血も凍る暴虐に見舞われた故郷から秘密を抱えて脱出したウィグル人亡命団と、彼らを取材中のジャーナリスト仁科曜子が、白昼の東京で襲撃された。中国による亡命団抹殺の謀略だ。しかし警察は一切動かない。絶対絶命の状況下、謎の男が救いの手を差しのべる。怜悧な頭脳と最強の格闘技術をそなえた彼の名は、景村瞬一。冒険小説の荒ぶる魂がいま甦る。疾風怒涛のノンストップ・アクション。(「BOOK」データベースより)
これぞアクションエンターテイメント小説とでもいうべき、徹底した長編アクション小説です。
月村了衛の作品の多くがそうであるように、本書もまた舞台背景として現実の社会を映し出しています。
本書の場合、それは中国のウイグル自治区の問題であり、中国政府の弾圧の問題です。
関心のある方は、例えば
などを見て下さい。
たしかに本書の舞台背景こそリアルであり、社会への問題提起を為しているとも思われるのですが、一歩物語が具体的に展開されるようになると、そこから先は荒唐無稽ともいえるアクションの世界が広がっています。
月村了衛のこの手の作品としては『ガンルージュ』や『槐』などがあります。これらの作品は本書同様にアクション小説としての展開のための舞台をまず設定し、その中で派手としか言いようのないアクションが展開される点で共通しています。
こうした作品での主人公は、基本的には普通の母親であったり、女教師であったりするのですが、実はその世界では名の通ったプロの戦士だという設定です。
ただ、全くの素人も活躍させたりもしており、そこはエンターテイメント小説としての面白さを最優先に考えてあるようです。
本書の場合も、武道の腕を磨き上げたプロフェッショナルの元公安警察官であるカーガーと呼ばれている男を主人公として、超人的な活躍を見せるヒーローとして据えてあります。
その姿は、近年の映画で言えばキアヌ・リーヴス演じる最強の殺し屋であるジョン・ウィックのようでもあり、諜報員という点ではマット・デイモン演じるジェイソン・ボーンのようでもあります。
いや、より荒唐無稽と言えそうで、つまりはそうした超人が活躍するアクション小説だということです。
その景村瞬一を中心に、菊原組若頭の新藤を始めとする暴力のプロたちを配し、敵役として中国情報機関の特殊部隊という武闘専門の集団が設けてあります。
彼ら暴力のプロたちがとあるビルという閉鎖空間の中で戦いを繰り広げるのですが、そのさまはまるで映画のダイハードです。そういう意味では現実を無視したアクションであり、先述の月村了衛の作品と同様に劇画的であり、エンターテイメントに徹した物語です。
この著者は近年は日本の近代史を背景にした作品を多く書かれていますが、本書はそうした傾向になる前の作品であり、先にも述べたように、社会性を持った背景のもと、スーパーヒーローを中心とした男たちの物語として展開しています。
この作者の代表作と言ってもいい『機龍警察シリーズ』の背景もチェチェン紛争など実社会の矛盾点を持ってきてありました。平和日本に暮らす私たちの知らない現実社会では悲惨な現実があるのだということを示してくれています。
そうした現実を背景としたエンターテイメント小説として、背景は背景として物語のリアリティを出すための一つの手段としてながらも、作者なりの一つの啓蒙手段として捉えていいのではないかと思います。
関心のある人は、それからさらに一歩踏みこんだ調べられてもいいのではないでしょうか。
そうしたことはともかく、月村了衛という作家のエンタテイメント小説として楽しんで読んでもらいたい作品です。