大沢 在昌

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帰去来』とは

 

本書『帰去来』は2019年1月に刊行されて2022年2月に648頁で文庫化された、長編のパラレルワールド警察小説です。

たった一人、見知らぬ世界を生き抜こうとする一人の女性警察官の活躍を描くSFチックな冒険小説であり、楽しく読んだ作品でした。

 

帰去来』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査一課の“お荷物”刑事・志麻由子は、張り込み中に首を絞められる。「もうだめだ」と思って気絶し、次に目覚めた時、「光和27年アジア連邦・日本共和国・東京市」にタイムスリップしていた。由子は東京市警察のエリート警視で、たった一人の部下は、元の世界で分かれたはずの恋人だった。由子はエリート警視になりすまし、この世界で継続中だった捜査に着手するしかなかった。一方で、由子は自分がどうしてタイムスリップしたのか、そして元の世界に戻る方法に気づくのだがーー。執筆10年の超大作、パラレルワールド警察小説?(内容紹介(出版社より))

 

帰去来』の感想

 

本書『帰去来』は、異世界に迷い込んだ主人公の活躍が描かれるのですから、SF小説の中でもパラレルワールドものという分類にあたるといえます。

ユニークなのは、そのパラレルワールドと自分の所属する本来の世界とを利用した警察小説になっていることです。

 

SFと警察小説とのコラボ作品というと、人類社会と異星人とが共存する世界での、人間とロボットの刑事が組んで事件を解決するA・アシモフの古典的な名作『鋼鉄都市』があります。

また、警察小説に限らず推理小説とSF小説としてみると、人類の起源の謎に迫るJ・P・ホーガンの名作『星を継ぐもの』があります。

共にSFとしても推理小説としてもかなり話題を呼んだ作品であり、特に『星を継ぐもの』はSFファンならずとも必読の一冊であるといえます。


本書『帰去来』はSF色は薄いものの、まるで戦後の新宿の闇市のような舞台設定を設けることで独特な雰囲気を出すことに成功しています。

主人公が目覚めてすぐに聞いた「光和」や「承天」という年号や、「東京市警本部、暴力犯罪捜査局、捜査第一部、特別捜査課、課長、志麻由子警視」という自分の身分など、これまでいた世界とは異なる言葉の羅列は印象的です。

このような世界を舞台に、巡査部長だった主人公志麻由子が、秘書官の木ノ内里貴の助けを借り、警視として特別捜査課を率いて活躍する姿は大沢在昌らしい物語です。

ここでの二大組織の対立という舞台設定は、黒沢映画の「用心棒」の原案となったことでも有名な、D・ハメットの『血の収穫』という作品を思い出してしまいました。対立する二大暴力団の存在という設定は物語を描きやすいのだと思われます。

 


 

それはともかく、本書『帰去来』は、異世界で起きた事件そのものの謎解きへの関心がわくとともに、主人公の志麻由子はもとの世界に戻れるのか、またそもそもなぜにこの世界への転移とい現象が起きたのか、と通常の推理小説の醍醐味に加えSFとしての興味も加味されているのですからたまりません。

さすがは大沢在昌であり、エンタテイメント小説の第一人者だけのことはあると言わざるを得ません。

 

ただ、良いことばかりでもなく、読み終えてからの印象がなんとも薄いという欠点も感じました。読後に心に残るものがないのです。

この作者の『新宿鮫シリーズ』を読んだ時のような主人公に対する強烈な愛着や、『狩人シリーズ』を読んだ時に感じたそれぞれの巻に登場してくる男たちへの憧憬のような印象がないのです。

 



 

本書『帰去来』では主人公の志麻由子の警官としてのアクションを含む行動もさることながら、木ノ内里貴に対する恋心や、父親との関係など、見るべきところが少なからずあります。

しかし、そのどれもが読後に改めて振り返らせるような、読者である私の心に響くものがなかったように思えます。そのどれもにインパクトが足りないと感じてしまったのです。

 

たしかに、本書はベストセラー作家の大沢在昌が書いた作品として水準を満たした面白さを持った作品だとは思います。大沢在昌という人の作品はそれだけで面白いのです。

ただ、今一つ心に刺さるものが無いように感じたということです。

[投稿日]2019年09月26日  [最終更新日]2024年4月28日

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「帰去来」大沢在昌著|日刊ゲンダイDIGITAL
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