本書『ドンナビアンカ』は、『魚住久江シリーズ』第二弾の文庫本で408頁の長編の警察小説です。
ある誘拐事件を主軸にした恋愛物語であって、これはこれでまた誉田哲也らしい面白い小説でした。
『ドンナビアンカ』の簡単なあらすじ
孤独でうつろな人生を送る男が見つけた、ささやかだけど本気の恋。それが男を地獄へと招く―。中野署管内で外食チェーン専務と店長が誘拐された。練馬署の魚住久江も捜査に招集されるが、身代金受け渡しは失敗に終わってしまう。やがて捜査線上に浮かぶ一人の中国人女性。久江は事件の背後にある悲しい真相に迫ってゆく。切なさと温かさが心に残る長編警察小説。(「BOOK」データベースより)
村瀬邦之は飲食店に卸売りをする酒屋で働いていた際に配達先のキャバクラで瑤子というホステスと知り合い、配達の際に軽い挨拶などを交わすうち、瑤子の優しさに惹き込まれていく。
その後、行きつけの定食屋で瑤子と出会ってより深く話すようになり、瑤子が中国人であることなどを知るのだった。
そうした中、富士見フーズの副島専務と知り合い、富士見フーズへの転職の話などが出る中、瑤子が副島の愛人であることを知る
一方、魚住久江は中野署管内での誘拐の可能性が高い所在不明事案の発生に指定捜査員として召集がかかっていた。
被害者は富士見フーズの専務副島孝、それに富士見フーズが経営するチェーン店「点々楼」大塚店店長村瀬邦之ということだった。
『ドンナビアンカ』の感想
本書『ドンナビアンカ』は魚住久江を主人公とする警察小説ですが、その実、村瀬邦之と中国人の瑤子こと楊白瑤(ヤンパイヤオ)の恋愛小説ともいえる物語です。
誉田哲也お得意の、事件の犯人側に視点を移し、犯人の心の動きにも十分な配慮をすることで、警察側の捜査という謎解きの興味と犯人側の動機の開示という物語のリアリティを示すことで、推理小説としての醍醐味を最大限に引き出しています。
ただ、本書では恋愛部分の方が本書の主軸ではないかと思うほどに紙数を費やしてあるとともに、村瀬と瑤子との心の交流を深く描いてあります。
つまり本書『ドンナビアンカ』の場合、捜査と動機という両輪に加え、恋愛という更なる大きな要素が加わり、恋愛小説としての側面が大きな作品となっているのです。
こうした手法は推理小説としての興味が削がれ好みではないという人も勿論いるでしょうが、私個人としては面白く読んだ作品でした。
こうして本書『ドンナビアンカ』の特徴を描こうとすると、やはりどうしても姫川玲子との比較をしてしまいます。
他にも女性刑事の作品は数多くある筈なのに、同じ誉田哲也の作品である『姫川玲子シリーズ』の姫川玲子というキャラクターがまず浮かぶのは、やはりその女性刑事としての存在感が頭一つとびぬけているからだと思われます。
魚住久江というキャラクターが悪いというわけではありません。そうではなく、インパクトにおいて姫川玲子には勝てないだろうというだけです。
端的に魚住久江というキャラクターを見ると、人が死ぬことを未然に防ぎたいという存在であるだけに、描かれる事件も私たちの日常の範囲内の事件です。
本書『ドンナビアンカ』にしても、誘拐事犯としてその裏にある人間ドラマこそが描きたい対象であると思われます。
事実、先に述べたように主軸となるのは村瀬と瑤子との恋模様です。それも、今どき珍しいとも言えそうなプラトニックな恋愛です。
常に日の目を見ることもない人生を過ごしてきた男の、初めてといってもいいかもしれない女性に対して抱いた心からの淡い恋心を描いてあります。
もちろん、そこに障害が現れ、それが事件として描かれているわけです。
誉田哲也の作品の系列としては恋愛作品と正面から言える作品は思い浮かびません。『姫川玲子シリーズ』の『インビジブルレイン』で少しだけ姫川玲子の恋愛場面が出てくることがありますが、これは純愛とはまた異なります。
もうひとつ『あなたが愛した記憶』では「恋愛ホラーサスペンス」という惹句が使われていますが、この作品もまた少々毛色が違います。
やはり、本書のような純愛が描かれている作品は無いと思っても良さそうです。
ちなみに、私が読んだのは新潮文庫版の『ドンナビアンカ』です。頁数は446頁であり、解説は「温もりと恋愛の交差点」という副題で村上貴史氏が書いておられます。
また、魚住久江を檀れい、金本を吉田栄作が演じてテレビドラマ化され、テレビ東京系列で放映されたそうです。