

1951(昭和26)年、金沢市生れ。成蹊大学卒。1993(平成5)年、『顔に降りかかる雨』で、江戸川乱歩賞を受賞する。1997年に発表した『OUT』は社会現象を巻き起こし、同年、日本推理作家協会賞を受賞。1999年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞を受賞した。2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞、2009年『女神記』で紫式部文学賞、2010〜2011年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞・読売文学賞を受賞。また、英訳版『OUT』は、2004年にアメリカで権威のあるエドガー賞に、日本人で初めてノミネートされた。他の著書に『夜の谷を行く』『路上のX』『ロンリネス』などがある。( 桐野夏生 | 著者プロフィール | 新潮社 : 参照 )

 

この作家は、『OUT』や『グロテスク』など、タイトルはよく聞く作品は多いものの、これまで一作も読んだことがありませんでした。

 

 

というのも、桐野夏生という作家は私の好む小説とは若干異なり、同じエンターテインメント小説とはいっても、より人間の内面に斬り込んだ作品が多いと勝手に思い込んでいたからです。

つまり、文学性の高い、それも読み手の努力を要求する作風だと決めつけていたのです。

 

このところ女性が主人公のハードボイルド小説を何冊か読んだためか、女性が主人公のハードボイルド小説を探して『ミロシリーズ』に至ったのですが、私の思い込みは当たらずとも遠からず、だったと思います。

詳しいことは当該頁を読んでいただきたいのですが、つまりは心象により深く切り込んだ描写が多いと感じたのです。

このシリーズ以外の作品を読むかはわかりませんが、『OUT』は「歌舞伎町のマフィアと主婦が戦う話」との著者の言葉があるそうで、読んでみたい気はします。

それまでの明日

11月初旬のある日、渡辺探偵事務所の沢崎のもとを望月皓一と名乗る紳士が訪れた。消費者金融で支店長を務める彼は、融資が内定している赤坂の料亭の女将の身辺調査を依頼し、内々のことなのでけっして会社や自宅へは連絡しないようにと言い残し去っていった。沢崎が調べると女将は六月に癌で亡くなっていた。顔立ちのよく似た妹が跡を継いでいるというが、調査の対象は女将なのか、それとも妹か?しかし、当の依頼人が忽然と姿を消し、いつしか沢崎は金融絡みの事件の渦中に。切れのいい文章と機知にとんだ会話。時代がどれだけ変わろうと、この男だけは変わらない。14年もの歳月を費やして遂に完成した、チャンドラーの『長いお別れ』に比肩する渾身の一作。(「BOOK」データベースより)

 

「沢崎シリーズ」の、長編では第五弾となるハードボイルド作品です。

 

沢崎のもとを望月皓一と名乗る紳士が訪れてきた。

消費者金融で支店長を務める彼は、融資が内定している赤坂の料亭の女将の身辺調査を依頼し、内々のことなのでけっして会社や自宅へは連絡しないようにと言い残し去っていった。

しかし、沢崎が調べると女将は六月に癌で亡くなっていたのだ。

 

本書『それまでの明日』は前作の『愚か者死すべし』から十四年目でやっと出た続編です。

この『沢崎シリーズ』は日本のハードボイルドを語るうえでは避けては通れないシリーズですが、個人的には今一つのめり込めないシリーズでもあります。

それは、多分ですが、北方謙三や志水辰夫などのハードボイルド作品を読んでいたことと無関係ではなさそうです。つまり、彼らの作品はストーリー展開が早く、そしてかなり派手であり、読んでいて飽きません。

 

それに比べて原りょうの作品は、チャンドラーに傾倒しているからなのか、極端に言えば地味です。

本書でも、主人公の沢崎はまさに探偵としてあちこち動き回り、隠された事実を少しずつ明らかにしていきますが、その探索は決して派手ではありません。

その探索の結果、本書でも読者はそのミステリーの謎解きそのものではなく、沢崎の眼を通した事実を知ることになるのはもちろんです。

派手なアクションがあるわけではなく、まさに探偵の探偵としての行動だけが描かれる本書は、スピーディな展開、またエロスやバイオレンスなどに慣れた私には「感情移入できない」という感想を持つしかないと思われるのです。

 

作者が言うように、「ハードボイルドの神髄は難問に答え続ける姿勢」にある考え、沢崎を「非常識なほど普通な男」として描いているのであれば、上記の感想も仕方のないところなのかもしれません。

しかしながら、北方謙三や志水辰夫に比して感情移入しにくいというだけであり、このシリーズが面白くないわけではありません。

本書では、鮮やかな謎解きもどんでん返しもないけれども、描かれる沢崎の会話は機知に富んでいて楽しみであり、沢崎の地道な行動が真実に近づいていく様子はそれなりに楽しみです。

例えば『長いお別れ』の面白さが、事件や謎解きより、主人公の言動にあるように、僕はハードボイルドの神髄は難問に答え続ける姿勢にあると思う。つまり誰のいかなる問いにも真摯に応え、常に最善を尽くす姿勢がその小説をハードボイルドたらしめるとすれば、沢崎に天才性は必要ないんです。むしろ僕は彼を非常識なほど普通な男として描いている。

著者自身が上記のように述べているのですから、私の上記の感想もあながち的外れでもなさそうです。あとはその作者の姿勢、そしてその結果としての作品が読者個人の感性と会うか否かというだけの話です。

そして、私にとっては確かに面白いのだけれども全面的に受け入れることができなかったというだけのことです。

 

でも、「第二級活字中毒者の遊読記」の焼酎太郎さんの「でも14年ぶりですよ。細かいことはいいじゃないですか」という言葉がすべてのような気がします。