本書『黒の狩人』は『狩人シリーズ』の第三巻で、文庫本上下二巻で1000頁を軽く超える、長編のハードボイルド小説です。
本書から佐江刑事が脇に回らず、佐江刑事を中心とした物語という色合いが濃くなってきたように思えます。
『黒の狩人』の簡単なあらすじ
中国人ばかりを狙った惨殺事件が続けて発生した。手がかりは、死体の脇の下に残された刺青だけ。捜査に駆り出された新宿署の刑事・佐江は、捜査補助員として謎の中国人とコンビを組まされる。そこに、外務省の美人職員・由紀が加わり、三人は事件の真相に迫ろうとするが…。裏切りと疑惑の渦の中、無数に散らばる点と点はどこで繋がるのか。(上巻 : 「BOOK」データベースより)
連続殺人を中国政府による“反政府主義者の処刑”と考えた警察上層部に翻弄される佐江たち。一方中国は、共産党の大物を日本に派遣し、事件の収束を図ろうとする。刑事、公安、そして中国当局。それぞれの威信と国益をかけた戦いは、日中黒社会をも巻き込んだ大抗争へと発展する…。かつてないスピードで疾走するエンターテインメントの極致。(下巻 : 「BOOK」データベースより)
ある日、署長室に呼ばれた佐江は、時岡の同期だという外事二課の一条から、何の資格も持たない中国人と組んでの捜査を命じられる。
つまりはアルバイトの捜査補助員との共同捜査ということだった。ただ、この宋という中国人にはスパイの疑いもあるということであり、何らかの不祥事が起きた時には佐江が切り捨てられることは考えるまでもないことだった。
佐江が宋と組んで捜査をする事件は、三人の中国人の殺害事件であり、三人には左脇の下に見つかった、中国の五岳聖山の一つの名を刻んだ刺青という共通点があった。
一方、外務省アジア太洋州局中国課職員である野瀬由紀は、自分の浮気相手である警視庁公安部外事二課警部補の水森から中国人の連続殺人事件についての情報を得、情報の収集に乗り出すなかで、警察がおかしな動きをしているという情報に接し、直接佐江に連絡を取ることにするのだった。
『黒の狩人』の感想
時岡という男は、前作『砂の狩人』に登場してきた人物だけれど、警視庁ではなく警察庁ではなかったか、との疑問も持ったのですが、時岡の経歴を全部覚えている筈もなく、さらりと流してしまいました。
それはともかく、本書『黒の狩人』では、これまでのこのシリーズ『北の狩人』『砂の狩人』では脇に回っていたシリーズの陰の主役のマル暴刑事佐江が珍しく中心になって活躍する場面が見られます。
佐江が物語の中心となって、連続殺人の解決にむけて、宋という中国人の捜査補助員と共に奔走していくのです。まさに、佐江の物語です。
そういう意味では、『北の狩人』の梶や『砂の狩人』の西野のようなアクション向きの主人公ではない分、中年の腹の出た冴えないおっさんが日本のヤクザと中国マフィアを相手に対等に渡り合い、少しづつ情報を得ながら事件の真相を探るミステリーなのです。
一方、佐江の相棒である宋という男の正体もあいまいになってきます。
それでもなお、ときには袂を分ちあいながらも、男として宋という人物を自分の相棒として認める佐江の姿は、まさに日本人好みの「漢(オトコ)」の姿であり、その姿にしびれるのです。
近時、柚月裕子の『孤狼の血』や、その続編である『凶犬の眼』が人気です。
そこで描かれている大上章吾や日岡秀一という男たちにも本書の佐江と同様の色が感じられます。法の執行者でありながらも、その対極にいるヤクザ者の中に「法」を越えたところにある男同士の心の繋がり、と言ってしまえば実に薄っぺらくも感じますが、他に言いようのない関係性を見出すのです。
それは一面では浪花節的、という言葉で語られることの多いつながりでもあり、つまりは感傷に流されやすい関係性でもある気がします。
そうした危うい関係性を緻密なプロットの上に、丁寧に築いていくことで単なる感傷に陥ることを回避しているのが大沢在昌の作品群であり、その他の人気作家たちの作品だと思います。
本書『黒の狩人』も勿論、複雑とさえ言える物語の筋立てを前提に、刑事警察、公安警察、ヤクザ、中国マフィアといった多くの登場人物による構築されたミステリーであり、のめり込まずには読めない物語として成功しているのです。