『非弁護人』とは
本書『非弁護人』は、2021年4月に刊行された、新刊書で432頁の長編のサスペンス小説です。
とある事情で検察官を辞めざるを得なくなった元特捜検事の男が、末端のヤクザを食い物にする存在を追い詰める物語ですが、月村了衛の作品にしては普通だと感じた作品でした。
『非弁護人』の簡単なあらすじ
元特捜検事・宗光彬。高度な法律関連事案の解決を請け負う彼は、裏社会で「非弁護人」と呼ばれる。ふとした経緯で、パキスタン人少年から「いなくなったクラスメイトを捜して欲しい」という依頼を受けた。失踪した少女とその家族の行方を追ううちに、底辺の元ヤクザ達とその家族を食い物にする男の存在を知る。おびただしい数の失踪者達の末路はあまりに悲惨なものだったー。非道極まる“ヤクザ喰い”を、法の名の下に裁く!!(「BOOK」データベースより)
東京地検特捜部の宗光は、親友の篠田とともに大規模な贈収賄事件に発展しそうな千葉県の「習志野開発」を捜査していくなかで、国会議員へ結びつきそうな証拠をつかむ。
上司の同意のもとで案件を進めるが突然捜査の中止を告げられ、同時に篠田と連絡が取れなくなり、自身は収賄容疑で逮捕されてしまう。
無実の罪を着せられたまま実刑判決を受けた宗光は、検事を続けることは勿論、弁護士業務にも就くことはできず、裏社会を相手に自身の法律知識を生かして非弁活動を続けるしかないのだった。
そのうちに、小学三年生のパキスタン人の子供のマリクから、行方不明になっている同級生を探して欲しいとの依頼を請ける。
しかし、その事件は、落ちこぼれヤクザを食い物にする“ヤクザ喰い”の存在に連なる事件でもあったのだった。
『非弁護人』の感想
本書『非弁護人』は、裏社会の住人を相手に非弁活動を行う元検事だった宗光彬の姿を描くリーガルサスペンス小説です。
主人公の宗光彬は元東京地検特捜部特殊第一班に所属していた検事でしたが、巨大な悪に対峙した結果、罪に陥れられて収監されたため、検察官は勿論、弁護士業務もできません。
そのため、有する法律知識を生かして裏社会の住人を相手に法律相談に乗り、裁判を有利に導くという法廷の周辺で生きていくしかない存在となっていました。
その宗光が、とある依頼事件を調べている最中に、社会からのけ者にされている末端のヤクザやその家族を食い物にしている存在を知り、暴力団の大物と組んでその存在をあぶり出すために奮闘するのです。
ここで非弁活動とは、「法律で許されている場合を除いて、弁護士法に基づいた弁護士の資格を持たずに報酬を得る目的で弁護士法72条の行為(弁護士業務)を反復継続の意思をもって行うこと。
」を言います( ウィキペディア : 参照 )。
この制度は、「弁護士ではない者が他人の法律事務に介入すると、法律秩序が乱され、国民の公正な法律生活が侵害され、国民の権利や利益が損なわれること
」がないように設けられた制度です( 日本弁護士連合会 : 参照 )。
本書『非弁護人』のような元法律家が、その法律知識を生かして活躍するという作品としては柚月裕子の『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』という作品があります。
この作品は、弁護士資格をはく奪され、探偵エージェンシーを運営する上水流涼子という女を主人公にしたミステリー短編集で、気楽に読める面白い作品でした。
それに対し本書はシリアスであり、サスペンス感に満ちた作品です。
本書『非弁護人』の登場人物としては、まずは元東京地検特捜部特殊第一班に所属していた検事宗光彬という主人公がいて、ほかに宗光の親友であり、ともに検察を辞めることになった篠田啓太郎弁護士が挙げられます。
それに“ヤクザ喰い”が発覚する元となった事件を依頼してきた裏社会の名門千満組の若頭である楯岡や、日本の暴力世界を二分する大組織遠山連合の久住崇一、久住の部下で宗光の手伝いをする蜂野などの裏社会の人間が登場します。
他にも多くの人物が登場しますが、挙げていけば切りがないでしょう。
たしかに本書『非弁護人』は、その作品世界は濃密で舞台背景も丁寧に構築されていて、月村了衛らしい作品だと言えそうです。
でも、私の思う月村作品として『非弁護人』というタイトルから事前に思っていた内容とは異なる作品でした。
端的にいえば本書の内容は犯人探しの変形であって、普通の探偵小説と言ってもあながち間違いとは言えないストーリーだったということです。
ただ、中盤を過ぎたころからその探偵ものと同じと感じていた内容が、少しずつ変化し始めます。
そして、クライマックスはやはり「非弁護人」というタイトルにふさわしいものでした。
しかしながら、タイトルからくるイメージとは別の、内容面で感じた違和感は最後までぬぐえませんでした。
それは、自分を陥れた巨悪がはっきりとしてるのに、そのことにはあまり触れずに、新たな“ヤクザ喰い”という敵だけを相手に行動していることです。
最後まで、そちらの巨悪はそのままででいいのかという、なんとも消化不良のままだとの印象は残ったままの読書でした。
また、宗光は結果として自分を裏切った男と再びタッグを組み、犯人と対峙することになるのですが、そうした自分を見捨てた男を再び信用するに至る点も今一つ明確ではありません。
法律家としての腕は認めているなど、相棒に関しての疑問に対する答えは本書の中でそれなりに書いてはあるので、それに対しなお不満を持っているのは私の個人的な不満でしかないのでしょう。
ともあれ、本書『非弁護人』はかなり分厚い作品ですが、その分量をあまり感じさせずに緊張感を維持しながら最後まで読み通させる面白さはさすがです。
月村了衛作品の中では普通の面白さだとはいっても、やはり月村了衛の作品でした。