本書『半席』は、徒目付の片岡直人が上司から命じられた腑に落ちない事件の「真の動機」を解明していく短編の時代小説集です。
隠された人間の真実を明らかにするとき、そこにはそれまでは見えていなかったある生き方が見えてきます。青山文平らしい読みごたえのある作品集でした。
御家人から旗本に出世すべく、仕事に励む若き徒目付の片岡直人。だが上役から振られたのは、不可解な事件にひそむ「真の動機」を探り当てる御用だった。職務に精勤してきた老侍が、なぜ刃傷沙汰を起こしたのか。歴とした家筋の侍が堪えきれなかった思いとは。人生を支えていた名前とは。意外な真相が浮上するとき、人知れずもがきながら生きる男たちの姿が照らし出される。珠玉の武家小説。(「BOOK」データベースより)
青山文平の短編作品集の一つに『春山入り』という作品集があります。
以前は『約定』と題されていたその本の中に、筏(いかだ)の上を走り堀に飛び込み死亡した侍について書かれた「半席」という短編がありました。本書第一作目の「半席」がそれです。
本書『半席』は、作者がこの「半席」という短編を気にいったためか、この短編に登場する片岡直人を主人公に、新たに物語を紡ぎ出し、一冊の作品集として仕上げたものです。
この片岡直人の徒目付、つまりは監察役という職種を生かし、既に処分は決まっているもののはっきりとした理由が分かっていない事件の真実を聞き出すという職務を遂行させるのです。
それは罪を負うべき事柄の理由を明らかにしない当事者の、責めを負うに至った本当の理由を明らかにしようとするのであり、推理小説で言うホワイダニット(Why done it)ものということもできます。
つまりは、本書『半席』は、ただ処分を待つだけの老人たちから話を聞き、その本質を見つけるミステリーとしての面白さを持った作品なのです。
そして、片岡が彼ら老人の人間としての真実に触れることでこれまで見えていなかったものが見えてくる、その人間模様の奥深さをもあわせ持った作品集ということができます。
片岡の上司の内藤雅之によれば、片岡直人の青臭さこそが犯人も本音を言う気になるだろう、ということです。この内藤雅之という男がまた面白く、この物語の魅力の一つになっています。
それぞれの話を簡単にみると、
「真桑瓜」では、共に八十歳以上の侍同士の刃傷沙汰。
「六代目中村庄蔵」は、一季奉公の侍の主殺し。
「蓼を喰う」は、辻番所組合の仲間内を手に掛けた御庭番。
「見抜く者」は、徒歩目付の仕事の中でも特に人の恨みを買いやすい人物調べの絡んだ話。
「役替」は、同じ町内の、共に召し挙げられた仲間の父親との思いもかけない邂逅がもたらした行く末。
の真相を聞き出す、という話です。
本書『半席』は、私にとっても他人ごとではない、「老い」の末に自らの人生を思い起こすときにもたらされる悲痛な感情を描き出した好編ばかりです。
また、片岡直人という青年が内藤雅之という上司に見守られながら成長していく物語でもあります。
「役目柄『なぜ』だけではなく、事態を『いかに』収めるか、ということが問われる話もある。」と書いておられたのは文芸評論家の杉江松恋氏です。
青山文平という一押しの作家のお勧めの作品がまた増えました。
ちなみに、本書『半席』には2021年3月に続編として『泳ぐ者』という作品が出版されました。
短編集であった本書と異なり、『泳ぐ者』は長編小説であり、片岡の活躍がたっぷりと読むことができます。
ところが、本書で登場する内藤雅之という人物は当初は“内藤康平”を表記されていのですが、この『泳ぐ者』のなかでは“内藤雅之”という名前に変わっていたのです。
慌てて本稿を見直したところ“内藤康平”と表記しています。
ネットで調べると『半席』を紹介しているサイトでは皆“内藤雅之”となっているなか、「江戸の事件にのぞく、平成ニッポン」というサイトだけ上司内藤の改名について触れてありました。
ということで、そのことに気付かなかった私の不注意であり、本サイトでも“内藤康平”という表記を“内藤雅之”へと改めています。
ご了承ください。