青山 文平

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青山文平著の『江戸染まぬ』は、新刊書で222頁という長さの短編時代小説集です。

本書は七編の物語からなっていて、各短編の悠然とした文章は読む者の心を穏やかにし、琴線に触れてきます。

 

粋がる旗本次男坊が、女で祖父に負けた時―俺は江戸者だ。意気地と張りだ。江戸に生きる人々が織りなす鮮やかな人生。青山流時代小説の真骨頂!珠玉の短編集。(「BOOK」データベースより)

 

『江戸染まぬ』の簡単なあらすじ 

 


 

「つぎつぎ小袖」
大雑把と言われる私だったが、こと長女のことに関してはそうは言えなかった。そんな私が、親戚につぎつぎ小袖を頼むのだが、いつも一番快く引き受けてくれる一軒に今年は未だ頼めないでいた。

「町になかったもの」
紙問屋の晋平は、町年寄りの成瀬庄三郎に呼ばれていく途中、一介の村から在郷町に成り上がったこの町にも飛脚問屋の嶋屋が店を開いたことで、「この町に無いものはない」という感慨を抱いていた。

「剣士」
甥の柿谷哲郎の厄介叔父として肩身の狭い思いをしていた柿谷耕造は、昼間は川へと行き、餌をつけていない鉤のついた釣竿を垂らしていた。その場所には昔の道場仲間である益子慶之助も同じ立場の者として来ていた。

「いたずら書き」
御小姓頭取を仰せつかっている「私」は、御藩主から内容は知る必要はないと言われた書状を、評定所前箱に入れるようにと預かった。しかし、御藩主を守るという私の職務からして、中身を見ずに入れることはできないのだ。

「江戸染まぬ」
一年限りの武家奉公人の「俺」は、殿様の子を産み相模国に戻される“芳”という女のお供をすることになった。その女に何とか十両の金を渡してやりたいと思う俺だったが、それには「中番屋」に屋敷の話を売りに行くしかないのだった。

「日和山」
跡継ぎの兄は父親と共に重追放となり、私も中追放で家屋敷の没収ということになった。そこで、腰の物を売り、中間として生きていたが、やはり本差しが落ち着くことに気付き、刀を買い戻し、伊豆で用心棒をすることとなった。

「台」
口やかましい兄が我家の下女奉公をしてきた清を女として見ていた。それを見た自分は何故か清を落とすために、遊びをやめ学問吟味と称して実家に戻った。そんな清が孕んだ。相手は隠居の祖父だというのだ。

 

『江戸染まぬ』の感想

 

青山文平の作品は、『励み場』に見られるように、特に長編ではミステリー仕立てで最後に謎解きらしきものがあって落ち着く形態の作品が多いように思えます。

また、短編集においても『半席』のように、ある人物の真意を明らかにするミステリーそのものと言ってもいい作品もあります。

それらの作品では当然のことながら謎解きという結末がきちんとつけられ、物語の落としどころがはっきりとしています。

 

 

ところが本書『江戸染まぬ』の場合、短編の落としどころがよく分かりません。「だからどうなんだ」と言いたくなるのです。

作品のタイトルは今ではもう覚えていませんが、同じことを 藤沢周平の作品を読んだ時にも思ったことがあります。

分かりやすく、明確な結末を示してもらわなければ理解できなかったのでしょう。

私も当時は若く、物語自体の持つ雰囲気や時代、登場人物の考え方や生き方そのものをじっくりと読み込むということができていなかったと思えるのです。

 

では、今はそうした読み方ができるのかと言えば、やはりそうではなかったようです。本書『江戸染まぬ』の第一話「つぎつぎ小袖」など特にそうです。

最初は、主人公の「私」が夫を愛し、「大雑把」と言われようとひたすらに夫を愛し、子に対しては「大雑把」な私が別人のように神経質になって生きてきたその姿を、結局何なのだ、と思っていました。

ただ、文章の見事さに見とれ、「私」が他人とのしがらみなどの状況に立ち向かう姿の強さに惹かれたのです。

特に、最後に「私」があらためて娘を抱き、「いろんなものがぐつぐつと入り交じったこの世とやらについっと分け入って、このこと生きていくのだ。」と再確認する文章と描かれた姿に接し、なんと美しい姿かと感じ入りました。

そして、その文章に対して感じた「私」の強さ、そうした感じ方でいいのではないか、と思うようになったのです。しかし、本当にそうでいいものか自信はありません。

 

ただ、六話目の「日和山」になると未だによく分かりません。侍の暮らしから離れながらも再び二本差しへと戻った主人公は、何故日和山であのような行動に走ったのかよく分かりません。

結局のところ、この物語で作者は何を言いたかったのは何なのか、よく分からないのです。

 

落としどころが分からないということの他に、五話目の表題作でもある「江戸染まぬ」に関しては、何となく浅田次郎の文章を思い出してしまいました。

あらためてよく読み直すまでもなく、その頁を眺めればまったく異なる文章であるのはすぐにわかるのですが、主人公の主観的目線で、畳みかけるように書いてあるところからそう思ったのかもしれません。

 

七作目の「台」は、主人公が江戸っ子であるためか、物語の運び方と文章が他とは少し異なります。

知識ではなく考える力について、「意味で覚えると、言葉に腕ができる」として、ものの見え方が違ってくるという一文は印象的でした。

また、タイトルの「台」が、ゆるぎない自分の軸を持つことに繋がってくるという、その物の味方にも驚きでした。

そして、物語の締めである「オレは江戸者だ」から始まる最後の五行が実に小気味いい文章です。

文章が見事であるのは勿論ですが、主人公の江戸っ子としての心意気を端的に表現している作者の心意気まで伝わってくるようなのです。

 

やはり、私の読解力はまだまだと自覚させられた作品でもありました。

それでもなお、青山文平の作品はすばらしく、やはり今一番の時代小説作家だと思っています。

[投稿日]2020年12月12日  [最終更新日]2020年12月12日
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