大倉 崇裕

1968年生まれ。京都府出身。学習院大学法学部卒業。1997年「三人目の幽霊」で第4回創元推理短編賞佳作を受賞。1998年「ツール&ストール」で第20回小説推理新人賞を受賞。『福家警部補の挨拶』は2009年、2014年にテレビドラマ化された。著書多数(大倉崇裕|プロフィール|HMV&BOOKS online : 参照)

 

大倉崇裕という作家さんを調べていく中で気付いたのですが、大倉崇裕というひとは渡部篤郎と橋本環奈とを配してテレビドラマ化された「警視庁いきもの係」というテレビドラマの原作の『警視庁いきもの係シリーズ』を描かれた作家さんだそうです。

私はこのドラマも、勿論その原作本もどちらも読んでいませんので、コメントすることもできません。

 

抱影

定期的に食事はするが、踏み込まない。響子とは二十二年、そうしてきた。死期が近いと告げられるまでは。硲冬樹は画家。売れない絵画きではない。横浜に数軒の酒場を持つ。硲の絵を望んだ響子。消えゆく裸身をキャンバスにして、硲は鑿で消えない絵を刻みつけようとする。男と女、北方ハードボイルドの到達点!(「BOOK」データベースより)

 

一人の画家の日々を通して男の生きざまを描く、北方謙三らしい長編のハードボイルド小説です。

 

何作も読んできた北方謙三のハードボイルド小説ですが、本作品で初めて、北方謙三の書く文章が素直に読めないという経験をしました。

私の本書に対する違和感については後述するとして、本書『抱影』の面白さ自体は北方謙三節満載の小説であって、北方ハードボイルド小説として魅せられる作品であるのは事実です。

 

本書の主人公は五軒の酒場を所有しており暮らしには不自由していない硲冬樹という男です。この男は号二十五万円で売れる抽象画家でもあります。

登場人物としては、酒場のうちの一軒を任されていて硲を慕う辻村というバーテンダーや、信次という若者がいます。

ほかに「ウェストピア」という店を任せているたき子という女など数人の女がいますが、特に重要なのが永井響子という女性です。

この永井響子という女性が硲の人生の中心にあり、つまりは本書の核になっています。

 

硲はその絵の描き方も北方小説の登場人物らしいものがあります。

対象物の、写真と見まがうほどに正確なデッサンを繰り返して何度も書き、ある時点を境に少しずつデフォルメをする期間に入り自身の体重が一気に減るほどに集中し、最終的には対象物が不明になるほどの抽象画として成立するのだそうです。

私は絵画に関しては全くの素人ですから、このような手法で人の心を打つ抽象画が書けるものなのか、それはわかりません。

しかし、北方謙三の筆はこのような描き方も不自然ではないほどの力強さをもって硲の絵画の過程を描き出していきます。

他方、硲が自分が所有する酒場を巡り、酒を飲みながらの五軒の酒場の様子を確認するという日々を描きつつ、信次とヤクザとの揉め事などをおさめたり、また美大女子学生の画の相談に乗ったりする日常が描かれます。

そうした日常の間に、硲と永井響子という女性とのプラトニックな、しかし強い結びつきが感じられる男と女の関係の描写が挟まれていきます。

 

こうした物語はまさに北方謙三の書く物語であり、その世界に浸りながら読み進める読書が実に心地よい時間であった筈でした。

ところが本書の場合、硲と響子というプラトニックな二人の関係性の描き方に違和感を感じてしまったようです。

この二人は多分互い惹かれ合っていながらも、あくまでも精神的なそれであり、たまに会う時も食事をして終わり、という関係です。

そんな響子は何の知識もないままの状態で硲の絵を見て、もはや形がなくなっているその絵の対象物が何であるかを断言し、また硲が目指す描きたいものを見抜きます。

こうした関係性が、他の作品ではかすかに残っていた作品の現実味、というかリアリティをなくしているように感じたのだと思います。

すなわち、私は本書で描かれているような関係性を認めることができず、本書で描かれている物語世界に素直に入っていけずに違和感を感じたと思われるのです。

 

これまでの北方謙三の作品でも少々出来すぎではないかと感じられるようなに人物像に出逢ったことはありました。

しかし、その作品で描かれている世界は、例えば暴力的なそれのような私の知らない世界が舞台であるため、違和感を感じる前提がなかったのではないでしょうか。

しかし、本書の場合は絵画がテーマであり、より身近です。絵画の世界の理解は出来なくても私の生活圏内に存在するものなのです。

抽象画を見てその実態を見抜くなどという芸当はできるはずがない、と頭のどこかで思っているのでしょう。

そうした違和感は、例えば硲の他者に対する女子画学生の加奈に対する態度などへの違和感へとつながり、本書全体への違和感へと連なったのでしょう。

 

最終的にはかつて見た任侠路線の東映映画を思い出してしまいました。背中の唐獅子牡丹を背負ったままに、消えゆく男と同質のものを感じてしまったのです。

通俗的なものにこそ、私が好む物語の流れがあるようです。

 

結局、面白いけれど、没入できなかった作品だった、ということができると思います。

東京騎士団

鷹野達也、二十五歳。若手の凄腕実業家。企業を分析し、情報を提供するのが仕事だ。友人の新進プロゴルファー・貝塚が襲われ、彼の恋人・秀子が拉致された。監禁場所へ乗り込んだ鷹野は、世界制覇をもくろむ若きエリート集団「超十字軍」の存在を知る。超十字軍からの勧誘を断った鷹野への報復は、貝塚と秀子の殺害だった。友人を殺され、怒りに燃える鷹野の凄惨な復讐劇が始まる。(「BOOK」データベースより)

 

大沢在昌の作品の中で、スーパーヒーローを主人公とする一連の作品群に位置づけられる、長編のアクション小説です。

 

本作品は入院時に病院内の図書館で借りて読み終えたもので、メモもなく、記憶だけで書いていますので少々雑になるかと思われます。

そのことを前提に記しますと、スピーディな場面展開やアクションなど、大沢作品らしい作品だとは思うのですが、少々物語の世界観が現実とはかけ離れていて今一つ感情移入しにくい作品でもありました。

 

そういう意味では、アクションファンタジーとでも呼べそうな作品です。

大沢作品では、『明日香シリーズ』のような荒唐無稽なアクションものと、『俺はエージェント』のようなコミカルなもの、それに『新宿鮫新宿鮫シリーズ』に代表されるシリアスなハードボイルドものと大きく分けられるように思っています。

 

 

本書は勿論そのなかの荒唐無稽な話として分類されると思うのですが、それなりに面白く読むことができた『明日香シリーズ』とは異なり、面白さの質が違うように感じました。

つまり、『明日香シリーズ』は女主人公が一旦は死ぬものの能移植を受けて蘇り、新しい命のもと任務に邁進する物語ですが、それなりに物語世界が成立していたと思うのです。つまり違和感をそれほど感じずに読み進めました。

似たような荒唐無稽な物語として、例えば 月村了衛の『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』などもあります。

これらの物語は登場人物や舞台の設定が、エージェントだった過去を持つ人物の国内の特定の場所での活動であり、受け入れ可能な設定の範囲内であったと思われます。

 

 

しかし、本書の場合はそうではなく、違和感満載だったのです。

 

まず主人公の鷹野達也は、自らが開発したプログラムをもとに企業を起こし、若干二十五歳ですでに大金持ちのハンサムな男という設定です。

また、そこらの格闘家では太刀打ちできないほどの腕っぷしもあります。当然女にももて、遊び相手には事欠きません。つまりは、ジェームスボンドも顔負けの超スーパーマンなのです。

この主人公の設定がひと昔前のキャラクターの印象だったのも当然で、本書の出版日は1985年8月であり、あの『新宿鮫』が出版される六年も前のことだったのです。

第1回小説推理新人賞を受賞したデビュー作『感傷の街角』が1978年の発表ですので、第44回日本推理作家協会賞を受賞した『新宿鮫』との丁度中間あたりの、作者が上り調子の時期の出版ということになります。

この主人公自体が現実感のないスーパーマンであることに応じて、敵役がまた非現実的です。それは選ばれた若者らからなる世界征服をたくらんでいる超エリート集団の「超十字軍」という集団なのです。

本書が荒唐無稽だというのは、勿論以上のような設定だけでも十分なのですが、更に、主人公の鷹野達也を陰で支える存在がいるのですが、まるで本宮ひろしの漫画『男一匹ガキ大将』に出てくる「東北の老人」のような存在です。

 

 

この主人公が、「超十字軍」からの勧誘を断ったために親友を殺されます。ここから主人公の鷹野達也は、部下であり遊び仲間でもある大学生の路を相棒に、世界征服をたくらむ「超十字軍」なる組織に戦いを挑むことになります。

その上で、外国に出かけ、戦争を起こせそうな武器を到達し、とある島を根城にしている「超十字軍」を殲滅し、その親玉の正体を暴くのです。

 

以上、本書の感情移入しにくい非現実的側面ばかりを書いてきましたが、そうした荒唐無稽さを問題にしなければ、そこは大沢在昌の作品です。

アクション小説としてそれなりに面白いかとは思います。ただ、私は違和感を感じすぎたというだけです。

絆回廊 新宿鮫Ⅹ

「警官を殺す」と息巻く大男の消息を鮫島が追うと、ある犯罪集団の存在が浮かび上がる。中国残留孤児二世らで組織される「金石」は、日本人と中国人、二つの顔を使い分け、その正体を明かすことなく社会に紛れ込んでいた。謎に覆われた「金石」に迫る鮫島に危機が!二十年以上の服役から帰還した大男が、新宿に「因縁」を呼び寄せ、血と硝煙の波紋を引き起こす!(「BOOK」データベースより)

 

文庫本で六百頁弱という大部の、新宿鮫シリーズ第十巻目となる長編警察小説です。

本書では鮫島を取り巻く環境が大きく変化します。シリーズ十巻目という区切りだからそういう展開にしたのか、作者の意図は不明ですが、これまでのこのシリーズの根底で鮫島を支えていた存在が一気にいなくなるという展開は驚きでした。

 

鮫島は、違法薬物販売のプロである露崎という男から、警官を殺すために拳銃を欲しがっている大男がいたという話を聞き込みます。

今は解散して存在しない須藤会に関係があるらしいその男のことを調べるために、須藤会の生き残りを調べようとする鮫島ですが、暴力団担当の組織犯罪対策課からは迷惑だとの横やりが入ります。

しかし「警察官を殺す」という言葉を無視することはできずに問題の大男を探し続ける鮫島でしたが、そのことが中国残留孤児二世から構成されるグループ「金石(ジンシ)」へとつながることになるのです。

また鮫島は恋人の晶のことでも追い詰められていました。つまり晶のバンド「フーズハニイ」に内偵が入り、事件の進み方次第では晶の恋人として知られている鮫島は警察を辞めなければならなくなりそうだったのです。

 

前巻の『狼花 新宿鮫Ⅸ』で、シリーズ内で独特の存在感を有していた仙田こと間野総治を射殺するという衝撃的な結末を迎え、同様に重要登場人物の一人である香田との新たな因縁を作ってしまった鮫島でした。

それはまた、「金石」というグループを追及する鮫島と内閣情報調査室の下部組織に組み込まれた香田との新たな関係にもつながり、更には白髪の大男と陸永昌という謎の男へと結びつくのでした。

 

このシリーズは三十年前にでた第一巻から全部読み続けていますが、第一巻の鮫島は実にクールでまさにハードボイルドの主人公という雰囲気そのままだったと記憶していました。

しかし、本書の鮫島は確かに単独行が似合う孤高の刑事ではありますが、他者を排斥する冷たさは無いように思えます。

それは晶や香田に対する一歩引いた態度からくるものなのか、売人の露崎に白髪の大男に関する調査を依頼したことからくる印象なのかはよく分かりません。

ただ、当初の鮫島というキャラクターであれば異なる対応をしたのではないかと感じただけです。そもそも、当初の鮫島のキャラクターをよく覚えていないのですから比較の仕様もないのですが。

 

ただ、本書での鮫島は、大切な人との繋がりを失いつつも新宿署の他の警察官との新たなつながりを得たりもします。

もしかしたら、このような展開自体がこれまでの新宿鮫シリーズとは異なるのため、私の感じた違和感に通じるのかもしれません。

 

本シリーズに関するレビューを読むと、本シリーズは時事的な出来事を先取りしたり、織り込んであるということをよく目にします。

そういえば、本書で取り上げられている中国人残留孤児二世らによる暴力団まがいのグループなどの話はニュースでも見聞きしたことがあります。

そんなトピカルなテーマを取り上げてあるのも本シリーズの特徴と言えるのでしょう。そうしたトピカルなテーマと言えば、 石田衣良の描くヤングハードボイルド作品ともいうべき『池袋ウエストゲートパークシリーズ』がそうでした。

実際に話題となったその時代の出来事を反映した事件が池袋で起き、主人公のタカシが、そして池袋のキングであるマコトが解決していきます。宮藤官九郎の脚本、TOKIOの長瀬智也主演でテレビドラマ化もされて人気を得ました。

 

 

『新宿鮫シリーズ』の物語全体の印象はシリーズを通してあまり変わってはいないと思います。相変わらずに鮫島は鮫島であり、緊張感を持った物語はその世界に読者を引きずり込んで離しません。

ただ、本書では意外性に富む物語のその“意外性”が極端ではありました。この点、 誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』での『ルージュ: 硝子の太陽』と同様の展開だとも言えそうです。

当然のことながら作品の内容は全く緒となるのですが、両シリーズ共に長く、マンネリ化の回避のために思い切った転換を図ったのではないかと思われます。

 

 

わたしの場合、本書に続く『暗躍領域 新宿鮫XI』を先に読んでしまい失敗したと思っています。

作品の内容が『暗躍領域 新宿鮫XI』が本書を受けた後編とでも言えるものであり、鮫島の相方も登場するなどこれまでとは大きく異なる内容になっていたからです。

先に述べた鮫島のキャラクターの変容も、読む順序が前後したので私の誠意入館があってからのものかもしれません。

 

 

ともあれ、新たな次元に入った新宿鮫シリーズを読んで、昔読んだ本シリーズの第一巻から再読しようかと思ってきました。

北原 真理

神奈川県生まれ。2018年『沸点桜 ボイルドフラワー』にて第21回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、デビュー。(『紅子』より)

 

北原真理という作家は2018年にデビューし、2018年『沸点桜 ボイルドフラワー』に次いで、2019年の『紅子』でまだ二冊目という新人作家さんです。

 

 

一作目が女性を主人公にしたハードボイルドチックなアクション小説であり、二作目も終戦間近の満州を舞台にした女性が主人公のアクション小説であり、エンターテイメント性満載の冒険小説を得意とする作家さんのようです。

デビュー以来快進撃を続けている『孤狼の血』を書いた 柚月裕子氏のように、今後の活躍を期待したい作家さんの一人です。

 

紅子

1944年満州。馬賊の城塞に、関東軍の偵察機が突っ込んでくる。冷徹な首領、黄尚炎たちは、パイロットが絶世の美女であることに驚く。その女、吉永紅子は、子供たちを救出したいがために、荒くれ男たちのいるこの谷へ女一人で飛び込んできたという。尚炎は、この女は肝が据わっているのではなく、馬鹿なのだと呆れる。関東軍特務機関の黒磯国芳少佐は、吉永紅子が嫌いだ。甘粕正彦に可愛がられ、やりたい放題する紅子を憎いとさえ思っている。無茶で破天荒な女に翻弄される、馬賊の頭領と関東軍将校。一方、甘粕が隠匿する金塊を狙う輩たち。騙し騙され欲望が渦巻く、サスペンスフルな冒険譚。(「BOOK」データベースより)

 

満洲映画協会理事長でもあった甘粕正彦らのいる満州を舞台に馬賊らが駆け巡る、荒唐無稽な長編の冒険小説です。

少々物語が平板な印象はあり、もろ手を挙げてお勧めできる作品とまではいかないものの、それなりの面白さを持った作品でした。

 

物語が平板と書いたのは、文字通りに物語を全体としてみたときにメリハリが少ない、つまりは山場とそれ以外の場面とでの差が感じにくいということです。

主人公の吉永紅子や、こちらも実質的な主人とも言える黄尚炎らが、この物語の発端となる子供たちの救出劇を経て、紅子と共に行動することになります。

そして紅子の信奉者であり、満洲映画協会理事長でもあった甘粕正彦の隠匿した金塊を巡る馬賊らの攻防に巻き込まれていくのです。

そうした馬賊の関東軍本部への侵入や馬賊同士の戦いなどの出来事が紅子を軸として描かれているのですが、個々の出来事が同列に近い描かれ方をしているために平板に感じられるのだと思います。

 

そうした平板に感じられる物語の流れの中で、紅子自身も、助け出した子供たちが住む村から裏切られ、他の馬賊に売られたり、尚炎の姉の華雷からひどい仕打ちを受けたりもします。

そんな紅子自身に対する出来事でさえも物語の流れの中で並列的に感じられてしまうことは少々残念でした。

ただ、紅子というキャラクターの持つ生来の明るさと正義感は、そうした苦労をも吹き飛ばしてしまうほどのものでもあり、少々戸惑うキャラクター設定ではあるものの、作者自身が言うコミックノベルとしては許容範囲だと思われます。

 

ただ、物語自体は黄尚炎や黒磯国芳といった人物が中心になって動きます。タイトルにもなっている「紅子」すなわち吉永紅子は彼らに予想外の行動をさせることになる元凶としてのキーパーソンなのです。

ここで主要登場人物としての黄尚炎とは、中国土着の民間防衛組織である黄威(ホアンウエイ)という名の保衛団の首領、即ち攬把です。

またもう一方の主要人物の黒磯国芳とは関東軍特務機関少佐であって、何故か甘粕正彦に気に入られ、黄尚炎や紅子らとのかかわりを持つことになります。

 

本書には甘粕事件で名の知られた甘粕正彦をはじめとする歴史上実在した人物の登場しますが、見知った名前が登場するのはやはりうれしいものです。

ここで甘粕事件とは、ウィキペディアによりますと、

関東大震災直後の1923年(大正12年)9月16日、アナキスト(社会主義思想家)の大杉栄と作家で内縁の妻伊藤野枝、大杉の甥橘宗一(6歳)の3名が不意に憲兵隊特高課に連行されて、憲兵隊司令部で憲兵によって扼殺され、遺体が井戸に遺棄された事件である。被害者の名前から大杉事件ともいう。( ウィキペディア : 参照 )

とありました。

 

この甘粕正彦という人物は、一般的には上記の甘粕事件のこともあって悪魔的な非道な人物として描かれることが多いのですが、一方で才能豊かな逸材として描かれている作品もあります。

とはいっても小説では無く、ドラマ化もされたベストセラーコミックである『仁(じん)』を描いた村上もとかという作者の『龍(ロン)』というコミックです。

剣道に邁進していた主人公が大陸に渡るエピソードのなか、彼の想い人もまた大陸で女優として育っていたという話です。物語の舞台の一つとして満州映画が登場し、そこに甘粕正彦も多面的な才人として登場します。

他に小説でも甘粕正彦に触れた作品があったと思うのですが、どうにも思い出せないので、思い出したら追記します。

 

 

他に懐かしい名前として「小日向白郎」という人物も名前だけですが登場します。日本人ながら満州の馬賊の頭領として頭角を現した実在の人物です。

この点で思い出すのは、女優檀ふみの父君でもある作家檀一雄の『夕日と拳銃』(角川文庫 上下二巻)という小説を原作とする、同名のテレビドラマです。中国大陸の馬賊を主人公とする物語でした。

この小説は、満蒙独立運動に身を挺したという伊達順之助という実在の人物をモデルにした冒険小説で、残念ながら私は未読です。ただ、テレビドラマは幼心にも面白いドラマであり、胸おどらせて見た記憶があります。

 

 

 

そもそも「馬賊」とは、

騎馬の機動力を生かして荒し回る賊。清末から満洲国期に満洲周辺で活動していた、いわゆる満洲馬賊が有名。( ウィキペディア : 参照 )

なのだそうです。

私の幼いころはまだ広大な満州を舞台に駆け巡る馬賊などの話が残っていたように覚えています。

 

繰り返しますが、本書はそんな馬賊が活躍する日中戦争が始まるころの中国満州を舞台に展開される荒唐無稽な冒険譚です。

主人公である吉永紅子の正義感に満ちた、しかし無邪気で奔放すぎる行動に馬賊の首領である攬把の尚炎らが振り回され、何度も死線をさまようことになります。

本書は作者自身も言うようなコミックノベルであり、シリアスな冒険小説とは異なります。そうしたことを前提として認識していないと、紅子という女性の多面的な性格に振り回されてしまいそうです。

新宿鮫Ⅺ 暗躍領域

信頼する上司・桃井が死に、恋人・晶と別れた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、孤独の中、捜査に没入していた。北新宿のヤミ民泊で男の銃殺死体を発見した鮫島に新上司・阿坂景子は、単独捜査をやめ、新人刑事・矢崎と組むことを命じる。一方、国際的犯罪者・陸永昌は、友人の死を知って来日する。友人とは、ヤミ民泊で殺された男だった―。冒頭から一気に読者を引き込む展開、脇役まで魅力的なキャラクター造形、痺れるセリフ、感動的なエピソードを注ぎ込んだ、八年ぶりのシリーズ最新作は、著者のミステリー&エンターテインメント作家としての最高到達点となった!(「BOOK」データベースより)

 

新宿鮫シリーズの第十一巻目となる長編のハードボイルドチックな警察小説であって、新刊書で七百頁を超えるという大作です。

 

前巻『絆回廊』で大切な二人を失った鮫島の、新しい立場での活躍が描かれています。

前巻での意外過ぎる展開を受けての続巻であり、前巻を読み逃したまま本書を読んだ私としては、少なくとも前巻を読んでからのほうがよかったか、とも思っています。勿論、未読でも十分に面白い物語です。

また、シリーズを読むのが久しぶりだったためなのか、シリーズの初めに感じていた、鮫島という孤高の刑事を描いたハードボイルドという印象が薄くなっているとも感じました。

 

今回の物語は、外国人相手の違法薬物の取引が行われているというタレコミにより鮫島が設置したヤミ民泊の取引現場の録画映像に、殺人の現場が映っていたことから捜査が始まります。

発見された死体は身元の手掛かりすらなく、捜査は壁に突き当たりますが、そこに田島組というヤクザが絡んでいることを知ります。

さらには、前巻『 絆回廊』で鮫島の命を狙い失敗した陸永昌、別名樫原等や公安の香田もまた鮫島の前に現れるのでした。

 

 

前巻では鮫島のよき理解者であった桃井課長を亡くし、とも別れるという大きな変動がありました。

その鮫島が本書では、基本こそ大事だという新任の課長の阿坂景子に戸惑いつつ、この阿坂課長から刑事は二人組での行動が原則だからと、新任の相棒の矢崎と組まされてもいます。

単独での行動の中にこそ魅力があった鮫島が、自分の行動が相棒にとって不利益になるかもしれないと考えるなど、行動を自制せざるを得ない状況にあります。

そうしたことがこれまでの鮫島と異なる印象を持った理由だとすれば、作者の意図の通りであり、その点を疑問に思った私こそが読み込みが足りないことになりそうです。

 

しかしながら、そうした事情を汲んだうえでもなお組織に対する、もしくは仲間という存在に対する鮫島の考えがこれまでとは異なる感じはあります。

本書のストーリーが、例えば 今野敏の描く『隠蔽捜査シリーズ』や、 誉田哲也の描く『姫川玲子シリーズ』のように、チームとしての捜査の過程自体を描き出す警察小説と似た印象をうけたのです。

 

 

チームとしての捜査陣が活躍する物語とは異なるはずなのにそう感じるということは、孤高を保ってきた鮫島の、“仲間”を守るというこれまでにはない感情が前面に出ていることから来るのではないかと思われます。

“仲間”という観点からすると、数少ない鮫島の理解者である鑑識の藪との共同での張り込みというこれまでにない状況もあります。

と同時に、本来は敵対するはずの田島組の浜川との情報の交換、香田との奇妙な連携などが織り込まれているところからも来ているのかもしれません。

本来は晶という最大の理解者との別れを経た鮫島は、より孤独に、先鋭的になると思われるのですが、少なくとも本書ではその逆を行っているとも言えるのです。

 

ともあれ、前作『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』の出版から八年が経っています。個人的にはその前の『狼花(おおかみばな) 新宿鮫Ⅸ』以来の十三年ぶりの新宿鮫になります。

七百頁を超えるという長さの物語のため少々長すぎないかという思いはあり、また鮫島の印象の変貌もあるものの、やはり面白い作品であることは間違いありませんでした。

鮫島の今後の活躍をなお期待したいと思います。

孤独なき地―K・S・P

新署長赴任の朝。署の正面玄関前で、容疑者を連行中の刑事が雑居ビルから狙撃された。目の前で事件に遭遇した歌舞伎町特別分署の沖幹次郎刑事は射殺犯を追う。銃撃戦の末、犯人のひとりを仕留めるが、残るひとりは逃亡した。金を生む街、新宿歌舞伎町で暴力組織が抗争を開始したのだ。息も吐かせぬ展開と哀切のラストシーン。最高の長篇警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

警視庁歌舞伎町特別分署(K・S・P)特捜の沖幹次郎刑事を主人公とする長編の警察小説です。

警視庁歌舞伎町特別分署という特別な部隊を設けているところからもわかるように、 横山秀夫の『半落ち』や、 佐々木譲の『制服捜査』といった正統派の警察小説とは異なった、エンターテイメントに徹した小説です。

 

 

この「警視庁歌舞伎町特別分署(K・S・P)」とは、外国人の大量の流入に伴って、年々治安が悪化しつつある歌舞伎町界隈の犯罪を専門に取り締まる目的で創設された組織です。

当然新宿署との管轄の重なりなどが気になりますが、その点については縄張りを巡るトラブルが危惧されるとあるだけで、詳しい説明はありません。

登場人物は、特捜メンバーとして、チーフであるスキンヘッドの沖幹次郎刑事、その部下で女たらしの優男の平松慎也、単独行動の円谷太一、そして柴原の四人がいます。

それに新任署長の深沢、その秘書で中国語と英語が堪能なキャリアの村井貴理子がおり、新宿署の一課長である堀内が結構存在感のある役で登場しています。

 

物語は、警視庁歌舞伎町特別分署の前で刑事二人が狙撃され、刑事一人と連行途中の容疑者二人が殺されてしまいます。

新宿を縄張りとする神竜会幹部の西江一成によれば、殺された金森には逮捕状が出ることになっていたらしく、そのことを不都合に思う人間が警察内部にいるのではないかというのです。

狙撃者の一人は死んだが名を許選平といい、その兄の許美良が選平を頼って妹の許小華と共に新宿に来ていたことが判明するのでした。

 

警察小説としてエンターテイメントに徹しているのはいいのですが、例えば 月村了衛の『機龍警察』や 麻生幾の『ZERO』のような魅力を今一つ感じません。

 

 

その理由を考えてみると、本書の場合主人公の沖幹次郎刑事自体のキャラは悪くないのですが、その他の登場人物との差別化が明確でないということが挙げられます。

警視庁歌舞伎町特別分署新任署長の深沢にしろ、新宿署の一課長の堀内にしろ、みんな沖刑事と印象が同じなのです。しゃべり方も考え方も同じであり、沖刑事が何人もいて、ただ単にそれぞれの立場が異なるにすぎないという印象があります。

 

そしてもう一点、ストーリーが少々分かりにくいのです。中国マフィアが登場することはいいのですが、幾つものグループがあり、それに日本のヤクザまでもが加わり、登場人物が錯綜しすぎています。

エンターテイメントとして徹するのであれば、もう少し話を単純にして、各キャラクターの性格付けを丁寧に描いてもらえればもう少し読みやすかったのではないでしょうか。

 

それに、深沢署長の秘書として村井貴理子がいますが、キャリアの女性が所轄署署長の秘書として配属されているとはどんな組織なのでしょう。

さらに、この秘書は自分の秘書業務を差し置いて沖刑事と行動を共にするのですから、その設定自体無理がありそうです。

とはいっても、警視庁歌舞伎町特別分署の存在自体がエンターテイメントに徹した強引な設定として受け入れている前提がありますので、キャリアの秘書というくらいは取り立てて言うことのほどではないのかもしれません。

 

何点か不満を書いてはきましたが、エンターテインメント小説としてこの物語を見てみると、けっして面白くないわけではなく、上記の諸点に目をつぶれば、結構面白い物語として受け入れることができそうです。

一応、続編も読んでみたいと思います。

ドッグレース

今をときめく人気俳優とカリスマ歌姫が殺された。被告は冤罪を主張するが、真犯人はすでに死んでいた。弁護士の依頼を受けた矢能は、冤罪を覆す鍵を握る失踪中の前科者の捜索に乗り出す。(「BOOK」データベースより)

 

元やくざの探偵矢能政男を主人公とするシリーズの四冊目長編ハードボイルド小説です。


 

ドラッグ売人の児嶋康介は人気俳優の松村保と歌姫の夏川サラを殺した容疑で逮捕された。その際に児島が連絡を取ってほしいと頼んだ相手は弁護士ではなく元ヤクザの探偵の矢能だった。

その矢能政男は児嶋の弁護士鳥飼美枝子から真犯人と目されるガスこと西崎貴洋の友人の河村隆史という男を探す仕事を依頼される。鳥飼らのスポンサーだという六本木のドラッグ業界のキングからこの仕事の裏の事情を聴いてた矢能はこの仕事を請けることにする。

他方、矢能を知る警視庁捜査一課六係の係長中尾警部と砂川佑警部補のマル暴コンビは、東京地検の金山検事から、矢島を調べ偽装工作をするようであればそれを阻止するように命じられるのだった。

 

本書をハードボイルド小説といっていいものかは疑問もありますが、まさに「エンターテインメントとしての」という修飾語付きのハードボイルド小説と言い切ってもいいと思われます。

本シリーズでは、第一巻目の『水の中の犬』で死んだ名無しの探偵の「俺」が残した一人娘の栞が、足を洗ったけれども元ヤクザとしての暴力的な雰囲気を持つ矢能の優しさを引き出す存在としてかなり重要な位置を占めています。

 

 

本書でもその栞が慕う美容院のお姉さんに関しての話は、少々半端な印象はあるものの、ヤクザのバイオレンス物語の清涼剤として効いています。

 

本シリーズもほかの面白いと言われるエンターテイメント小説と同様に、キャラクター設定がかなり生きていると思われる作品であり、そのことは本書でもそのままにあてはまります。

そのキャラクターが生きている本書の物語自体は単純な人探しの物語であり、ハードボイルド小説の王道です。

つまり、主人公の矢能が元ヤクザという経歴を十分に生かせる仕事が舞い込む、という話であり、探偵としての矢能がその力を無理なく発揮できる舞台が設けられているのです。

というのも、矢能が依頼された人探しの対象となる河村という男は裏社会に潜む男であり、まさに元ヤクザの矢能のコネクションが生きる対象だったのです。

 

本書はまた、シリーズ全体が有しているバイオレンスの雰囲気に包まれた物語でもあります。

かしながら、どこかコミカルな面も持ち合わせているのであり、例えば 平山夢明の『ダイナー』のようなバイオレンスそのものの塊のような作品とはまた異なります。

アウトローが主人公という点では 馳星周の『不夜城』が挙げられるのかもしれませんが、本書『ドッグレース』はこの『不夜城』ほどダークではありませんし、シリアスでもありません。

 

 

まさにエンターテイメントに徹していて、栞の存在など、読者の読みやすさなどに配慮された作品だと言えます。

これからも楽しみなシリーズと言えます。

帰去来

警視庁捜査一課の“お荷物”志麻由子は、連続殺人犯の捜査中に、何者かに首を絞められ気を失う。目覚めたのは異次元の「光和26年のアジア連邦・日本本共和国・東京市」だった。もう一人の自分は異例の出世をした“東京市警のエリート警視”。闇組織からは命を狙われ、警察内部でも汚職警官の摘発など、非情な捜査方法が非難を浴び、孤立無援であることを知る。戸惑いながらも彼女は、“エリート警視・志麻由子”となって捜査を継続するしか方法がなかった…。(「BOOK」データベースより)

 

迷い込んだ異世界の自分は異例の出世を遂げた凄腕の女性警視だった。

たった一人、この世界の自分の秘書官だけを味方に見知らぬ世界を生き抜こうとする一人の女性警察官の活躍を描く異例の警察小説です。

 

本書は異世界に迷い込んだ主人公の活躍が描かれるのですから、SF小説の中でもパラレルワールドものという分類にあたるといえます。

ユニークなのは、そのパラレルワールドと自分の所属する本来の世界とを利用した警察小説になっていることです。

 

SFと警察小説とのコラボ作品というと、人類社会と異星人とが共存する世界での、人間とロボットの刑事が組んで事件を解決する A・アシモフの古典的な名作『鋼鉄都市』があります。

また、警察小説に限らず推理小説とSF小説としてみると、人類の起源の謎に迫る J・P・ホーガンの名作『星を継ぐもの』があります。

共にSFとしても推理小説としてもかなり話題を呼んだ作品であり、特に『星を継ぐもの』はSFファンならずとも必読の一冊であるといえます。

 

 

本書はそれよりもSF色は薄いものの、まるで戦後の新宿の闇市のような舞台設定を設けることで独特な雰囲気を出すことに成功しています。

主人公が目覚めてすぐに聞いた「光和」や「承天」という年号や、「東京市警本部、暴力犯罪捜査局、捜査第一部、特別捜査課、課長、志麻由子警視」という自分の身分など、これまでいた世界とは異なる言葉の羅列は印象的です。

このような世界を舞台に、巡査部長だった主人公志麻由子が、秘書官の木ノ内里貴の助けを借り、警視として特別捜査課を率いて活躍する姿は大沢在昌らしい物語です。

ここでの二大組織の対立という舞台設定は、黒沢映画の「用心棒」の原案となったことでも有名な、D・ハメットの『血の収穫』という作品を思い出してしまいました。対立する二大暴力団の存在という設定は物語を描きやすいのだと思われます。

 

 

それはともかく、本書は、異世界で起きた事件そのものの謎解きについての関心があるとともに、主人公の志麻由子はもとの世界に戻れるのか、またそもそもなぜにこの世界への転移とい現象が起きたのか、と通常の推理小説の醍醐味に加えSFとしての興味も加味されているのですからたまりません。

さすがは大沢在昌であり、エンタテイメント小説の第一人者だけのことはあると言わざるを得ません。

 

ただ、良いことばかりでもなく、読み終えてからの印象がなんとも薄いという欠点も感じました。読後に心に残るものがないのです。

この作者の『新宿鮫シリーズ』を読んだ時のような主人公に対する強烈な愛着や、『狩人シリーズ』を読んだ時に感じたそれぞれの巻に登場してくる男たちへの憧憬のような印象がないのです。

 

 

 

本書では主人公の志麻由子の警官としてのアクションを含む行動もさることながら、木ノ内里貴に対する恋心や、父親との関係など、見るべきところが少なからずあります。

しかし、そのどれもが読後に改めて振り返らせるような、読者である私の心に響くものがなかったように思えます。そのどれもにインパクトが足らなかったと思わるのです。

 

たしかに、本書はベストセラー作家の大沢在昌が書いた作品として水準を満たした面白さを持った作品だとは思います。大沢在昌という人の作品はそれだけで面白いのです。

ただ、今一つ心に刺さるものが無いように感じたということです。