『道標 東京湾臨海署安積班』とは
本書『道標 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』第十八作目の、文庫本で368頁の短編の警察小説集です。
登場人物の個々人に焦点を当てた、シリーズを理解するにも有用な面白い作品集です。
『道標 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ
東京湾臨海署刑事課強行犯第一係、通称「安積班」。そのハンチョウである係長・安積剛志警部補の歩んできた人生とは?警察学校や交番勤務時代、刑事課配属から現在の強行犯第一係長に至るまで、安積剛志という一人の男の歴史をたどる短篇集。安積班おなじみのメンバー、村雨、須田、水野、黒木、桜井、そして安積の同期、交通機動隊小隊長・速水の若かりし頃や、鑑識・石倉との最初の出会いなど「安積班」ファンにも見逃せない一冊がここに誕生!(「BOOK」データベースより)
初任教養
警察学校の術科での柔道の班対抗の練習試合で、安積剛志、速水直樹らの五人の班は組んだオーダーが裏目に出てしまう。そのうち、皆のためにも学校をやめるという内川を、もう一度柔道の練習試合で負けた相手に勝てばよく、その自信こそが大事だという安積だった。
捕り物
卒配で中央署地域課に配属になった安積は、ある日被疑者の身柄確保を前提とする家宅捜索の助っ人に行くか尋ねられた。ただ、地域の不良といわれているリョウと約束をした同じ日だというのだった。
熾火
目黒署の強行班係の三国が、新任刑事の安積剛志巡査のお守りをすることになった。翌日、ある非行少年が被害者の傷害事件が起き、高校生の永瀬準が自分が殴ったと認めていた。皆自供が取れたと家裁に送致しようとするが、安積一人動機がはっきりとしないので認めたとは言えないと主張するのだった。
最優先
石倉進は東京湾臨海署の刑事課鑑識係の係長として赴任してきた。ある日、安積が管内で起きた強盗事件の被疑者の身柄を確保したので証拠が必要だと言ってきた。そのとき、鑑識課員の児島が証拠品を紛失したことを知った安積は、班を挙げて紛失した証拠品を見つけ出すのだった。
視野
村雨巡査部長に鍛えられていた大橋武夫巡査の班に、須田巡査部長とは旧知の新任の係長がやってくることを知った。そこに起きた強盗事件の現場では安積が石倉と衝突しているようだった。交機隊の速水の助けで被疑者は逮捕されたが、安積は班員全員で鑑識課員が紛失した証拠品を見つけ出すのだった。
消失
村雨は須田のようなのろまが刑事でいることが不思議だった。ある被疑者の身柄確保の手助けに赴くと対象者がいない。引きあげるには早いという須田の話を聞いた安積は再度対象者の部屋を調べるのだった。
みぎわ
管内で発生した強盗致傷事件の被疑者の潜伏先が判明したが、須田は被害者は一人だったかが気になるといい、村雨は様子を見るべきだというのだった。その姿に自分の新人時代を思い出す安積だった。
不屈
水野真帆巡査部長は、東報新聞の山口由紀子から水野の同期の須田について聞かれた。頼りなさそうな須田の、先輩に怒鳴られても、被疑者は過去や現在の見かけで犯人と思われているとして再調査を主張する須田の話をするのだった。
係長代理
研修に行くことになった安積係長の代わりに村雨がそのひと月の間の係長代理をすることになった。そこに起きた強盗事件の被疑者の身柄を確保したが、強盗を認めない被疑者の扱いに迷う村雨だった。
家族
水野は安積と共に強盗事件の現場へと向かう途中、安積が娘からの電話に行けるかどうかわからないと返事をする姿を見る。速水の助けですぐに被疑者を確保したため、安積に娘との約束に行くようにと進言する水野だった。
『道標 東京湾臨海署安積班』の感想
今野敏のシリーズの中でも一、二を争う人気シリーズと言っていいこのシリーズですが、その人気の秘密の一つに、安積班のチームワークの良さが挙げられるのではないでしょうか。
そうした魅力的なチームワークができた理由は何なのか、本書は安積班の個々のメンバーの過去に焦点を当てて、その理由の一端に触れることができる『安積班シリーズ』ファン必見の短編集です。
また、各話ごとに視点の主や、視点の置き方、登場人物などに工夫を凝らしてあって、物語の作り方という観点からも、短編集全体として実に魅力的な構成になっています。
例えば第四話「最優先」と第五話「視野」では同じ事件を別人の視点で描写してあります。
つまり、東京湾臨海署刑事課鑑識係の係長となっている石倉から見た新任の安積係長の姿と、村雨巡査部長の下にいる大橋巡査から見た安積係長の姿という描き方をしてあるのです。
第六話「消失」では村雨が語り部となり、刑事でいられることを不思議に思っていた須田というのろまな男についての村雨の態度を描いています。
村雨は、安積掛長は須田の真価に気づいているのだと、須田の能力を生かせるように働くのが自分の役割だと思うのです。
その姿は第七話「みぎわ」の中での村雨の態度としても描かれていて、安積班というチームが成り立っていることを示しているのです。
そして次の第八話「不屈」で、水野巡査の語りで、須田が先輩刑事に怒鳴られても、被疑者は過去の非行歴や現在の見かけで犯人と思われているとして再調査を主張する姿について話し、安積に出会ったことで警察に残ることにした須田の話をします。
また、シリーズとしては新人の水野巡査という人物を視点の主に設定するきっかけとして、東報新聞の山口由紀子記者という珍しい人物との会話の中での話と設定していることなど、なかなかに考えられています。
こうした構成により、本書は、他から一目も二目もおかれるチームとして育ってきた安積班を、時系列に沿い、また立体的に描き出してある魅力的な一冊となっていると言えるのです。