『棲月 隠蔽捜査7』とは
本書『棲月 隠蔽捜査7』は『隠蔽捜査シリーズ』第七弾で、2018年1月に刊行され、2020年7月に文庫化された作品で、文庫本は432頁の長編の警察小説です。
銀行のシステムダウンや非行少年絡みの殺人事件などがおき、加えて竜崎本人の異動の話や、家庭内での出来事などに動揺する姿を見せる竜崎の姿があり、面白く読んだ作品です。
『棲月 隠蔽捜査7』の簡単なあらすじ
鉄道のシステムがダウン。都市銀行も同様の状況に陥る。社会インフラを揺るがす事態に事件の影を感じた竜崎は、独断で署員を動かした。続いて、非行少年の暴行殺害事件が発生する。二件の解決のために指揮を執る中、同期の伊丹刑事部長から自身の異動の噂があると聞いた彼の心は揺れ動く。見え隠れする謎めいた“敵”。組織内部の軋轢。警視庁第二方面大森署署長、竜崎伸也、最後の事件。(「BOOK」データベースより)
私鉄電車が止まり、すぐに、今度は銀行のシステムもダウンしたとの報告を聞いた竜崎は、すぐにその原因を探るために捜査員を派遣するが、第二方面本部の弓削方面本部長や警察本部の前園生活安全部部長から捜査員を引きあげるようにとのクレームが入る。
これを無視する竜崎のもとに直接の電話や訪問があるが、結局は竜崎の正論のもとに引き下がらざるを得ない両部長だった。
同じ頃、札付きの非行少年が殺される事件が起きて大森署に捜査本部がおかれ、いつものように陣頭指揮を執るために本部入りする伊丹俊太郎刑事部長の姿があった。
被害者と同じ非行グループの少年らは、尋問にも答えようとはしないが、それは単に警察が相手だからとは思えず、何か別な理由があるかのようだった。
そうした折、自身の異動の噂に意外にも動揺していることに妻の冴子からは「あなたも成長した」と言われ、また、息子のポーランド留学の話もあって、個人的にも何かと忙しい竜崎だった。
『棲月 隠蔽捜査7』の感想
本書『棲月 隠蔽捜査7』でも、これまでのこのシリーズと同じく、他者の筋の通らない苦情などものともせずに原理原則を貫いて捜査を全うする竜崎の姿があります。
しかし、本書の一番の特徴は、何といっても竜崎の異動の話が持ち上がることだと思います。この情報はネタバレ気味かもしれませんが、本書の早くにその話題が出てくるので許される範囲でしょう。
なにせ、めずらしくも自分の異動の話に動揺する竜崎の姿があり、動揺している自分自身の姿にまた驚いている竜崎が描かれているのですから珍しい話です。
動揺する竜崎に絡み、竜崎が大森署に赴任してきてからの変化を感じさせながら、家庭では息子のポーランド留学の話が起き、妻の冴子には「大森署があなたを人間として成長させた」と言われ、また驚いているのです。
そうした普段とは異なる姿を見せる本書『棲月 隠蔽捜査7』での竜崎ですが、署長としての仕事はおろそかにしていません。
コンピュータのシステムダウンと少年が被害者の殺人事件という異なる犯罪を抱えながらも、事件解決のために原理原則を貫くといういつもの竜崎の姿がそこにはあります。
人間的な情に流されずに合理主義を徹底する、という姿を貫きながら、その裏では人間的な側面を見せ、だからこそ皆から慕われる竜崎でした。
そして、シリーズが進むにつれ、築きあげられてきた人間関係も安定し、居心地のいい場所となっていたのです。
でも、それは物語としてはマンネリへの道でもあります。
一つの道としては、映画『フーテンの寅さんシリーズ』やテレビドラマの『水戸黄門シリーズ』のように、偉大なるマンネリとして、定番の型をもつドラマとして生き残っていくという方法もあるのかもしれません。
しかしながら、推理小説の世界でそれを通すのはかなり難しいと思われます。
ことに、本『隠蔽捜査シリーズ』の場合は謎解きを中心にした物語というよりは竜崎個人の人間的な魅力に負うところが大きく、しかし、署長勤務の長い大森署ではその個性を発揮しにくくなっているのです。
今回の異動はシリーズを活性化させる物語展開であり、今後の展開を大いに期待したいものだと思います。