大沢 在昌

イラスト1
Pocket


本書『悪魔には悪魔を』は、アメリカで軍隊経験のある男を主人公とする、新刊書で529頁の長編の冒険小説です。

失踪した麻薬取締官の加納良を探すために双子の弟加納将が密売組織に挑む話ですが、大沢在昌の小説としては今一つの出来でした。

 

悪魔には悪魔を』の簡単なあらすじ

 

麻薬取締官の加納良が姿を消した。20年ぶりに帰郷した双子の弟・将は捜査協力を求められ、凶悪な密売組織に潜入する。将を待ちうける“悪”の正体とは―驚愕、震撼!息つく間もないエンターテインメント巨編。(「BOOK」データベースより)

 

二十年ぶりに振り故郷に返ってきた加納将は、麻薬取締官の菅下清志という男から、将の兄の加納良が一月ほど前に潜入捜査中に連絡が取れなくなったと知らされた。

菅下によれば、東京を中心にできた覚醒剤の新しい密売組織を取り締まろうとするが、情報が洩れているらしくなかなか組織の元締めまでたどり着けずにいたため、関東で顔が知られていない良がおくりこまれることになったという。

良は、新しい組織の売人が暴力団から襲われるため用心棒として潜入したものの、連絡が絶えたらしい。

そこで菅下は、将に良のふりをして東京で良の行方を捜して欲しいと接触してきたのだった。双子の弟であり、そっくりな将が動けば何らかの動きがある筈だというのだ。

他に選択肢もない将は、菅下のいうとおりに東京へ行き、良の交際相手であるマイという女がいる「ダナン」というレストランへと行くのだった。

 

悪魔には悪魔を』の感想

 

本書『悪魔には悪魔を』は、やはり大沢在昌作品らしく物語の大まかな流れは骨太の冒険小説として仕上がっています。

しかしながら、ストーリーにもう一つのインパクトがなく、登場人物の個々人に感情移入をするだけの個性を感じられませんでした。

本書を読むことでその世界観にどっぷりとつかり、エンターテイメントとしての物語に浸ることができなかったのです。

 

大沢在昌のベストセラー作品である『新宿鮫シリーズ』や『狩人シリーズ』は私も大好きなシリーズであり、物語の世界観をたっぷりと楽しむことができる作品です。

そしてそれらの作品は、鮫島や佐江といった魅力的な登場人物がいるとともに、その世界を作り上げるに値するだけの敵役、すなわち悪役も存在します。

それと共に、例えば『狩人シリーズ』では巻ごとに佐江と共に物語の中心に位置する人物が配置され、この人物が物語の魅力を引き上げてくれているのです。

 

 

しかしながら、本書ではそれがありません。主人公の加納将も、それを助ける菅下も、また将の相手となる組織も普通の大沢作品の登場人物に終わっています。

本書で言えば、将がまず接触する新しい組織の支部長を名乗る太った男も、結局は存在しているという事実に終わってしまいましたし、もう一方の影の存在もインパクトがないままに終わってしまいました。

ただ、もしかしたら、こうしたインパクトがないなどという印象は私個人的なものなのかもしれませんが。

 

主人公の将の人物設定は、冒険小説の主人公としてよくある設定ではありますが、別に悪くはないと思うのです。

日本で事件を起こしてアメリカへと逃げ、そこでも問題を起こしたために軍隊に入り、特殊部隊員として鍛えられたという存在は、ヒーローとしての資格は十分に持っています。

でも、よくある設定であるだけにもう一つの個性が見えませんでした。

 

そして、双子の弟であり、行方不明になった兄を探すという設定自体も悪くはないものの、大沢作品としてその設定をもう一歩生かし切っているとは言えません。

読み進めるにつれ、双子の弟が組織に潜入し行方不明の兄になりすまして情報を探るという行為の不安定さ、別人だとバレないことの違和感が付きまとっていることに気付かされます。

そのことが感情移入を邪魔していると思われ、この点を払拭してくれる設定があればと思いつつ読んでいました。

本書の最終的な終わり方にしても同様で、どうにも半端な印象を受けてしまったのです。

 

結局、登場人物、ストーリーその両方において平均的な大沢作品に届いていない作品だった、というしかないと思います。

[投稿日]2021年06月04日  [最終更新日]2021年6月4日
Pocket

おすすめの小説

おすすめのエンターテインメント小説

アンダードッグス ( 長浦京 )
本書『アンダードッグス』は、第164回直木賞の候補作にも挙げられた、新刊書で397頁の長編の冒険小説です。この長浦京という作家の作品はスケールの大きい面白い作品ばかりですが、本書もその例に漏れないよく練られた作品です。
ヘルドッグス 地獄の犬たち ( 深町 秋生 )
深町秋生著『ヘルドッグス 地獄の犬たち』は、『煉獄の獅子たち』の後日譚であり文庫本で560頁の長編のエンターテイメント小説です。『煉獄の獅子たち』と同様に、辟易とするほどに暴力に満ちた物語ですが、かなり面白く読んだ作品でした。
アクティベイター ( 冲方 丁 )
本書『アクティベイター』は、新刊書で520頁というかなりの長さの長編の冒険小説です。時代小説や推理小説など、様々な分野の作品を世に出してきた冲方丁という作者の、今度は謀略の世界を舞台にした冒険小説に挑んだ作品です。
機龍警察 ( 月村 了衛 )
コミックやアニメでかなり人気を博した「機動警察パトレイバー」の小説版、と言ってもいいかもしれません。それほどに世界観が似た小説です。とはいえ、本書のアクション小説としての面白さはアニメ類似の作品として捉えていては大きな間違いを犯すことになるほどに重厚な世界観を持っています。
ゼロの迎撃 ( 安生 正 )
東京の中心部でテロ攻撃が実行され、防衛庁情報本部情報分析官の真下俊彦三等陸佐は三人の部下と共に正体不明のテロリストに立ち向かう。自衛隊の現下の状況を踏まえ、法律論までかなり踏み込んで書かれていて、読み応えのある小説です。

関連リンク

悪には悪の存在理由がある 大沢在昌、サンデー毎日連載小説『悪魔には悪魔を』刊行記念インタビュー
失踪した麻薬取締官の兄になりすまし、双子の弟が凶悪な密売組織に潜入する―。迫真の追跡劇を描いた『悪魔には悪魔を』は個性的な登場人物たちが繰り広げる濃密なアンダーカバー(潜入捜査)ミステリーだ。
悪魔には悪魔を | ダ・ヴィンチニュース
悪魔には悪魔を / 感想・レビュー

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です