大沢 在昌

イラスト1

晩秋行』とは

 

本書『晩秋行』は2022年6月に刊行された、486頁の長編のハードボイルド小説です。

久しぶりに読みがいのあるハードボイルド小説を読んだという印象です。それも妙に構えない、思ったよりも軽く読めるハードボイルドでした。

 

晩秋行』の簡単なあらすじ

 

自分が見つけたいのは君香だ。カリフォルニア・スパイダーなどどうでもいい。居酒屋店主の円堂のもとに、バブル時代、不動産売買で荒稼ぎをした盟友の中村から電話が入る。当時、「地上げの神様」と呼ばれ、バブル崩壊後、姿を消した二見興産の会長の愛車で、20億円の価値があるクラシックカーの目撃情報が入ったという。二見は失踪時、愛車とともに円堂が結婚を考えていた君香という女性を連れ去っていた。20億円の車をめぐってバブルの亡霊たちが蠢き出すなか、円堂はかつての恋人を捜し、真実を知るために動き出すー。(「BOOK」データベースより)

 

居酒屋を営んでいる円堂という六十歳代の男のもとに、親友の中村という作家がスパイダーを見たやつがいるという情報を持ってきた。

バブル崩壊後、円堂と中村が勤めていた二見興産社長の二見カリフォルニア・スパイダーというクラシックカーと共に円堂の恋人だった君香も連れてその行方をくらましたのだ。

二見は危ない金も動かしていたためその筋の者たちも二見の行方を捜したが、誰も見つけることはできなかった。

その後、銀座で二見に会った男がいるという話を聞いた円堂は、中村と共にその男に会いに行くのだった。

あれから三十年が経っており、円堂は二十億の価値があるというスパイダーを探すという中村と違い、君香の行方を知りたいだけだったのだ。

 

晩秋行』の感想

 

本書『晩秋行』は、帯に書いてあるように、切ない「大人の恋愛」を描いた作品だと思いますが、大沢作品の新境地と言えるかは疑問符がつく作品でした。

ただ、疑問符がつくのは「新境地」という点であり、本書は本書としての魅力があり、暴力のない、男の想いだけを描いたハードボイルド小説として十分な魅力を持った作品でした。

そういう青さという意味では、初期の大沢作品、例えば『佐久間公シリーズ』のまだ青臭い匂いを持った主人公にも似た雰囲気を感じたものです。

もちろん、本書の主人公は佐久間公ほど青臭くもなく、大人の魅力を持った男なのですが、自分を捨てた一人の女を忘れないでいるその姿に似たものを感じたのかもしれません。

本書『晩秋行』では、現在では二十億の価値がつくとも言われているカリフォルニア・スパイダーというクラシックカーを中心に物語が動きます。

前述のように、主人公はケンジユウミという手伝いがいる中目黒の「いろいろ」という名の居酒屋を営む円堂という男であり、彼には中村充悟という作家の友人がいます。

また、バブルの頃の地上げ屋時代に馴染みであり、今では「マザー」という銀座のクラブのママである委津子や別な店で出会ったホステスの奈緒子、それに沖中真紀子という正体不明の女や藤和連合につながると思われる女実業家の松本政子などの女性陣が色を添えます。

ほかにもそれほど多くはないものの、物語の要所に登場する人物たちがいますが、物語の流れに関係してくるのでここでは明記しない方がいいと思われます。

 

本書『晩秋行』はこれまでの大沢作品のようなアクションの要素はなく、ただひたすらに行方をくらました恋人の消息を知りたいだけの男の様子が描かれています。

この点、すなわちアクション場面がなく、主人公がただ昔の女の面影を追い続けるという点では、これまでの大沢作品の登場人物とは異なるようではあります。

この点を捉えて「大沢作品の新境地」と書いてあるのだろうと思いますが、でもこれまでの登場人物も過去の女を簡単に斬り捨てているような主人公はいなかったと思います。

それどころか、本書の主人公のように暴力を前にしてもひるむことなく男の矜持を貫く大人の男の姿は、志水辰夫北方謙三の作品を始めとするハードボイルド小説の主人公の普遍的なたたずまいです。

 

ともあれ、本書『晩秋行』がこれまでの大沢ハードボイルド作品とは若干異なる顔を見せていることは違いありません。

とはいえ、根っこのところではこれまでの大沢ハードボイルドの登場人物とそれほど異なるとは思えないのです。

随所に挟まれる警句的な台詞も読み進めるリズムをうまく作ってくれて心地いいし、まさに大沢作品でした。

六十歳の主人公を描いても、相変わらずに男から見ても魅力的な存在として描き出すその筆力はやはり大沢在昌ならではの魅力を有している作品でした。

[投稿日]2022年09月05日  [最終更新日]2024年4月30日

おすすめの小説

おすすめのハードボイルド小説

廃墟に乞う ( 佐々木譲 )
著者によると、矢作俊彦の小説にある「二村永爾シリーズ」にならって「プライベート・アイ(私立探偵)」小説を書こうと思い執筆した作品で、第142回直木賞を受賞しています。休職中の警官が、個人として様々な事件の裏を探ります。
ブラディ・ドール シリーズ ( 北方 謙三 )
現代のハードボイルド小説の代表と言える作品です。とある港町N市を舞台に、酒場「ブラディ・ドール」のオーナー川中良一をめぐり、キドニーと呼ばれる弁護士の宇野や、その他ピアニスト、画家、医者、殺し屋などの男たちが各巻毎に登場し、語り部となり、物語が展開していきます。
飢えて狼 ( 志水辰夫 )
本作品も現代ハードボイルド小説の代表と言える作品でしょう。
テロリストのパラソル ( 藤原伊織 )
世に潜みつつアルコールに溺れる日々を送る主人公が自らの過去に立ち向かうその筋立てが、多分緻密に計算されたされたであろう伏線とせりふ回しとでテンポよく進みます。適度に緊張感を持って展開する物語は、会話の巧みさとも相まって読み手を飽きさせません。
マークスの山 ( 高村 薫 )
直木賞受賞作品。この本を含む「合田雄一郎刑事シリーズ」は骨太の警察小説です。

関連リンク

「66歳にして男女の真実をやっと書けました」ハードボイルドの第一人者・大沢在昌が描く大人の恋愛
中目黒で居酒屋を営む円堂の元に、バブル時代、ともに「土地転がし」で荒稼ぎした盟友・中村から連絡が入った。バブル崩壊とともに姿を消した円堂たちの上司が所有していた...
昔の女を忘れられない男の「情けなさ」 作家・大沢在昌が“晩秋を迎えた中年男性の悲哀”を語る
30年前、バブル崩壊とともに消えた、高級クラシックカーと最愛の恋人。60代になった今も、かつて愛した女を忘れられない円堂は、クラシックカーの目撃情報を頼りに彼女...
【新刊紹介】バブルを生き抜いた男が封印していた過去に向き合うとき:大沢在晶著『晩秋行』
バブルの時代を生き、銀座六本木のクラブで遊んだ経験がある年代層には、絶対にお薦めの一冊だ。あれから30年後、主人公はバブルが弾けて失踪したかつての雇い主と、最愛...
大沢在昌、新刊『晩秋行』に「こういうのも読んで」。過去を引きずる男を描く新境地
6月29日「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送)、大竹メインディッシュのコーナーに作家の大沢在昌さんが登場。今月発売された新刊『晩秋行』について、「こういう...
【新刊書評】新作『晩秋行』を発表した作家、大沢在昌さんが、66歳のいま描く新境地
雑誌『エンジン』がリコメンドする新刊本。フェラーリ250GTカリフォルニア・スパイダーが登場する小説を、大沢在昌さんが発表したというのでお話を聞いてきた。...
過去の女を忘れられない男の未練を、バブル期の幻影とともに描いた新境地!『晩秋行』大沢在昌氏インタビュー
「新宿鮫」シリーズを筆頭に、ハードボイルド小説を通して男の生きざまを描いてきた大沢在昌さん。新作『晩秋行』(双葉社)では、過去の女を忘れられない男の姿を、バブル...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です