いまならば斬れる! 人を斬ったことのない貧乏御家人が刀を抜く時、なにかが起きる――。
幕府開闢から180年余りが過ぎた天明の時代。江戸では、賄賂まみれだった田沼意次の時代から、清廉潔白な松平定信の時代に移り始めた頃。二本差しが大手を振って歩けたのも今は昔。貧乏御家人の村上登は、小普請組の幼馴染とともに、竹刀剣法花盛りのご時勢柄に反し、いまだに木刀を使う古風な道場に通っている。他道場の助っ人で小金を稼いだり、道場仲間と希望のない鬱屈した無為の日々を過ごしていた。ある日、江戸市中で辻斬りが発生。江戸城内で田沼意知を切った一振りの名刀を手にしたことから、3人の運命は大きく動き始める。
著者は長らく経済関係の出版社に勤務した後、フリーライターを経て、2011年、本作で第18回松本清張賞を齢62歳で受賞。(「BOOK」データベースより)
時は江戸時代も中期、侍が侍たり得ることが困難の時代を生きた、なおも侍であろうとした三人の若者の物語です。
「白樫の樹の下で」というタイトルは佐和山道場が白樫の樹の下でにあるところからきています。
とにかく硬質な文章でありながら、濃密な空気感を持った文章です。葉室麟という直木賞作家の文章も簡潔で格調の高い文章だと思いましたが、この作家の文章の透明感は凄いです。
「人を斬る」というそのことについての懊悩が、叩けば音がするような文章で描写されています。
勿論読者は剣のことなど何も知りませんし、当然「斬る」という感覚も知らないのですが、あたかも若者の懊悩が感覚として理解できたかのような感じに打たれます。
また、村上登の前に横たわる想い人の描写は、そこに「白麻の帷子(かたびら)を着けた佳絵」という人が横たわる場面を切り取ったかのようで、その臨場感、村上登の心理描写には驚きました。
これまで作家と呼ばれる人たちの文章の凄さには何度か脱帽させられましたが、この青山文平という人の文章も見事としか言いようがありません。
更に驚かされたことは、青山文平という人は私と殆ど同世代ということもそうですが、二十年ほど前に第十八回の中央公論新人賞をとったことがあるけれども時代小説は本作品が初めてということです。
時代小説の新たな書き手として期待されているという言葉も当然のことだと感じました。
本作品の物語としての面白さは勿論のこと、「詩的」な文章とどなたか書いておられましたが、日本語の美しさ、表現力の豊かさを思い知らされた一冊でもありました。