風の市兵衛

本書『風の市兵衛』は、『風の市兵衛シリーズ』の第一作目で、算盤を片手にした渡り用人という珍しい職業の侍を主人公にした痛快時代小説です。

主人公の見た目は優男ですが、独学で習得した剣の腕は相当なもので、痛快小説の主人公として魅力的なキャラクターであり、テレビドラマ化もされた人気シリーズになっています。

柳原堤下で、武家の心中死体が発見された。旗本にあるまじき不祥事に、遺された妻と幼い息子は窮地に陥る。そこにさすらいの渡り用人唐木市兵衛が雇われた。算盤を片手に家財を調べる飄々とした武士に彼らは不審を抱くが、次第に魅了される。やがて新たな借財が判明するや、市兵衛に不穏な影が迫る。心中に隠されていた奸計とは?“風の剣”を揮う市兵衛に瞠目。(「BOOK」データベースより)

 

主人が「相対死(あいたいじに)という武士にあるまじき不祥事」で死んだ三河以来の旧家の高松家に一人の侍が渡り用人として雇われることになります。

名を唐木市兵衛といい、算盤を片手に雇われ先の家計を預かるのを仕事としています。この唐木市兵衛が高松家の借金の現状を調べていく中、様々に不審な事柄が明らかになっていくのです。

 

近年の時代小説は主人公の職業が独特なものが設定されていると感じます。数多くの書き手の中から何とか独自性を出していかなければならないのですから、作家さんも大変でしょう。

簡単に思いつく作品を二、三挙げると、田牧大和には『とんずら屋シリーズ』の「夜逃げ屋」、『からくりシリーズ』の「女錠前職人」などの職業の作品があり、水田勁の『紀之屋玉吉残夢録シリーズ』には「幇間」が主人公の作品があります。

 

 

また、多数の作品がある同心ものの中でも、梶よう子の『御薬園同心 水上草介シリーズ』や『宝の山 商い同心お調べ帖』では小石川御薬園の同心や諸式調掛方同心などと、同じ「同心」でも工夫を凝らしてあるのです。

 

 

本書『風の市兵衛』の場合、「渡り用人」という珍しい職業の主人公が算盤を使いこなし、高松家の収入を知行地の石高から即座に計算し、支出も諸経費等を積み上げていく様は、当時の生活も垣間見えてトリビア的な面白さもあります。

更には本書の主人公唐木市兵衛は剣の使い手でもあります。関西での放蕩時代に剣を学び、「風の剣」の使い手として名を馳せたらしいのです。

という設定である以上は、剣の上での敵役も勿論設けてあり、異国の剣の使い手が配置されていて、剣戟の場面も少しですがあります。

 

更に、唐木市兵衛の過去が明らかになるにつれ、幕府内で力のある後ろ盾や、いざというときに力になり得る仲間が現れたり、物語の冒頭から登場する少々ひねた性格の腕利き同心渋井鬼三次が絡んだりと、エンターテインメント小説としての、定番と言えるであろう要素は十二分に配してあります。

よく練られていて破綻の無い筋立てと、十分に書き込まれている主人公、それを助ける助っ人の設定と、面白い時代劇小説の要素を全部持っていると言えるのではないでしょうか。

 

2010年に刊行された本書『風の市兵衛』を第一巻とするこのシリーズも、2017年までに全20巻が刊行され、2018年からは新シリーズ『風の市兵衛 弐』が刊行されている人気シリーズとなっています。

更には2018年5月にはNHK総合テレビの「土曜時代ドラマ」で、向井理を主演としてドラマ化されており、こちらも人気を得ているようです。

風の市兵衛シリーズ

風の市兵衛シリーズ』とは

 

本『風の市兵衛シリーズ』は「渡り用人」という期間を区切って雇われ、家政のやりくりを行う侍を主人公賭する、痛快活劇小説シリーズです。

優男の主人公が意外にも剣の遣い手であり、様々な難題を解決していくという面白いシリーズです。

 

風の市兵衛シリーズ』の作品

 

 

風の市兵衛シリーズ』について

 

本『風の市兵衛シリーズ』では「渡り用人」というはじめて聞いた職業が登場します。

用人」とは、身分等により職務の内容も異なるようですが、旗本等では「金銭の出納や雑事などの家政をつかさどった者」を言い、また「渡り」とは、「渡り中間」などで使われているように、期間を区切って雇われる者を意味しているようです。

通常は家臣として用人がいる筈ですが、武士の世界もひっ迫していて用人を置く余裕もないのでしょう。そこで、業務の経費削減のために外部委託が行われることになったのでしょうか。

その前に、そもそもこうした職業が実在したのか簡単に調べたのですが分かりませんでした。

ただ、藤原緋沙子の作品に『渡り用人片桐弦一郎控』というシリーズがあり、他に岡本綺堂の『半七捕物帳』にも出てきたりするところを見ると、本当にあった職業なのかもしれません。『半七捕物帳 01 お文の魂』は Amazon の Kindle 版から無料版もあるようです。

 

 

加えて主人公は剣の使い手でもあり、幕府内のそれなりの力のある後ろ盾がいたり、仲間とも呼べそうな同心がいたりと、痛快時代劇の要素を十分に備えています。

勿論、そうしたエンターテインメントの要素を生かしきるだけの筆力も感じられます。テンポよく読んでいくことができるのです。

ともあれ、唐木市兵衛という「渡り用人」が武家やお店などの様々な依頼に応じてその職務をこなしながら、依頼にまつわる事件を解決していくという物語です。

幕府内の後ろ盾として、十人目付の筆頭支配役である片岡信正という腹違いの兄がおり、信正配下の返弥陀ノ介という男が市兵衛の深い信頼で結ばれている友人として登場しています。

また、市兵衛が仕事探しで世話になっているのが口入屋の矢藤太で、この男は市兵衛の京都時代からの知り合いです。

市井の市兵衛の友人の一人として、北町奉行定町廻り方同心の渋井鬼三次がおり、手下の助弥と共に何かと市兵衛の手助けをしています。

この三人に、医者の柳井宗秀を加えた面々が集まるのが深川にある深川堀川町にある一膳飯屋の「喜楽亭」で、そこの亭主はただおやじと呼ばれています。

ただ、本シリーズも『風の市兵衛 弐』になると、市兵衛も住まいを移しており、「喜楽亭」も無くなっています。

代わりに「蛤屋」という小奇麗な二階屋が舞台となり、集まる面々も、南町奉行所臨時廻り方掛同心宍戸梅吉やその使いの紺屋町の文六親分、そしてその手下である鬼渋の息子の良一郎と変化していきます。

 

まあ、渡り用人とは言っても、結局はスーパーヒーローの活躍する痛快活劇時代小説であることには違いは無いのですが、その面白さは近頃のベストではないでしょうか。

野口卓の『軍鶏侍シリーズ』に並ぶほどの面白い小説でしょう。十分に期待に添えるシリーズと言えると思います。

 

 

シリーズも二十巻を越えた二十一巻目(作品としては十九作目)には、『風の市兵衛 弐』とシリーズ名に「弐」の文字が付いています。これは、このシリーズも新たな展開を見せると期待していいのでしょう。

 

ちなみに、2018年5月19日(土)から、NHKの土曜時代ドラマで「そろばん侍 風の市兵衛」が放映されました。

そろばん侍 風の市兵衛 | NHK 土曜時代ドラマ 参照

向井理主演で渋井鬼三次を原田泰造、返弥陀ノ介を加治将樹、青を山本千尋が演じています。

私は殆どドラマを見ないのですが、原作にこれだけ入れ込んでいるのだからと一話だけ見たところ、私の好みとは違ったようです。。

ちなみに、2022年9月27日現在では、NHKオンデマンドの案内はあっても、DVDは出ていないようです。