『絆回廊 新宿鮫10』とは
本書『絆回廊 新宿鮫10』は『新宿鮫シリーズ』の第十弾で、2011年6月に刊行されて2014年11月に577頁で文庫化された、長編の警察小説です。
『絆回廊 新宿鮫10』の簡単なあらすじ
「警官を殺す」と息巻く大男の消息を鮫島が追うと、ある犯罪集団の存在が浮かび上がる。中国残留孤児二世らで組織される「金石」は、日本人と中国人、二つの顔を使い分け、その正体を明かすことなく社会に紛れ込んでいた。謎に覆われた「金石」に迫る鮫島に危機が!二十年以上の服役から帰還した大男が、新宿に「因縁」を呼び寄せ、血と硝煙の波紋を引き起こす!(「BOOK」データベースより)
『絆回廊 新宿鮫10』の感想
本書『絆回廊 新宿鮫10』は、文庫本で六百頁弱という大部の、『新宿鮫シリーズ』第十巻目となる長編の警察小説です。
本書では鮫島を取り巻く環境が大きく変化します。シリーズ十巻目という区切りだからそういう展開にしたのか、作者の意図は不明ですが、これまでのこのシリーズの根底で鮫島を支えていた存在が一気にいなくなるという展開は驚きでした。
鮫島は、違法薬物販売のプロである露崎という男から、警官を殺すために拳銃を欲しがっている大男がいたという話を聞き込みます。
今は解散して存在しない須藤会に関係があるらしいその男のことを調べるために、須藤会の生き残りを調べようとする鮫島ですが、暴力団担当の組織犯罪対策課からは迷惑だとの横やりが入ります。
しかし「警察官を殺す」という言葉を無視することはできずに問題の大男を探し続ける鮫島でしたが、そのことが中国残留孤児二世から構成されるグループ「金石(ジンシ)」へとつながることになるのです。
また鮫島は恋人の晶のことでも追い詰められていました。つまり晶のバンド「フーズハニイ」に内偵が入り、事件の進み方次第では晶の恋人として知られている鮫島は警察を辞めなければならなくなりそうだったのです。
前巻の『狼花 新宿鮫Ⅸ』で、シリーズ内で独特の存在感を有していた仙田こと間野総治を射殺するという衝撃的な結末を迎え、同様に重要登場人物の一人である香田との新たな因縁を作ってしまった鮫島でした。
それはまた、「金石」というグループを追及する鮫島と内閣情報調査室の下部組織に組み込まれた香田との新たな関係にもつながり、更には白髪の大男と陸永昌という謎の男へと結びつくのでした。
このシリーズは三十年前にでた第一巻から全部読み続けていますが、第一巻の鮫島は実にクールでまさにハードボイルドの主人公という雰囲気そのままだったと記憶していました。
しかし、本書の鮫島は確かに単独行が似合う孤高の刑事ではありますが、他者を排斥する冷たさは無いように思えます。
それは晶や香田に対する一歩引いた態度からくるものなのか、売人の露崎に白髪の大男に関する調査を依頼したことからくる印象なのかはよく分かりません。
ただ、当初の鮫島というキャラクターであれば異なる対応をしたのではないかと感じただけです。そもそも、当初の鮫島のキャラクターをよく覚えていないのですから比較の仕様もないのですが。
ただ、本書での鮫島は、大切な人との繋がりを失いつつも新宿署の他の警察官との新たなつながりを得たりもします。
もしかしたら、このような展開自体がこれまでの新『新宿鮫シリーズ』とは異なるために違和感を感じたのかもしれません。
本シリーズに関するレビューを読むと、本シリーズは時事的な出来事を先取りしたり、織り込んであるということをよく目にします。
そういえば、本書で取り上げられている中国人残留孤児二世らによる暴力団まがいのグループなどの話はニュースでも見聞きしたことがあります。
そんなトピカルなテーマを取り上げてあるのも本シリーズの特徴と言えるのでしょう。そうしたトピカルなテーマと言えば、石田衣良の描くヤングハードボイルド作品ともいうべき『池袋ウエストゲートパークシリーズ』がそうでした。
実際に話題となったその時代の出来事を反映した事件が池袋で起き、主人公のタカシが、そして池袋のキングであるマコトが解決していきます。宮藤官九郎の脚本、TOKIOの長瀬智也主演でテレビドラマ化もされて人気を得ました。
『新宿鮫シリーズ』の物語全体の印象はシリーズを通してあまり変わってはいないと思います。相変わらずに鮫島は鮫島であり、緊張感を持った物語はその世界に読者を引きずり込んで離しません。
ただ、本書では意外性に富む物語のその“意外性”が極端ではありました。この点、誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』での『ルージュ: 硝子の太陽』と同様の展開だとも言えそうです。
当然のことながら作品の内容は全く異なるのですが、両シリーズ共に長く、マンネリ化の回避のために思い切った転換を図ったのではないかと思われます。
わたしの場合、本書に続く『暗約領域 新宿鮫11』を先に読んでしまい失敗したと思っています。
作品の内容が『暗約領域 新宿鮫11』が本書を受けた後編とでも言えるものであり、鮫島の相方も登場するなどこれまでとは大きく異なる内容になっていたからです。
先に述べた鮫島のキャラクターの変容も、読む順序が前後したので私の先入観があってからのものかもしれません。
ともあれ、新たな次元に入った『新宿鮫シリーズ』を読んで、昔読んだ本シリーズの第一巻から再読しようかと思ってきました。