リボルバー・リリー

本書『リボルバー・リリー』は、元諜報員の女性と家族を皆殺しにされた少年との逃避行の様子を描いた、文庫本で656頁にもなる長編のアクション小説です。

時代背景や登場人物の来歴などを緻密に描いてあり、重厚な上にかなり長い物語であって簡単には読めない作品ですが、最後まで息を抜けずに惹き込まれて読んだ作品でした。

 

『リボルバー・リリー』の簡単なあらすじ

 

小曾根百合―幣原機関で訓練を受け、東アジアなどで三年間に五十人超の殺害に関与した冷徹非情な美しき謀報員。「リボルバー・リリー」と呼ばれた彼女は、消えた陸軍資金の鍵を握る少年・細見慎太と出会い、陸軍の精鋭から追われる。大震災後の東京を生き抜く逃避行の行方は?息をもつかせぬ大藪春彦賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

十三歳になる細見慎太は、関東大震災のあと両親とは別に、訳も分からないままに名前も変えて埼玉県秩父へと移り住むことになった。

ある日、突然帰ってきた父親に書類を渡されて弟と共に逃亡させられ、秩父で知り合った筒井国松の元へ逃げるが、父の後を追ってきた男たちに家族皆殺しにされてしまう。

しかし、その筒井とさらに弟も殺された慎太は、筒井から紹介された小曾根百合という女性に助けられて男たちの手から逃亡する。

男たちは陸軍の兵士であり、父親が隠した巨額の資金に関する書類を追っていて、慎太は百合と共にこの状況から脱出するために必死の逃亡を続けるのだった。

 

『リボルバー・リリー』の感想

 

本書『リボルバー・リリー』の主人公は小曾根百合といい、水野寛蔵という男のもと、特殊機関で訓練を受けた元間諜です。

この百合の能力は、二十歳になるまでの三年間で百合の関与が疑われた事件は三十七件、計五十七人が殺されたと言われるほどです。

その人物に助けを求めたのが小学三年生の細見慎太でした。慎太の父親の細見欣也は、陸軍の資金を運用して巨大な利益を生み出していました。

小曾根百合の手助けをしているのが那珂という女で、百合の旦那で会った水野寛蔵に仕えていた女で、その後も百合の手助けをしています。

また、百合に助けられたことを恩義に感じ、今回の逃避行をも助ける弁護士が岩見良明です。百合がやっている玉ノ井の銘酒屋の法律相談もしています。

ちなみに、「銘酒屋」とは、「銘酒を売っているという看板をあげて、ひそかに私娼を抱えて営業した店」のことを言うそうです。( コトバンク : 参照 )

 

百合と慎太のあとを追っているのは、陸軍関係では津山ヨーゼフ清親大尉であり、また百合と同じ機関で育てられた間諜の南始です。

また、ヤクザ関係として水野寛蔵の息子である水野武統もヤクザの力を総動員して二人を追いかけています。

他にも、山本五十六のように歴史上実在した人物などが少なからず登場します。

 

私が読んだのは490頁にもなるハードカバーであり、その分厚さに驚きもしたものです。

さらには、内容が緻密であり、実に濃密な書き込みが為されているために簡単に読み飛ばすこともできませんでした。

しかしながら、巻末に掲げられている二十六冊にものぼる参考資料からも分かるように、著者は、歴史的な事実や歴史的事件の背景などを綿密な調査を経たうえで執筆されていて、登場人物たちの行動にそれなりの必然性を与えています。

そのために、本書『リボルバー・リリー』を単純にストーリーだけを取り上げれば、元間諜の女性と少年との逃避行というだけになってしまいますが、設定された慎太の家族が殺された理由や、百合と慎太が危機を乗り越える方法などが具体的に描かれていて、物語に厚みが出ているのです。

さらには登場人物の行動に必然性を与えてありますから、読んでいて彼らの行動に疑問を抱くことなく読み進めることができます。

特に、クライマックスで大正末期の東京の街をある目的地へ向けて疾走する場面は、まさに市街戦であり手に汗握る場面の連続であって、一気に結末へとなだれ込む読みごたえがあります。

 

こうした緻密な描写に裏付けられたリアリティーがあり、物語の重厚さを持つ物語と言えば、 月村了衛の作品を思い出します。

中でも『機龍警察』を第一巻とする『機龍警察シリーズ』は、その重厚な世界観もあり、アクション小説としても一級品だと思います。

 

 

蛇足ですが、このクライマックスの場面は、あらためて考えるとクリント・イーストウッドが自ら監督をし、主演も務めた『ガントレット』のクライマックスを思い出させるものでもありました。

警察の一団が待ち構える中に乗り込んでいく主人公、という構図は同じものでしょう。とはいえ、本書の方が何倍もスケールが大きく、そういう意味では比較にもならないかもしれません。

 

 

本書のもう一つの魅力は、歴史の裏面史ともいうべき見方を提示してくれていることです。

歴史上の出来事をちりばめながら、事実の間に虚構を埋め込み、いかにも真実の出来事のように見せかけるというのは、小説手法としては普通、というよりは当たり前のことでしょう。

しかしながら、その描写の緻密さ、埋め込み方のうまさなど、読者を引き付ける魅力において優れた作品だと思います。

だからこそ、大藪春彦賞受賞という評価を与えられているのではないでしょうか。

作者 長浦京の次の作品の『マーダーズ』よりも本書の方が私の感覚にあい、面白いと感じた作品でした。

 

長浦 京

1967年埼玉県生まれ。法政大学経営学部卒業。出版社勤務、音楽ライターなどを経て放送作家に。その後、指定難病にかかり闘病生活に入る。2011年、退院後に初めて書き上げた『赤刃』で、第6回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。17年、デビュー2作目となる『リボルバー・リリー』で第19回大藪春彦賞を受賞。19年、3作目『マーダーズ』で第2回細谷正充賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
引用元:HMV&BOOKS

 

長浦京という作家は、非常に緻密で、濃密な作品を書かれる作家さんのようです。

上記の長浦京プロファイルを見ても分かるように、デビュー作『赤刃』で第6回小説現代長編新人賞、デビュー第二作『リボルバー・リリー』で第19回大藪春彦賞、デビュー第三作『マーダーズ』で第2回細谷正充賞と、新作を出版するたびに受賞歴を重ねておられます

 

 

更には、デビュー四作目の『アンダードッグス』は第164回の直木三十五賞候補作に選ばれている驚異の作家さんです。

 

 

千里眼 ミドリの猿

本書『千里眼 ミドリの猿』は、『千里眼 クラシックシリーズ』第二巻の、文庫版で「著者あとがき」を除いて353頁の長編のエンターテインメント小説です。

純粋に物語を楽しむ痛快活劇小説であり、単純に楽しく読めた作品でした。

 

『千里眼 ミドリの猿』の簡単なあらすじ 

 

きみも緑色の猿を見たのかい?嵯峨敏也と名乗る男にそう聞かれた瞬間から、女子高生の知美の存在は周囲から認識されず、母親からも拒絶されてしまう。彼は敵か味方か?折しも国内では岬美由紀のある行動が原因で中国との全面戦争突入のタイムリミットが迫っていた。公安に追われながらメフィスト・コンサルティングに立ち向かう美由紀の活躍が、改稿の域を超えほぼ新作となり生まれ変わったクラシックシリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

 

須田知美は、赤羽精神科で診察を終えて出てきたところでいつもの浮遊感に襲われ、保護を求めて派出所に行っても拘束されそうになり、母親に電話しても知美を知らないと言われてしまう。

一方岬美由紀は、内閣官房直属の主席精神衛生官という立場にいて、アフリカのジフタニア共和国にODAの視察団の一員として訪れていた。

ところが、内戦状態を隠すジフタニアの担当官の嘘を見抜き、子供たちを助けるために戦闘用ヘリを奪取して政府軍に挑み、これを撃退するという事件を起こしてしまう。

なんとか日本へと帰ると、中国国民が日本に対し急激に反感を抱くようになり、戦争を仕掛ける機運が盛り上がっている事実を知る。

事件の背後には恒星天球教がいると考えた美由紀は、新宿にある公安の前哨基地の公安調査庁首都圏特別調査部へと乗り込む。

そこには公安調査庁首席調査官の黛邦雄という男が待っていて、そのビルの地下で見たのは監禁されている須田知美の姿だった。

何とか須田知美を助けて脱出した美由紀らは、須田知美が隠れていた嵯峨敏也と名乗る男のマンションへとたどり着き、そこにいた嵯峨と合流し、ともに行動を始めるのだった。

 

『千里眼 ミドリの猿』の感想

 

本書『千里眼 ミドリの猿』では、前巻『千里眼 完全版』での恒星天球教という存在とは異なる、メフィスト・コンサルティング・グループ日本支社ペンデュラムという存在が敵役として前面に出てきています。

恒星天球教はペンデュラムとどのような関係にあるのか本書の時点ではまだよく分かりません。

 

 

そして、前巻でも少なからずツッコミどころはあったのですが、本書においてはそれ以上に疑問点が山積しています。

美由紀が他国へ行ってその国の戦闘ヘリを奪取し、そのままその国の航空機と戦闘行為に入ったり、その行為に対してはなんのお咎めもなく日本に帰っています。

また、普通に日常生活を送っているはずの美由紀が、中国と日本との間で戦端が開かれそうになっていることを全く知らなかったりもしていて、かなり不自然な場面が多いのです。

上記は疑問点のほんの一端ですが、本書『千里眼 ミドリの猿』は痛快エンタテイメント小説でもあり、かなりの場面は容認して読み進めました。

本書の場合は少々世界観に無理があると思いつつ、全体としてまだ許容範囲だと自分に納得させての読書だったのです。

 

今回『千里眼 ミドリの猿』では、新たな敵役としてメフィスト・コンサルティング・グループという存在が出てきます。

具体的にはメフィスト・コンサルティング・グループ、ペンデュラム日本支社常務取締役で実質的に極東地域を統括する立場にあり、表の顔として公安調査庁では黛邦雄を名乗っている鍛冶光次という男がそれです。

この男の行動もツッコミどころ満載なのですが、それを挙げていたらきりがありませんのでここでは書きません。

またその部下として芦屋という精神科医もいますが、これはいわば雑魚キャラでしょう。

このメフィストグループは、「全知全能の知識と実行力によって歴史を操る闇の組織」であり、その実体は心理学を駆使した扇動で物証を残さないプロ集団です。( ウィキペディア : 参照 )

こうした敵役の設定は、物語の規模を壮大にはするでしょうが、ホラ話にはホラ話なりの理由付けが必要です。本書にその世界観を支えるだけの理屈があるかと言えば、若干の疑問があります。

 

一方、美由紀にも味方ができます。それが著者松岡圭祐の別作品『催眠シリーズ』の主人公で東京カウンセリングセンターの催眠療法科長の臨床心理士である嵯峨敏也です。

正体不明のキャラクターとして登場しますが、美由紀と共に須田知美を助ける手伝いをします。

 

 

そして、前巻『千里眼 完全版』からの登場人物である警視庁捜査一課の警部補の蒲生誠が今回もまた美由紀を助けます。

 

『千里眼 ミドリの猿』のシリーズ特性

 

本書『千里眼 ミドリの猿』では物語が完結せず、「千里眼 運命の暗示 完全版」につづく、とされています。

多分ですが、シリーズ内の他の著作は単巻でそれなりに独立しているものと思われます。

ここで、本書の「著者あとがき」で「小説『催眠』の正当続編として新たに書き下ろすことにし」たと明記してありました。

そして、「本作以降、角川『千里眼』クラシックシリーズは、旧・小学館のシリーズとはまったく別の作品となります」と、明言してあるのです。

こうした言葉もあって、『千里眼シリーズ』の項でも書いたように、本稿では角川版を読むことにしているのです。

千里眼 完全版

本書『千里眼 完全版』は、『千里眼 クラシックシリーズ』第一巻の、「著者あとがき」「解説」まで入れると全部で452頁にもなる長編のエンターテインメント小説です。

純粋に物語を楽しむ痛快活劇小説であり、単純に楽しく読めた作品でした。

 

『千里眼 完全版』の簡単なあらすじ 

 

房総半島の先にそびえる巨大な観音像を参拝に訪れた少女。突然倒れたその子のポケットから転げ落ちたのは、度重なるテロ行為で日本を震撼させていたあるカルト教団の教典だった…。すべてはここから始まった!元航空自衛隊の戦闘機パイロットにして、現在戦う臨床心理士岬美由紀の活躍を描く、千里眼シリーズの原点が、大幅な改稿で生まれ変わり、クラシックシリーズとして刊行開始!待望の完全版。(「BOOK」データベースより)

 

航空自衛隊の航空総隊司令官仙堂芳則は、米軍の関係者までも参列している総理官邸地階危機管理センターの対策本部対策室へと呼び出され、茨城の山中にある寺がミサイル攻撃を受けたとの説明を受けた。

横須賀基地に停泊している米軍第七艦隊所属のイージス艦に侵入した何者かが陸上攻撃ミサイルの発射コマンドを入力したものであり、さらには、総理官邸を標的としたミサイルが発射へのカウントダウンを始めており、あと二時間強で発射されるというのだ。

ミサイルの迎撃もできず、犯人から発射停止の暗証番号を聞き出すしかないため、仙堂は、千里眼との異名をとる東京晴海医科大附属病院の院長の友里佐知子と、仙堂の元部下で友里のもとにいる岬美由紀を呼ぶこととなった。

それに答えた二人は見事暗証番号を聞き出し、危機は回避されたが、犯人は恒星天球教を名乗り自害してしまう。

そこに恒星天球教を名乗る男から連絡が入り、今後恒星天球教への干渉は禁ずると言ってきた。

また、美由紀のもとに通っている宮本えりという小学二年生の患者が、朝早くから一人で富津にある東京湾観音に出かけていて、その子が恒星天球教のパンフレットを持っている事実が判明する。

 

『千里眼 完全版』の感想

 

本書『千里眼 完全版』は、戦闘機を乗りこなし、格闘技も万能の、表情から人の心裡を読む達人である臨床心理士が主人公です。

本シリーズを読み始めたのは、本書は『千里眼シリーズ』の項でも書いたように、作者である松岡圭祐の別作品『高校事変シリーズ』が非常に面白かったためです。

 

 

ただ、この『千里眼シリーズ』は『高校事変シリーズ』に比べると、小説としての完成度はかなり落ちると思われます。

というよりも、どちらの作品も荒唐無稽に過ぎるともいえるのですが、本シリーズの方が設定が甘く、書き込みも冗長です。

本書の冒頭で起きる米軍艦船への侵入およびミサイル制御システムの乗っ取りという事態だけでも荒唐無稽という言葉を超えた出来事であり、もうファンタジーというほかない出来事です。

ただ、その過程での米軍関連の武器情報など、かなり調べ上げた上での描写と思われ、単純に突拍子もないホラ話と切り捨てられないだけの本書の世界観内でのリアリティーを持っているところが惹きつけられるところです。

 

敵役としては、本書『千里眼 完全版』においては恒星天球教と名乗る集団がいます。

このオカルト教団は教祖を阿吽拿(アウンナ)といい、信者の心裡をうまく誘導し、脳に直接メスを入れるなどの方法で信者を思うがままに動かす集団です。

そこに、同様に心理学を学んだエキスパートとしての臨床心理士の岬美由紀がその前に立ちふさがることになります。

冒頭の米軍ミサイルの事件も犯人が恒星天球教の信者であり、次には東京湾観音で恒星天球教による何かが行われている疑惑が巻き起こり、調査を開始することになります。

その東京湾観音での出来事もまた荒唐無稽です。岬美由紀が戦闘機パイロットで会ったほどの運動神経の持ち主という前提で、アクションのあり方もその運動神経の良さを十二分に生かした常人ではなし得ない動きで危機を回避します。

 

ただ、本書『千里眼 完全版』の展開だけを考えると、文庫本の本文だけで447頁という長さが必要だったか、という疑問は残ります。もう少し簡潔に処理できたのではないでしょうか。

とはいっても、読んでいる途中でそれほど長いと感じなかったのは、本書での緻密な書き込みがあるからこそでしょう。

この長さがあったからこそ途方もないホラ話がそれなりのリアリティを持つことができたのかもしれません。

とりあえずはシリーズを読み続けてみたいと思います。

千里眼シリーズ(クラシックシリーズ)

 

『千里眼シリーズ』について

 

本『千里眼シリーズ』は、元航空自衛官の臨床心理士・岬美由紀を主人公とした長編のアクション小説シリーズです。

本稿は旧・小学館版ではなく、角川文庫版をその対象としています。

 

千里眼 クラシックシリーズ(2021年01月12日現在)

  1. 完全版
  2. ミドリの猿
  3. 運命の暗示
  4. 千里眼の復讐
  5. 千里眼の瞳
  6. マジシャンの少女
  1. 千里眼の死角
  2. ヘーメラーの千里眼
  3. トランス・オブ・ウォー
  4. 千里眼とニュアージュ
  5. ブラッドタイプ
  6. 背徳のシンデレラ

千里眼 新シリーズ (「クラシックシリーズ」の続編)(2021年01月12日現在)

  1. The Start
  2. ファントム・クォーター
  3. 千里眼の水晶体
  4. ミッドタウンタワーの迷宮
  5. 千里眼の教室
  1. 堕天使のメモリー
  2. 美由紀の正体
  3. シンガポール・フライヤー
  4. 優しい悪魔
  5. キネシクス・アイ

 

まず前提として、本『千里眼シリーズ』は、もとは小学館から発行された全十二巻のシリーズがあったもので、後に角川文庫から「クラシックシリーズ」として「完全版」と銘打たれて再刊されています。

そして、例えば著者自らがクラシックシリーズ第二巻の『千里眼 ミドリの猿』の「著者のあとがき」では、本書は改稿ではなく「大部分を新しいストーリー」として、「旧・小学館版のシリーズとは全く別の作品となります」と書かれているなど、「クラシックシリーズ」が現時点での正式版だと思えます。

以上の次第で、本稿は角川版のクラシックシリーズを対象としていますし、旧・小学館版のシリーズは未読のままになると思います。

 

もともと、本『千里眼シリーズ』についてはそのシリーズ名は聞いていたのですが、千里眼千鶴子という名前も取りざたされていたためオカルトものだと勝手に思い込み、読まずにいたものでした。

 

千里眼千鶴子とは、わが郷土熊本の宇土郡松合村、現在の宇城市不知火町に実在した女性です。「千里眼」能力の持ち主として話題になり、最後は自殺を遂げました。( ウィキペディア : 参照 )

 

それはともかくとして、本シリーズの著者松岡圭祐の別作品『高校事変シリーズ』を読んだところこれが非常に面白く、本シリーズもアクション中心のエンタテイメント小説であったことから読み始めたものです。

 

 

 

『千里眼シリーズ』の感想

 

本『千里眼シリーズ』の主人公岬美由紀は、元航空自衛官であり、不祥事により自衛隊を退職後、動体視力に優れたその能力を生かして臨床心理士として活躍しています。

自衛隊を辞めた美由紀は知人の友里佐知子が院長を務める東京晴海医科大付属病院に勤務することになるのですが、この友里佐知子が患者の心の裡を知る技術に長けていたために「千里眼」と呼ばれていたのです。

後に美由紀が戦闘機のパイロットでもあったため動体視力に優れていたこともあり、人の表情からその内心をも読み取ることに優れていたことから、美由紀自身が「千里眼」と呼ばれるようになったそうです。

 

本『千里眼シリーズ』第一巻では恒星天球教というオカルト教団が様々なテロ行為を仕掛け、それを岬美由紀が阻止するという流れであり、シリーズの敵役としてこの恒星天球教が設定されているものと思っていました。

ところが、第二巻になると、恒星天球教は存在だけ指摘されるだけで、新たに「メフィスト・コンサルティング・グループ」なる存在が岬美由紀の前に立ちふさがります。

本シリーズの真の敵役はどちらなのか、または他にもいるのかについてはまだ全く分かりません。

 

また、『千里眼シリーズ』の第二巻『ミドリの猿 完全版』は第三巻『運命の暗示 完全版』に続くとなっています。調べてみるとこの部分だけが二分冊になっているようです。

ほかの巻は、一応個別の巻だけでも読むことができると思われます。

 

 

結局、このシリーズの構成も含め、二つの団体の関係や敵役の存在についてはシリーズの続刊を読まなければ分からないようです。

ともあれ、文章のタッチや物語の構成など、『高校事変シリーズ』には若干及ばないものの、本シリーズは本シリーズとして、痛快アクション小説としてかなり楽しみな時間を持てそうです。

続巻を読み進める中で本稿も修正していこうと思っています。

煉獄の獅子たち

本書『煉獄の獅子たち』は、全編ヤクザの抗争に明け暮れる、新刊書で371頁の長編のエンターテイメント小説です。

本書中ごろまでは、ヤクザ同士、警察内部、それに警察対ヤクザの喧嘩ばかりで少々辟易したというところが正直な感想ですが、総じて面白い作品でした。

 

『煉獄の獅子たち』の簡単なあらすじ 

 

関東最大の暴力団・東鞘会で熾烈な跡目抗争が起きていた。死期の近い現会長・氏家必勝の実子・勝一と、台頭著しい会長代理の神津太一。勝一の子分である織内鉄は、神津の暗殺に動き出す。一方、ヤクザを心底憎む警視庁組対四課の我妻は、東鞘会を壊滅すべく非合法も厭わない捜査で東鞘会に迫るが…。地獄の犬たちに連なるクライム・サーガ第2幕。(「BOOK」データベースより)

 

今は死の瀬戸際にあった関東最大の暴力団である東鞘会の会長の氏家必勝は、跡目を会長代理の神津太一に譲ると言う。

そのため、必勝の実子で数寄屋橋一家の総長でもある氏家勝一は、東鞘会総本部長で勝一が最も信頼している喜納修三と謀り東鞘会を割る決心をする。

そして必勝の葬儀の日、火葬場からの帰りに勝一と織内らの乗った車にダンプカーが突っ込んできた。

辛くも生き延びた氏家勝一と織内鉄だったが、自分たちの甘さを知り、直接に神津太一の命を狙う決心をするのだった。

 

『煉獄の獅子たち』の感想

 

本書『煉獄の獅子たち』は登場人物が多く、筋が追いにくいため、登場人物を整理してみます。

まず本書の大きな流れとしては、関東最大の暴力団である東鞘会会長の死去に伴う跡目争いと、また東鞘会と東鞘会をコントロールしようとする警察との対立があります。

一方の軸としての暴力団の内部抗争では、まずは親分である氏家勝一の秘書兼護衛で影武者役も兼ねている織内鉄が中心となっています。

この氏家勝一の側としては、勝一が信頼する東鞘会総本部長の喜納修三や重光組の重光禎二などがいます。

そして東鞘会内部抗争の敵役として、東鞘会の跡目を継ぐ神津太一、その神津組若頭の十朱義孝が中心となります。

それに神津組若衆の三國俊也らがいて、神津組若頭の新開徹郎やその妻で織内の姉である新開眞理子が要の役割を担っているのです。

他方の軸である警察には、警視庁組対四課広域暴力団対策係の我妻邦彦が中心にいて、その女である八島玲於奈が重要な役目を果たしています。

さらに組織犯罪対策特別捜査隊、通称「組特隊」の阿内将副隊長と隊長の木羽保明とが意外な役割を担っているのです。

 

つまりは東鞘会では東鞘会を割って出ようとする氏家勝一と会長代理の神津太一との争いを中心に、身内を殺すことになった織内鉄個人の怒りや、神津組の若頭十朱義孝の台頭などがあります。

一方警察側では、暴力団を毛嫌いしている我妻刑事などの東鞘会をつぶそうとする捜査と、自分の息子の不始末を隠そうとする政治家による捜査の隠ぺい工作があります。

そこに東鞘会をコントロールしようとする組特隊のヤクザと見紛う不可思議な動きが加わり、組織や個人の思惑が複雑に絡み合って、本書は筋を見失いそうになるのです。

しかし、東鞘会の神津太一と十朱義孝がいて、それに東鞘会を割って出た氏家勝一とその子分織内鉄とが対立するというヤクザ内部の構図、それに警察内部での我妻刑事個人と組特会という組織の存在を覚えておけば見失うことはありません。

 

本書『煉獄の獅子たち』は、以上からも分かるように、全編ヤクザの抗争と警察内部での部署や個人の争いであふれています。

その個別の争いが暴力に満ちていて、バイオレンス小説が嫌いではない私でも若干引くところがありました。

というのも、本書の場合は物語の世界感がリアリティーに富む一方、暴力団の親分が子分を顔が変形するほどに殴ったり、警察官が暴力団を相手に骨が折れるほどに蹴りつけたりする非現実性に満ちているのです。

それは、本書も 平山夢明の『ダイナー』や 東山彰良の『逃亡作法』などと同様のフィクションであることは認識していても、それだけこの物語がリアリティに富んでいるということでしょうか。

 

 

だからなのか、例えば 大沢在昌の『黒の狩人』のように、ヤクザと警察官との男の感情の交流などが描かれている作品を好む私にとっては微妙なところで差異を感じるのです。

 

 

しかし、本書『煉獄の獅子たち』での濃密な書き込みは、それはそれで面白く読んだのは否定しません。

矛盾しているようですが、本書『煉獄の獅子たち』は本書としての面白さを持っていることは認めるのですが、私個人としてはより情緒的なものの方が好ましいというだけです。

 

さらに言えば、本書『煉獄の獅子たち』を全体としてみると単なるヤクザの跡目争いを超えた大きな枠組みでの、単なるバイオレンスを超えたところで展開される組織の思惑が面白く描かれています。

現実的にはあり得ないところであり、その点だけを捉えると荒唐無稽に過ぎて拒否感を覚える人も当然のことながらいると思われます。

私自身も呼んでいる途中ではそうした感覚でいました。あまりにも設定が無理筋だろうと思ったのです。

しかしながら、エンタテイメント小説として改めて本書を見るときに、本書の結末も含め、先に述べた個人的な好みを別とすればかなり考えられた筋立てだと思うのです。

暴力を暴力として描いていく中で、そうした世界でしか生きられない男たちを肯定的に描いていく本書のような作品もありだと思います。

 

本書を否定しながらも肯定するような矛盾に満ちた書き方になりましたが、これが正直なところです。

ちなみに、本書は『ヘルドッグス 地獄の犬たち』の前日譚だそうです。

出版年度の新しい本書を先に読んだことになります。早速そちらを読みたいと思います。

 

冬の狩人

本書『冬の狩人』は『狩人シリーズ』の第五巻で、新刊書で566頁にもなる長編の警察小説です。

まさに待望のシリーズ続編としては相応の作品でしたが、個人的にはより個性的な作品を期待していました。

 

『冬の狩人』の簡単なあらすじ 

 

3年前にH県で発生した未解決殺人事件、「冬湖楼事件」。行方不明だった重要参考人・阿部佳奈からH県警にメールが届く。警視庁新宿警察署の刑事・佐江が護衛してくれるなら出頭するというのだ。だがH県警の調べでは、佐江は新宿の極道にとことん嫌われ、暴力団員との撃ち合いが原因で休職中。そんな所轄違いで無頼の中年刑事を、若い女性であるはずの“重参”がなぜ指名したのか?H県警捜査一課の新米刑事・川村に、佐江の行動確認が命じられる―。筋金入りのマル暴・佐江×愚直な新米デカ・川村。シリーズ屈指の異色タッグが炙りだす巨大地方企業の底知れぬ闇。(「BOOK」データベースより)

 

東京近郊にあるH県第三の都市の本郷市は、巨大企業のモチムネの企業城下町として知られていた。

その本郷市にある冬湖楼で、本郷市長や上田和成弁護士ら三人が殺害され、上田弁護士の秘書が行方不明になる事件が起きた。

その三年後、上記事件で行方不明になっていた秘書の阿部佳奈から、東京の新宿署にいる佐江刑事の保護があれば出頭するというメールがH県警に届いた。

警察官を辞めるつもりでいた佐江は、自分を指名する女の心当たりはないままに、阿部佳奈の護衛を引き受け、川村芳樹刑事と共に行動することになる。

阿部佳奈は佐江との交流場所として西新宿のホテルを指名してきたが、そのホテルに殺し屋が現れるのだった。

阿部佳奈とは何者なのか、何故今頃になって出頭すると言ってきたのか、そして何故佐江を指名してきたのか、謎は深まります。

 

『冬の狩人』の感想

 

本『狩人シリーズ』には各巻ごとに個別の魅力的な登場人物が登場します。

第一巻では梶雪人。第二巻では西野刑事やヤクザの原。第三巻では中国人通訳の毛と本書でも登場する野瀬由紀。前巻の第四巻では捜査一課の谷神刑事。

そして第五巻となる本書『冬の狩人』では、新人刑事の川村芳樹巡査がそれにあたります。それに「阿部佳奈」も加えていいかもしれません。

 

本書『冬の狩人』における佐江は、H県警の新人刑事の川村を引き連れて捜査をすることになりますが、川村にとって新宿での佐江の捜査方法は驚くことばかりでした。

当初の川村刑事は正義感に燃えていて、暴力団に喧嘩を売るという佐江との出会いなどもあり、佐江の捜査方法には抵抗も感じています。

しかし、H県警上層部に対する佐江の態度や以後の佐江の捜査方法を見て、佐江の警察官としての優秀さを感じ、佐江による本事件の捜査を楽しみに思うのです。

そして実際、川村は佐江と共にメールを送ってきた重要参考人の阿部佳奈の保護、さらには「冬湖楼事件」そのものへの捜査を行うことになり、佐江の能力を思い知らされます。

ただ、これまでの登場人物に比べると川村は存在感が今一つです。新人だけに男としての魅力には欠けています。

しかし、新米刑事が次第に経験を積んでいく様子はさすがに読ませます。

 

狩人シリーズ』は、当初は先に書いた魅力的な登場人物が中心となり、佐江が脇を固める形で始まったシリーズです。

しかし、シリーズ第三作『黒の狩人』以降は佐江を中心として展開する物語となっています。

特に『黒の狩人』がそうで、まさに佐江の物語だったのですが、本書『冬の狩人』もまた佐江刑事の物語になっています。

 

 

本書での佐江は、前作の『雨の狩人』で出した辞表も預かりの形になっていて、何故か休職扱いになっています。

そんな佐江を現場へと引きずり込んだのが、H市で起きた殺人事件の容疑者からの一通のメールだったのです。

そのメールに関連して、シリーズ第三作の『黒の狩人』に登場する野瀬由紀の名前が出てきており、第三巻同様に佐江が物語の中心になっています。

 

 

ただ、個人的な好みを言わせてもらえれば、佐江自身が中心になった物語よりも脇に回った作品を読みたいと思いました。

というのも、本来、この『狩人シリーズ』は、佐江が脇に回ってその巻だけに登場してくる人物を補佐するパターンのほうが佐江の魅力がより発揮できると思うからです。

そういう意味では、私にとっては西野元刑事を主人公としたシリーズ第二作の『砂の狩人』が一番面白い作品だと思っています。

 

 

本書『冬の狩人』のような作品は別に主人公が佐江でなくても成立する物語であり、この物語の主人公は『新宿鮫シリーズ』の鮫島刑事でも何ら問題がないと思えます。

もちろん、佐江が中心になった物語が面白くないというわけではありませんし、実際本書はかなり面白い部類に入ると思います。ただ、個人的な好みが上記のとおりというだけです。

 

作者は、本来は前巻『雨の狩人』で佐江を殺し、シリーズを終わらせるつもりだったそうです( GOETHE : 参照 )。

それが仏心が起きて殺しそこね、結局本書『冬の狩人』を書く羽目になったそうです。であれば、今後も続刊を期待することもできるでしょう。

新宿鮫シリーズ』と同様の面白さを持つ本シリーズです。是非、早期の続刊の刊行を願いたいと思います。

 

嘘ですけど何か

本書『嘘ですけど何か』は、女性編集者を主人公とする文庫本で336頁の長編ノンストップエンタテイメント小説です。

木内一裕という作家の特徴の一つであるコンパクトなストーリー展開が小気味いい作品でしたが、特別面白いとまでは言えない、普通の面白さの作品でした。

 

『嘘ですけど何か』の簡単なあらすじ 

 

水嶋亜希、三十二歳独身。文芸編集者としてトラブル処理に飛び回る日々。仕事を頑張ったご褒美のように、ある日高スペックのエリート官僚と偶然出会い恋が始まる予感が。だが新幹線爆破テロ事件が発生すると、明らかに彼の態度が怪しくなっていく―私、騙されてる?痛快でドラマティックな反撃が始まる!(「BOOK」データベースより)

 

雄辨社という出版社に勤務する編集者の水嶋亜希は、ある日外務省に勤務する二枚目と出会い、その日のうちに一夜を共にしてしまう。

外務省に勤務する待田隆介という名のその男とは連絡が取れないでいたが、テレビの新幹線の爆発事件のニュースをみると総理の横にいた。

食事に誘われて行った現在は内閣総理大臣秘書官補だという待田の家で、待田が誰かに殺人の電話をかけているのを聞いてしまう。

あわてて逃げ帰ってしまった亜紀だったが、翌朝、待田のスマホの画面で見た“西本さやか”という女が殺されたというニュースが飛び込んできた。

早速、警察署へ行き、西本さやか事件の犯人は内閣総理大臣秘書官補の待田隆介という男だと告げるが、現れた刑事は待田隆介は警視庁のキャリア官僚の警視正だと言い、逆に亜紀を偽計業務妨害の疑いで逮捕するというのだった。

 

『嘘ですけど何か』の感想

 

本書『嘘ですけど何か』もまたじつに木内一裕の作品らしい、コンパクトにまとまった、スピード感にあふれた作品でした。

本書の主人公水嶋亜希は自分は「平然とウソをつく」ことを認めており、その上で自分のウソは相手をつかの間幸せにし、そのウソがばれたことはないのだから「誠実な人間」だと思っています。

自分が担当する作家がゴネたり、理不尽な要求をしてきても、これを舌先三寸で丸め込んで望む結果へと導き、警察で尋問を受けても担当の刑事をやり込めるほど達者な口をしています。

 

本書『嘘ですけど何か』の前半は亜紀が逮捕されたり、新幹線爆破の様子があったり、西本さやかについて語られたりと、物語の前提が揃えられていく様子が描かれています。

この前半はまさに亜紀の口のうまさ、つまりはタイトルの『嘘ですけど何か』がそのままに生きる亜紀のウソが幅を利かせています。

 

しかし、本書『嘘ですけど何か』も後半になると亜紀の「ウソ」が出る場もあまり見られません。

まずは亜紀が担当していた作家の中学生の息子の桐山八郎兵衛が、さらに物語のキーマンでもある小田嶋環とその仲間、それに内閣情報調査室の槙野などが登場してきます。

そうして、物語は待田の叔父である柴田宗矩元刑事や内閣情報調査室などを巻き込んで展開することになります。

つまり、待田にとっては転落するジェットコースターに乗っているような、ノンストップの物語が描かれることになるのです。

 

本書『嘘ですけど何か』では、「ふざけるな!」という言葉で物語が始まる場面が多々あります。

特に第二章「脅かす女」では、全六項の話のうち第五項を除く四つの項で「ふざけるな!」という内心の言葉から始まっています。

こうした遊び心が一定の効果を持ってい入るのでしょうが、すべての項の始まりを「ふざけるな!」とい言葉で統一しているというわけではありません。

物語に一定のリズムや、ユーモラスな効果を与えている点は認めますが、何となく中途半端な印象もあります。

 

「もと」ではありますが女性弁護士が登場する物語と言えば、 柚月裕子の『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』という作品があります。

この作品はもと弁護士の上水流涼子とその助手貴山が、依頼者のために頭脳を絞り出して知的ゲームを楽しむ六編の短編からなるミステリー小説集です。

ノンストップサスペンス風のエンターテイメント作品である本書とはかなり内容が異なる作品です。

 

 

以上のように、本書『嘘ですけど何か』は場面展開も早く、テンポよく読み進めることができます。そして、面白い物語であることに間違いはありません。

ただ、今一つこの作者の『矢能シリーズ』のような読みごたえを感じなかったということです。

 

小麦の法廷

木内一裕著の本書『小麦の法廷』は、新米女性弁護士の杉浦小麦を主人公とするソフトカバー版で291頁の長編のサスペンス小説です。

タイトルに「法廷」とはあるものの法廷場面はあまりなく、法律を知悉したアウトローを相手に法廷外で奮闘する小麦の姿が描かれている、いつも通りの軽くて読みやすい木内一裕作品です。

 

『小麦の法廷』の簡単なあらすじ 

 

司法修習を終えたばかりの新米弁護士、杉浦小麦。彼女にとっての初めての刑事裁判は、1日で公判が終わるような仲間内で起きた傷害事件。被告人との接見を終えて拘置所を出た小麦は、大勢のマスコミに囲まれてしまう。「あなたは殺人犯のアリバイ作りに協力しているんですか!?」えっ!なに?どういうこと!?敵は、法律を知り尽くした悪党と司法の穴。それでも私は、私の正義のために闘う。(「BOOK」データベースより)

 

本書の主人公、新人弁護士杉浦小麦はいわゆる空き家問題で、菅原道春という名の行方不明の相続人調査の案件を抱えていた。

そこに、新人弁護士にとっては貴重な収入源である国選弁護の案件を受けることになり、仲間内の傷害事件であって被告人も起訴内容を全面的に認めている、いわゆる「いい案件」を受任する。

被告人の中尾雄大は酔って同僚である隅田賢人を殴り怪我をさせたという事件で、情状証人に本件の目撃者である日南商会社長の津川克之がいるらしい。

簡単な案件のはずだった。ところが警視庁捜査一課の刑事が訪れてきて、中尾雄大の事件は、今世間を騒がせている事件の真犯人がアリバイ作りのために捕まった偽装だというのだ。

被告人との接見を終えた小麦は、待ち構えていたマスコミに対し無罪を勝ち取ると宣言してしまう。

 

『小麦の法廷』の感想

 

木内一裕の作品群は、とてもテンポのいい文章であることを特徴の一つとしています。それに物語がコンパクトであり、その中でうまくまとめられている印象があります。

例えば、先日読んだ『飛べないカラス』やこの作者の一番の人気シリーズともいえる『矢能シリーズ』にしてもそうです。

これらの作品はどちらも探偵ものですが、ともに主人公が関係する事件が個人的な事柄への対応を描きだしている印象なのです。

それ以上に、おおきな組織との関り、それも国家などの巨大組織とのからみはありません。せいぜい暴力団、それも小さな組織が関係するくらいです。

 

 

もともとハードボイルド小説は、チャンドラーの人気シリーズであるフィリップ・マーロウ・シリーズの『ロング・グッドバイ』などを見ても個人的なものではあるのでしょうが、木内一裕の場合、物語の舞台の広がりが広くない印象があります。

だからと言って話が面白くないというわけではなく、ストーリー展開は私の好みに合致するのです。

 

 

本書『小麦の法廷』もそうで、元レスリング選手の新人弁護士である主人公、杉浦小麦の活躍が大きな仕掛けはなく描かれています。

つまりはダイナミックにスケール大きく展開する物語、というわけではなく、軽く読み進めることができる作品です。

とはいえ主人公まで小さくまとまっているわけではなく、主人公小麦のレスリング選手としての経験からか、度胸だけはベテラン弁護士のようで、当たって砕けろ式でぶつかっていく様は心地よくもあります。

 

ただ、序盤の小麦の化粧への挑戦の場面や指導弁護士の蟹江弁護士の電話に対する愚痴の場面など、少々間延びした印象を受ける箇所もあるにはありました。

更には、小麦の指導担当弁護士である蟹江弁護士はたまにユーモラスな振る舞いを見せるものの、あまりその存在感を見せず、もう少し活躍の場があってもいいかなという思いもありました。

しかし、小麦の助っ人としては、小麦が中学生の時に母親と離婚し、ロースクールの頃に逮捕され現在も静岡刑務所に服役中の父親である磯村麦がいます。

この父親が裏社会には詳しいらしく、小麦にアドバイスをくれるのです。それも具体的な助言ではなく、小麦が自力で解決法を見つけることができるようなアドバイスです。

父親が刑務所に入ることになった原因が官側の法律の拡大解釈にある、という点は裁判所の判断が入ることを思うと少々疑問がありますが、それでもこの父親は魅力的です。

今後もし本書『小麦の法廷』がシリーズ化されるとすれば当然登場してくる存在でしょう。

しかし、その他の展開は小気味いいもので、楽しく読み進めることができた作品ですし、シリーズ化を期待したい作品でした。

疫病神シリーズ

本『疫病神シリーズ』は、イケイケのヤクザである桑原保彦と、建設コンサルタントをしている二宮啓之とのコンビを主人公とする、長編のピカレスク小説で構成されるシリーズです。

主人公二人の漫才のような会話と、綿密な取材に基づいて書き込まれた緻密な描写が素晴らしいエンターテイメントシリーズです。

 

『疫病神』シリーズ(2020年12月07日現在)

  1. 疫病神
  2. 国境
  3. 暗礁
  1. 螻蛄
  2. 破門
  3. 喧嘩
  1. 泥濘

 

『疫病神シリーズ』の主な登場人物 

 

本書の登場人物としては、まずは大阪の二代目二蝶会幹部である桑原保彦と建設コンサルタントをしている二宮啓之という男が挙げられます。

その他に、桑原の兄貴分である二蝶会若頭の嶋田、それに桑原の情報源である大阪府警暴力団犯罪対策課所属刑事の仲川忠司巡査部長がいます。

そして二宮の関係では桑原を毛嫌いしていて、ダンスのインストラクターをしている従妹の悠紀が二宮の事務所に入り浸っています。

 

『疫病神シリーズ』の二人の来歴 

 

この二人の来歴を簡単に見ると、そもそも二宮の父親の孝之は初代二蝶会の大幹部でした。フロント企業の築港興業という土建会社を設立ましたが、警察に摘発されます。

そこで解体部門だけを別会社として残し、二宮はその「二宮土建」を引き継ぎました。しかし五年目に不渡りを食らい倒産し、その後コネを頼りに建設コンサルタントとなったものです。

父孝之は数年前に糖尿病から壊疽、そして脳梗塞を起こし逝ってしまいます。

孝之にかわいがられていた今の二代目二蝶会若頭の嶋田は、二宮の母親を助け孝之の葬儀の手配をし、初七日まで付き合ってくれたそうです。

 

一方、桑原ですが、七歳の時に母親を亡くし、中学の時から地元では有名な不良少年で、鑑別所から少年院へと行き、一旦は就職したもののすぐに退職。

釜ヶ崎で日雇い暮らしをする中で二蝶会の幹部と知り合い、都島区毛馬の二蝶会組長角野達雄の盃を貰うことになります。

神戸川坂会と真湊会との抗争で真湊会尼崎支部にダンプカーで突っ込み、追ってきた組員を撃って傷を負わせて六年半の懲役に行き、帰ってきてからは二蝶会の幹部となりました。

しかし、二蝶会初代組長の角野を慕い、二代目組長の森山悦司を嫌っています。

倒産整理と建設現場のサバキをシノギとし、守口では愛人にカラオケバーをやらせています。天性の“イケイケ”であり、性格は極めて粗暴。世の中に恐いものはなく、金の臭いをかぎつけたら何があろうと食いついて離れません。

 

二宮自身は暴力に関しては全く自信はなく喧嘩も弱いのですが、父親譲りの性格か、妙に度胸がすわっているところもあるようです。

二宮は建設コンサルタントを仕事としていますが、その実態は、建設業務に伴う暴力団がらみの嫌がらせ防止のための用心棒としての暴力団と、その現場の建設業者とをつなぐことを本来の業務としています。

何かと二宮の面倒を見る嶋田は、建設コンサルタントとなった二宮のためにと桑原を紹介し、ここに疫病神コンビができ上ったのです。

イケイケの桑原とのコンビの結果、他の暴力団との抗争になりかけることも多々あるのですが、兄貴分の嶋田のとりなしもあり、何とか今に至っています。

 

『疫病神シリーズ』の魅力 

 

とにかく、この桑原と二宮との掛け合いがそこらの漫才よりも面白い。

全編大阪弁で通されることの多いこのシリーズですが、まず取り上げるべきはこの二人の会話シーンの面白さでしょう。

本シリーズについてどの解説、評論、レビューを読んでも、この点について否定する人は皆無だと思います。

 

次いで、作者黒川博行の特徴の一つである、その時の社会的な事件など時代を反映したそのストーリーがあります。

そして、そのストーリーも丁寧な調査、下調べのもとでの緻密な書き込みによりリアイリティに満ちた物語として構成されています。

第一巻の産業廃棄物処理場から始まり、北朝鮮事情、巨大運送会社、宗教団体、映画製作、選挙戦、警察官OBの親睦団体のそれぞれをめぐるトラブルに金の臭いを嗅ぎつけた桑原と、彼に巻き込まれる二宮の姿があるのです。

それぞれ綿密な取材に基づく詳細な描写が為され、社会の裏側を居ながらにして学べる、そういう効果もあります。

 

ただ、あくまでエンターテイメント作品であり、まずは面白さがあって、その先に普通は知らない、知り得ない隠された情報がもたらされます。

なんともコミカルに為される桑原と二宮の二人の存在が、それぞれにかなりの長さを持つ作品でありながら読者を飽きさせません。

多分ですが、まだまだ続巻が出ると思われるこのシリーズはおすすめです。

ちなみに、本シリーズを原作としてテレビドラマ化、コミック化が為され、そして映画化まで為されています。