今野 敏

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

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リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第一弾で、1996年6月に幻冬舎からハードカバーが刊行され、2007年6月には新潮社から香山二三郎氏の解説まで入れて436頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

犯行現場から逃走する姿を目撃された一人の少女をめぐる樋口顕刑事の活躍を描く、人間味豊かな警察小説で実に面白く読んだ作品でした。

 

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査一課強行班の樋口顕警部補は東京・荻窪で起きたデートクラブの支配人の刺殺事件を追っていた。目撃者によると、事件後、現場から逃走する少女の姿があったという。捜査本部はその少女「リオ」に容疑を深めるが、樋口は直感から潔白を信じる。だが、「リオ」の周囲で第二の殺人が…。刑事たちの奮闘をリアルに描いた長編本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

マンションの一室でデートクラブの経営者が殺され、美少女が逃走する姿が目撃されていた。

警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補も荻窪署に設置された捜査本部に加わることとなり、荻窪署の植村というベテラン刑事と組み、予備班に入れられることとなる。

事件現場で目撃された美少女は、名をリオということは判明するものの、その所在がつかめないままに、第二、第三の事件が起きてしまうのだった。

 

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第一弾作品です。

本書冒頭で起きた殺人事件の現場から逃げる姿を目撃された重要参考人の美少女リオをめぐる樋口警部補らの対応が焦点になっています。

捜査本部はリオこと飯島理央を犯人だとする意見にまとまる中、樋口はリオのことを信じ、何とかその疑いを晴らすべく行動するのです。

 

本書の主人公である警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補は、謙虚であり自己評価が低く常に他人の顔色を窺っているキャラクターとして紹介されています。

そして荻窪署の生活安全課に所属する三十八歳になる氏家譲巡査部長は、そんな樋口の相棒のような存在として樋口の思考を補完し、樋口の考えに同調して真犯人の探索に力を貸すことになります。

捜査の過程で樋口はリオの美しさに惹かれリオをかばう態度を見せるのですが、この様子を見た氏家は樋口はリオに女として惚れている、といい、この視点が本編を貫いています。

 

樋口自身は、自分たちは既存の価値観の破壊だけをした全共闘世代の後始末をさせられている、との考えをもっています。

そして抑制がなくなった団塊の世代の離婚ブームがあり、その一環として離婚して新しい妻の機嫌を取ることに夢中のリオの父親の子に対する無関心があるというのです。

そんな樋口に対し、駆けだし刑事であった樋口に捜査のイロハを教えてくれた先輩刑事の警視庁捜査一課強行犯第一係係長天童隆一警部補は、樋口は自分の感情よりも責任や義務というものを大切にしようとしていると言います。

真面目に生きていて女性に対する免疫もない樋口のリオに対する、純粋で複雑な思いを心配しているのです。

同じような思いを抱いていた氏家も樋口の純粋さを大切に思い、樋口と氏家はシリーズを通して長い付き合いとなっていきます。

 

こうして本書は、ミステリーとしての犯人探しの醍醐味と共に、リオという美少女に対する樋口の複雑な心情を背景にしつつ、登場人物たちの人柄までも描いている点に魅力を感じることができるのです。

それは、今野敏作品の魅力の一端が本書にも表れている、ということもできるかもしれません。

 

ここでの樋口と氏家という二人を見ていると、先に出版されていた『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志と交通機動隊の速水直樹小隊長との関係を思い出します。

両刑事ともに他人の目を必要以上に気にすることや、安易な妥協を許さず一般市民を守るためには権威と衝突することも辞さないなどの共通点が見えるのです。

とは言っても、樋口警部補のほうがより自己評価が低く、他人の評価が気になる性格だとは言えるかもしれません。

ただ、今野敏の警察小説では、以上のような謙虚で自己評価が低い主人公と、若干型破りの側面も持つその友人という組み合わせはよく見られると言えます。

そしてこの関係性は、『隠蔽捜査シリーズ』のキャリア警察官である竜崎伸也警視長と刑事部長の伊丹の関係性へと繋がっていくのだと思います。

本書では、こうした登場人物の性格についての考察があり、細かな人物像を作り上げ、単なる謎解きではない人間としての刑事の姿を描き出しています。

それは、天童係長や氏家に対してもそうであり、他の警察小説とは異なる味わいを醸し出しているのです。

 

また、当初は予備班に組み込まれた樋口が相棒となったのが荻窪署のベテランの植村警部補でしたが、この植村との関係も次第に変化していくさまもまた今野敏の作品の醍醐味と言えます。

つまりは、痛快小説の爽快感と同様の心地よさを感じることができ、そのことも今野敏の作品の人気につながっていると思うのです。

本シリーズは2022年9月の時点でシリーズ第七弾の『無明』まで出版されています。

今後も続いていくものと考えますが、楽しみに待ちたいと思います。

[投稿日]2022年09月29日  [最終更新日]2022年9月29日
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