かつてやくざな道を歩んでいた滝野は、今はスーパーの経営者として平凡な日常を送っていた。ある日、店に難癖をつけてきた若者を叩きのめしたことからか、眠っていた血が騒ぎ出す。その後、昔の仲間の高安の手助けとして一人の男を国外へ送り出す仕事を請け負い、一和会というやくざともめることとなった。
30数年ぶりに読み返しました。
さすがに途中の細かい内容は覚えていませんでした。でも、ラストが近付くにつれ思い出してきて、先の展開が分かるのです。それでもなお引き込まれました。志水辰夫の「飢えて狼」と共に読みなおしたのですが、両方ともに相変わらず面白く読むことが出来ました。
「日常」から飛び出して、非日常の世界で命の限りを生きる、この両方の本を読んで思ったことです。文字通り命の限りを燃焼させて生きることなど普通の人間には無いことですし、仮にそのような機会があっても出来るものではありません。それを頭の中で疑似体験させてくれるのがこれらの著者の作品だという気がします。言わずもがなのことではありますが。
脇役がまたいいのです。昔の仲間の高安も深いところで繋がる男を感じさせるいいキャラだし、探偵の平川、老漁師の太郎丸の親方もそうです。しかし、何よりも「老いぼれ犬」こと高樹警部が渋く、滝野というやくざな主人公を生かす敵役の型破りの刑事として配置されています。この配置が滝野の決して賢いとはいえないその生きざまを描き出しているのです。普通の気の弱い小市民である私などが夢想だに出来ない男の姿が描き出されます。
近時、新宿署の佐江という刑事が出てくる大沢在昌の『狩人シリーズ』を読みながら、はっきりとした年齢は分からないまでも、この「老いぼれ犬」の高樹警部を思い出していました。佐江という刑事は容姿も小太りであり、持つ雰囲気も高樹警部に感じるダンディさは無いものの、同じように一匹狼として他人を頼らずに行動する姿は同じであり、同様の「孤高さ」を感じたのでしょう。
ちなみに、この「老いぼれ犬」を主人公として「傷痕」「風葬」「望郷」の三部作が書かれています。
第2回日本冒険小説協会大賞の国内部門大賞受賞作品で、北方謙三の短いセンテンスで描き出されるハードボイルドの名作です。じっくりと男の生きざまを読みたい方には最良の一冊だと思います。