母子草 風の市兵衛 弐

母子草 風の市兵衛 弐』とは

 

本書『母子草』は『風の市兵衛 弐シリーズ』の第十二弾で、2023年8月に祥伝社から336頁で文庫化された、長編の痛快時代小説です。

 

母子草 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

還暦を前に大店下り酒屋の主・里右衛門が病に倒れた。店の前途もさることながら、里右衛門の脳裡を掠めたのは、若き日に真心を通わせた三人の女性だった。唐木市兵衛は、里右衛門から数十年も前の想い人を捜し出し、現在の気持ちを伝えてほしいと頼まれる。一方、店では跡とりとなる養子が、隠居しない義父への鬱憤を、遠島帰りの破落戸にうっかり漏らしてしまい…。(「BOOK」データベースより)

 

序章 新酒番船 | 第一章 根岸 | 第二章 お高 | 第三章 女掏摸 | 第四章 うしろ髪 | 終章 彼岸すぎ

 

母子草 風の市兵衛 弐』の感想

 

本書『母子草 風の市兵衛 弐』は、本風の市兵衛シリーズの主人公の唐木市兵衛が、請人宿「宰領屋」主人で市兵衛の長年の友人でもある矢藤太と共に、霊岸島町の下り酒問屋《摂津屋》主人里右衛門に依頼されて三人の女を探しだし頼まれたものを渡す物語です。

とは言っても、市兵衛と矢藤太との探索の過程が主軸の物語ではなく、探し当てた女が依頼人のもとから消えた理由を聞き出すこと、つまり消えた女たちのその後の人生の在りようが語られます。

つまりは、粋人であリ、<里九>と呼ばれていた依頼人と、依頼人が惚れ抜いた女たちが依頼人の前から消えざるを得なかった理由こそが本書の主題です。

 

そこにあるのは悲しい女の立場であり、粋人の里九と呼ばれ悦に入っていた依頼人の若さの物語ともいえるかもしれません。

そして、その物語は、作者辻堂魁の作風でもある、人情物語の中でも一歩間違えれば安っぽい人情噺に堕しかねない浪花節調の物語となっているのです。

一方、市兵衛たちの三人の女の行方探しと並行して、北町奉行所定町廻り方の渋井鬼三次の探索の話が語られ、この二つの話が終盤ひとつにまとまる、という点もこれまでのシリーズの話と同様です。

 

これまで、本風の市兵衛シリーズの、また辻堂魁という作家のファンとして、本シリーズの作品も一冊も欠かさずに読み続けてきましたが、どうも風向きが変わってきました。

ここ数巻の本シリーズを読んできて、あまりにも作品の内容が似通ってきていて、読んでいて心が騒がなくなって来たのです。

そうしたことは作者も分かっていたからこそ、このシリーズも第二シーズンへと物語の環境を変えてのだと思うのですが、『風の市兵衛 弐』になっても結局は第一シリーズとほとんど変わっていないと言えます。

本来は第二シーズへと変わり、市兵衛の出自が明らかにされたり、舞台を大坂へと移したりと変化をつけてきたと思うのですが、北町奉行所同心の渋井鬼三次もやはり常連として登場してくるようになったし変化が見られなくなっています。

何とかこのマンネリとも言ってよさそうなシリーズの流れを断ち切り、当初の面白さを取り戻してほしいものです。

雇足軽 八州御用

雇足軽 八州御用』とは

 

本書『雇足軽 八州御用』は、2023年9月に296頁のハードカバーで祥伝社から刊行された連作の短編時代小説集です。

ただ、それぞれの物語が普通の短編小説のようにはきちんとまとめられていないため、どうにも中途な印象の作品集でした。

 

雇足軽 八州御用』の簡単なあらすじ

 

己が命、武士の矜持のみに賭す
大ヒット「風の市兵衛」の著者の新たなる代表作!
日当わずか八十文。関八州取締出役の
艱難辛苦の旅の一年を、郷愁豊かに描く!

我々が農村の治安と繁栄を、ひたすらに歩いて愚直に守る。
越後宇潟藩の竹本長吉は上役の罪に連座し失職、故郷に妻子を残して江戸に仕事を求めてきた。様々な職の中、請人宿で選んだのは《雇足軽》だった。関八州取締出役の蕪木鉄之助の元、数名で一年をかけて関東の農村を巡回し治安を維持する、勘定所の臨時雇いである。日当わずか八十文。二八蕎麦が十六文、鰻飯なら二百文が相場だった。討捨ても御免だが、刀を抜くことは珍しい。多くは無宿の改め、博奕や喧嘩、風俗の取り締まり、農間渡世の実情調査や指導などの地道なものだった。巡る季節のなか、土地土地で老若男女の心の裡に触れる長吉は、妻子を想い己が運命と葛藤する。そんな時、残忍非道な押し込み強盗一味の捕縛を命じられーー
ときに鬼神と化し、ときに仏の慈悲を施す八州廻りを、郷愁豊かに描く!
(内容紹介(出版社より))

 

雇足軽 八州御用』の感想

 

本書『雇足軽 八州御用』は、関東取締出役(関八州取締出役)の蕪木鉄之助の巡回の旅を描く、連作の短編小説集です。

「関八州取締出役」とは、「八州廻り」とも呼ばれ、「関八州の天領・私領の区別なく巡回し、治安の維持や犯罪の取り締まりに当たったほか、風俗取締なども行っている。 」そうです( ウィキペディア:参照 )。

また、「八州廻り」の「「八州」とは、「江戸時代、関東八か国の総称。すなわち、武蔵、相模、上野、下野、上総、下総、安房、常陸」のことを言います( コトバンク:参照 )。

 

本書の登場人物として、まずは主人公は誰かというと、それが明確ではありません。

当初は、本書の『雇足軽 八州御用』というタイトルからして関八州取締出役が雇う足軽の物語だと思っていました。

そして、越後宇潟藩浪人の竹本長吉という人物についてわりと詳しくその来歴が説明してあったので、この長吉こそがタイトルの雇足軽だろうし、主人公だろうとの検討で読み進めていたのです。

しかし、どうもそうではないらしく、物語の内容からすると、本書の主人公は関八州取締出役の蕪木鉄之助と言った方がよさそうな印象です。

ただ、そう断言できるわけでもないほどに蕪木鉄之助に焦点が当たっているわけでもないので悩ましいのです。

とはいえ、本書全体を通した物語としてみると、この蕪木鉄之助こそが主人公というにふさわしいと思えます。

 

主人公が誰でも関係ないと言えばないのですが、物語は締まらず物語としての面白さに欠けることになるでしょう。

事実、読み終えた今でもなんとなくいつもの辻堂魁の作品とは異なり、何とも曖昧な読後感が残っています。

それは単に主人公が定まっていないから、というだけでなく、それぞれの物語自体の曖昧な処理の仕方にも原因がありそうです。

連作短編集として読んだので、各話が半端に感じたのではないかとも思いましたが、やはり物語の完成度が足りないと言うしかないのでしょう。

 

本書『雇足軽 八州御用』では、関東取締役という職務の紹介はかなり詳しくなされていて、その点は自分の中でもかなり好印象ではあります。

ただ、辻堂魁の特徴の一つである登場人物の衣装や状況の詳細な描写がことのほか強調されていて、若干詳しすぎないかという印象はありました。

加えて、上記の全五話にわたる連作短編の各物語がどうにもまとまりがないという印象もあります。

 

結局、本書の評価としては、辻堂魁という作者らしくない何ともまとまりに欠けた物語だというしかない、という結論になった次第です。

春風譜 風の市兵衛 弐

春風譜 風の市兵衛 弐』とは

 

本書『春風譜 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐 シリーズ』の第十一弾で、2022年6月に337頁の文庫本書き下ろしで刊行された、長編の痛快時代小説です。

話自体は単純ですが、物語の背景や登場人物の行動の理由を会話の中で説明させることで紙数を費やしている印象がある、シリーズの中では今一つの作品でした。

 

春風譜 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

唐木市兵衛は我孫子宿近くの村を訪れていた。小春の兄の又造が、妹と“鬼しぶ”の息子・良一郎との縁談を知り家出したのを、迎えに出たのだ。ところが、又造は訪ね先の親戚ともども行方知れずだった。同じ頃、村近くで宿の貸元と、流れ者の惨殺体が発見された。近在では利根川の渡船業等の利権争いで、貸元たちが対立していた。市兵衛は失踪人探索を始めるが…。(「BOOK」データベースより)

 

序章 竜ケ崎から来た男 | 第一章 欠け落ち | 第二章 血の盃 | 第三章 疑心 | 第四章 血煙り河原 | 終章 旅だち

 

その年の暮れ、安孫子宿の西にある根戸村の貸元の尾張屋源五郎が何者かに襲われ命を落とした。

一方、とある林道で長どすの一本差しの六十歳くらいの旅人が喉頸を絞められ、骨が折られた状態で見つかった。

この亡骸の検視をした陣屋の手代を始め、この二つの事件を結び付けて考えるものは誰もいなかった。

同じ年の暮、長谷川町の扇職人佐十郎は息子の又造に声をかけ、又造の妹小春の良一郎との祝言の話を聞かせた。

その話を聞いた又造は安孫子宿の南吉のところへ行くと書置きをしたまま家を出てしまう。

市兵衛は小春から頼まれ、安孫子宿の南吉のところへ又造を連れ戻しに行くことになるのだった。

 

春風譜 風の市兵衛 弐』の感想

 

本書『春風譜 風の市兵衛 弐』は、ヤクザ者の抗争に巻き込まれた小春の兄又造と、かれを連れ戻そうとする唐木市兵衛の話を中心に、その抗争の別な側面に関わる渋井鬼三次の探索の様子を描いた作品です。

全体的に話の構造自体は単純です。

市兵衛が家出をした小春の兄の又造を連れ戻しに行く話がまずあります。

それと、問屋場の公金を着服して行方をくらました安孫子宿の宿役人である七郎治という男の探索のために渋井が駆り出されるという話があります。

その上で、二つの事件が根っこでは繋がっているというのです。

 

話自体は以上の二つの話がそれぞれに単純な事件としてあり、その両事件の中心に柴崎村の牛次郎という貸元の悪行が絡んでいるだけのことです。

又造は、頼った先の南吉が牛次郎からひどい目にあっていてそこに巻き込まれてしまいます。

一方、鬼渋が追っている公金着服事件もその根は南吉の事件と同じであり、ただこちらは犯人と目される七郎治の現れるのを待つ渋井やその手下、そして陣屋の役人の田野倉順吉など張り込みの様子があるだけです。

 

本書『春風譜 風の市兵衛 弐』は、こうした単純な事件の二つの側面が描かれている作品のためか、当事者の会話の中で事件の背景説明が為される場面が多いように感じました。

具体的には、市兵衛が又造を探索する過程での聞き込みの際の会話がそうです。

また、渋井の登場する場面も張り込みだけということもあってか、渋井と田野倉との会話があり、その中で田野倉の推理として事件の背景説明が為されるという構造です。

もともと、作者辻堂魁の作風自体が会話の中で背景説明をする、という傾向が強いとは思っていたのですが、本書ではそれが強く感じられました。

会話の中での背景説明ということ自体はいいのですが、それがあまりに執拗だと少々引いてしまいがちです。

 

市兵衛の行動にしても、又造と南吉の行方を探す先に市兵衛を甘く見た悪漢たちがいるといういつものパターンです。

物語の根底が講談風であり、本書の作者辻堂魁の文章のタッチも決して明るいものではないこともいつもと同じです。

特別な展開もない本書『春風譜 風の市兵衛 弐』だけをみると、決してお勧めしたい作品とは言えないと思うほどです。

とはいえ、当たり前ではありますが、本書でも南吉には自分の村におことという思い人がいたり、七郎治も馴染みの女がいたりして、それぞれの話に花を持たせたりの工夫はあります。

ただ、本書の魅力が主人公の市兵衛というキャラクターの魅力、それに尽きると言え、物語自体の魅力があまり感じられないのは残念でした。

次巻に期待したいと思います。

夜叉萬同心 一輪の花

夜叉萬同心 一輪の花』とは

 

本書『夜叉萬同心 一輪の花』は『夜叉萬同心シリーズ』の第九弾で、2022年2月に340頁の文庫本書き下ろしとして出版された、長編の痛快時代小説です。

 

夜叉萬同心 一輪の花』の簡単なあらすじ

 

夜叉萬と恐れられ、また揶揄される北町の隠密廻り同心・萬七蔵。品川宿の旅籠・島本が押しこみに遭い、主らが殺害された事件の探索を任される。夫亡き後、島本を守る女将に次なる魔の手が伸びようとしていた。島本には、相州から来た馬喰の権三という男が泊っていたのだがー。品川宿の風景の中で、男女の人生の一瞬が交差する。情感溢れる傑作シリーズ最新作。(「BOOK」データベースより)

 

序 浪士仕切
相模川沿いの明音寺に、四村の村名主と十三人の無宿渡世の浪士たちが、川尻村の麹屋直弼を引受人として浪士仕切契約を結ぼうとしていた。その集まりの隅に、ひっそりと渡世人風体の権三が控えていた。

第一章 品川暮色
品川南本宿の旅籠島本で、主人の佐吉郎が斬られ使用人の一人が殺されるという事件が起きた。萬七蔵が話を聞くと、道中方とも懇意の邑里総九郎という江戸の高利貸が品川宿の南本宿に新しく遊技場を開こうとしている話を聞き込むのだった。

第二章 鳥海橋
七蔵が来た時に島本に宿をとっていた権三は、青江権三郎と名乗っていた二十一歳の自分が島本の先代の女将に助けられたことを思い出していた。また、七蔵は南品川の様子などについて話を聞くのだった。

第三章 店請人
翌日、七蔵は押し込みの一味の逃走の現場にいた怪しい一団の話が道中方の福本にも伝わっていることを知った。一方、手下のお甲から、邑里総九郎は実は甲州無宿の重吉であり、世間を騒がせている天馬党の首領の弥太吉と知り合いである可能性が高いと報告を受けた。

第四章 矢口道
島本では二人の子供が攫われ、丁度居合わせた権三が女将の櫂と浩助と共に天馬党の弥太吉のもとにいる子供たちを助けに向かうのだった。一方、道中方組頭の福本武平は悪事が明らかになり、邑里総九郎は逃亡を図るが七蔵に阻止されていた。

結 旅烏
七蔵は久米と、天馬党の壊滅など、事件のその後について話しているのだった。

 

夜叉萬同心 一輪の花』の感想

 

本書『夜叉萬同心 一輪の花』は、夜叉萬こと夜萬七蔵は脇に回り、島本の女将の権三という流れ者に焦点が当たった、古き義理人情の物語です。

渡世人の権三が若い頃に世話になった品川南本宿の島本という旅籠の主人が殺され、女将の櫂がひとり旅籠を守り苦労していました。

権三は島本に投宿し、一人残された櫂の行く末を案じていたところに、島本の押し込みの一件を調べに来た夜叉萬たちと同宿することになります。

この島本の押し込みをめぐっては、その裏では品川南本宿での遊技場を造る計画が浮かび上がってきます。

こうして、品川南本宿の旅籠島本でおきた事件は、道中方をも巻き込んて闇に葬られようとしているところを、夜叉萬らの探索で明るみに出ることになります。

しかし、島本の恨みを晴らすのは夜叉萬ではなく、権三だった、というのが本書の大枠の流れということになります。

 

つまりは、本書『夜叉萬同心 一輪の花』では権三という渡世人が隠れた主役であり、島本の先代の女将とその娘櫂から若い頃に受けた恩を返すために島本に泊っていたのでした。

本書の作者辻堂魁の作品には、例えば『仕舞屋侍シリーズ』の『夏の雁』や、『日暮し同心始末帖シリーズ』の『天地の螢』などの例を挙げるまでもなく、かつて虐げられた本人、またはその関係者による復讐に絡んだ物語が多いようです。

 

 

本書『夜叉萬同心 一輪の花』も大きくはそうした復讐譚の一つとして挙げられるのかもしれませんが、復讐譚というよりは、ひと昔前に流行った義理人情の絡んだ人情話を根底に持つ仇討ち話というべきでしょうか。

とは言っても、痛快時代小説という物語のジャンル自体が、ある種の復讐譚を一つの構造として持っていると言えそうなので、この点を特徴とするのはおかしいかもしれません。

 

そうした小説としての構造の話はともかく、本書のような痛快時代小説は、浪曲、講談の義理人情話の延長線上にあると言っても過言ではないと思われます。

辻堂魁の描き出す痛快時代小説の作品群では特にそうした印象が強く感じ、本書もその例に漏れないのです。

 

結局、本書『夜叉萬同心 一輪の花』は主人公の夜叉萬こと萬七蔵の活躍が満喫できる作品ではなく、物語の展開自体も若干の甘さが感じられないわけではありません。

しかし、安定した面白さを持っている作品だったと言えるでしょう。

斬雪 風の市兵衛 弐

斬雪 風の市兵衛 弐』とは

 

本書『斬雪 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐シリーズ』の第十弾で、2021年8月に刊行された文庫本で316頁の長編の痛快時代小説です。

前巻の『寒月に立つ』の続編であり、前巻のあらすじの説明に多くの紙数を費やしてあるのはいいことなのか、疑問無しとは言えない作品でした。

 

斬雪 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

跡継問題に決着をみた越後津坂藩は、新たな江戸家老のもと財政再建に心血を注いでいた。そんな時、初老の勘定衆が百五十両を着服し逐電した。男は江戸家老の幼馴染みだった。友の潔白を信じる家老の依頼で、市兵衛は捜索を開始する。だが、行方は杳として知れなかった。ある日、市兵衛は失踪した男を知る場末の娼婦に出会う。さらに、不穏な噂がささやかれ…。(「BOOK」データベースより)

 

序章 雨宿り | 第一章 竹馬の友 | 第二章 隠れ里 | 第三章 海嘯 | 第四章 政変 | 終章 帰郷

 

深川の亥ノ堀川にかかる扇橋の水門に一体の腐乱した亡骸が浮かび、その懐から唐桟の財布が盗まれた。

文政八年の霜月も押しつまったころ、市兵衛は兄の片岡信正から呼び出しを受けて向かった《薄墨》で、津坂藩の新しい江戸家老の戸田浅右衛門から、鴇江憲吾・真野文蔵の一件についてのお礼の言葉を受けていた。

翌朝、呼び出しを受け宰領屋の矢藤太のもとへ行くと昨日会った戸田浅右衛門がいて、津坂藩勘定方で幼馴染でもあり、今は行方不明となっている田津民部の話を聞いた。

田津民部の失踪のあと、百五十両という御用金が無くなっていることが判明し、田津が着服し逐電したことになっているらしく、その田津民部を探してほしいとの依頼を請けることになった。

市兵衛は、田津の失踪後に下谷の源治郎という男が藩屋敷に田津を訪ねてきたという話を聞き、早速その男を探すことにしたのだった。

 

斬雪 風の市兵衛 弐』の感想

 

本書『斬雪 風の市兵衛 弐』は、前巻『寒月に立つ』での津坂藩の内紛の始末が中途で終わったため、その残党が生き残っていることからくる藩内の不正の決着をつける話です。

そのため、前巻での江戸のはずれで起きた闘争や当時の江戸家老聖願寺豊岳らの落命騒動などについての説明が、かなりの紙数を割いて為されています。

でも、前巻のあらすじの説明はもう少し簡潔に済ませてもいいのではないかと思われます。

というのも、本書の物語は言わば前巻の後始末でもありますが、物語としては独立しているため前巻との連続性はそれほどに気にする必要はないと思われるからです。

 

 

それはともかく、本書『斬雪 風の市兵衛 弐』でも市兵衛の探索は都合がよすぎるほどにテンポよく進みます。

その結果、田津民部の足取りは割と簡単に追え、とある女郎屋まで行きついて更なる探索の手掛かりを得て、田津民部失踪の裏の事情を探り当てます。

結局は、聖願寺豊岳一派の生き残りとしての津坂藩主の奥方であるお蘭の方や津坂藩江戸屋敷の勘定頭の志方進、それに彼らを財政面で支えている津坂屋五十右衛門たちの暗躍が次第に明らかにされていくことになります。

こうしたあらすじ自体は痛快時代小説の定型であり、そのこと自体はなんら言うことはありません。

それどころか、その流れに主人公の市兵衛が納得のできる理由をもって加わり、市兵衛の剣の腕もあって事件解決に資するのですから何の文句もありません。

とくに、江戸の経済事情が垣間見えるところなど、非常に面白く読んでいます。

本書でも津坂藩の蔵米積船は蔵米廻漕の一切を請負う商人請負の請負米ではなく、藩が積船を雇い廻漕料だけを支払う賃積みの廻米であり、越後から西廻り航路をとって上方、西国、下関を経由して越後の津坂湊へと向かう、などの言葉があり、非常に興味深く読むことができます。

 

この『風の市兵衛シリーズ』は、主人公を始めとするキャラクターも魅力的な人物が配されており、ストーリー展開も面白いシリーズです。

それは本書『斬雪 風の市兵衛 弐』でももちろん同じことです。

しかし、若干ご都合主義的な展開の見えるところや、ときに物語の進行が地の文での説明で済んでいるところが見かけられる点が気になります。

とはいえ、痛快時代小説では主人公という人気のキャラクターの活躍こそが主軸なのですから、ある程度は仕方のないところでしょう。

気になるとはいっても少しの違和感が残るというだけのことであり、本書もとても面白く、そして楽しく読むことのできた作品であることに違いはありません。

寒月に立つ 風の市兵衛 弐

寒月に立つ』とは

 

本書『寒月に立つ』は、『風の市兵衛 弐シリーズ』の第九弾で、文庫本で362頁の長編の痛快時代小説です。

今回は久しぶりに返弥陀ノ介が登場してきたと思ったのもつかの間すぐに重傷を負ってしまうという、こちらの思いとは異なる、それほどのめり込めない展開でした。

 

寒月に立つ』の簡単なあらすじ

 

返弥陀ノ介が瀕死の重傷を負った。公儀十人目付筆頭片岡信正の命による、越後津坂藩内偵の最中だった。津坂藩は譜代ながら跡継騒動を抱え、その陰に見え隠れする御用商人の不審な噂が絶えなかった。公儀としても政情の不安は見逃せず、信正は唐木市兵衛に引き続きの探索を託した。友の惨劇に市兵衛は、仇を討たんがため潜入するも、意表を突く敵の罠が…。(「BOOK」データベースより)

 

序章 密謀 | 第一章 御直御用 | 第二章 新梅屋敷 | 第三章 歳月 | 第四章 影役 | 終章 宴のあと

 

本所の北、向島を流れる十間堀にかかる押上橋のほとりで小さな茶店を営む清七は夜釣りの帰りに、幾筋もの切り傷のある返弥陀ノ介という侍を助け、赤坂御門内の片岡信正に助けを求めるよう頼まれた。

北町奉行所定町廻りの渋井鬼三次は横川の業平橋の橋杭に引っかかっていた水死体を検視に来ていたが、その死骸は多数の斬り傷があり、単なる水死体ではなかった。

しかし、北町奉行所に帰った渋井を待っていたのは、御目付役筆頭の片岡信正の申し入れにより町方の探索は不要という命だった。

一方、唐木市兵衛のもとに兄の片岡信正から呼び出しがかかり、返弥陀ノ介が斬られ瀕死の重傷を負ったため、市兵衛に弥陀ノ介の仕事を次いで欲しいと頼まれる。

市兵衛は親友の敵討ちでもあり、その仕事を引き受けるのだった。

 

寒月に立つ』の感想

 

久しぶりに返弥陀ノ介が登場してきて今回は面白い物語になるかと思ったとたん、弥陀ノ介は重傷を負ってしまいます。

後は、地方の藩のお家騒動に絡んだ事件がおき、その事件を市兵衛が解決するといういつもの展開へと落ち着いてしまいました。

この『風の市兵衛シリーズ』も『風の市兵衛 弐シリーズ』とシリーズ名も新しくなって登場人物も少しの入れ替えがあったりと、マンネリ化を防ぐために手立てを講じてあると思っていました。

しかし、本書に至り、少しではありますが再び渋井鬼三次が登場して市兵衛の探索の手伝いをするなど昔に戻った印象です。

新しく登場したはずの南町奉行所同心の宍戸梅吉などはその名前も出てきませんし、従前の『風の市兵衛シリーズ』と何ら変わっていないように思えます。

 

何よりもこの頃の本シリーズに不満があるのは、前回の『乱れ雲 風の市兵衛 弐』こそ若干面白いという印象はありましたが、結局はマンネリ感を払しょくできていないということです。

その点を除けば、さすがに辻堂魁の物語らしく堪能できる作品であるとは思うのですが、どうにも痛快小説のパターン、それもご都合主義的な展開にはまっているとしか思えず、ファンとして残念に思えるのです。

きびしく書けば、何よりも物語自体が新鮮味がなく、お家騒動と主君のために自分を殺して生きている侍の物語というよくある展開と言うしかありません。

特に、市井のやんちゃ坊主として生きてきた若君が人生が一大展開するはずなのに何の手当もないままに終わっている点など、この作者らしくない展開です。

自分の本当の生まれを知らされずに生きてきた子供にとっては大変な出来事の筈であり、もう少し何らかの配慮があって初めて物語として完結するのではないかという気がしてなりません。

 

また、返弥陀ノ介が傷を負い、それを助けたのがこの物語の関係者であるなど、物語の世界がものすごく狭くなっています。

偶然性に頼り過ぎると世界が狭くなってしまうし、ご都合主義と言われても仕方のないことになってしまいます。

いくら痛快小説であるとしてももう少し物語の世界を広くとってほしいと思うのです。

せっかく返弥陀ノ介とその妻の青が出て来たのに何の活躍がないままに終わってしまうのも淋しいものでした。

 

今回は全くの不満ばかりのレビューになってしまいました。

それでも物語として面白くないわけではないのです。せっかくの良いキャラクターが造形されているのですから、もう少し市兵衛の市兵衛らしい活躍を期待したいのです。

是非ともこのキャラクターを生かす物語を生み出して欲しいと切に願います。

乱れ雲 風の市兵衛 弐

本書『乱れ雲 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐』シリーズの第八弾で、文庫本で340頁という長さの長編痛快時代小説です。

今回の風の市兵衛は、そろばん侍としての側面が表に出た、このところではかなり面白い部類に入る作品でした。

 

乱れ雲 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

江戸を流行風邪が襲った。蘭医柳井宗秀は、重篤の老旗本笹山卯平に請われて、唐木市兵衛を紹介する。卯平は秘かに金貸を営んでおり、百両近い貸付が残る五千石の旗本広川助右衛門へのとりたての助役を依頼したのだ。助右衛門は返済逃れの奸計を巡らす。同じ頃《鬼しぶ》の息子良一郎は北町奉行所に出仕、見習仲間と賭場で破落戸相手に大立回りを演じてしまい……。(「BOOK」データベースより)

 

序章 流行風邪 | 第一章 上弦の月 | 第二章 とりたて | 第三章 出世街道 | 第四章 東宇喜多 | 終章 放生

 

唐木市兵衛が蘭医柳井宗秀の紹介で訪ねた旗本の笹山卯平は、千五百石の旗本ではあるものの無役で小普請入りとなって裏で金貸しをやっていていた。

笹山卯平は近頃流行のたちの悪い風邪にかかっていて明日をも知れない病状だったため、息子の六平に付き添って取り立てを頼みたいというのだった。

特に旗本の広川助右衛門には百両近い大口の貸付があり、何としても取り立ててほしいというのだ。

一方、渋井鬼三次の倅の良一郎は北町奉行所で無給の無足見習として出仕を始めていた。

その良一郎は同じ与力見習の滝山修太郎や見習仲間に酒席に誘われ、その勢いで賭場へと繰り出すが、そこで諍いを起こしてしまうのだった。

 

乱れ雲 風の市兵衛 弐』の感想

 

本書『乱れ雲 風の市兵衛 弐』は、こじらせると胸をやられ逝ってしまうという奇妙な夏風邪が流行っている、という舞台設定で、現代のコロナ禍の世相をそのままにうつしているようです。

登場人物は現代のマスクを思わせる晒(さらし)の端布で鼻、口を覆いながらの会話をしています。

この病気自体は物語にそれほどは関係しては来ませんが、病気に対しての適切な対応で評判が上がった蘭医柳井宗秀の紹介で新たな仕事に就くことや、依頼人もまたこの病にかかっていることなどはあります。

 

ともあれ、本書『乱れ雲』での市兵衛は、旗本が陰で行っている貸金業の取り立てを手伝うという業務につき、そろばん侍としての力が少しではありますが発揮されています。

また、前々巻まで市兵衛らと共に大坂に行っていた鬼渋の息子の良一郎が同心見習いとして出仕しているのには驚きました。

そこで先輩の見習同心の遊びに付き合わされ、訳ありの賭場で喧嘩騒ぎを起こしてしまうという失態を犯してしまいます。

その際の良一郎の振る舞いが心地よく、これまでは半人前だと思っていた良一郎が、次第に一人前の男として、また同心の卵として育ってきているのだと実感させられた作品でもありました。

 

このように本書『乱れ雲』は市兵衛が渡り用人としての業務の中で算盤を駆使する場面があったり、もちろん市兵衛の剣戟の場面も用意してあったりと、市兵衛の物語としての見どころが丁寧に描かれている作品です。

また、鬼渋こと渋井鬼三次と、その息子の良一郎の新たな姿も見ることができる楽しさもあります。

ただ、本書『乱れ雲』は本書としてそれなりの面白さを持った作品ではあったものの、この頃、市兵衛の友である返弥陀ノ介やその妻のの姿を見ることがありません。

前巻『残照の剣 風の市兵衛 弐』でも書いたように、できればこの二人も交えた痛快な物語を読みたいと思います。

そして、前巻『残照の剣 風の市兵衛 弐』に登場した近江屋の内儀季枝の娘早菜の消息を記してあったのもこの作者らしい丁寧な描写でした。

蛇足ですが、時代小説のファンの方はまず知っていることとは思いますが、本書『乱れ雲』にも出てくる「小普請組」とは「無役の旗本や御家人」のことを指します。
詳しくは「情報・知識&オピニオン imidas」を参照してください。

夜叉萬同心 お蝶と吉次

夜叉萬同心 お蝶と吉次』とは

 

本書『夜叉萬同心 お蝶と吉次』は『夜叉萬同心シリーズ』の第八弾で、2021年2月に347頁の文庫本として刊行された長編の痛快時代小説です。

タイトルはお蝶と吉次という姉妹の名前ですが、にもかかわらず物語は水戸藩内部の揉め事に振り回される夜叉萬たちの姿が描かれます。

 

夜叉萬同心 お蝶と吉次』の簡単なあらすじ

 

北町奉行所の隠密廻り同心萬七蔵は、失踪した水戸家の勘定方・淡井順三郎の行方を探るよう密命を受ける。探索の過程で七蔵は、深川門前仲町の子供屋の亭主、博龍と出会う。深い絆で結ばれた博龍と、辰巳芸者の吉次、その姉で、鍛冶職人のお蝶。淡井の失踪は三人の生き様と絡み合い、非情にも彼らの運命を変え、大きく事態を動かしてゆく。傑作シリーズ第八弾!(「商品内容」より)

 

序 花町の春
深川の永代寺門前仲町の子供屋《岩本》の亭主の博龍は、お花と言っていた吉次とその母親のお笙のことを思い出していた。

第一章 芸の道
萬七蔵は北町奉行内与力の久米信孝と共に水戸藩目付役の斗島半左衛門から、水戸家江戸屋敷勤番の淡井順三郎が行方不明になり、内々に探して欲しいと頼まれる。淡井の上役の佐河丈夫が子供屋《岩本》に通っていたと聞き、七蔵は子供屋の亭主の博龍を訪ねるのだった。

第二章 おぼろ月夜
嘉助は五十次のもとを訪れ、淡井が行方不明になった日に見た事を聞き出した。一方、淡井と尾上天海との関係を聞き、尾上天海を訪ねた七蔵を素浪人が襲ってきた。

第三章 さんさ時雨
三日後、天海の手下の小田彦之助は拉致されて拷問を受け、淡井のこと、またお笙のことを全部話してしまう。

第四章 春雷
お蝶の亭主の鉄太郎は、ひとり父親の徳兵衛や女房のお蝶たちに会う。子供屋《岩本》の女将の文太が倒れて帰らぬ人となった葬儀の夜、博龍を呼び出しに里助という男がやってきた。

結 恩讐
三月の下旬、奉行所で久米信孝と対坐していた萬七蔵が、水戸家の一件について話を聞き、同じ日に起きた天海の件、特に岩本の博龍の件について、単なる推量として話すのだった。

 

夜叉萬同心 お蝶と吉次』の感想

 

本書『夜叉萬同心 お蝶と吉次』には三つの物語があるといえます。

一つ目の話は、物語の発端ともなっている行方不明となった水戸藩士淡井順三郎の探索の話です。

藩の内部で処理をしたいという水戸藩の斗島半左衛門の依頼に応じて、萬七蔵と嘉助嘉助樫太郎お甲といった顔なじみの七蔵組の面々が探索に走ります。

そこで浮かび上がってくるのが《清明塾》であり、尾上天海小田彦之助といった名前です。

この《清明塾》の面々が次の復讐譚にもかかわってきます。

 

水戸藩の江戸留守居役の佐河丈夫が入れあげているのが深川の子供屋《岩本》の吉次という芸者です。吉次にはお蝶という姉がおり、鍛冶屋で手伝いをしていました。

《清明塾》の尾上天海の一味が淡井順三郎の行方不明に関わってくるのですが、さらにお蝶と吉次姉妹の仇討ちの話にも関係することになり、これが二つ目の話です。

 

最後に、子供屋《岩本》の亭主が博龍というもと侍だった男で、この博龍の桔梗龍之介という本名での個人的な話が三つ目の話です。

この話自体は講談そのものの復讐譚です。端的に言えば、七蔵の活躍とは切り離された物語と言っていいと思います。

こうした話は本書の作者辻堂魁の物語にはありがちと言っていいかもしれません。

主人公の夜叉萬の活躍とは切り離された話ですから、この話をそのままに『風の市兵衛シリーズ』の話として持って行ってもなんの違和感もないと思われます。

 

ここで豆知識ですが、本書『夜叉萬同心 お蝶と吉次』の本文によると、茶屋や揚屋から口がかかった芸者の取次や玉代の清算を行うのが「見番」です。

その「見番」には仲町の芸者衆の名前を書いた板札があって、指名の多寡、玉代の稼ぎによって順位が入れ替わったそうです。

その板札の一枚目にかかった芸者を「板頭」とか「板元」と呼び、二枚目を「板脇」と呼んだそうで、そして門前仲町では、芸者を「子供」と呼んだとありました。

 

話を元に戻すと、結論から言えば、本書は物語の焦点が定まっていないように感じました。

前述した三つの物語が合わさっているためだと思われるのですが、そのため最後の博龍個人の物語などは無くても何の問題もないように思えます。

それは博龍という人間の背景を描く、という意味はあるのでしょうが、べつに本書で描かれているような流れは不要だと思えるのです。

ただこの関係を外すと剣戟というか、アクションの場面が減るということはあるでしょう。

 

さらに言えば、本書『夜叉萬同心 お蝶と吉次』での、ある殺しの現場に居合わせた人を殺したためにそちらの事件でも復讐譚がおきるわけですが、二件目の殺人の被害者が最初の殺しの関係者だったというのは偶然にすぎます。

痛快時代小説の場合、軽く読めるエンターテイメント小説として、ある程度のご都合主義的な物語の流れも許容されるとは思いますが、本書のような場面では個人的には認めがたいのです。

 

辻堂魁という作家の物語は『風の市兵衛シリーズ』を始めとして面白い作品ばかりではあるのですが、たまに本書のように、誰が主人公となっても成立するような物語があります。

 

 

数多くの作品を書かれている作者であるのでその全てに水準以上の出来を期待するのは酷かもしれませんが、それを要求するのが素人のファンです。

今後の作品を期待したいと思います。

 

蛇足ながら、本書『夜叉萬同心 お蝶と吉次』に登場する地名を古地図で当たってみても見つからないものがありました。

それは、神田堀や十五間川、大島川といった土地名です。

調べてみると、下記文章を見つけました。

竜閑川は自然河川ではなく、人口の河川、堀です。江戸時代に掘られたもので、当時は神田堀、という名前でした。
引用元:江戸時代の堀にかかる橋-竜閑橋

また、十五間川とは、通称を「油堀」と言うそうです( 東京とりっぷ : 参照 )し、大島川とは、「大横川」のことだそうです( ウィキペディア : 参照 )。

残照の剣 風の市兵衛 弐

本書『残照の剣 風の市兵衛 弐』は、『風の市兵衛 弐』シリーズ第七弾の文庫本で320頁の長編痛快時代小説です。

いつもの市兵衛の物語として安定した面白い物語ですが、新鮮味がない、とも言えそうな作品です。

 

残照の剣 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ

 

“宰領屋”矢藤太の許に大店両替商“近江屋”から、唐木市兵衛を名指しで口入の周旋依頼があった。蟄居閉門中の武州川越藩士に手紙を届けてほしいという。二人は川越藩主に国替えの噂があり、資金調達のため圧政下にあると知る。異論を唱えた藩士も改易は必定、その時は江戸に迎えたいというのだ。市兵衛は矢藤太と共に赴くが、到着するや胡乱な輩に囲まれ…。(「BOOK」データベースより)

 

序章 赤間川 | 第一章 百代の過客 | 第二章 江戸街道 | 第三章 居合斬り | 第四章 蝉の国 | 終章 養子縁組

 

寛政十二年(1800)閏四月末に武州川越城下で上位討ちがあった。そしてその二十五年後の文政八年(1825)夏、十吉郎という男が永富町の滝次郎店で遺体で見つかった。

それから十日近くが過ぎ、大坂から帰っていた唐木市兵衛のもとに口入屋「宰領屋」の矢藤太が仕事を持ってきた。依頼主は銀座町の両替屋の《近江屋》だが、依頼の内容に嫌な予感がするという。

近江屋の主の隆明とその母親の季枝は、先に死んだ十吉郎は二十五年前の上意討ちから逃れた堤連三郎であり、季枝と隆明は連三郎の妻と子だという。

そして当時傷を負った連三郎が世話になり、現在は川越で蟄居閉門の身の村山永正へ手紙を届けた上で、閉門が解けたら村山永正とその娘の早菜とを江戸まで警護して連れ帰ってほしいというのだった。

その仕事を請けた市兵衛と矢藤太は、早速川越へ向け旅立つが、川越へ着いた市兵衛らは早速正体不明の敵に襲われる。

 

残照の剣 風の市兵衛 弐』の感想

 

前巻『希みの文 風の市兵衛 弐』までしばらく大坂にいた市兵衛たちがやっと江戸へと帰ってきました。

まるで駆け落ちのように大坂へと旅立った小春と北町奉行所同心の渋井鬼三次の息子の良一郎の二人を無事に連れ戻したのはいいのですが、今度は小春と良一郎が一緒になると言いはじめます。

小春は義兄の又造と夫婦になることを願う義理の両親の思いに、良一郎は老舗扇子問屋《伊東》の主である文八郎の跡継ぎになるという両親の思いにこたえられないと言い出したのです。

今度のこの二人の行く末に振り回されそうな市兵衛です。

 

ところが、そうした話を追いやるような川越行きの話が巻き起こります。その裏には、二十五年前に上意討ちにあった堤錬三郎の事件が絡んでました。

その事件の陰には借金に苦しめられている川越藩松平大和守家の事情もあり、国替という幕閣の政策にも係わる事態へと連なる事情があったのです。

市兵衛への依頼主である近江屋の季枝や隆明らの依頼内容にあった村山永正の蟄居閉門の理由も松平大和守家の国替に対する異論と殿様への直言という無礼な振る舞いにあるというのです。

更には、蟄居閉門が解けたあと、堤連三郎とおなじ目に逢うのではないかとの危惧もあると言います。

そこで、村山永正とその娘早菜の身の安全を確保したいとの近江屋の願いでもありました。

 

本書『残照の剣』で図られた国替は、後に「三方国替え」として歴史上有名な事件へとして記録されることになります。

すなわち、「三方国替え」自体は江戸時代を通して何度も行われたようですが、後の天保11年(1840年)に行われ、「天保義民事件」と称される反対運動にまで発展し失敗した「三方国替え」がもっとも有名なようです。

この事件は藤沢周平もその作品『義民が駆ける』で取り上げています。

第十一代将軍である徳川家斉が、その子斉省が養子として入った川越藩のために、内実の豊かな庄内藩との国替えを命じます。時の老中水野忠邦は、川越藩を庄内へ、庄内藩を長岡へ、長岡藩を川越へと順次転封する三方国替えの案を命じるのでした。

実質減俸ともいうべき措置を命じられた庄内藩の対応などが描かれていて、特定の主人公を据えるのではなく、この事件に対してのいわゆる群像劇として、俯瞰的な視点で描かれています。

さすが藤沢周平の作品であり、講談社文庫版で解説まで入れて390頁弱のボリュームの作品です。なお、中公文庫版も出ています。

 

 

本書『残照の剣 風の市兵衛 弐』は、この作品とは異なり、三方国替えという事件自体ではなく、その政策を進める殿様も含めた藩の重鎮たちに対する異論を唱えた男を助けようとする市兵衛の姿が描かれます。

異論を唱える姿もあまり詳しくは描かれません。国替えを図るという藩の政策に関しても、男を蟄居平穏させるための事件として持ってきただけという印象です。

できれば、もうすこしそこらから掘り下げてもらえれば、後の市兵衛の行動にも深みが出るのではないかと素人ながらに思ってしまいました。

端的に言えば、市兵衛の物語も若干のマンネリ化に陥っているのではないでしょうか。

 

本書『残照の剣』では久しぶりに市兵衛の盟友弥陀ノ介が登場します。しかし、兄片岡信正との席に同席するだけで、活躍の場面は見られません。

できれば、弥陀ノ介の妻である青も含めた、三人の活躍が見たいものです。

夜叉萬同心 風雪挽歌

本書『夜叉萬同心 風雪挽歌』は、『夜叉萬同心シリーズ』の第七弾の長編の痛快時代小説です。

定町廻り同心に取り立てられたばかりの萬七蔵と、その八年後の隠密廻り同心になっている萬七蔵とが描かれています。シリーズの中では若干ですが個性に欠ける作品という印象でした。

 

北町奉行が異例の若さで定廻り同心に抜擢したのは、萬七蔵、三十五歳。袖の下を使った出世だと噂が広がる中、深川の貸元が何者かに殺害される。あと一歩まで下手人を追い詰める七蔵だったが―。まだ夜叉萬と呼ばれる前の七蔵が取り逃がした凶悪な男と再び対決。侍の世の不条理と、敵への憐憫と、人の心に巣くう何かをも斬る。夜叉萬の始末が胸を抉る傑作小説。(「BOOK」データベースより)

 


 

序 洲崎
北町奉行所の年番方の古参与力の殿山竜太郎の供侍である若侍は、洲崎の平野川にかかる平野橋のたもとで大島町の貸元の岩ノ助の首をはね、船饅頭の船で去っていった。

第一章 三一侍
岩ノ助の件は、七蔵が三十五歳で北町奉行所の定町廻り方になった夏の出来事だった。目撃者はなく、骸の発見者は近くに船饅頭を一艘見かけたという。その後、首を斬られた猫が見つかり、犯人は北御番所の殿山さまの奉公人の田島享之介らしいとの噂がたった。

第二章 十五夜
紀州家下屋敷内での月例の句会からの帰り、紀州家御用達の菓子屋・檜屋の番頭の羽左衛門は、享之介に出逢い首を落とされてしまう。その享之介は、夜分の抜け出しを咎められ、また賭場での遊びを同心に見つかり辱めを受けたことなどから次第に追い詰められていく。

第三章 上州無宿
七年の後、中山道鏑川の河原でのヤクザの出入りで、負けそうな一家が一人の男の活躍で勝ちを得た。岩ノ助の事件から八年後、今では隠密廻りの四十七歳となっていた七蔵は、主らを斬り出奔していた享之介が八州の無職渡世となっていると聞き、嘉助らを連れ現地へと行く。

第四章 地の果て
お桑と忠治がここらを縄張りにする百右衛門の世話で営んでいた「お宿 竹屋」に享之介が訪れていた。そこに、萬七蔵らの捕り方が現れ、百右衛門も捕り方の一員として「竹屋」を襲うのだった。

結 箱崎まで
箱崎の堤道の先にある永久橋あたりへ来た七蔵は、享之介の産みの母に享之介のことを知らせるべきか迷っているのだった。

 

本書『夜叉萬同心 風雪挽歌』では、未だ夜叉萬と呼ばれる前の若かりし頃の萬七蔵の姿が描かれ、七蔵の手下を務める嘉助との関係などもはっきりと書かれています。

そして、その時の事件が未解決のままに、隠密同心になり夜叉萬と呼ばれるようになった八年後の萬七蔵がその事件の決着をつけるのです。

 

そうした七蔵の過去の出来事、とくに嘉助との付き合いなどについての描写はファンにとっては関心事であり、楽しみに読める事柄です。

しかしながら、本書『夜叉萬同心 風雪挽歌』の物語としての面白さとしては、先にも書いたように辻堂魁の作品の中では平凡な作品としか思えませんでした。

それは一つには、敵役としての田島享之介にそれほどの魅力がないということにあると思えます。

享之介のキャラクターが暗いこともありますが、決して明るくはない痛快時代小説の設定としては特別なものではないでしょう。

幼いころから水呑百姓の子として育っていたものの、無理やり母親と引き離された、後に享之介となる正吉の哀しみに満ちた暮らしの描写も心に響くものではなかったのです。

 

また、殿山竜太郎が約束を破って享之介を使用人の子として育てた理由もよく分からず、、粗さばかり目立ち、違和感が残ります。

剣の腕は尋常ではないものを持っていながら報われることはなく、日々鬱屈を抱え生きている男が、ついには耐えかねて暴発してしまう、ただそれだけの物語なのです。

そこに田島享之介の人間性などについては、ただ鬱屈を抱えていたというだけであり、猫の首をはねるなどの異常性を見出すだけです。

もちろん、幼くして母親から引き離され、使用人の子として育てられるという過去については書いてありますが、それ以上のものではありません。

 

ただ、萬七蔵の若かりし姿や定町廻り同心になり立ての頃などの描写は楽しく読めました。

先に書いたように、若い七蔵の描写に合わせて、嘉助の八年前の姿も描写してあり、シリーズ物としての面白さはあります。

結局、本書『夜叉萬同心 風雪挽歌』は辻堂魁の描く痛快小説としては普通だった、という他ありませんでした。

 

ちなみに、「第一章 三一侍」の「三一」とは、「三両一人扶持」という安い給料を意味します。

時代劇でよくヤクザが侍に「サンピン」と呼びかけるように、身分の低い武士を卑しんでいう言葉です。

詳しくは

などを参照してみてください。