『神の子 花川戸町自身番日記』について
本書『神の子 花川戸町自身番日記』は『花川戸町自身番日記シリーズ』の第一弾で、2011年4月に二見時代小説文庫から、2020年9月に祥伝社文庫から344頁の文庫として出版された、短編の人情時代小説集です。
全体としてとても切なさの漂う辻堂魁お得意の物語で、しかし私の波長にあった作品集でした。
『神の子 花川戸町自身番日記』の簡単なあらすじ
浅草花川戸界隈には、“人情小路”と呼ばれる横町があった。戯作者を目指す可一はその辻の自身番の書役として、町内の出来事を日記に残していた。そこに綴られていたのは、一膳飯屋を営む男を衝き動かした慕情や、大好きな父親の窮地を救おうとする童女の奇跡、武士の義ゆえに添い遂げられない夫婦の絆だったー健気に懸命に生きる人々を描く、感涙必至の時代小説。(「BOOK」データベースより)
序 浅草川
曲亭馬琴のような物書きになることを目指している花川戸の自身番に詰める可一は、今日も町内の出来事を語る当番の話を聞いていた。
第一話 一膳飯屋の女
浅草川に面した一膳飯屋《みかみ》を舞台にした哀切漂う人情物語です。
一膳飯屋《みかみ》を一人で切り盛りしている吉竹は、一緒に店をやっていた母親が亡くなって三年が経ち二十九歳になっていた。
母親が亡くなってから昼間だけはお八重という女を雇ってはいたものの、夜は吉竹が一人でてんてこ舞いだった。そこに半年前から彦助が押しかけ手伝いに来るようになっていたが、遊び者の彦助は店の金に手を付けることはあっても手伝いもせずにぶらぶらしているだけだった。
そしてお八重が辞めることになり、口入屋を通してお柳という女が住み込みで働きに来ることになった。
第二話 神の子
浅草花川戸と川越を結ぶ新河岸川船運の船頭の啓次郎の一人娘お千香を主人公とした、ファンタジックな要素を持った、切ないけれど心温まる人情話です。
お千香が四歳になってからは、啓次郎が船運についているときは五郎治とお滝の家主夫婦に預けられていた。
船が出ないときは、お千香は啓次郎の弟子である常吉と六平とを相手に丁半博打をして遊んでいたが、お千香は賽子の音が聞こえ、賽子の出目が分かるという特技を持っていたのだった。
ある日、五郎治夫妻が旅に出ているときに急ぎの仕事が入り、啓次郎はお千香を連れて川越まで行くことになった。
第三話 初恋
花川戸で手習いの師匠をしている高杉哲太郎を主人公とした切なさあふれる物語です。
高杉哲太郎は花川戸で手習い所を始めて七年が経っていた。子供たちを連れて田畑をめぐって秋の実りを実見した帰り、大川橋とも呼び慣らされている吾妻橋に差しかかったとき、浅草広小路より御忍駕籠とすれ違った。
数日後、可一が詰めていた自身番に立派な駕籠がやってきて高杉哲太郎の手習い所の場所を聞いてきた。可一が案内をしたが、《みかみ》にいた高杉は居留守を使い、客に会おうとはしない。
その後、可一は高杉の過去を聞くのだった。
『神の子 花川戸町自身番日記』とは
本書『神の子 花川戸町自身番日記』は、『花川戸町自身番日記シリーズ』第一弾の人情時代小説集です。
辻堂魁らしい切なさに満ちてはいるものの、人情味にあふれた物語集で、面白く読むことができた作品集でした。
本書は「花川戸町自身番日記」というわりには、日記の主体である可一本人は完全な脇役としての存在でしかありません。その日記さえもあまり登場はしないのです。
しかしながら、全体としてみると、可一が知る町の住人のそれぞれのドラマが繰り広げられ、そのどこかに可一が存在しています。
そして、お互いの物語にそれぞれの物語の主役が今度は単なる住人の一人として顔を出しています。
花川戸という町の物語という設定なので当たり前と言えば当たり前のことなのですが、広い江戸の片隅で展開される人情話として、誰でもが同じような切なさにあふれた断片を持ちながら暮らしているのだと語りかけているようで、心に沁みます。
本書では、「序」においてこの物語の狂言回し役としての可一という書き役を紹介し、更にその可一が花川戸の町を歩くという場面で始まります。
その「序」の中で、三篇の物語に登場する人物をさりげなく織り込み、紹介しているのです。
そして、収められている三篇の物語も、大人の恋、親子の情、夫婦の愛情とそれぞれに異なる色合いの物語を用意し、更には、ファンタジックな話や剣戟の場面を盛り込んだ話などとそのタッチまでも多彩な物語としてあるのです。
このシリーズもあと一巻しかありません。続編が書かれることを期待したいと思います。