本書『ノーマンズランド』は、『姫川玲子シリーズ』第九弾の、文庫本で460頁の長編推理小説です。
『ノーマンズランド』の簡単なあらすじ
東京葛飾区のマンションで女子大生が殺害された。特捜本部入りした姫川玲子班だが、容疑者として浮上した男は、すでに別件で逮捕されていた。情報は不自然なほどに遮断され、捜査はゆきづまってしまう。事件の背後にいったい何があるのか?そして二十年前の少女失踪事件との関わりは?すべてが結びついたとき、玲子は幾重にも隠蔽された驚くべき真相に気づく!(「BOOK」データベースより)
葛飾署管内で起きた長井祐子殺しの現場から取れた指紋の主である大村敏彦は、サクマケンジ(佐久間健司)殺害の容疑で本所署に留置されていた。しかし、知能犯担当が取り調べを行うなど、何か不審なものがあった。
そこで、本所署の事件の裏を探る姫川玲子は、本所署の事件に隠された、北の工作員による拉致事件まで絡んだ事実を探り出すのだった。
『ノーマンズランド』の感想
本書『ノーマンズランド』は、今、最も面白いエンターテインメント小説を書かれる作家のひとりである誉田哲也の大ヒットシリーズである『姫川玲子シリーズ』の一冊です。
本作では特に姫川玲子の魅力が満載でした。前作の『硝子の太陽R』という作品も非常に面白く読んだのですが、本作品も同じように読み始めたら手放すことを困難に感じるほどにのめり込みました
特に、誉田作品の定番でもありますが、会話文の最後に一言付けくわえられている地の文の心の声が、人物描写に実に効果的なのです。
何かとおちゃらける相手との会話の最後の「黙って聞け」などの一言が、小気味よく響きます。
本書書『ノーマンズランド』では登場人物の性格付けが少しずつ変化してきています。というか、より明確になってきているというほうがいいのかもしれません。
その一つとして、前の統括主任で殉職した林弘巳警部補に変わり登場した日下警部補が、姫川にとっては自分とは相容れない男として反感すら感じていたものが、あたかも林のような庇護者的な立ち位置へと変わってきていることがあります。
また、姫川を常に想い、守ってきた菊田和男警部補が、結婚してから自分の妻の扱いに困る男になっていることや、もと姫川班でいまはガンテツこと勝俣警部補のもとにいる葉山則之巡査部長が、それなりに逞しく育ってきていることなどもそうでしょう。
また特徴的な事柄としては、これまで語られることのなかった勝俣刑事の来歴が明確にされています。
そのすべてでは無いにしても、日本の権力の中枢部分につながるその背景は、このシリーズ全体の構成にも関わってくるのではないかと思われ、非常に興味深い設定になっています。
もともと勝俣というキャラクターは、その強烈なアクの強さと共に、時折見せるなかすかな人情味が魅力的だったのですが、そのキャラクターにより一層の深みを持たせているのです。
本書ではまた、魅力的に育ちそうなキャラクターが新たに登場します。それが東京地方検察庁公判部所属の武見諒太検事です。
「大きいけれど多少はかわいげのある上品な部類に入るシェパードのようなタイプ。それが、あるスイッチが入ると筋肉質で、獰猛で容赦がなく、俊敏で直線的という印象の軍用犬ドーベルマンに近い。」と描かれているそのキャラクターは、姫川の新たな恋の対象となるな可能性を秘めた人物像として描かれていて、目が離せません。
本書には時系列の異なる三つの流れがあります。一つは本筋である姫川玲子の事件捜査の流れです。
もう一つは、三十年前から始まるある高校生の純愛の物語です。
そして最後は、あの勝俣健作警部補の裏の顔につながる流れです。
これらの三本の流れが伏線となり、最終的に一本の物語となる過程で回収されていき、それぞれの話の本当の意味が判明するのです。
決して目新しい構造ではなく、それどころかこの作者ではわりとよく見られる構造ではあるのですが、それでもなおうまいとしか言えない物語の運びになっています。
今のりに乗っている誉田哲也という作家の作品です。これからはもう少し間隔を狭めた出版が期待できそうなことも発言しています。楽しみに待ちたいものです。