本書『砂の狩人』は、佐江という新宿署の刑事を狂言回しとする『狩人シリーズ』の第二弾です。
大沢在昌の人気シリーズ『新宿鮫』と同じ香りを持つハードボイルドで、かなりの読みごたえがありました。
『砂の狩人』の簡単なあらすじ
暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとした。この不条理な捜査に駆り出されたのは、かつて未成年の容疑者を射殺して警察を追われた“狂犬”と恐れられる刑事だった。(「BOOK」データベースより)
暴力団組長の子供ばかりを狙った猟奇殺人が発生。警察庁の上層部は内部犯行説を疑い、極秘に犯人を葬ろうとした。この不条理な捜査に駆り出されたのは、かつて未成年の容疑者を射殺して警察を追われた“狂犬”と恐れられる刑事だった。(「BOOK」データベースより)
この『狩人シリーズ』第一弾目の『北の狩人』で登場した梶雪人は、後半になりヒーロー感を失い、物語としても若干の失速感を感じたものですが、本書は最後まで濃密な空気を保ったままでした。
今回の主人公は、三人を殺した末に拳銃を前にしていながらも「僕、またやりますから」と言い切る未成年の連続殺人犯人を撃ち抜いた過去を持つ西野という元刑事です。
その元刑事を、警察庁刑事局捜査第一課の時岡警視正が現場に連れ戻し、現在進行している暴力団の身内を対象とする連続殺人の解決に利用しようとします。
殺された三人は咽頭部に携帯電話が挿入されているという共通点を持つのですが、問題は三人の父親がいずれも恒成会、須藤一家、禿組という指定暴力団の主流派と見られる組の代表者だということでした。
当然、犯人捜しが始まり、それぞれの組の関係者が殺されていることが知れ渡ればその矛先は外国人へと向き、つまりは中国人犯罪グループとの戦争になることを危惧した時岡は、西野を利用しようと考えたのでした。
『砂の狩人』の感想
基本的にヤクザであろうとものともしない強さがあって、それでいて弱者に対する優しさを持ち、自らの信じるところに従って行動する男、というのは典型的なハードボイルドに登場する男の姿です。
これは、R・チャンドラーの作り出した探偵フィリップ・マーロウによる「タフじゃなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格はない」という名台詞を引き合いに出すまでもなく、今ではステレオタイプと言えるこのような設定こそが普通一般人の好む娯楽小説のパターンだと思われ、本書はまさにその定番のスタイルであると言えそうです。
ただ、その定番の物語も、『狩人シリーズ』を通しての佐江というマル暴刑事の魅力があってこその話であり、それに加えて本書での西野や原というキャラクターが参加することでより魅力的な物語になっています。
そして、そうした個々のキャラクターの魅力に加え、彼らを魅力的に動かす物語自体がよく練り上げられていることもまた魅力的な物語の前提条件ではあります。
魅力的ななキャラクターという観点で本書『砂の狩人』の西野という元刑事を見ると、殺人犯を殺害した過去を持つ男という設定自体がまずあります。
それと合わせて、自分が犯した殺人犯の殺害について「会ったためしもない、おそらく一生会うこともない誰かを、俺はあのとき助けたかった。」という台詞を言わせることで、強烈な自負心と正義感を持ったキャラクターの性格付けを明確にしています。
佐江という、読者がすでに知っているであろう刑事について「佐江を信用できなければ、信用できるマル暴刑事などいない」と言わせているのも同じです。
一方で、原という男もまた魅力的です。原は空手三段、ボクシングでも全日本四位までなった実力で芳正会組長工藤文一の直近のボディーガードを務め、当然素手喧嘩でも達人です。
西野が可愛がっていた娘サチは工藤の娘であり、四番目の被害者となってしまいます。西野はサチの事件があって時岡の誘いに乗ったのでした。
さらに本『狩人シリーズ』の真の主人公である新宿署マル暴刑事の佐江が加わり男の物語が繰り広げられるという、まさに私好みの物語となっています。
この三人の活躍に加え、中国人犯罪グループのまとめ役の馬という中国人や時岡の上司の氏森など、癖のある登場人物をうまく配置し。複雑なストーリーをうまくまとめ上げてあるのは大沢在昌ならではのストーリーだと思われます。
近年では『機龍警察』の月村了衛の描く物語の世界感が大沢節に似たものを感じると言えます。
大沢作品と同様に良く練り上げられたストーリーと、派手なアクション、魅力的な主人公たち、と並べれば、面白いアクション小説の条件とも言えそうですが、そうした条件を兼ね備えた小説はそうは見つからないものです。
本書『砂の狩人』は、前作『北の狩人』よりも数段読みご和えのある作品として仕上がっていました。また、次作『黒の狩人』もまた、男くさい物語で、何よりも佐江本人が中心となって活躍する物語です。こちらもかなり読み応えのある作品です。