誉田 哲也

妖シリーズ

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妖の絆』とは

 

本書『妖の絆』は『妖シリーズ』の第三弾で、2022年12月にハードカバーで刊行された長編のエンターテイメント小説です。

シリーズの前二巻と異なり江戸を舞台としており、仲間であり恋人であった欣治との出会いを描いたアクション小説ですが、前二巻よりはストーリーが単調に思えました。

 

妖の絆』の簡単なあらすじ

 

人の血を啜り、闇から闇へと生きる絶生の美女・紅鈴が、江戸の世で出会ったひとりの少年、欣治。吉原に母を奪われ、信じていた大人たちにも裏切られた。そんな絶望の中でなお、懸命に生きる欣治との出会いが、孤独な闇を生きてきた紅鈴の思いがけない感情を芽生えさせる。「こんな腐った世の中に、こんなにも清い魂があるものか。この汚れなき魂を、あたしは守りたい」欣治を“鬼”にするー。その、後戻りできない決断の先に待ち受ける運命とは!?美しく凶暴なまでに一途なダークヒロイン、ふたたび。(「BOOK」データベースより)

 

妖の絆』の感想

 

本書『妖の絆』は本『妖シリーズ』の主人公である紅鈴とその仲間であり想い人でもあった欣治との出会いが描かれている作品です。

シリーズ第一作の『妖の華』は、既に亡き欣治を思い出させるもののその実ヘタレ男であるヨシキと紅鈴との物語と、同時に展開される変死事件を追う井岡刑事の話との二本柱の作品でした。

誉田哲也作品の一つの型である、異なる話が一つの物語に収斂していく作品です。

そして、第一作では欣治は既に亡くなっており、第一作で触れられていた欣治の死に絡む暴力団組長三人殺し事件の顛末を描いたのが圭一という盗聴屋が出てくる第二作目の『妖の掟』でした。

 

その欣治と紅鈴との出会いを描き出しているのが本書『妖の絆』です。

本書の舞台となるのは江戸時代ですが、敵役の一族が加賀の前田利家から大命を受けて以来「二百有余年」とあったり、明暦2年(1656年)10月に移転(ウィキペディア)した新吉原が「日本堤に移して、もう百何十年も経つ」とありましたので、1800年代のいつかということになるのでしょう。

 

本書『妖の絆』では主役の紅鈴、欣治の他に、欣治の父親の弥助と母親のおかつ、そのおかつを吉原に連れて行った女衒の吉平や吉平の手下の正八与市と登場します。

敵役として八代目百地丹波を頭とする素波の一団が登場しますが、直接的な敵役となっているのは丹波の部下の道順という男でありまた今川拓馬片山志乃などという面々です。

ただ、拓馬や片山志乃という人物の設定は、それなりに焦点が当てられている割には今一つはっきりとしない存在であり、誉田作品にしては中途半端な存在だという印象でした。

とはいえ、紅鈴と欣治とが結びつくきっかけとなる事件の要となる人物の一人ではあるわけで、その拓馬も一人の人間として喜びも悲しみも背負った人物であることは示されています。

その上で、紅鈴という怪物に絡んでの幸せや不幸であることが示されていると思われ、まったく意味がないわけではないでしょう。

 

前述したように、本書『妖の絆』は全体として前二作と比べストーリー自体の面白さが今一つのように感じられる点があったことも事実です。

誉田作品にしては物語の展開がシンプルに感じられ、紅鈴が吉原に潜り込んで男どもを手玉に取る場面にしても、紅鈴と百地一派とのアクションにしてもこれまでの二作品ほどの高揚感がありません。

時代背景が江戸時代ということでそうなったのかはわかりませんが、紅鈴の闇神としての存在故の展開があまり感じられませんでした。

もちろん、本書は本書なりに面白いのは事実であり、前二作品と比べればの話です。

ただ、前二作品が手元にあるわけではなく、私の記憶の中の作品と比べての話なので、もしかしたら間違っているかもしれません。

本書を、前二作品の知識がなく読んだとしたら、かなり面白いと思いながら読んだのではないかとも思えるのです。

 

主人公の紅鈴が、無敵の力を持つ吸血鬼(闇神)であり、基本的に不死の身でありつつも、不死の身であるが故の淋しさ、哀しさを漂わせる存在としてあるという設定は非常に心惹かれます。

その設定のもと、自分の能力を分け与えたただ一人の仲間であり、恋人でもあった欣治との出会いが描かれた作品だということで私の中でハードルがかなり高くなっていたのでしょう。

本書では、自分に無関係の人間の生き死にには無関心な紅鈴が、欣治やその母親のおかつには関心を持ち、おかつを吉原から救い出したりしているわけで、矛盾した行動をとっています。

しかし、そうした行動はこれまでの二巻の中でも見られたはずであり、だからこそ紅鈴の孤独感も感じられ、また哀しさをも感じ取れると思われます。

 

そうした設定の主人公の活躍も作者によればあと二巻で終わるそうです。

出来れば最終巻などと言わず、続けてもらいたいと思うのが、一ファンとしての望みでもありますが、作者が明記しているので無理でしょう。残念です。

[投稿日]2023年02月03日  [最終更新日]2023年2月3日
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