私鉄と銀行のシステムが次々にダウン。不審に思った竜崎はいち早く署員を向かわせるが、警視庁生安部長から横槍が入る。さらに、管内で殺人事件が発生。だが、伊丹から異動の噂があると聞かされた竜崎はこれまでになく動揺していた―。(「BOOK」データベースより)
今野敏作品の人気シリーズ、隠蔽捜査シリーズ第七弾の長編警察小説です。
私鉄電車が止まり、すぐに、今度は銀行のシステムもダウンしたとの報告を聞いた竜崎は、すぐにその原因を探るために捜査員を派遣しますが、第二方面本部の弓削方面本部長や警察本部の前園生活安全部部長から捜査員を引きあげるようにとのクレームが入ります。
これを無視する竜崎のもとに直接の電話や訪問がありますが、結局は竜崎の正論のもとに引き下がらざるを得ない両部長でした。
同じ頃、札付きの非行少年が被害者の殺人事件が起き、大森署に捜査本部がおかれます。いつものように陣頭指揮を執るために本部入りする伊丹俊太郎刑事部長です。
被害者と同じ非行グループの少年らは、尋問にも答えようとはしません。しかしそれは、単に警察が相手だからとは思えず、何か別な理由があるかのようでした。
そうした折、竜崎本人の事柄として異動のうわさが届き、意外にも動揺している自分に気付きます。そのことを妻の冴子に告げると、「あなたも成長した」と言われるのでした。また、息子のポーランド留学の話がおきており、個人的にも何かと忙しい竜崎です。
本書でも、これまでのこのシリーズと同じく、他者の筋の通らない苦情などものともせずに原理原則を貫いて捜査を全うする竜崎の姿があります。
しかし、本書の一番の特徴は、何といっても竜崎の異動の話が持ち上がることだと思います。この情報はネタバレ気味かもしれませんが、本書の早くにその話題が出てくるので許される範囲でしょう。
なにせ、めずらしくも自分の異動の話に動揺する竜崎の姿があり、動揺している自分自身の姿にまた驚いている竜崎が描かれているのですから珍しい話です。
動揺する竜崎に絡み、竜崎が大森署に赴任してきてからの変化を感じさせながら、家庭では息子のポーランド留学の話が起き、妻の冴子には「大森署があなたを人間として成長させた」と言われ、また驚いているのです。
そうした普段とは異なる姿を見せる竜崎ですが、署長としての仕事はおろそかにしていません。コンピュータのシステムダウンと少年が被害者の殺人事件という異なる犯罪を抱えながらも、事件解決のために原理原則を貫くといういつもの竜崎の姿がそこにはあります。
人間的な情に流されずに合理主義を徹底する、という姿を貫きながら、その裏では人間的な側面を見せ、だからこそ皆から慕われる竜崎でした。そして、シリーズが進むにつれ、築きあげられてきた人間関係も安定し、居心地のいい場所となっていたのです。
でも、それは物語としてはマンネリへの道でもあります。一つの道としては、映画『フーテンの寅さんシリーズ』やテレビドラマの『水戸黄門シリーズ』のように、偉大なるマンネリとして、定番の型をもつドラマとして生き残っていくという方法もあるのかもしれません。
しかしながら、推理小説の世界でそれを通すのはかなり難しいと思われます。ことに、本書の場合は謎解きを中心にした物語というよりは竜崎個人の人間的な魅力に負うところが大きく、しかし、署長勤務の長い大森署ではその個性を発揮しにくくなっているのです。
今回の異動はシリーズを活性化させる物語展開であり、今後の展開を大いに期待したいものだと思います。