プリンシパル

プリンシパル』とは

 

本書『プリンシパル』は2022年7月に544頁のハードカバーとして刊行された、長編のクライムサスペンス小説です。

太平洋戦争終結時、父である水嶽組組長の死去に伴い、やむを得ず水嶽組の跡目を継がざるを得なくなった女性の慟哭の数年間を描く、少々冗長と感じたもののさすがに面白さは抜群の作品でした。

 

プリンシパル』の簡単なあらすじ

 

1945年、東京。関東最大級の暴力組織、四代目水嶽本家。その一人娘である綾女は、終戦と父の死により、突如、正統後継者の兄たちが戦地から帰還するまで「代行」役となることを余儀なくされる。懐柔と癒着を謀る大物議員の陥穽。利権と覇権を狙うGHQの暗躍。勢力拡大を目論む極道者たちの瘴気…。綾女が辿る、鮮血に彩られた闘争の遍歴は、やがて、戦後日本の闇をも呑み込む、漆黒のクライマックスへと突き進む。(「BOOK」データベースより)

 

終戦のその日、女教師である水嶽綾女は父親玄太の危篤の知らせを受け、玉音放送が流れるなか疎開先の長野から実家である渋谷の水嶽本家へと帰ってきた。

その夜、父水嶽組組長の玄太は逝き、綾女は未だ戦地にいる兄たちの代わりに喪主を務めるように言われるが、ヤクザを嫌っていた彼女はこれを受け付けないでいた。

しかしその夜、綾女が宿としていた青池家が襲撃を受け、青池修造とその嫁を除いて、乳母であったハツを始めとする青池家の皆は子供に至るまで拷問の末に殺されてしまう。

何とか生き延びることができた綾女は青池家の惨状を目の当たりにして復讐を誓い、そして水嶽組の跡目を継ぐことになるのだった。

 

プリンシパル』の感想

 

本書『プリンシパル』は、二十三歳の女性教師が突然関東最大の暴力団の組長となり、戦後の混乱期を乗り越えていく話です。

お嬢さんが極道の家の跡継ぎになる話、というそのことだけで、ドラマ化もされ人気を博したコミックの『ごくせん』のようなコミカルなタッチの極道ものか、と単純に考えていたら大いに違っていました。

 

 

評論家の香山二三郎氏に言わせれば、赤川次郎の『セーラー服と機関銃』だと思っていたら、フランシス・フォード・コッポラによる映画化でも有名なマリオ・プーヅォの『ゴッドファーザー』だった、そうです( Book Bang : 参照 )。

それほどに、コミカルな点など全くない、全くシリアスな作品だったのです。

 

 

そういうシリアスな本書『プリンシパル』ですが、全体的に戦後日本の裏面史を俯瞰してみているようで、今一つ感情移入しにくい印象から始まりました。

主人公の綾女というキャラクターの描き方も、彼女自身の行動を追いかけているというよりは客観的に事実を報告している印象が強く、この点でも感情移入しにくいのです。

「水嶽商事の力の大きさ」を示すのに、日本政府も警察もハリボテ同然で使い物にならない、などの表現があるだけで具体的な絡みの場面はほとんどなく、会話の中などで水嶽組の評判を示すだけになっているためか、どうにも水嶽組の大きさを実感できません。

また、綾女の負った原罪ともいうべき青池一家の惨劇は常に綾女につきまとい、幽霊とも幻覚ともつかない存在が示されはしますが、それ以上に綾女の個々の行動の理由もよく分かりません。

この随所に現れる青池家族の亡霊らしき存在は、綾女への非難や怨念なのか、それとも彼女への暴力的な生き方への後押しなのか、よく分かりませんでした。

さらに、青池家の惨劇での、綾女を守るために青池家の幼い子までもが拷問に耐え、綾女の居場所を吐かないという設定も、少々真実味にかける印象でした。

 

さらに言えば、登場人物の多さも物語の筋を追いにくくしているように思えます。

水嶽家だけでも、長女の綾女から見て父親で組長の玄太、長兄の麟太郎、次兄の桂次郎、三兄の康三郎、義母の寿賀子、寿賀子の娘の由結子がいます。

そして、悲惨な目に遭う青池家には父親と母親のはつ、それに興造修造泰造佳奈子という兄弟姉妹、修造の妻のよし江がいます。

株式会社となった水嶽組である水嶽商事の役員として赤松須藤堀内がおり、他に飛田という綾女のボディガード、生田目日野といった親分衆が登場します。

ほかにも、水嶽組に敵対する三津田組や、廣瀬通商熊川万里江GHQ関係としてロイ・クレモンズレナード・カウフマン他が登場します。

ほかに歴史上の実在の人物をモデルにしていると思わせる存在として、水嶽組を食い物にする政治家の旗山市太郎吉野繁美という衆議院議員がいますが、それぞれに鳩山一郎、吉田茂をモデルにしていると思われます。

さらに美空ひばりをモデルとしていると思われる美波ひかり、関西最大の暴力団である山口組の田岡一雄を思わせる竹岡組組長の竹岡義雄も忘れてはいけません。

主な人物だけを挙げてもこれほど多いのです。ほかにも多数の登場人物がおり、よくその名前と関係性を覚えていないと混乱してしまいます。

 

しかしながら中盤から終盤に入ると、これまでと同じような凄惨な攻防戦が続く展開ではあるものの、綾女のこれからの成り行きが気になり、次の展開が気になって仕方がなくなってもいました。

それほどに、戦後史という側面はありながらも、綾女という女性をめぐる物語としての面白さが勝ってきたのです。

 

終盤近くになり、戦後裏面史という体裁は単純に私の読み間違えで、ただ、水嶽綾女という女性の生き方を描き出した作品という方が正しいのだと思えてきました。

その歴史はもちろん水嶽組というヤクザ組織を背景にした、水嶽綾女という女性の暴力の積み重ねともいえるのです。

ところが、著者自身が「ノンフィクションに限りなく近い「真実」を描けた」と言っているように、本書『プリンシパル』自体は戦後史を描くことが主眼であったようです( PR TIMES : 参照 )。

とすれば、私が最初に感じた印象が正しかったということになりそうです。

 

ともあれ、当初感じた本書の感情移入のしにくさは、新たに解ってきたGHQの横暴さや政界とヤクザとの関係など、戦後史研究での新しい事実を物語の中に落とし込むうえである程度は仕方のないことだったのかもしれません。

そして、その作者の試みはある程度成功していると言えそうであり、エンターテイメント小説としても実に面白い作品として仕上がっていると言えそうです。

ただ、誰かが言っていた、「超弩級の犯罪巨篇」という言葉はそうだとしても、「著者集大成」という言葉はそのままには受け入れることはできないと思います。

とはいえ、クライムサスペンスとして面白い作品として仕上がっているということは言えると思います。

晩秋行

晩秋行』とは

 

本書『晩秋行』は2022年6月に刊行された、486頁の長編のハードボイルド小説です。

久しぶりに読みがいのあるハードボイルド小説を読んだという印象です。それも妙に構えない、思ったよりも軽く読めるハードボイルドでした。

 

晩秋行』の簡単なあらすじ

 

自分が見つけたいのは君香だ。カリフォルニア・スパイダーなどどうでもいい。居酒屋店主の円堂のもとに、バブル時代、不動産売買で荒稼ぎをした盟友の中村から電話が入る。当時、「地上げの神様」と呼ばれ、バブル崩壊後、姿を消した二見興産の会長の愛車で、20億円の価値があるクラシックカーの目撃情報が入ったという。二見は失踪時、愛車とともに円堂が結婚を考えていた君香という女性を連れ去っていた。20億円の車をめぐってバブルの亡霊たちが蠢き出すなか、円堂はかつての恋人を捜し、真実を知るために動き出すー。(「BOOK」データベースより)

 

居酒屋を営んでいる円堂という六十歳代の男のもとに、親友の中村という作家がスパイダーを見たやつがいるという情報を持ってきた。

バブル崩壊後、円堂と中村が勤めていた二見興産社長の二見はカリフォルニア・スパイダーというクラシックカーと共に円堂の恋人だった君香も連れてその行方をくらましたのだ。

二見は危ない金も動かしていたためその筋の者たちも二見の行方を捜したが、誰も見つけることはできなかった。

その後、銀座で二見に会った男がいるという話を聞いた円堂は、中村と共にその男に会いに行くのだった。

あれから三十年が経っており、円堂は二十億の価値があるというスパイダーを探すという中村と違い、君香の行方を知りたいだけだったのだ。

 

晩秋行』の感想

 

本書『晩秋行』は、帯に書いてあるように、切ない「大人の恋愛」を描いた作品だと思いますが、大沢作品の新境地と言えるかは疑問符がつく作品でした。

ただ、疑問符がつくのは「新境地」という点であり、本書は本書としての魅力があり、暴力のない、男の想いだけを描いたハードボイルド小説として十分な魅力を持った作品でした。

そういう青さという意味では、初期の大沢作品、例えば『佐久間公シリーズ』のまだ青臭い匂いを持った主人公にも似た雰囲気を感じたものです。

もちろん、本書の主人公は佐久間公ほど青臭くもなく、大人の魅力を持った男なのですが、自分を捨てた一人の女を忘れないでいるその姿に似たものを感じたのかもしれません。

 

本書『晩秋行』では、現在では二十億の価値がつくとも言われているカリフォルニア・スパイダーというクラシックカーを中心に物語が動きます。

前述のように、主人公はケンジユウミという手伝いがいる中目黒の「いろいろ」という名の居酒屋を営む円堂という男であり、その友人の中村充悟という作家の友人がいます。

また、バブルの頃の地上げ屋時代に馴染みであり、今では「マザー」という銀座のクラブのママである委津子や別な店で出会ったホステスの奈緒子、それに沖中真紀子という正体不明の女や藤和連合につながると思われる女実業家の松本政子などの女性陣が色を添えます。

ほかにもそれほど多くはないものの、物語の要所に登場する人物たちがいますが、物語の流れに関係してくるのでここでは明記しない方がいいと思われます。

 

本書『晩秋行』はこれまでの大沢作品のようなアクションの要素はなく、ただひたすらに行方をくらました恋人の消息を知りたいだけの男の様子が描かれています。

この点、すなわちアクション場面がなく、主人公がただ昔の女の面影を追い続けるという点では、これまでの大沢作品の登場人物とは異なるようではあります。

この点を捉えて「大沢作品の新境地」と書いてあるのだろうと思いますが、でもこれまでの登場人物も過去の女を簡単に斬り捨てているような主人公はいなかったと思います。

それどころか、本書の主人公のように暴力を前にしてもひるむことなく男の矜持を貫く大人の男の姿は、志水辰夫北方謙三の作品を始めとするハードボイルド小説の主人公の普遍的なたたずまいです。

 

ともあれ、本書『晩秋行』がこれまでの大沢ハードボイルド作品とは若干異なる顔を見せていることは違いありません。

とはいえ、根っこのところではこれまでの大沢ハードボイルドの登場人物とそれほど異なるとは思えないのです。

随所に挟まれる警句的な台詞も読み進めるリズムをうまく作ってくれて心地いいし、まさに大沢作品でした。

六十歳の主人公を描いても、相変わらずに男から見ても魅力的な存在として描き出すその筆力はやはり大沢在昌ならではの魅力を有している作品でした。

ドッグ・メーカー

ドッグ・メーカー』とは

 

本書『ドッグ・メーカー』は『監察官黒滝シリーズ』の第一弾作品で、2017年7月に文庫本書き下ろしで出版された、村上貴史氏の解説まで入れて616頁の警察小説です。

ノワール小説と分類されてもいいほどのアクの強い、それも監察係の警察官を主人公とする珍しい作品ですが、とても面白く読むことができました。

 

ドッグ・メーカー』の簡単なあらすじ

 

黒滝誠治警部補、非合法な手段を辞さず、数々の事件を解決してきた元凄腕刑事。現在は人事一課に所属している。ひと月前、赤坂署の悪徳刑事を内偵中の同僚が何者かに殺害された。黒滝は、希代の“寝業師”白幡警務部長、美しくも苛烈なキャリア相馬美貴の命を受け、捜査を開始する。その行く手は修羅道へと繋がっていた。猛毒を以て巨悪を倒す。最も危険な監察が警察小説の新たな扉を開く。(「BOOK」データベースより)

 

 

ドッグ・メーカー』の感想

 

本書『ドッグ・メーカー』の著者深町秋生には他にも警察官を主人公にしたシリーズ作品があります。

その中の一つが本書の主人公黒滝誠治のようにいわゆる悪徳警官と呼べそうな警察官、それも女性警察官を主役としたシリーズ作品である『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』であり、2022年5月の時点での『ファズイーター』で第五巻となっています。

 

 

この両作品に共通するのが暴力であり、主人公のアクの強さです。

本書の主人公である黒滝誠治警部補は他人の秘密を探り出すことに病的なまでに関心を持っていて、手段を選ばずに情報収集をし、さらにその情報で目的の人物を自分のコントロール下に置くのです。

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の八神瑛子警部補もまた自分が欲しい情報を得るために手段を選びません。

八神瑛子は警察官を相手に貸金業を営み、その貸金をネタに警察内部や捜査情報などの秘密を探りだし、自分の捜査に役立てようとするのです。

 

この両者が異なるとすれば、それは両者の職掌の違いと、黒滝の場合は上司に相馬美貴という熱血漢の警視がおり、さらにその上司に白幡一登という警務部長がいて、黒滝の捜査方法を黙認しているところでしょうか。

八神瑛子の場合、瑛子が所属する上野署の署長である富永昌弘というキャリアがいて、瑛子の捜査方法に異を唱えようとします。

でも、後には瑛子の働きを見て捜査上の必要性から黙認しているだけの形をとってはいますが、事実上、上記の相馬や白幡と同様の庇護者として機能しているようです。

とすればこの点はあまり両作品の差というわけにはいかないかもしれず、残るは職掌の違いだけが残るだけでしょう。

 

ただ、職掌の違いから両者の犯罪の捜査対象は大きく異なるものの、その捜査の過程にはそれほどの差はないと言えます。

黒滝の金と暴力、そして手段を選ばずに知り得た情報を駆使して対象に近づくやり方は八神瑛子にもそのまま当てはまります。

こうしてみると、両者の行動にそれほどの違いはないとも言えそうです。

 

しかし、やはり男性と女性という差は大きく、また両者の所属部署、警視庁人事一課監察係と警視庁上野署組織犯罪対策課という所属部署の差はかなり大きなものがあるようです。

特に本書『ドッグ・メーカー』の場合、物語として警視庁内部の権力争いを前面に掲げ、警務部トップの白幡が、相馬美貴警視などの力を得てその部下の黒滝を手足として勢力を展開する物語、との側面も無きにしも非ずであり、そうした点でも読み応えがあります。

もっとも、本書は監察の人間を主役としている割には普通の刑事ものとそれほど異なった点はありません。

悪徳刑事が、同じ警察内に巣くう悪徳刑事を洗い出す過程では暴力団も相手にすることになり、そうした点であまり変わりはないのです。

捜査の対象が警察官であり、その対象を脅迫し、自分の意のままに従わせるという黒滝独自の行動をとることになるだけです。

この点で、例えば佐々木譲の『北海道警察シリーズ』序盤の三部作の、組織を相手にしたサスペンス小説とは、同じ警察を相手にした警察小説でもかなりその趣を異にします。

そうしてみると、本書はリアルなサスペンスではなく、バイオレンスを主軸に組み立てられたノワール小説の色合いが濃いというべきでしょう。

 

 

結局、本書『ドッグ・メーカー』は深町秋生の作品特有のバイオレンスもふんだんに盛り込まれた作品であり、強烈な個性を持った人物を主人公に据えたエンターテイメント小説だということになります。

ともかく、本書は単純にエンターテイメント性を楽しむべき作品と言えると思います。

イクサガミ 天

イクサガミ 天』とは

 

本書『イクサガミ 天』は三部作の第一弾で、2022年2月に329頁で文庫化された、長編の活劇小説です。

大金を目当てに集まった腕自慢の男女の、京都から東京を目指す命を懸けてのレースを描くエンターテイメント小説です。

 

イクサガミ 天』の簡単なあらすじ

 

明治十一年。大金を得る機会を与えるとの怪文書により、強者たちが京都の寺に集められた。始まったのは、奇妙な「遊び」。配られた点数を奪い合い、東海道を辿って東京を目指せという。剣客・嵯峨愁二郎は十二歳の少女・双葉と道を進むも、強敵が次々現れー。滅びゆく侍たちの死闘、開幕!(「BOOK」データベースより)

 

明治十一年(一八七八年)二月、日本全国で配布された「豊国新聞」に掲載されたのは、本年五月五日午前零時に京都天龍寺境内に集まった者には金十万円を得る機会を与えるという記事だった。

当日、京都天龍寺境内に集まったのは総勢292人の猛者たちであり、その中には主人公の嵯峨愁二郎もいた。

槐(えんじゅ)と名乗る主催者の言葉の最中に、治安維持の任務を担う京都府庁第四課所属の剣豪安東神兵衛が現れるが主催者を護る男に首を落とされてしまう。

そして、ここ天龍寺境内を出るためには各人に配られた木札を一点として、まずは二点が必要だというのだ。

点数を得る手段は問わないという槐の言葉に、参加者は早速殺し合いをはじめ、木札の取りあいを始めるが、そこには双葉という十二歳少女も母親のために参加していた。

妻と子のために金が必要で参加した愁二郎は双葉を見殺しにできず、双葉を守りながらの状況となるのだった。

 

イクサガミ 天』の感想

 

本書『イクサガミ 天』は、巡査の初任給が四円の時代の十万円という大金のために命懸けで京都から東京までを旅する超エンターテイメント小説です。

それぞれに得物も、その腕も、もちろん性格も様々に異なる人物たちが、自分の首に懸けた木札を取りあう、疾走感に満ちた物語であり、当初は『餓狼伝』のような夢枕獏の格闘小説を思い出したものです。

しかし、読後に読んだレビューには「令和版・山田風太郎「忍法帖」シリーズ」を彷彿とさせるとありました( ダ・ヴィンチ WEB : 参照 )。

登場人物たちの超人的な能力など、言われてみればそちらの方がしっくりとくるようです。

 

 

つまりは、ひと癖もふた癖もある腕自慢の人物たちがその腕を駆使して各人の持つ木札を集め、東京を目指す物語です。

その中心にいるのが嵯峨愁二郎(さがしゅうじろう)であり、その庇護を受ける双葉という女の子です。

参加者たちは、当然のごとく圧倒的な弱者である双葉の持つ木札を狙い、その攻撃を防ぎながら愁二郎たちは元伊賀同心の柘植響陣などの助けを借りながらも何とか切り抜けていくのです。

 

愁二郎たちに襲い掛かる敵役としてのキャラクターも、衣笠彩八祇園三助化野四蔵といった、愁二郎の義兄弟たちである鬼一法眼を始祖とする京八流の遣い手たちも登場します。

ほかに、アイヌのカムイコチャ菊臣右京、それに戊辰戦争の際の新政府軍の浪人部隊の一員であった貫地谷無骨などの強烈なキャラクターが登場し、愁二郎たちとのアクションをもりあげてくれています。

加えて、この「蠱毒」と呼ばれる戦いの企画者と思われる、西郷、大久保、木戸らを呼び捨てにする元侍が、その正体が明かされない存在として少しだけ登場します。

こうした存在感のある登場人物たちがこの物語を一層面白くしてくれているのです。

 

先に夢枕獏や山田風太郎を彷彿とさせる作品だと書きましたが、それは単に多数のキャラクターが入り乱れて互いの持つ木札を取りあうというその設定だけにあるのではありません。

物語の背景が史実を織り交ぜ、歴史上の実在の人物たちの名が物語に絡みながら進行していくという物語の伝奇性にもあります。

ただ、本書『イクサガミ 天』を読む限りにおいては、この実在の人物たちが具体的にストーリそのものにかかわることはなく物語の背景に出てくるだけです。

でも、本書の面白さはそんな歴史上の人物たちの関与の有無とは関係なく、本書自体の持つエンターテイメント小説としての面白さに惹きつけられます。

 

本書『イクサガミ 天』はこれまでの、本書の作者今村翔吾の作品群とは若干趣が異なる伝奇性の強いアクションエンターテイメント小説です。

全三部作ということですので、あと二冊の展開が心待ちにされる、そんな作品でした。

ファズイーター

ファズイーター』とは

 

本書『ファズイーター』は『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の第五弾で、2022年3月に刊行された334頁の長編の警察小説です。

警察小説ではありますが、主人公の八神瑛子自身も鍛え上げた身体を駆使して修羅場に立ち向かう、アクション小説としての一面が強烈な作品で、たしかに深町秋生の物語でした。

 

ファズイーター』の簡単なあらすじ

 

警視庁上野署の若手署員がナイフを持った男に襲われた。品川では元警官が銃弾に倒れ、犯人には逃送されている。一方、指定暴力団の印旛会も幹部の事故死や失踪が続き、混乱を極めていた。組織犯罪対策課の八神瑛子は、ご法度の薬物密売に突然手を出して荒稼ぎを始めた印旛会傘下・千波組の関与を疑う。裏社会からも情報を得て、カネで飼い慣らした元刑事も使いながら、真相に近づいていく八神。だがそのとき、彼女自身が何者かに急襲され…。手段を選ばない捜査で数々の犯人を逮捕してきた八神も、ここで終わりなのか?(「BOOK」データベースより)

 

千波組組長の有嶋章吾は、四か月前の事件により指定暴力団印旛会総本部長の地位を追われ、引退をほのめかされる身になっていた。

ところが、有嶋はそれまでの自らの千波組の方針に反し、あからさまに覚せい剤の売買ビジネスに手を染めていたのだ。

自分の病をも克服した有嶋は、ビジネスの手腕に長けた甲斐を亡くした隙間をなりふり構わない愚連隊まがいの方法で埋めようとしていたのだ。

そうした様子を知った八神瑛子は、有嶋の覚せい剤取引への関与を暴こうとしていた。

そうした折、再び警察官が暴漢に襲われるという事件が起きた。

一方、殺された甲斐の子分の妻である比内香麻里は、子分たちを使い、旦那が集めていた拳銃のコレクションを金に換えていたが、客の一人が警察官を撃った犯人ではないかと目星をつけて再びの取引を進めていた。

そこに、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介が現れた。

 

ファズイーター』の感想

 

本書『ファズイーター』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』第三弾の『アウトバーン』で夫殺しの犯人を探し出し、一応の決着がついた形のシリーズの新しい展開の第二弾という位置づけの作品です。

シリーズ前巻の『インジョーカー』で思いがけない人物との別れに遭遇した八神瑛子ですが、本書ではそうしたことを感じさせない更なるタフな活躍を見せています。

また、これまで筋目を重んじる古風なヤクザと思われていた千波組組長の有嶋章吾がかなり強烈な敵役として登場しています。

直接的な敵役としては警官殺しの疑いのある斉藤と名乗る男や、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介という、ヤクザ仲間からもはじき出されるような男が立ちはだかります。

ほかに甲斐の子分であった比内幸司の妻の比内香麻里という女も有嶋の下で比内の子分たちとともに瑛子と対立します。

加えて警察内部においても、瑛子の警察官相手の金貸しや情報収集、それにヤクザ相手に対しての手段を選ばない捜査方法に対して監察が動き、なかでも人事一課監察官の中路高光という男が瑛子の前に現れるのです。

ただ、これまでは瑛子が所属する上野署署長の富永昌弘が瑛子に対して疑惑の目を向けていましたが、前巻あたりからは瑛子の行動にある程度の理解を示しているようです。

また、瑛子の長年の情報提供者である実業家の福建マフィアの大幹部劉英麗も健在であり、瑛子の暴力面での助っ人である落合里美も登場します。

 

本書『ファズイーター』が属する『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は、主人公が警察官であり、ほかにも多くの警察官が登場するという意味では警察小説であり、本ブログでもそのように分類しています。

しかし、犯された犯罪についての犯人や犯行方法などを警察という組織力で解決する過程を描き出す、という意味では佐々木譲の『北海道警察シリーズ』や今野敏の『安積班シリーズ』と同じ警察小説と呼ぶにはためらいもあります。

 

 

なによりも、主人公の八神瑛子という人物のキャラクターの力が強烈で、地道な犯罪捜査の側面を見せるという構成にはなっていないからです。

八神瑛子による金貸しを手段とする警察官への脅迫まがいの強要による情報収集や、鍛え上げられた肉体やそれを助ける仲間による強烈なアクションをメインとする物語の展開は、警察の捜査の過程の描写は二の次のようです。

本書『ファズイーター』もそうであり、街中で市街戦まがいの銃撃戦を繰り広げるなど、まさにアクションメインの作品という他ありません。

つまり、シリーズ当初の三冊では夫の死の秘密を探るという目的で動いている八神瑛子ですが、それ以降のこのシリーズは瑛子の行動を主軸としたアクション小説になっています。

そういう意味では同じ深町秋生の作品の『警視庁人事一課監察係 黒滝誠治シリーズ』と同様に、警察官を主人公とする冒険アクション小説というべきなのかもしれません。

ただ、こうした分類はどうでもいいことで、作品の内容がどのような傾向のものかを示す指標として見てもらえればいいと思うだけです。

 

 

ただ、本書がアクション小説としてあるとは言っても、瑛子の前に直接に現れるのは比内香麻里やその子分だったり、斎藤と名乗っている香麻里の客の男だったりします。

その上で、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介や、千波組組長だった有嶋章吾が控えていて、更なる対決が用意されています。

そうした捜査の過程の見せ方はさすが深町秋生の小説であり、タフな主人公が暴れまわる姿は爽快感と共に物語としての面白さを見せてくれます。

 

ただ、前巻から何となく暗示されていると勝手に思っていた、警察内部の権力争いの場面はそれほどはありません。

それどころか、瑛子のシンパが増えていっている印象すらあり、瑛子の独壇場の構図がさらに広がりそうな感じです。

今後もこの『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は続いていくのでしょうが、更なるひねりを期待したいと思います。

アキレウスの背中

アキレウスの背中』とは

 

本書『アキレウスの背中』は、2022年2月に刊行された、新刊書で322頁の長編の警察小説です。

陸上のマラソンというスポーツと話題のIR(統合型リゾート)の問題とを組み合わせた物語で、これまでの長浦京作品とは少し変わったしかしとても面白い新しい感覚の作品です。

 

アキレウスの背中』の簡単なあらすじ

 

スポーツビジネスをめぐる利権と国家の威信が、東京でぶつかり合う。公営ギャンブル対象として、世界5カ国で開催されるマラソンレースの東京大会を妨害すべく、国際テロリスト集団が襲撃を仕掛けてきた。標的は日本人最速ランナーと、ランニングギアの開発をめぐる機密情報。警察庁は極秘に、特別編成の組織横断チームMITを立ち上げた。そのリーダーに抜擢された女性刑事は、アスリートを守れるのか。ランナーが、2時間切りという壁の向こうに見たものとは。(「BOOK」データベースより)

 

公営ギャンブルの対象であるワールド・チャンピオンズ・クラシック・レース(WCCR)の第一回目のレースが、2023年に東京都心部で行われることとなった。

ところが、その東京WCCRの出場選手で優勝候補の嶺川蒼選手のもとに脅迫状が届いたらしい。

そこで警察庁が考え出した新たな捜査手法であるミッション・インテグレイテッド・チーム(Mission・Integrated・Team : MIT)が乗り出すこととなった。

下水流悠宇は、一年ほど前に悠宇が担当したDAINEX(ダイネックス)でのデータ窃盗事件が関連しているらしく、警察庁警備局参事官の乾徳秋のもと、上司の間明係長と共にMITへ召集されることとなった。

下水流悠宇を班長とするチームには、警視庁の本庶譲や板東隆信、それに警察庁の二瓶茜らがおり、四人は人は千葉県鴨川市内にあるDAINEXスポーツ総合研究所へと向かうのだった。

 

アキレウスの背中』の感想

 

本書『アキレウスの背中』は、著者の長浦京のこれまでの作風とはかなり異なる印象の作品でした。

アンダードッグス』や『リボルバー・リリー』は、スケールも大きなアクション小説でしたが、本書はそうではありません。

主人公は警察官であり、あるマラソン選手へ届いた脅迫状についての捜査の状況が描かれているアクションメインではない警察小説です。

 

 

しかし、本書はアクション小説ではないということにとどまらず、いわゆる普通の警察小説ともまた異なります。

脅迫を受けた選手が出場する予定の東京ワールド・チャンピオンズ・クラシック・レース(東京WCCR)というマラソンレースが公営ギャンブルの対象レースとなっているところから、単なる脅迫事件の域を越え、国家レベルの事件となっていることがまず挙げられます。

また、脅迫を受けたマラソン選手はDAINEXスポーツ総合研究所という各種競技の選手の身体活動などを科学的に分析し、シューズやウェアの開発に資する施設と契約しており、単なる脅迫事件を超えた世界的なブランド企業のイメージにもかかわる事件なのです。

さらには問題の選手はDAINEXと契約している嶺川蒼というランナーであり、彼はマラソンの日本記録保持者でもあります。

こうして、東京WCCRで起きた何かの不祥事は日本がWCCRという世界的イベントの運営能力を欠くということを意味し、一選手の問題を越えて複数国家、もしくは国家的企業の利害が絡む事態となるのです。

 

そこで、従来の縦割りの枠組みでは対応が難しくなった新手の犯罪に対応するために警察庁が考え出した新たな捜査手法であるミッション・インテグレイテッド・チーム(MIT)が乗り出すことになります。

この件で組まれたチームはいくつかあるものの、本書『アキレウスの背中』で中心となるのは警視庁捜査三課所属の下水流悠宇警部補を班長とするチームです。

このチームには、ほかに警視庁捜査一課第一特殊班捜査二係所属の本庶譲、警察庁警備局警備運用部所属の二瓶茜、警視庁警備部警護課所属の坂東隆信が召集されています。

それに、警視庁捜査三課所属の間(まぎら)明警部補が本庁との連絡役などのために参加し、悠宇の上司として警察庁警備局参事官の乾徳秋警視長がいます。

このミッション・インテグレイテッド・チーム(MIT)という組織は作者の創造したものでしょうが、役所の縦割り行政の弊害は従来から言われているところであり、機動的に動ける組織として考え出されたものでしょう。

 

でも、『アキレウスの背中』の事案においてMITという組織を設定するだけの必要性や有効性があったのかはよく分かりません。

本書で示されているMITの捜査方法が、通常の警察小説、インテリジェンス小説で示される操作方法とは異なっている場面があまり確認できなかったのです。

本書中で間明係長が「今回の案件は、個人や少数のグループの犯行を追う通常の捜査とは違う」と断言していることなど、物語としてのMITという組織の必要性の確認はしてあります。

でも、本書で描写されている捜査のどこが従来の捜査方法では不都合だったのか、私にはよく分かりませんでした。

 

ここで、間明係長に関して言えば、悠宇との関係性がユーモアに満ちていて、じつに親しみを感じる描写でした。

こうしたことは、悠宇という主人公にしてもスーパーマンではなく普通の人間だということ、自分の班長という地位の複雑さに悩み、苦しみ、そして上司に相談するという関係性をも持っているということが読みとれて楽しくなります。

このような点も含め、悠宇のチームのリーダーとしての素質のこと以上に、心構えを丁寧に説き起こしていく様子は、主人公に感受移入するうえでとても効果的に思えます。

また、悠宇と脅迫の被害者であるランナーの嶺川蒼選手との関係性も独特なものがありました。ただ、この点は人によっては好みではないという人がいてもおかしくはないでしょう。

 

嶺川蒼選手については忘れてはならないのが実在のマラソンランナーでこのほど現役復帰を表明した大迫傑選手がモデルだということです。

何しろ、本書のカバー自体が大迫傑選手の写真を使用してあるのですから、その思い入れも相当なものなのでしょう。

本書は、大迫傑選手へのリスペクトが如実に感じられる作品でもあるのです。

 

ところが、本書『アキレウスの背中』も終盤に入り、いざレースがスタートしてからの緊迫感はさすが長浦京の作品と思わせるものでした。

スタート直後は淡々と話が進みますが、ある時点から一気に物語が動き始めます。

そして章が変わり、これまでの各作品ほどではないにしろ、長浦京ならではのアクション場面が展開するのです。

 

いずれにしろ、長浦京という作家は骨太の読みごたえのある作品の書き手としてはずれのない作品を出版し続けると思われ、次の作品を読みたいと思う作家でもあります。

フェイクフィクション

フェイクフィクション』とは

 

本書『フェイクフィクション』は2021年11月に刊行され、新刊書で390頁という分量になる、長編のエンターテイメント小説です。

変らずに誉田哲也の作品として面白いことには間違いはないのですが、既読の印象が強い作品でもありました。

 

フェイクフィクション』の簡単なあらすじ

 

東京・五日市署管内の路上で、男性の首なし死体が発見された。刑事の鵜飼は現場へ急行し、地取り捜査を開始する。死体を司法解剖した結果、死因は頸椎断裂。「斬首」によって殺害されていたことが判明した。一方、プロのキックボクサーだった河野潤平は引退後、都内にある製餡所で従業員として働いていた。ある日、同じ職場に入ってきた有川美祈に一目惚れするが、美祈が新興宗教「サダイの家」に関係していることを知ってしまい…。(「BOOK」データベースより)

 

東京都五日市警察署の管内で首が切断された死体が見つかり、鵜飼刑事が捜査を担当することになった。

一方、プロのキックボクサーであった過去を持つ河野潤平は、製餡所の社長に拾われ従業員として勤務していた。

その潤平は製餡所に新たに勤めることになった有川美祈に一目ぼれをしてしまうが、彼女は新興宗教「サダイの家」の信者であり、信者以外は悪魔だとして潤平を受け入れてくれない。

ところが、この「サダイの家」は鵜飼刑事もあることから目をつけていた団体でもあったのだった。

 

フェイクフィクション』の感想

 

やはり、誉田哲也の作品ははずれがない、と言ってもいい作品でしたが、誉田哲也の作品としては普通と感じた作品でもありました。

それは本書の構成として既読の印象が強い、ということが挙げられるでしょう。

つまり本書では、誉田哲也がよく使う、事件の当事者側と警察側の視点それぞれに物語が進み、その先で物語が収斂していくという構成になっています。

その中でも本書の構成は当事者側の比率が大きい点で、例えば『ジウII-警視庁特殊急襲部隊』であったり、『魚住久江シリーズ』の第二作目の『ドンナビアンカ』と同様の構成だと言えます。

当事者側のひと昔前の悲惨な生活状況が現在に連なる、という点でも同じです。

 

 

本書の大きなテーマとして「宗教」が挙げられる点も「普通」と感じる原因の一つかもしれません。

著者誉田哲也自身がエンタメ作品の中に『フェイクフィクション』の核である、宗教をある程度軽く考えてもいいのでは、という考えを落とし込んだのが吉田牧師の言葉だった、と発言されているように( 青春と読書 : 参照 )、本書では「宗教」が大きなテーマになっています。

たしかに、本書での主要登場人物の一人である唐津郁夫が知り合った頃の牧師吉田英夫の言葉は魅力的で、宗教のある側面を取り上げているようで「宗教」が大きな要素になっていると思います。

しかし本書での宗教の取り上げ方は、狂信的な信者を含めた登場人物の異常性や犯罪描写のきっかけとして意味があるようなのです。

もし、「宗教」を持ち出した理由が異常性の演出ではなく「宗教」そのものに対する考察、もしくは宗教を通した人間性の本質の追求にあったとしても、本書はエンターテイメントが強く、あまりその点は主張されているようには思えません。

結果として本書で表現されているのは宗教やそこにかかわる人間の異常性だと思えるのです。

いずれにしても、エンタメ作品としての面白さは否定しようもなく、その中で宗教の持つ意味も問いかけられている、と言えるのでしょう。

 

宗教を取り上げたエンタメ作品と言えば日本推理作家協会賞を受賞した中島らもの『ガダラの豚』が思い浮かびます。

普通の主婦が新興宗教に取り込まれていく様を描き、その実態を暴くというのが第一部である、文庫本では三分冊(全940頁)にもなる大長編小説です。

 

 

エンタメ作品以外としては第39回野間文芸新人賞を受賞し、また157回の芥川賞候補になり、さらに2018年本屋大賞の候補にもなった今村夏子の長編小説の『星の子』があります。

「病弱だったちひろを救いたい一心で「あやしい宗教」にのめり込んでいき、その信仰は少しずつ家族のかたちを歪めていく…。」という物語で、映画化もされました。

 

 

ともあれ、『星の子』はエンターテイメント小説である本書とは異なり文学作品としての評価が高い作品です。

その意味では本書は『ガダラの豚』に近いとは言えますが、その面白さの質は異なる作品だと言えます。

非弁護人

非弁護人』とは

 

本書『非弁護人』は、2021年4月に刊行された、新刊書で432頁の長編のサスペンス小説です。

とある事情で検察官を辞めざるを得なくなった元特捜検事の男が、末端のヤクザを食い物にする存在を追い詰める物語ですが、月村了衛の作品にしては普通だと感じた作品でした。

 

非弁護人』の簡単なあらすじ

 

元特捜検事・宗光彬。高度な法律関連事案の解決を請け負う彼は、裏社会で「非弁護人」と呼ばれる。ふとした経緯で、パキスタン人少年から「いなくなったクラスメイトを捜して欲しい」という依頼を受けた。失踪した少女とその家族の行方を追ううちに、底辺の元ヤクザ達とその家族を食い物にする男の存在を知る。おびただしい数の失踪者達の末路はあまりに悲惨なものだったー。非道極まる“ヤクザ喰い”を、法の名の下に裁く!!(「BOOK」データベースより)

 

東京地検特捜部の宗光は、親友の篠田とともに大規模な贈収賄事件に発展しそうな千葉県の「習志野開発」を捜査していくなかで、国会議員へ結びつきそうな証拠をつかむ。

上司の同意のもとで案件を進めるが突然捜査の中止を告げられ、同時に篠田と連絡が取れなくなり、自身は収賄容疑で逮捕されてしまう。

無実の罪を着せられたまま実刑判決を受けた宗光は、検事を続けることは勿論、弁護士業務にも就くことはできず、裏社会を相手に自身の法律知識を生かして非弁活動を続けるしかないのだった。

そのうちに、小学三年生のパキスタン人の子供のマリクから、行方不明になっている同級生を探して欲しいとの依頼を請ける。

しかし、その事件は、落ちこぼれヤクザを食い物にする“ヤクザ喰い”の存在に連なる事件でもあったのだった。

 

非弁護人』の感想

 

本書『非弁護人』は、裏社会の住人を相手に非弁活動を行う元検事だった宗光彬の姿を描くリーガルサスペンス小説です。

主人公の宗光彬は元東京地検特捜部特殊第一班に所属していた検事でしたが、巨大な悪に対峙した結果、罪に陥れられて収監されたため、検察官は勿論、弁護士業務もできません。

そのため、有する法律知識を生かして裏社会の住人を相手に法律相談に乗り、裁判を有利に導くという法廷の周辺で生きていくしかない存在となっていました。

その宗光が、とある依頼事件を調べている最中に、社会からのけ者にされている末端のヤクザやその家族を食い物にしている存在を知り、暴力団の大物と組んでその存在をあぶり出すために奮闘するのです。

 

ここで非弁活動とは、「法律で許されている場合を除いて、弁護士法に基づいた弁護士の資格を持たずに報酬を得る目的で弁護士法72条の行為(弁護士業務)を反復継続の意思をもって行うこと。」を言います( ウィキペディア : 参照 )。

この制度は、「弁護士ではない者が他人の法律事務に介入すると、法律秩序が乱され、国民の公正な法律生活が侵害され、国民の権利や利益が損なわれること」がないように設けられた制度です( 日本弁護士連合会 : 参照 )。

 

本書『非弁護人』のような元法律家が、その法律知識を生かして活躍するという作品としては柚月裕子の『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』という作品があります。

この作品は、弁護士資格をはく奪され、探偵エージェンシーを運営する上水流涼子という女を主人公にしたミステリー短編集で、気楽に読める面白い作品でした。

それに対し本書はシリアスであり、サスペンス感に満ちた作品です。

 

 

本書『非弁護人』の登場人物としては、まずは元東京地検特捜部特殊第一班に所属していた検事宗光彬という主人公がいて、ほかに宗光の親友であり、ともに検察を辞めることになった篠田啓太郎弁護士が挙げられます。

それに“ヤクザ喰い”が発覚する元となった事件を依頼してきた裏社会の名門千満組の若頭である楯岡や、日本の暴力世界を二分する大組織遠山連合の久住崇一、久住の部下で宗光の手伝いをする蜂野などの裏社会の人間が登場します。

他にも多くの人物が登場しますが、挙げていけば切りがないでしょう。

 

たしかに本書『非弁護人』は、その作品世界は濃密で舞台背景も丁寧に構築されていて、月村了衛らしい作品だと言えそうです。

でも、私の思う月村作品として『非弁護人』というタイトルから事前に思っていた内容とは異なる作品でした。

端的にいえば本書の内容は犯人探しの変形であって、普通の探偵小説と言ってもあながち間違いとは言えないストーリーだったということです。

ただ、中盤を過ぎたころからその探偵ものと同じと感じていた内容が、少しずつ変化し始めます。

そして、クライマックスはやはり「非弁護人」というタイトルにふさわしいものでした。

 

しかしながら、タイトルからくるイメージとは別の、内容面で感じた違和感は最後までぬぐえませんでした。

それは、自分を陥れた巨悪がはっきりとしてるのに、そのことにはあまり触れずに、新たな“ヤクザ喰い”という敵だけを相手に行動していることです。

最後まで、そちらの巨悪はそのままででいいのかという、なんとも消化不良のままだとの印象は残ったままの読書でした。

また、宗光は結果として自分を裏切った男と再びタッグを組み、犯人と対峙することになるのですが、そうした自分を見捨てた男を再び信用するに至る点も今一つ明確ではありません。

法律家としての腕は認めているなど、相棒に関しての疑問に対する答えは本書の中でそれなりに書いてはあるので、それに対しなお不満を持っているのは私の個人的な不満でしかないのでしょう。

 

ともあれ、本書『非弁護人』はかなり分厚い作品ですが、その分量をあまり感じさせずに緊張感を維持しながら最後まで読み通させる面白さはさすがです。

月村了衛作品の中では普通の面白さだとはいっても、やはり月村了衛の作品でした。

逢坂 冬馬

逢坂冬馬』のプロフィール

 

1985年生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。本書で、第11回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビュー。埼玉県在住。引用元:Amazon

 

逢坂冬馬』について

 

デビュー作である『同志少女よ、敵を撃て』が第11回アガサクリスティー賞大賞を受賞し、さらには第166回直木賞の候補作に選出されるという快挙を為している作家さんです。

さらにはこの作品は2022年本屋大賞も受賞しています。

同志少女よ、敵を撃て

同志少女よ、敵を撃て』とは

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』は2021年11月に出版され、収められている「アガサクリスティー賞選評」まで入れて全部で492頁もある長編の戦争冒険小説です。

戦争小説でありながらも、青春小説でもあり、またアクション小説でもあって、さらには一人の少女の成長する姿を描く物語でもある作品と言えます。

また本書は2022年本屋大賞や第11回アガサクリスティー賞大賞を受賞し、さらには第166回直木賞の候補作にも選出された非常に読みごたえのある作品でした。

 

同志少女よ、敵を撃て』の簡単なあらすじ

 

1942年、独ソ戦のさなか、モスクワ近郊の村に住む狩りの名手セラフィマの暮らしは、ドイツ軍の襲撃により突如奪われる。母を殺され、復讐を誓った彼女は、女性狙撃小隊の一員となりスターリングラードの前線へ──。第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。(出版社より)

 

母エカチェリーナと一緒に狩りから帰る途中に高台から自分たちの村を見ると、ドイツ兵によって村人が皆殺しにされようとしているところだった。

抱えていた猟銃でドイツ兵を撃とうとする母エカチェリーナだったが、逆にドイツの狙撃兵によって頭を撃ち抜かれてしまう。

ドイツ兵に捕らえられたセラフィマは、母親を撃ったイェーガーという名の男に殺されようとする寸前、ソ連兵により助けだされる。

その一団を率いていた赤軍の女性イリーナに、「戦いたいか、死にたいか」と問われたセラフィマは、イリーナの所属する狙撃兵の育成学校へと連れられることになるのだった。

 

同志少女よ、敵を撃て』の感想

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』は、第二次世界大戦のソヴィエト戦線、それも悲惨な戦争の舞台としても有名なスターリングラード攻防戦などを主な舞台とした戦争冒険小説です。

猟師であった母親や村の仲間の全員をドイツ兵に殺された一人の少女が、母親を撃ち殺した兵隊に復讐すべく狙撃兵として成長していく様子が描かれています。

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』の主人公の少女はセラフィマという名で、彼女を狙撃兵として育て上げる人物が狙撃兵を育てる訓練校の教官であるイリーナでした。

そして、セラフィマと共に狙撃兵になるべく学ぶ生徒としてモスクワ射撃大会の優勝者であるシャルロッタ、カザフ人の猟師であったアヤ、最年長の生徒でありママという愛称で呼ばれたヤーナ、そしてウクライナ出身のコサックであるオリガがいます。

他に、看護兵として行動を共にするターニャや、スターリングラードで共に闘った第十二歩兵大隊長のマクシム、同隊の狙撃兵ユリアン、兵士のフョードルなどがいます。

また歴史上実在した狙撃兵としてリュドミラ・パヴリチェンコヴァシリ・ザイツェフ、それに後に第一書記・首相となったフルシチョフらの名前も出てきます。

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』では戦争そのものの悲惨さが描かれているのは勿論ですが、第二次世界大戦でのソヴィエト戦線での女性の存在に焦点が当てられています。

それは、戦争下での女性の位置付けという普遍的な問いかけにもなっているのです。

そもそも、それまでの戦争では後方支援は別として女性が前線で戦うことは殆どなかったそうですが、本書で描かれている第二次世界大戦下でのソヴィエト軍では多くの女性兵士が男性同様に前線で戦ったそうです( ソ連の女性兵士はなぜ、スカートで戦ったのか? : 参照 )。

本書で描かれているような女性だけの狙撃兵部隊も旧ソヴィエト軍には実在していたそうで、「約2000人のロシア人女性が狙撃兵として軍に入隊した」のだと言います( 1万2000人をも狙撃 : 参照 )。

 

本書『同志少女よ、敵を撃て』における戦争の描き方ですが、かつてはよくあった敵国は残虐で悪であり自国はそれを正す善であるという単純な描写ではなく、ソヴィエトとドイツ双方の正義が示されていて、互いの憎しみ、少なくとも一般国民や最前線で戦う兵士たちの戦う理由をそれぞれの立場で描いてあります。

もちろん、セラフィマたちにとってはドイツは家族や仲間を殺した悪であり、それに対する復讐心が自らを生かす原動力になっています。

そして、セラフィマたちが狙撃兵の仲間と共に過酷な訓練に耐え、人間性を少しずつ失っていくさまが描かれます。

単純に必要に迫られて動物を撃っていたセラフィマが、狙撃兵として「敵を殺すという明確な意志を持つ」ことが兵士と猟師とを分かつものだと自覚し成長していきます。

仲間を守り、女性を守り、復讐を果たすために自分はフリッツを殺すというセラフィマが、笑いながら敵兵を撃った自分が怪物に近づいてゆくという実感を描く場面は秀逸です。

 

このような過程で、例えばオリガの出身がウクライナのコサックであり、コサックが自己武装した遊牧民として帝政ロシアで帝国に仕える軍事集団として扱われていたことなどが語られます。

また、射撃および砲撃の照準に用いられる「ミル」という単位などの説明もあり、このミルを用いての訓練の様子も描かれています。

こうした細かな知識は本書で語られる物語に少しずつリアリティーを与えていきます。

 

ここで狙撃手を主人公にした小説と言えば、スティーヴン・ハンターの『極大射程』(扶桑社ミステリー)をまずは思い出します。

ボブ・リー・スワガーというベトナム戦争の名を成した狙撃手を主人公とした冒険小説で、のちに『スワガー・サーガ』として父親が主人公となる『アール・スワガー・シリーズ』と合わせた一大シリーズを構成している作品です。

マーク・ウォールバーグ主演で映画化もされていますが、原作はトップクラスの面白さをもっていたものの、映画は普通の出来だったと覚えています。

 

 

他には、実際にあったフィンランドとソビエト連邦との間の「冬戦争」をモデルとした一人の女狙撃手の姿を描く長編の戦争小説である柳内たくみの『氷風のクルッカ』や、和田竜が描く、雑賀衆の少年、雑賀小太郎の狙撃手としての腕をめぐる長編の時代小説である『小太郎の左腕』などが挙げられます。

しかし、これらの作品は本書とは異なり冒険小説の色合いが強かったり、エンターテイメント色が強かったりと、本書とはその趣をかなり異にするようです。

 

 

ちなみに、本書で戦いの舞台となるスターリングラード攻防戦については、ジュードロウが主人公の狙撃手を演じた「スターリングラード」という映画がありました。

内容はほとんど覚えていないものの、ジュードロウの姿だけを覚えています。

 

 

同時に、須賀しのぶの『また、桜の国で』という作品をも思い出していました。

この作品は第二次世界大戦前夜の、ドイツとソ連とに翻弄されるポーランドの姿を描いた作品で、本書の時代背景と重なる部分があるのです。

 

 

本書は先に述べたように2022年本屋大賞を受賞し、「第11回アガサクリスティー賞大賞」を受賞しています。

本屋大賞受賞のインタビューのとき、ロシアによるウクライナ侵攻という作者の思いとは真逆の現実を前に、複雑な表情の作者の姿があったのが印象的でした。

「アガサクリスティー賞」についてはその性格を正確には知らないのですが、本書は「アガサクリスティー」という名称からくるミステリーの印象とは異なると思われる作品です。

しかしながら、冒険小説やサスペンスをも含む「総合的なミステリ小説を対象」とするとあるところから対象作品となったと思われます( 早川清文学振興財団 : 参照 )。

いずれにしろ、戦争小説としてはかなり読みごたえのある、面白い作品でした。