ゴールデン街や区役所通りが近い、ここ“花園裏交番”は、配置人員と酒がらみのトラブルの多さから「裏ジャンボ交番」と呼ばれている。新米巡査・坂下浩介は、重森班長の下、ヤクザになったかつての恩師やビッグ・ママと恐れられる新宿署捜査一課の美人警部補に揉まれながら、欲望に忠実に生きる人間たちに対峙する―。(「BOOK」データベースより)
新宿を舞台にした人情味豊かな長編の警察小説です。
ただ中編の連作小説ともいえそうで、もちろん警察小説として中編毎の謎解きの要素もありますが、それよりも新宿という街に暮らす人間を描いた人情小説と言うほうがしっくりきそうです。
そういう意味ではどちらの側面もかえって中途半端だとも評価できそうですが、人情小説が好きだという個人的な好みで言えばかなり好みに合った作品です。
新宿を舞台にした警察小説と言えば、馳星周の第15回日本冒険小説協会大賞大賞や第18回吉川英治文学新人賞を受賞したノワール小説である『不夜城』や、誉田哲也のジウサーガの中の『歌舞伎町セブン』ほかなどがあります。
単に部隊が新宿というだけでなく、警察小説というジャンルでいうと、ヒューマンドラマとして位置づけられる笹本稜平の尾根を渡る風に近い作品との印象です。
しかし個人的には、そうした作品よりも、かなり古い作品ですが、同じ新宿を舞台にした人情小説として半村良の『雨やどり』という作品をどこか思い出していました。
物語の内容としてみると、本書は警察小説であり、ミステリーとして分類されるのでしょうが、『雨宿り』のほうはそうではなく、新宿のバーを舞台にした人情小説であり全く異なる作品です。
しかしながら、本書の人情小説としての側面は『雨やどり』を思い出してしまったのです。
本書は「冬」から始まり、「春」「夏」「秋」と四季をタイトルとした四つの中編からなっています。つまりは主人公の坂下浩介巡査の一年を描いてあります。
登場人物としては、坂下浩介巡査が勤務する新宿花園裏交番の所長である重森周作、そして新宿署捜査一課の美人警部補として名高いビッグ・ママこと深町しのぶ警部補がいます。
忘れてならないのは、浩介の高校時代の野球部の監督であったという過去を持つ西沖達哉というヤクザであり、加えて西沖の手下の鶴田昌夫や、被害者であり新宿の住人として登場するマリと早苗の二人のホステスなどがいます。
本書は、彼らにからんだ事件の謎を解き明かしながら、その裏にある人間模様を浮かび上がらせていきます。
というよりも、彼らに関連しながらも坂下浩介という新米巡査の、深町しのぶや西沖、それにマリや早苗らから“生きる”ということについて学び、成長していく姿を記してあるというべきかもしれません。
そういう意味での「人情物語」なのです。生きていくうえでの悲哀を感じながらも強く生きていく人に対する思いを強く感じます。
ただ、それぞれの物語は長めの短編ともいえるほどの長さにしては筋立てが複雑に組み立ててあります。そのため、解決に向けての謎解きが少々説明的になっており、読んでいくうえで気になりました。
とはいえそれはこの短さの中にストーリーを凝縮してあるということでもあります。
続編を期待したいものです。