『うつ蟬 風の市兵衛 弐』とは
本書『うつ蟬 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛 弐 シリーズ』の十三弾で、2024年4月に祥伝社文庫から344頁の文庫本書き下ろしとして出版された、長編の痛快時代小説です。
このシリーズもかなりの長さを数えるようになり、どうしてもマンネリという印象が先に立ち、市兵衛の面白さが薄れてきている気がします。
『うつ蟬 風の市兵衛 弐』の簡単なあらすじ
家格の違いにも拘らず、三千石の旗本岩倉家に輿入れした村山早菜。藩の陰謀で父を失うも唐木市兵衛に助けられた川越藩士の娘だ。だが、幸せは束の間だった。市兵衛は兄・片岡信正から、岩倉家の逼迫した台所事情を知らされ、憤る。早菜の幸福を願う後見人の大店両替商“近江屋”の財を貪らんとする卑劣な縁組か。そんな折、変死体を調べる渋井父子は妙な金貸の噂を聞く。(「BOOK」データベースより)
『うつ蟬 風の市兵衛 弐』の感想
本書『うつ蟬 風の市兵衛 弐』は『風の市兵衛シリーズ』の第十三弾となる長編の痛快時代小説です。
このシリーズもかなりの長さを数えるようになり、どうしてもマンネリという印象が先に立ち、市兵衛の面白さが薄れてきている気がします。
というよりも、かなり厳しいことを言えば本書のストーリーそのものが既視感しかないと言ってもいいほどに独自性が感じられないものでした。
旗本岩倉家に輿入れした村山早菜でしたが、この婚姻は高倉家の台所事情、また夫となった高倉高和が起こした不祥事などにより早菜の後見人である大店両替商の近江屋の財産を狙ったものでした。
しかし、主人公の唐木市兵衛は兄の片岡信正と会った際に、信正の配下で市兵衛の親友でもある返弥陀ノ介から早菜の輿入れ先の高倉家の台所事情がかなりひっ迫したものであり、台所預かりという処置では済まず、改易ということにもなりかねないものだという話を聞かされます。
唐木市兵衛は宰領屋の矢藤太と共に、父親村山永正亡き後の早菜を襲い来る暴漢から守り河越から江戸の近江屋まで届けたことから、江戸の大店の両替商である近江屋の刀自の季枝からも頼られている存在だったのです。
こうした花嫁の家の財産目当ての結婚というストーリーは痛快時代小説のストーリー展開として見た場合ありがちな設定であり、なにも目新しいものではありません。
もちろん、本書『うつ蟬 風の市兵衛 弐』には本書なりの冒頭に示された殺人事件の犯人探しや、メインである早菜の結婚物語への犯人探しの絡み方など一定の工夫(と言っていいものかわかりませんが)は示してあります。
しかしながら、全体としてのストーリー自体に読者を惹き付けて離さないほどの魅力が見いだせないのです。
そもそも、この作品の基本的な設定である早菜の婚姻自体に、嫁ぎ先の旗本の台所事情がかなり怪しいことを婚姻の仲介役である権門師が全く知らないことがあり得るものか疑問です。
また、早菜の結婚式で夫の招待客の中に良い噂の無い金貸しの男がいることもまた不自然です。
いくら金を借りているからといって、武士の婚儀の席に良い噂のない町人を招くことはしないのではないでしょうか。
辻堂魁という作家の作品は若干そのストーリー展開に似たものがあるのは否めないところです。また、町人の物語にしろ、侍の物語にしろ、人情噺の裏に不条理な哀しみが隠されている点もまた類似点があると言えます。
でありながら、かなり緻密な描写を重ねて組み立てられていくストーリー展開はそれなりの型を持った作家さんとしてかなり面白く読んでいたのです。
ところが、この『風の市兵衛シリーズ』は人気シリーズゆえに二十巻を数え、マンネリを感じるようになりました。
そのため『風の市兵衛シリーズ 弐』として物語の環境に変化をつけたのですが、さらに本書で『風の市兵衛シリーズ 弐』も十巻を超える長さとなり、ストーリーも『風の市兵衛シリーズ』と変わらなくなり、やはりマンネリに陥っていると言わざるを得ません。
そうした印象を持っていた中での本書『うつ蟬 風の市兵衛 弐』です。私の中でももう我慢できないと思ったのでしょう。言葉も強くなってしまいました。
面白いことが当たり前と思い読み続けてきたシリーズであるからこそ、ここから更なる飛躍を期待したいのです。
勝手なファンの勝手な繰り言ではありますが、このシリーズが再度魅力を取り戻すことを願います。