沢崎シリーズ 短編集・エッセイ集(2019年06月16日現在)
- 天使たちの探偵
- ミステリオーソ
- ハードボイルド
『沢崎シリーズ』は、沢崎という名の探偵を主人公とする正統派のハードボイルド小説です。
そして、日本の風土にハードボイルド小説を定着させるきっかけを作ったシリーズと言われていて、日本のハードボイルドを語るうえでは避けては通れない作品なのです。
日本のハードボイルドと言えば、まずは『野獣死すべし』の大藪春彦の名が挙がり、結城昌治や生島治郎、「天使」シリーズの三好徹などがいて、矢作俊彦、大沢在昌といった人たちが続きます。
その後、北方謙三、志水辰夫、逢坂剛といった人たちが現れ、1988年には原りょうが登場するのです。
勿論このほかにも多くのハードボイルド作家と呼ばれる人たちがいるのですが、その全部をここで挙げるわけにもいかず、代表的な作家さんだけを挙げています。
原りょうという作家はレイモンド・チャンドラーに心酔していて、チャンドラーが生み出した名探偵のフィリップ・マーロウをモデルとして本シリーズの主人公の私立探偵沢崎を造形し、『そして夜は甦る』が書かれました。
受賞歴で言うと、『そして夜は甦る』は第二回山本周五郎賞候補となり、『私が殺した少女』で第百二回直木三十五賞を受賞しています。
また、『私が殺した少女』でファルコン賞受賞し、『天使たちの探偵』で第九回日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞を受賞しました。
ただ原りょうという作家は非常な寡作であり、三十年の間に書かれた作品は長編五冊、短編集一冊、エッセイ集一冊の七冊だけです。エッセイ集『ミステリオーソ』は文庫化に際し、『ミステリオーソ』と『ハードボイルド』とに分冊されました。
この作家はレイモンド・チャンドラーに傾倒しているだけあって、ストーリーの派手な展開などはありません。
読者は、登場人物の軽妙な会話に酔いしれ、主人公の行動に応じて物語に感情移入していくと思われます。なによりも主人公の沢崎の性格設定が強烈な男を感じさせるものであり、魅せられます。
しかし、そのストーリー自体は近時の冒険小説とは異なって平板なことが多く、その意味では今一つ私の好みとは外れています。
例えば、藤原伊織という作家の『ひまわりの祝祭』などの作品群は、文章自体の美しさもさることながら、物語の展開もつい引き込まれてしまうエンターテイメント性をもっているのです。
しかし、少なくとも私が読んだ原りょうの作品においては、物語の流れに読者の関心を引くようなイベントであったり、緩急を設けたりすることはあまりなく、ただ、主人公の探索の過程を緻密に追うことが主眼であるようです。
そこに、読者受けするという意味でのエンタメ性はありません。
とはいえ、原りょうの作品は面白くないわけはないのです。ただ、私個人の好みとは微妙にずれているというだけです。作品としては、渋い大人の魅力にあふれていて、読みごたえがあると言えます。
脇役に眼をやると、私立探偵である沢崎としては公権力の利用ができたほうが仕事がしやすいのはもちろんで、そのために設定されているのが新宿警察署の捜査課にいる錦織警部です。
そもそも沢崎が私立探偵として働き始めた当初は、渡辺という男が所長でした。今でも沢崎探偵事務所ではなく渡辺探偵事務所の沢崎として探偵業をやっています。
渡辺は元警官であったという立場を利用して五年前に警察とヤクザをともに騙し、一億円という金と五千万円分の覚醒剤を抱え逃亡したのです。
沢崎は元上司の詐欺に加担している疑いをかけられて三日の間留置されたのですが、その時から錦織との付き合いが始まりました。ジャンルは全く異なりますが、錦織警部に接して私の頭に最初に浮かんだのは、ルパン三世の銭形警部でした。
ハードボイルドは主人公が「カッコいいかどうかが大事だ」
との主張も見つけました。たしかにそうも言えますね。というよりも、今はまさにそうだという気がしています。
そして、そのためには「ディテールが積み重ならないとダメ」
ともありました。その部分は全面的に賛成とはいきませんが、詳細な記述はうまくいけば物語の深みを作りだすことが出来るとは思っています。( withnews : 参照 )
それはまさにS・キングの小説作法です。彼の小説のディテールの細かさは他に類を見ないでしょう。しかし、だからこそ物語の世界観がきちんと作り上げられ、読者はその世界に浸ることができるのだと思います。
本書の場合、詳細な描写と練り上げられたプロットが主人公沢崎の魅力を十二分に引きだしていると言え、だからこそ伝説の作品という言われ方をするのだと思います。