『たとえば孤独という名の噓』とは
本書『たとえば孤独という名の噓』は、2025年11月に文藝春秋から312頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。
各章ごとに視点の主が異なり、さらにはいったんは解決したはずの事件の結果が覆されていくという、珍しい構成のミステリーです。
『たとえば孤独という名の噓』の簡単なあらすじ
あの夜の雨が、孤独と嘘と事件を生んだ。警視庁公安部の佐島はある日、被疑者取調べに駆り出された。大学時代の友人・稲澤が、勤務先の女性部下・矢代を殺害した容疑をかけられていたのだ。被害者はなぜか、二人が学生時代に共に恋焦がれた女性・綾と瓜二つだった。容疑を否認しつつ稲澤は言う。「矢代は中国のスパイだったんじゃないか」取調べを終え部屋を出ると、そこには特捜幹部が顔を揃えていた。彼らは1枚の紙を佐島に突きつけたーいったい、何がどうなっているんだ?1話ごとに真相が反転する、慟哭の警察×スパイミステリー。(「BOOK」データベースより)
『たとえば孤独という名の噓』の感想
本書『たとえば孤独という名の噓』は、章ごとに視点が変わりながら、解決したと思われた事件が別の様相を見せてくる長編の警察小説です。
警察小説ではありながら、一方ではインテリジェンス小説の側面も見せている作品ですが、最終的には若干尻すぼみの印象でもありました。
警視庁公安部に所属する佐島賢太は、矢代愛美という同僚を殺害したとして取り調べを受けている佐島の大学の同期の稲澤敏生の取り調べのために呼び出されます。ところが、殺された矢代愛美は佐島と稲澤の大学の同期の岸本綾という女性にそっくりだったのです。
第二章になると一日中対象者の監視をするという警視庁公安部の仕事ぶりが紹介されますが、この監視対象者が前章で殺された矢代愛美こと徐若春だったのです。
矢代愛美は中国のスパイの拠点でもある海外派出所に出入りする人物の関係者として監視対象者とされたのですが、そこに訪ねてきたのが佐島賢太でした。
こうして、章単位で視点が異なり物語の結末も異なってくることとなって、日本の一般の警察(刑事警察)と公安警察、そして中国のスパイたちが入り乱れ、物語は二転三転することになります。
そして、各章でのそれぞれの物語が誉田哲也という名手の手になることでとても読みやすいエンターテイメント小説として仕上がっているのです。
本書のように、視点が変わることでものごとの見え方が変わり、今まで見えなかったものが見えて来ることでそれまでとは異なった結論に導かれる、という作品はこれまでもありました。
まず思い出すのは木内昇の『新選組 幕末の青嵐』という作品です。新選組の主な構成員の夫々に均等に光を当て、短めの項立ての中で客観的に新選組を浮かび上がらせている作品です。
また、第169回直木賞を受賞した永井紗耶子の『木挽町のあだ討ち』という作品もあります。衆人環視の中で成し遂げられた仇討ちについて、その裏側に隠された物語が次第にあぶり出されていくというミステリー仕立ての作品です。
他にも多視点の物語は浅田次郎の『壬生義士伝』や凪良ゆうの『汝、星のごとく』などの少なくない数の作品があります
しかし、『新選組 幕末の青嵐』は私がこうした手法に接した最初の作品であり、かつ皆が知る新選組の物語をこの手法で立体的に浮かび上がらせた実に面白い作品であったことからまず思い出したものだと思います。
でも、上記の『木挽町のあだ討ち』は近いと言えるかもしれませんが、本書のように謎解きそのものの仕掛けとして視点の変化を使用している作品は他にはなかったように思います。
例えば、ネット上で突然に濡れ衣をかけられて必死で逃走する男の姿を描くミステリー『俺ではない炎上』も、ネット上でのなりすましという現代社会の問題点を取り上げてはいましたが、多視点の構成自体が謎解きに関係してくるものではありませんでした。
そもそも、
『もう聞こえない』や『プラージュ』などの作品のほかに、『あの夏、二人のルカ』に至っては多視点に加え、時系列まで二本の軸が設けられているのです。
でも本書のように、視点を変化させることで新しい事実をもたらし、それまでの結論をひっくり返すという構成はなかったように思います。
そして、本書『
その物語が
ただ、個人的な好みとして当初の警察とスパイの物語が、最終的には若干矮小化されているとは感じました。
しかしながら、やはり