本書『ライアー』は、海外での暗殺を任務とする国家機関員である女主人公の姿を描く長編のアクション小説です。
この手の荒唐無稽な作品の第一人者である大沢在昌らしい、ハードボイルド感満載のエンターテイメント小説としてとても面白く読んだ作品でした。
穏やかな研究者の夫。素直に育った息子。幸せな家庭に恵まれた神村奈々の真の姿は対象人物の「国外処理」を行う秘密機関の工作員だ。ある日、夫が身元不明の女と怪死を遂げた。運命の歯車は軋みを立て廻り始める。次々と立ちはだかる謎。牙を剥く襲撃者たち。硝煙と血飛沫を浴び、美しき暗殺者はひとり煉獄を歩む。愛とは何か―真実は何処に?アクション・ハードボイルドの最高傑作。(「BOOK」データベースより)
「研究所」という国家機関の所員である主人公の神村奈々は、「委員会」と呼ばれる機関が選び出した対象者の処理を行う優秀な暗殺者です。
ある日不審死を遂げた夫神村洋祐の死の真実を知ろうとするななですが、その冷静な対応に違和感を感じた駒形という警察官が奈々の真実を知ろうと近づいてきます。
そうした奈々の行動にあわせて奈々を襲うものが現れますが、奈々は洋祐との間の智という小学生の息子を守るためにも戦いを始めるのでした。
本書『ライアー』の魅力は、何といっても主人公神村奈々のキャラクターにあります。感情をどこかに置き忘れてきたような女です。夫が不審死に対しても、復讐のためではなく純粋に真実を知りたいというだけ、という女です。
このようなクールに描写されている奈々が自分でも分からない涙を流すなど微妙に変化を見せる姿は、この手の物語としては定番だとしても心惹かれるところです。
こうしたキャラクターと言えば同じ大沢在昌の作品で『魔女シリーズ』などがあります。裏世界のコンサルタントを業とする女性が、自分の過去と戦う物語で、かなり面白い作品です。
また、月村了衛の『ガンルージュ』は、元公安の凄腕の捜査員だった過去を持つ女性が息子を助けるために、女性教師と共に外国の特殊部隊員戦いを挑むアクション小説でした。
ほかのキャラクターは神村奈々ほどの魅力を持っているわけではありません。神村奈々の直接の上司である大場にしても少々癖がありますがあえて取り上げるほどでもありません。
また、奈々に付きまとう駒形という刑事もいますが、後に神村奈々の正体を知り、事情が見えてきたときには「俺は恐かった。今も恐い。」と正直に言うほどです。少なくとも他のハードボイルド的な小説でしたたかな刑事の発する言葉ではありません。
でも、本書の場合は主人公を含めた世界自体が殺人を当たり前とする世界ですから、そうした世界と普通の世界との差を明確にするためにこのような言葉を言わせたのだろうと思われます。
神村奈々のキャラクターの他に本書『ライアー』の持つ魅力としては、本書が描き出す世界観も挙げていいかもしれません。
国家が処理対象と決めた人物を処理する機関、と言えば、アメリカのCIAや全体主義国家の組織、ロシアや中国の相当機関があると思われます。ソヴィエト時代はスペツナズなどの名称が物語の世界ではよく登場していましたが、今はよく分かりません。
とにかく、そうした機関でしか生きることのできない女性を主人公とした物語ですから、ジェイソン・ボーンシリーズなどの諜報員ものに似た世界が描かれるわけです。
ただ、あちらは諜報員であり、こちらは暗殺者という違いがあります。そしてその差がかなり大事だと思われます。
大沢在昌の小説に限ったことではないのですが、ハードボイルド系統の小説ではアフォリズムを効果的に使ってあり、本書もまた同様です。
そうした言葉の魅力もまた本書『ライアー』の魅力の一つとして挙げていいのかもしれません。
ともあれ、本書『ライアー』は大沢在昌らしいハードボイルドアクション小説として面白い小説であると言い切っていい作品だと思います。