大沢 在昌

狩人シリーズ

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本書『冬の狩人』は『狩人シリーズ』の第五巻で、新刊書で566頁にもなる長編の警察小説です。

まさに待望のシリーズ続編としては相応の作品でしたが、個人的にはより個性的な作品を期待していました。

 

『冬の狩人』の簡単なあらすじ 

 

3年前にH県で発生した未解決殺人事件、「冬湖楼事件」。行方不明だった重要参考人・阿部佳奈からH県警にメールが届く。警視庁新宿警察署の刑事・佐江が護衛してくれるなら出頭するというのだ。だがH県警の調べでは、佐江は新宿の極道にとことん嫌われ、暴力団員との撃ち合いが原因で休職中。そんな所轄違いで無頼の中年刑事を、若い女性であるはずの“重参”がなぜ指名したのか?H県警捜査一課の新米刑事・川村に、佐江の行動確認が命じられる―。筋金入りのマル暴・佐江×愚直な新米デカ・川村。シリーズ屈指の異色タッグが炙りだす巨大地方企業の底知れぬ闇。(「BOOK」データベースより)

 

東京近郊にあるH県第三の都市の本郷市は、巨大企業のモチムネの企業城下町として知られていた。

その本郷市にある冬湖楼で、本郷市長や上田和成弁護士ら三人が殺害され、上田弁護士の秘書が行方不明になる事件が起きた。

その三年後、上記事件で行方不明になっていた秘書の阿部佳奈から、東京の新宿署にいる佐江刑事の保護があれば出頭するというメールがH県警に届いた。

警察官を辞めるつもりでいた佐江は、自分を指名する女の心当たりはないままに、阿部佳奈の護衛を引き受け、川村芳樹刑事と共に行動することになる。

阿部佳奈は佐江との交流場所として西新宿のホテルを指名してきたが、そのホテルに殺し屋が現れるのだった。

阿部佳奈とは何者なのか、何故今頃になって出頭すると言ってきたのか、そして何故佐江を指名してきたのか、謎は深まります。

 

『冬の狩人』の感想

 

本『狩人シリーズ』には各巻ごとに個別の魅力的な登場人物が登場します。

第一巻では梶雪人。第二巻では西野刑事やヤクザの原。第三巻では中国人通訳の毛と本書でも登場する野瀬由紀。前巻の第四巻では捜査一課の谷神刑事。

そして第五巻となる本書『冬の狩人』では、新人刑事の川村芳樹巡査がそれにあたります。それに「阿部佳奈」も加えていいかもしれません。

 

本書『冬の狩人』における佐江は、H県警の新人刑事の川村を引き連れて捜査をすることになりますが、川村にとって新宿での佐江の捜査方法は驚くことばかりでした。

当初の川村刑事は正義感に燃えていて、暴力団に喧嘩を売るという佐江との出会いなどもあり、佐江の捜査方法には抵抗も感じています。

しかし、H県警上層部に対する佐江の態度や以後の佐江の捜査方法を見て、佐江の警察官としての優秀さを感じ、佐江による本事件の捜査を楽しみに思うのです。

そして実際、川村は佐江と共にメールを送ってきた重要参考人の阿部佳奈の保護、さらには「冬湖楼事件」そのものへの捜査を行うことになり、佐江の能力を思い知らされます。

ただ、これまでの登場人物に比べると川村は存在感が今一つです。新人だけに男としての魅力には欠けています。

しかし、新米刑事が次第に経験を積んでいく様子はさすがに読ませます。

 

狩人シリーズ』は、当初は先に書いた魅力的な登場人物が中心となり、佐江が脇を固める形で始まったシリーズです。

しかし、シリーズ第三作『黒の狩人』以降は佐江を中心として展開する物語となっています。

特に『黒の狩人』がそうで、まさに佐江の物語だったのですが、本書『冬の狩人』もまた佐江刑事の物語になっています。

 

 

本書での佐江は、前作の『雨の狩人』で出した辞表も預かりの形になっていて、何故か休職扱いになっています。

そんな佐江を現場へと引きずり込んだのが、H市で起きた殺人事件の容疑者からの一通のメールだったのです。

そのメールに関連して、シリーズ第三作の『黒の狩人』に登場する野瀬由紀の名前が出てきており、第三巻同様に佐江が物語の中心になっています。

 

 

ただ、個人的な好みを言わせてもらえれば、佐江自身が中心になった物語よりも脇に回った作品を読みたいと思いました。

というのも、本来、この『狩人シリーズ』は、佐江が脇に回ってその巻だけに登場してくる人物を補佐するパターンのほうが佐江の魅力がより発揮できると思うからです。

そういう意味では、私にとっては西野元刑事を主人公としたシリーズ第二作の『砂の狩人』が一番面白い作品だと思っています。

 

 

本書『冬の狩人』のような作品は別に主人公が佐江でなくても成立する物語であり、この物語の主人公は『新宿鮫シリーズ』の鮫島刑事でも何ら問題がないと思えます。

もちろん、佐江が中心になった物語が面白くないというわけではありませんし、実際本書はかなり面白い部類に入ると思います。ただ、個人的な好みが上記のとおりというだけです。

 

作者は、本来は前巻『雨の狩人』で佐江を殺し、シリーズを終わらせるつもりだったそうです( GOETHE : 参照 )。

それが仏心が起きて殺しそこね、結局本書『冬の狩人』を書く羽目になったそうです。であれば、今後も続刊を期待することもできるでしょう。

新宿鮫シリーズ』と同様の面白さを持つ本シリーズです。是非、早期の続刊の刊行を願いたいと思います。

 

[投稿日]2020年12月29日  [最終更新日]2020年12月29日
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