『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』とは
本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第二弾で、1998年3月に幻冬舎から単行本が刊行されて、2007年9月に384頁で新潮社から文庫化された、長編の警察小説です。
警察小説と言うよりは家族小説と言った方が適切かもしれないと思わせるほどに家族の問題が語られていますが、それでもなお、樋口警部補の活躍が見ものでした。
『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ
あの日、妻が消えた。何の手がかりも残さずに。樋口警部補は眠れぬ夜を過ごした。そして、信頼する荻窪署の氏家に助けを求めたのだった。あの日、恵子は見知らぬ男に誘拐され、部屋に監禁された。だが夫は優秀な刑事だ。きっと捜し出してくれるはずだー。その誠実さで数々の事件を解決してきた刑事。彼を支えてきた妻。二つの視点から、真相を浮かび上がらせる、本格警察小説。(「BOOK」データベースより)
ある日、氏家との飲み会を終え家へと帰りつくと、妻の恵子の不在に気が付く。
恵子が黙って家を空ける筈もなく、しかし恵子を探そうにも実家以外どこを探していいのか分からず、所轄の警察署に尋ねてもなんの事故も起きていないという。
他を探そうにも、自分が妻のことを何も知らないことに驚く樋口だった。
とりあえず妻が見つからないままに、捜査一課第一強行犯係官の天童隆一警部補から、警備部長の自宅に脅迫状が届いたという話を聞かされ、樋口が担当するようにと言われる。
脅迫事件の捜査開始まで時間が限られる中、氏家の力を借りて妻の姿を探し始める樋口だった。
『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想
本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は、主人公の樋口顕警部補の妻の失踪という個人的な事柄だけで物語が進んだと言ってもいいかもしれません。
妻の失踪について事件性があるかどうかもわからずに誰にも相談できないまま、警備部長のもとに届いた脅迫状の捜査を抱えざるを得ない樋口の苦悩が描かれます。
結局、樋口が現時点でできることは、捜査本部が置かれる月曜日までに妻恵子の行方を探し出すしかないのであり、一人では何もできないため荻窪署の氏家の力を借りることにするのです。
本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』では、この氏家との二人だけの捜査の過程での樋口と氏家との会話がメインになってきます。
その中で、家族という存在にあらためて向き合い、考える樋口の姿が本書の主要テーマということになると思われます。
従って、何らかの事件が起き、その捜査の過程で浮かび上がる犯人探しや、よく分からない犯行手段の解明などという通常の警察小説とのその趣を異にします。
ただ、本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』でも樋口の妻恵子を誘拐したのは誰か、という点は解かれるべき謎としてあるといえばあります。
しかし、誘拐犯は早々に明かされ、焦点はどのようにして妻の所在を確かめるか、という点に移ります。
というよりも、妻の所在場所の発見、という一点が警察小説としての面白さを残しており、読みがいもあると言えるのです。
加えて、樋口の考える家族という存在に対する考えもまた見どころだと言えるのではないでしょうか。
前巻では、樋口の考えの根幹として団塊の世代に対する作者の思いを樋口に代弁させていましたが、同様に、家族というものに対する作者の思いをまた代弁していると言えるのでしょう。
そして、子供に対する躾ということもその考察の中に展開されていて、この点が作者が一番言いたかったことではないか、と思われるのです。
即ち、大人になり切れていない子供に対する悲しみであり、それは「大人が子供を躾けられない」ということの裏返しでもあると思われるのです。
努力が報われないこともあることを理解できない、大人になり切れない子供という存在を嘆いているのです。
そうした作者の思いを乗せて本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は展開されます。
妻に対する自分の認識の薄さを実感する樋口は、世の中の多くの男性にも当てはまる事柄であり、その点でも共感を得るのかもしれません。
このように、普通の警察小説とは異なる物語の進め方ではあるものの、小気味よい会話に乘って展開する本書のストーリーは、やはり今野敏の物語であり、それなりに面白い作品でした。