天保九年。天保世直党を名乗る義賊集団が起こした悪徳米仲買の誘わかし事件は、米価吊り上げに苦しむ江戸庶民の鬱憤を一気に晴らす痛快事だった。面目を潰された目付の鳥居耀蔵は若き目付・甘粕孝康に一味の捕縛を命じる。隠居した父の智恵を借りながら世直党を探る孝康の前に現れた、一味の首魁・斎乱之介の正体とは。追う者と追われる者は、互いの才気と意地に驚嘆しつつ剣を交える。(「BOOK」データベースより)
『疾風の義賊シリーズ』の第一弾となる、長編の痛快時代小説です。
目次
緒 捨て子 | 一之章 弁天屋主人 | 二之章 米仲買商 | 三之章 米河岸一揆 | 四之章 奪還 | 結 故郷
本書冒頭は、一人の小僧とその浮浪児仲間の代助、羊太兄妹が文彦から追われている場面から始まります。ひとり捕まった小僧を深川永代寺門前仲町の女郎屋安達の遣り手のお杉が買い取り乱之介と名付け、斎権兵衛に五両の金と引き替えに渡すのです。(緒 捨て子)
場面は変わり、一之章「弁天屋主人」になると、まずは三人の米仲買商人と会っている鳥居耀蔵の姿が描かれています。
次いで深川須崎弁天の弁天前町の船宿≪弁天≫の新しい主の、仲間からは乱さんと呼ばれている吉次郎と名乗る男、それに代助、羊太、惣吉の姿が紹介されます。
そして旗本甘粕家では、隠居甘粕克衛と孝康の親子、それに小人目付衆百二十八人を指図する四人の小人頭の一人である森安郷らが、近年の一揆、打毀しなどについて話しています。
ここまで、登場人物の関係性については何の説明もありません。勿論、物語の進行の中でそれぞれのつながりについて明らかにされていくのですが、当初の小僧、そして鳥居耀蔵、吉次郎、甘粕親子らの登場が断片的であり、読み手としては物語の世界に入りにくいのです。
このあと、先に述べた三人の米仲買人からの讒言が為され、鳥居耀蔵の意を汲んだ鳥居配下の小人目付頭のひとり辻政之進が寺坂正軒を斬殺するに至ります。
そして、かつて主人公を文彦から助け、斎権兵衛に引き渡した遣り手のお杉もまた主人公らの仲間になる姿が描かれ、ここに登場人物らの相関図がやっと明らかになるのです。
次いで二之章「米仲買商」に入り、蓬莱屋岸右衛門、白石屋六三郎、山福屋太兵衛の三人が、それぞれに翁、烏、鬼、猿の面を被った天保世直党と名乗る賊に誘拐されて計六千両の身代金の要求が出され、いよいよ物語は本題に入ることになります。
こうして「天保世直党」は世人の注目を浴びることになりますが、同時に鳥居や甘粕らの追撃を受けることにもなるのです。
しかしながら、この作者の他のシリーズ作品ほどにはこの物語世界に馴染めません。
まずは、主人公の斎乱之介の生い立ちが少々雑にすぎます。二つ目に、敵役の鳥居耀蔵の描き方が典型的な悪役そのままであり、到底魅力的な悪役とは言えません。三つ目にストーリーが少々安易に流れていると感じられます。
乱之介とその育ての親斎権兵衛との関係が、権兵衛が育てた子がたまたま優秀であった、という設定はかなり無理があるようで、この親子の関係性をもう少し考えてほしいという点が本書を読んでいる間中ずっと頭にありました。
また、鳥居耀蔵を登場させるにしてはその描き方が普通の悪役の域を超えていません。せっかく、鳥居耀蔵というキャラクターを使うのであれば、鳥居耀蔵らしい人物像にして欲しいのです。このままでは他の誰でもいいことになってしまいかねません。
一番の問題点は、義賊「天保世直党」の活躍が、例えば捕まった仲間を取り戻し行くにしても、正面から切り込むだけであり、何の策もありません。それでは、一人のスーパーマンがいれば何でもできてしまいます。他のシリーズで見せる辻堂魁らしさがあまり見えていない気がします。
とはいえ、これだけ不満を述べてきても、それでもなおこのシリーズを読むのをやめようとまではなりません。それは辻堂魁という作家の持つ魅力なのでしょう。
これからさきの巻では乱之介の出自に隠されていた秘密がある、という展開になっていそうです。もしかしたら、これまで感じてきた本書に対する不満が、少しずつ改善されていくのかもしれません。
それを期待して読み続けようと思います。