『香港警察東京分室』とは
本書『香港警察東京分室』は、2023年4月に320頁のハードカバーで刊行された長編の冒険小説です。
タイムリーな内容を持った謀略小説でありアクション小説であって、月村了衛の物語らしく、面白く読むことができた作品でした。
『香港警察東京分室』の簡単なあらすじ
テロリストを追え! 圧巻の国際警察小説。
香港国家安全維持法成立以来、日本に流入する犯罪者は増加傾向にある。国際犯罪に対応すべく日本と中国の警察が協力するーーインターポールの仲介で締結された「継続的捜査協力に関する覚書」のもと警視庁に設立されたのが「特殊共助係」だ。だが警察内部では各署の厄介者を集め香港側の接待役をさせるものとされ、「香港警察東京分室」と揶揄されていた。メンバーは日本側の水越真希枝警視ら5名、香港側のグレアム・ウォン警司ら5名である。
初の共助事案は香港でデモを扇動、多数の死者を出した上、助手を殺害し日本に逃亡したキャサリン・ユー元教授を逮捕すること。元教授の足跡を追い密輸業者のアジトに潜入すると、そこへ香港系の犯罪グループ・黒指安が襲撃してくる。対立グループとの抗争に巻き込まれつつもユー元教授の捜索を進める分室メンバー。やがて新たな謎が湧き上がる。なぜ穏健派のユー教授はデモを起こしたのか、彼女の周囲で目撃された謎の男とは。疑問は分室設立に隠された真実を手繰り寄せる。そこにあったのは思いもよらぬ国家の謀略だったーー。
アクションあり、頭脳戦あり、個性豊かなキャラクターが躍動する警察群像エンタテイメント!
(内容紹介(出版社より))
『香港警察東京分室』の感想
本書『香港警察東京分室』は、当初はニュース等で見ていた世界各国に設けられている中国の秘密警察の日本版の話かと思っていました。
しかし、実際はそうした中国の秘密裏の活動の話ではなく、日本と中国との間での合意のもとも受けられた共助組織という設定の話でした。
本書中でも、2022年にスペインの人権団体の報告中国の地方により明らかにされた中国の地方政府の公安局が日本国内に拠点を開設していることが暴露された、との一文があり、本書での香港警察分室の話も現実の日中関係を前提としたものであることが示されています。
つまりは、日本の警察庁と香港警察との間で交わされた「継続的捜査協力に関する覚書」に基づいて警視庁に設けられたという設定の「警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課特殊共助係」、通称「香港警察東京分室」あるいは単に「分室」と呼ばれる部署の話だったのです。
千代田区神田神保町の裏通りにあるオフィスビルにある香港警察の下請けとも揶揄されるこの組織の構成員は、日本側がトップは水越真希枝警視であり、彼女を支える七村星乃警部、嵯峨明人警部補、山吹蘭奈巡査部長、小岩井光則巡査部長が続きます。
中国側は、隊長が汪智霖警司(英語名:グレアム・ウォン)、副隊長が郜烈総督察(ブレンダン・ゴウ)、費美霞見習督察(26 ハリエット・ファイ)、景天志警長(シドニー・ゲン)、胡碧詩警長(エレイン・フー)の五人です。
この十人が九龍塘城市大学の虞嘉玲(キャサリン・ユー)元教授の逮捕、そして香港への送還のために奔走するのです。
この元教授は、多数の死者を出した2021年春に起きた422デモを扇動したうえ、協力者であった助手を殺害し、日本へ逃げてきたと目されていました。
この登場人物のキャラクターそれぞれがなかなかに面白い設定となっています。
まずは日本側のトップである管理官の水越真希枝警視のキャラがまず目を惹きます。キャリアとは思えない、いろんな意味で規格外の人です。
ついで、本書冒頭から登場してくる山吹蘭奈巡査部長が魅力的です。月村了衛が描いてきたアクションものの『ガンルージュ』や『槐(エンジュ)』に登場してくる女性主人公のようにアクションバリバリの女性で、元ヤン出身の警察官というエンタメ作品にはもってこいの人物です。
七村星乃係長も水越に対して心酔している人ですが、水越警視が多くを語らなくてもその真意を汲み取って行動します。
また、嵯峨明人警部補も正体がよく分からないけれど頼りがいがありそうな人物であり、一番頼りなさそうな小岩井巡査部長もそれなりの活躍を見せるのです。
中国側にしても同様で、それぞれがユニークな個性を持っていますが、ただ、中国側の捜査員とキャサリン・ユー元教授との関係が若干分かりにくい印象はありました。
先に書いたように、本書は日本の警察官と香港の警察官との共同作業を描いた作品です。
ただ、香港が返還されたあとの香港警察との共同捜査であり、返還前の香港警察ではありません。文字通り中国の警察と同義である彼らとの共同作業は難しいものがあるのです。
本書を評価するとき、月村了衛のアクション小説として面白い作品であることは間違いありません。
しかしながら、中国の警察との共同捜査という魅力的な題材であるわりには普通のアクション小説を越えたものがあるとは思いにくい作品でもありました。
中国警察故の特殊性は当然描いてはあるのですが、読み手の期待に答えたものであるかは若干の疑問が残りました。
また、香港の民主化運動の中心人物であるはずの捜査の対象であるキャサリン・ユーという人物像と嫌疑事実との乖離が大きな謎としてあって、その謎が解き明かされていくのですが、その解明の過程が若干分かりにくい印象があります。
そこには中国側の捜査官の有する個人的な事情が重なっていることもあるでしょうし、キャサリン・ユーを追いかけている組織が警察だけではなく、中国関連の二つの組織が絡んでくるというストーリーの複雑さにも起因するのかもしれません。
そこはよく練られているストーリーというべきところなのでしょうが、場面ごとの視点の主が分かりにくかったこともあって私には若干分かりにくかったのです。
また、中国が絡んだ警察小説ということで、国家間の謀略戦が描かれるという期待もあったのですが、その点はあまり満たされませんでした。
中国側の人間模様がかなり重んじられており、その点では普通の謀略とは遠い物語と言うべきかもしれません。
とはいっても、中国警察という分かりにくい組織をテーマによく練られた物語であることは否定できません。
月村了衛のアクション小説としてそれなりにおもしろく読んだ作品だと言えます。